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3章・明日への一歩
初恋
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ラムラッドへ戻ったサニヤとガラナイを、いの一番に迎えたのは誰であろうルーガであった。
兵達を掻き分けて城門まで来ると、相変わらずの怒ったようなむっつりとした顔でガラナイを力強く抱き締めたのである。
ガラナイはさすがに十六にもなって三十を越えた父に抱き締められるなんて思わなかったので、「おいおい、やめてくれよ」と恥ずかしそうに言うのだ。
ルーガはガラナイを放すと、「よくやった。さすがは俺の子だ」と言うのである。
何と言っても、此度の戦いの功労者は、二万の敵軍へ逃げること無く突撃を敢行し、火矢が投石器(カタパルト)へ届く距離まで進軍出来るようにしたガラナイに相違あるまい。
この突撃の成果はガラナイだから出来た成果だ。
領主の息子……総大将の息子が怯むこと無く突撃したからこそ、兵達も決死の突撃をしたのだ。
ガラナイが怯えも竦みもおくびに出さないで勇気を示したから、この結果を得られたのである。
しかし、ガラナイはへっと鼻で笑い「親父の息子だぜ?」と、さも出来て当然であるかのように言ったうえ、「兵を連れて帰れなかった」と無念そうに言うのだ。
しかし、それを望むのは贅沢ということは、誰もが分かっていた。
魔物の大発生が無ければガラナイでさえ死んでいたのだから、配下を全滅させた事を誰が責められよう。
そもそも、この作戦における突撃騎兵は捨て駒だったのだ。
なので、「お主が居なければ、俺の子も死んでいた。ありがとう」と、ルーガは包帯が顔に巻かれているサニヤに膝を付いたのである。
これにガラナイとサニヤは笑い出しそうになった。
あの気難しくて堅物のルーガが、サニヤに気付かないで大真面目に膝を付いているのであるから、それがおかしくておかしくて仕方ない。
しかし、あまり配下の騎士や兵の前でいじめるのも悪いかと思い、サニヤは「私よ」と顔の包帯をずらしたのである。
サニヤの顔を見たルーガは驚きのあまり、眼をぱちくりとさせて硬直した。
ルーガが、憤怒以外で眼をまん丸にして、疑問符を頭に浮かべるかのような顔をしたのだ。
サニヤとガラナイは、ルーガがまさかそんな顔をするなんて思わなかったため、とうとう堪えきれず、笑い声をあげるのであった。
その後、サニヤはルーガに連れられて兵舎へと向かった。
いや、サニヤが連れてかれたというより、ガラナイに怪我が無いかを軍医に診せるため兵舎へ向かった所へ、勝手に付いてきた、と言うのが正しいであろう。
ルーガはガラナイが軍医に診られている間に、騎士階級の者達と共に作戦室へと向かっていってしまったので、サニヤはガラナイの様子を見ていた。
軍医は、ガラナイがさすがに領主の息子というだけあって、入念にその体を診たのである。
サニヤは診察室を兼ねた病室でその様子を眺めていた。
ガラナイの体には出血を伴うような深い傷は無く、落馬した時に出来たのであろう痣と、小さなものでミミズ腫れ程度と大きなもので軽く血が出る程度の引っ掻き傷が、引き締まっていた体に出来ているだけだ。
サニヤは、サニヤが思っていたよりも引き締まっているガラナイの体を見ていると、顔が火照るような感覚がしたのである。
「大した怪我は無かったってさ」
ガラナイが服を着て、サニヤの顔を見てくると、なんだか火照るような感覚を見透かされるようで嫌だった。
なので、「じゃ、さっさと行こ」と病室を出たのである。
ガラナイはそんなサニヤの後をついてきながら「屋敷に戻る? 歩いてきたんだろ。疲れた?」と聞いてきた。
サニヤは森を通って大幅なショートカットをしてきたので、全く疲れていない。
強いて言えば、汗臭く無いかな。とか、ちょっと服装に色気が無いな。なんて思っていたのである。
そして、すぐに、自分がたかがガラナイごとき相手に変な考えをしている事に気付き、バカじゃ無いの私。と頭を振って変な考えを振り払った。
その上で、屋敷に戻るのは何だかもったいなく感じて、「ちょっと町をぶらつきながら屋敷へ行こうよ」と言ったのである。
もっとも、何がどうもったいないのかサニヤ自身にも分からない。
なんとなくただ漠然と、ガラナイと町を見て回らなくちゃもったいない気がしたのである。
バカ。なんでガラナイを誘ってるの。
まぁたキザな事を言われて腹立つだけじゃん。
サニヤはそんな風に思ったが、しかし、まあガラナイが戦争から生きててくれたお祝いって事で、一緒に町を回っても良いか。と、思う。
しかし、サニヤのその懸念は杞憂に終わったのである。
なんと、町中を歩いている間、キザったらしい言葉を何一つ吐かなかったのだ。
彼は町中を歩きながら「あそこのステーキは最高だぜ」とか、「ちょっとあの店を見てみる?」とか、そう言う話はするものの以前のガラナイからは想像も出来ないほどに大人じみていたのである。
あの嫌に背伸びして、へらへら笑いでキザったらしいことを言いながら顔を近付けてくるガラナイでは無いので、サニヤは何だか残念に思うと同時に、奇妙なドキドキを感じた。
こいつ、普通にしてれば何だかお父様に似てるじゃん。
ガラナイは整った顔立ちをしていて、父カイエンに似ている。
もっとも、カイエンと違い、ルーガを彷彿とさせる強気な目元など、カイエンが優しく整った顔立ちに対して、ガラナイはより男らしい顔つきなのだとサニヤは気付いた。
まじまじと見れば、サニヤの師ルーガとも似ているのだ。
血筋に似た顔というものは、サニヤにはない物だ。
少しばかり羨ましい気持ち、憧れにも似た感情がある。
すると、ガラナイがハッとしてサニヤを抱き寄せた。
サニヤがいきなり抱き締められて驚いた直後、曲がり角より馬車が飛び出て来て去っていく。
「危ないな。戦争が終わって城門を出入り出来るようになったから、ああいう大急ぎの馬車があるんだ」
ガラナイが抱き寄せねば、サニヤは馬車に轢かれていたかも知れない。
あと少しの所でサニヤは助けられたのである。
そして、ガラナイに助けられたということを認識すると、サニヤの抱いていた胸の高鳴りがますます激しくなり、そして、その鼓動はサニヤにとって悪くない気分のものである。
つまり、サニヤはガラナイに恋しているのだ。
サニヤは抱き締められ、ガラナイの顔が近くにあるので、顔が火照っていった。
浅黒い肌じゃ無ければ、きっと焼け付いた鉄のように真っ赤な顔であっただろう。
「大丈夫か?」
そう聞くガラナイの声に、サニヤは痺れるような感情が巻き起こり、そして、戸惑った。
サニヤ、初恋である。
今までこのような感覚や感情を覚えた事は無く、自分自身がどうなっているのかを理解出来なかったのだ。
もちろん、サニヤはガラナイへ好意を抱いていたのは、村を出るときに気付いていた。
しかし、サニヤの知っている好きという感情はカイエンやリーリル、あるいはラーツェやサルハ、もしくはザインとラジートへ抱くような親愛の情に基づいた好意であるからして、恋愛の感情を理解することが出来なかったのである。
だから、思わずガラナイの胸を押して、引き離してしまった。
「いきなりに女の子に抱き付くなんて最低」なんて憎まれ口まで叩いてしまうのである。
三つ子の魂百までと言うが、いやはや、好意を裏返して悪態をついてしまう癖は変わらないようだ。
そんなサニヤに対して、ガラナイは笑って「ごめんごめん」と謝るのである。
かつて、サニヤに殴られようが何をされようが、気にせずに言い寄った神経の太さは健在だ。
もっとも、かつてのガラナイなら、ここで一つキザなセリフを吐いたであろう。
しかし、今のガラナイは全く落ち着いたもので、その態度が大人びたように感じられたサニヤは、ますますドキドキと心臓が高鳴ったのだ。
なので、サニヤは火照る顔をガラナイから背けて、「もう良い。屋敷に行こ」と歩き出したのであった。
その後、屋敷に向かっている間、ガラナイはサニヤに町の色んな事を話す。
それは例えば、あそこの店は不正な事をしてたけど、親父が取り潰したんだぜ。とか、
以前はもっとこの道も狭かったけど、馬車が通れるように広くしたんだ。とかである。
しかし、サニヤの返答は「ふーん」とか「あっそ」とか、素っ気ないものだ。
まるで興味が無いように見える態度であるが、彼女の本音はもっとガラナイと話していたいと思っていたのである。
だけれども、自分の気持ちに整理がつかない以上、どう返事をすれば良いのか分からないので、どうしても素っ気ない返事しかできなかった。
そんなサニヤに対して、ガラナイは全く気にした素振りも見せずに、平然と話をしてくるので、その態度をますますサニヤは好きになってしまうのである。
なんで私、ガラナイなんかにドキドキしてるの!
サニヤが自分の気持ちにやきもきしながら、足早で屋敷の方に歩いていると、ガラナイがちょっと待つように言った。
どうしたのだろうかとサニヤが振り向くと、ガラナイは露店に置かれた雑貨を見ているのである。
そして、ティアラにも似た白銀の髪飾りを買って、サニヤの元へとやって来るのだ。
「これ、再開の祝いにプレゼントするよ」
「あのさぁ」
サニヤは呆れ返って自分の頭を指した。
ほっかむりを被った頭。
サニヤがもっとも気にしてるのはその頭であるし、ガラナイもサニヤが頭を隠したがっているのを知っている筈なのだ。
なのに、なぜ頭に付ける装飾品を買うのか。まるで嫌がらせであろう。
「そう思ってさ」と、ガラナイは髪飾りの両端に鎖が付いているのを見せた。
そして、抱きしめるかのようにサニヤの首元へ腕を回すと、鎖を付けて、髪飾りを首飾りにしたのである。
「もしもサニヤが、頭の事を気にしなくなった時に、頭に付けられたら良いなって思ってね」
サニヤはガラナイのその言葉に、心臓が破裂したかと思った。
今まで感じた事が無いほどに「嬉しい」のだ。
そんなサニヤの口は、言葉を出すこと無くパクパクと動くのである。
感謝の言葉を述べたい所であるが、なんだかそれは恥ずかしい。
この嬉しい感情は、絶対に誰にも知られたくないと思うのだ。
そして、感謝一つでその本心をガラナイに知られてしまうような気がするし、かと言って憎まれ口を叩くには喜びの想いが強すぎて、憎まれ口を叩くことも出来ないのである。
一方、黙っているサニヤを見たガラナイは、サニヤが怒ってるのだと思い、ハハハと愛想笑いを浮かべて「ごめんごめん。やっぱ気に入らなかったか」と言い「なんだったら捨ててくれて構わないからさ。安物だしさ」と言うのであった。
捨てる訳ないじゃん。
ずっと大切にするよ。ありがとう。
その言葉を、出すことが出来ず、サニヤは俯いてしまうのである。
そのまま二人は、何とも言えない気まずい空気が流れたまま屋敷へと戻った。
かつてサニヤが匿われていた屋敷。
昔と変わらず懐かしい。
庭の隅には、小さな石が置かれている。
ライの墓だ。
せめてもの手向けにと、リーリルを救った戦士に手製の小さな墓をルーガが作ったのである。
「今でもメイドに草刈りとかさせて、手入れしてんだ」
ライとは物心ついた時からの親友であった。
どんな時も優しくサニヤを包んでくれた愛犬だ。
ライが死んだときの悲しみを思い出して涙がこぼれそうになったが、グッと堪える。
ガラナイに弱みを見せたくなかったのだ、
そして、墓の前に立つと「おやすみ。ライ」と呟いた。
ライが居なければリーリルは死んでいただろう。
そして……。
サニヤが振り返ると、ガラナイが立っている。
彼が居なければ、あの暗殺者にサニヤはやられていたに違いない。
そう思ったサニヤが「ガラナイ。ありがと」と言うと「手入れをしてくれたのはメイドだぜ?」とガラナイは不思議そうに言った。
そう言う意味じゃ無いが、そう言う事にしておくかと思ったサニヤは「じゃ、あんたじゃなくてメイドに感謝しないとね」なんて意地悪く笑って、屋敷へと入ったのであった。
兵達を掻き分けて城門まで来ると、相変わらずの怒ったようなむっつりとした顔でガラナイを力強く抱き締めたのである。
ガラナイはさすがに十六にもなって三十を越えた父に抱き締められるなんて思わなかったので、「おいおい、やめてくれよ」と恥ずかしそうに言うのだ。
ルーガはガラナイを放すと、「よくやった。さすがは俺の子だ」と言うのである。
何と言っても、此度の戦いの功労者は、二万の敵軍へ逃げること無く突撃を敢行し、火矢が投石器(カタパルト)へ届く距離まで進軍出来るようにしたガラナイに相違あるまい。
この突撃の成果はガラナイだから出来た成果だ。
領主の息子……総大将の息子が怯むこと無く突撃したからこそ、兵達も決死の突撃をしたのだ。
ガラナイが怯えも竦みもおくびに出さないで勇気を示したから、この結果を得られたのである。
しかし、ガラナイはへっと鼻で笑い「親父の息子だぜ?」と、さも出来て当然であるかのように言ったうえ、「兵を連れて帰れなかった」と無念そうに言うのだ。
しかし、それを望むのは贅沢ということは、誰もが分かっていた。
魔物の大発生が無ければガラナイでさえ死んでいたのだから、配下を全滅させた事を誰が責められよう。
そもそも、この作戦における突撃騎兵は捨て駒だったのだ。
なので、「お主が居なければ、俺の子も死んでいた。ありがとう」と、ルーガは包帯が顔に巻かれているサニヤに膝を付いたのである。
これにガラナイとサニヤは笑い出しそうになった。
あの気難しくて堅物のルーガが、サニヤに気付かないで大真面目に膝を付いているのであるから、それがおかしくておかしくて仕方ない。
しかし、あまり配下の騎士や兵の前でいじめるのも悪いかと思い、サニヤは「私よ」と顔の包帯をずらしたのである。
サニヤの顔を見たルーガは驚きのあまり、眼をぱちくりとさせて硬直した。
ルーガが、憤怒以外で眼をまん丸にして、疑問符を頭に浮かべるかのような顔をしたのだ。
サニヤとガラナイは、ルーガがまさかそんな顔をするなんて思わなかったため、とうとう堪えきれず、笑い声をあげるのであった。
その後、サニヤはルーガに連れられて兵舎へと向かった。
いや、サニヤが連れてかれたというより、ガラナイに怪我が無いかを軍医に診せるため兵舎へ向かった所へ、勝手に付いてきた、と言うのが正しいであろう。
ルーガはガラナイが軍医に診られている間に、騎士階級の者達と共に作戦室へと向かっていってしまったので、サニヤはガラナイの様子を見ていた。
軍医は、ガラナイがさすがに領主の息子というだけあって、入念にその体を診たのである。
サニヤは診察室を兼ねた病室でその様子を眺めていた。
ガラナイの体には出血を伴うような深い傷は無く、落馬した時に出来たのであろう痣と、小さなものでミミズ腫れ程度と大きなもので軽く血が出る程度の引っ掻き傷が、引き締まっていた体に出来ているだけだ。
サニヤは、サニヤが思っていたよりも引き締まっているガラナイの体を見ていると、顔が火照るような感覚がしたのである。
「大した怪我は無かったってさ」
ガラナイが服を着て、サニヤの顔を見てくると、なんだか火照るような感覚を見透かされるようで嫌だった。
なので、「じゃ、さっさと行こ」と病室を出たのである。
ガラナイはそんなサニヤの後をついてきながら「屋敷に戻る? 歩いてきたんだろ。疲れた?」と聞いてきた。
サニヤは森を通って大幅なショートカットをしてきたので、全く疲れていない。
強いて言えば、汗臭く無いかな。とか、ちょっと服装に色気が無いな。なんて思っていたのである。
そして、すぐに、自分がたかがガラナイごとき相手に変な考えをしている事に気付き、バカじゃ無いの私。と頭を振って変な考えを振り払った。
その上で、屋敷に戻るのは何だかもったいなく感じて、「ちょっと町をぶらつきながら屋敷へ行こうよ」と言ったのである。
もっとも、何がどうもったいないのかサニヤ自身にも分からない。
なんとなくただ漠然と、ガラナイと町を見て回らなくちゃもったいない気がしたのである。
バカ。なんでガラナイを誘ってるの。
まぁたキザな事を言われて腹立つだけじゃん。
サニヤはそんな風に思ったが、しかし、まあガラナイが戦争から生きててくれたお祝いって事で、一緒に町を回っても良いか。と、思う。
しかし、サニヤのその懸念は杞憂に終わったのである。
なんと、町中を歩いている間、キザったらしい言葉を何一つ吐かなかったのだ。
彼は町中を歩きながら「あそこのステーキは最高だぜ」とか、「ちょっとあの店を見てみる?」とか、そう言う話はするものの以前のガラナイからは想像も出来ないほどに大人じみていたのである。
あの嫌に背伸びして、へらへら笑いでキザったらしいことを言いながら顔を近付けてくるガラナイでは無いので、サニヤは何だか残念に思うと同時に、奇妙なドキドキを感じた。
こいつ、普通にしてれば何だかお父様に似てるじゃん。
ガラナイは整った顔立ちをしていて、父カイエンに似ている。
もっとも、カイエンと違い、ルーガを彷彿とさせる強気な目元など、カイエンが優しく整った顔立ちに対して、ガラナイはより男らしい顔つきなのだとサニヤは気付いた。
まじまじと見れば、サニヤの師ルーガとも似ているのだ。
血筋に似た顔というものは、サニヤにはない物だ。
少しばかり羨ましい気持ち、憧れにも似た感情がある。
すると、ガラナイがハッとしてサニヤを抱き寄せた。
サニヤがいきなり抱き締められて驚いた直後、曲がり角より馬車が飛び出て来て去っていく。
「危ないな。戦争が終わって城門を出入り出来るようになったから、ああいう大急ぎの馬車があるんだ」
ガラナイが抱き寄せねば、サニヤは馬車に轢かれていたかも知れない。
あと少しの所でサニヤは助けられたのである。
そして、ガラナイに助けられたということを認識すると、サニヤの抱いていた胸の高鳴りがますます激しくなり、そして、その鼓動はサニヤにとって悪くない気分のものである。
つまり、サニヤはガラナイに恋しているのだ。
サニヤは抱き締められ、ガラナイの顔が近くにあるので、顔が火照っていった。
浅黒い肌じゃ無ければ、きっと焼け付いた鉄のように真っ赤な顔であっただろう。
「大丈夫か?」
そう聞くガラナイの声に、サニヤは痺れるような感情が巻き起こり、そして、戸惑った。
サニヤ、初恋である。
今までこのような感覚や感情を覚えた事は無く、自分自身がどうなっているのかを理解出来なかったのだ。
もちろん、サニヤはガラナイへ好意を抱いていたのは、村を出るときに気付いていた。
しかし、サニヤの知っている好きという感情はカイエンやリーリル、あるいはラーツェやサルハ、もしくはザインとラジートへ抱くような親愛の情に基づいた好意であるからして、恋愛の感情を理解することが出来なかったのである。
だから、思わずガラナイの胸を押して、引き離してしまった。
「いきなりに女の子に抱き付くなんて最低」なんて憎まれ口まで叩いてしまうのである。
三つ子の魂百までと言うが、いやはや、好意を裏返して悪態をついてしまう癖は変わらないようだ。
そんなサニヤに対して、ガラナイは笑って「ごめんごめん」と謝るのである。
かつて、サニヤに殴られようが何をされようが、気にせずに言い寄った神経の太さは健在だ。
もっとも、かつてのガラナイなら、ここで一つキザなセリフを吐いたであろう。
しかし、今のガラナイは全く落ち着いたもので、その態度が大人びたように感じられたサニヤは、ますますドキドキと心臓が高鳴ったのだ。
なので、サニヤは火照る顔をガラナイから背けて、「もう良い。屋敷に行こ」と歩き出したのであった。
その後、屋敷に向かっている間、ガラナイはサニヤに町の色んな事を話す。
それは例えば、あそこの店は不正な事をしてたけど、親父が取り潰したんだぜ。とか、
以前はもっとこの道も狭かったけど、馬車が通れるように広くしたんだ。とかである。
しかし、サニヤの返答は「ふーん」とか「あっそ」とか、素っ気ないものだ。
まるで興味が無いように見える態度であるが、彼女の本音はもっとガラナイと話していたいと思っていたのである。
だけれども、自分の気持ちに整理がつかない以上、どう返事をすれば良いのか分からないので、どうしても素っ気ない返事しかできなかった。
そんなサニヤに対して、ガラナイは全く気にした素振りも見せずに、平然と話をしてくるので、その態度をますますサニヤは好きになってしまうのである。
なんで私、ガラナイなんかにドキドキしてるの!
サニヤが自分の気持ちにやきもきしながら、足早で屋敷の方に歩いていると、ガラナイがちょっと待つように言った。
どうしたのだろうかとサニヤが振り向くと、ガラナイは露店に置かれた雑貨を見ているのである。
そして、ティアラにも似た白銀の髪飾りを買って、サニヤの元へとやって来るのだ。
「これ、再開の祝いにプレゼントするよ」
「あのさぁ」
サニヤは呆れ返って自分の頭を指した。
ほっかむりを被った頭。
サニヤがもっとも気にしてるのはその頭であるし、ガラナイもサニヤが頭を隠したがっているのを知っている筈なのだ。
なのに、なぜ頭に付ける装飾品を買うのか。まるで嫌がらせであろう。
「そう思ってさ」と、ガラナイは髪飾りの両端に鎖が付いているのを見せた。
そして、抱きしめるかのようにサニヤの首元へ腕を回すと、鎖を付けて、髪飾りを首飾りにしたのである。
「もしもサニヤが、頭の事を気にしなくなった時に、頭に付けられたら良いなって思ってね」
サニヤはガラナイのその言葉に、心臓が破裂したかと思った。
今まで感じた事が無いほどに「嬉しい」のだ。
そんなサニヤの口は、言葉を出すこと無くパクパクと動くのである。
感謝の言葉を述べたい所であるが、なんだかそれは恥ずかしい。
この嬉しい感情は、絶対に誰にも知られたくないと思うのだ。
そして、感謝一つでその本心をガラナイに知られてしまうような気がするし、かと言って憎まれ口を叩くには喜びの想いが強すぎて、憎まれ口を叩くことも出来ないのである。
一方、黙っているサニヤを見たガラナイは、サニヤが怒ってるのだと思い、ハハハと愛想笑いを浮かべて「ごめんごめん。やっぱ気に入らなかったか」と言い「なんだったら捨ててくれて構わないからさ。安物だしさ」と言うのであった。
捨てる訳ないじゃん。
ずっと大切にするよ。ありがとう。
その言葉を、出すことが出来ず、サニヤは俯いてしまうのである。
そのまま二人は、何とも言えない気まずい空気が流れたまま屋敷へと戻った。
かつてサニヤが匿われていた屋敷。
昔と変わらず懐かしい。
庭の隅には、小さな石が置かれている。
ライの墓だ。
せめてもの手向けにと、リーリルを救った戦士に手製の小さな墓をルーガが作ったのである。
「今でもメイドに草刈りとかさせて、手入れしてんだ」
ライとは物心ついた時からの親友であった。
どんな時も優しくサニヤを包んでくれた愛犬だ。
ライが死んだときの悲しみを思い出して涙がこぼれそうになったが、グッと堪える。
ガラナイに弱みを見せたくなかったのだ、
そして、墓の前に立つと「おやすみ。ライ」と呟いた。
ライが居なければリーリルは死んでいただろう。
そして……。
サニヤが振り返ると、ガラナイが立っている。
彼が居なければ、あの暗殺者にサニヤはやられていたに違いない。
そう思ったサニヤが「ガラナイ。ありがと」と言うと「手入れをしてくれたのはメイドだぜ?」とガラナイは不思議そうに言った。
そう言う意味じゃ無いが、そう言う事にしておくかと思ったサニヤは「じゃ、あんたじゃなくてメイドに感謝しないとね」なんて意地悪く笑って、屋敷へと入ったのであった。
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