没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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4章・大鷲は嵐に乗って大空へ

雪解

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 雪解け。
 突然の暖気に押されて寒気が激しい風を起こすものの、陽気が照らされ、新芽が雪を掘り返して芽吹き出す時期。

 一つの書状が各地の諸侯へと届いた。

 書状に書かれた名前に誰もが目を見張った事であろう。

——マルダーク第八王子。ルカオット・マルダーク—— と、書いてあったのだから。

 内容はカイエン・ガリエンドを防府太尉に任命し、悪辣な反逆者であるサリオン・ガリエンドを討つ。
 サリオンの元へ付いた者達は一時の気の迷いだと許すので降伏しろ。
 と、言うような内容だ。 

 これに当初、反乱軍はカイエンは辺境のハーズルージュを治める程度の弱小勢力なのだから、生き残った王子の居場所を明かしたに過ぎない愚かな行為だと笑った。

 しかし、違う。
 この手紙が諸侯へ届く直前、既に南政婦キュレインが王都の東方へ出陣していたのだ。

 そして、カイエン軍もハーズルージュに最低限の軍兵を残して王都へ進軍。

 挟撃でもって東方諸侯を降し、強固な防衛基盤を作ろうと言うのである。

 これに東方諸侯は反乱軍に与することを決めて抵抗したのであるが、カイエン軍はハーズルージュにほど近い三つほどの町を即座に壊滅させたのである。
 元々オルブテナ王国と戦っていたカイエン軍だ。
 後ろ盾も無い、同程度の戦力の町を落とす事など今さら簡単なのである。

 また、カイエンは軍兵に略奪を禁じた。
 これに兵達はせっかく敵国を落としたのにと怒ったのであるが、カイエンは敵国では無いと主張した。

「我等はマルダーク王に仕える公兵だ。そして、ここはマルダーク王国領であり、マルダーク王に反乱した悪辣な反逆者を成敗したに過ぎず、略奪のために攻め落とした訳では無い」

 こう言われても兵達は不満であった。
 しかし、あのシュエンがカイエンに楯突かなかったため、誰も何も言うことが出来なかったのである。

 あの略奪が大好きなシュエンが略奪をしないのは、何といっても、ルカオットを弟分のように感じていたためだ。
 あのガキが国王になってみろ。面白えじゃねえかと思っていたためである。

 なので、山賊上がりの自分の配下にも略奪の禁止を厳命した。

 こうして、カイエン軍一の荒くれ集団が大人しくしていたのであるから、他の兵達も略奪するつもりにならなかったのである。

 しかし、金で一時的に雇われていた傭兵の中には敵側へ寝返ろうかと思っている者もいた。
 そんな時、ハーズルージュ時代からカイエンに雇われていた傭兵は、カイエンは兵が少なくてもその用兵で勝ち戦にする人間だと言うのである。
 すると、傭兵達は略奪の為に相手へ行くよりも、略奪出来なくてもカイエン軍で勝ち戦をした方が良いと思って、カイエン軍を離れる事が無かったのである。

 そして、カイエンは制圧した町を練り歩きながら、町をマルダーク王の第八王子、ルカオットが再び支配者となったと喧伝した。
 もっとも、町に住む人達からすれば、誰が領主かは重要な位置を占める案件では無い。誰が統治するという問題事態はあまり関係など無かった。
 それでも、普通なら行われる略奪をしなかった人物だという事だけは理解し、感謝したのである。

 そうして一ヶ月後。
 カイエンは投降した兵を吸収し、より強大になり、傭兵団も次々とカイエンに雇って欲しいと訪れた。
 また、合流はしていないまでも、カイエンの同盟としてキュレインも東方諸侯領へ進行してきていたため、東方諸侯はいよいよ観念して、続々と王国派へ降参していった。

 そんなカイエン達へ最後に立ちはだかったのは、ラザリー候である。
 かつてハーズルージュを統治していたカイエンの前任者にして、短い手足と背の低い小太りな体をした別名御輿将軍。

 防備の兵まで動員した総兵数一万五千の隊列を平野に展開し、カイエン軍を迎え撃つ。

 対してカイエン軍も、兵数二万で対した。

 当初、互いに大将であるラザリーとカイエンを中心に密集した陣形を形成。
 カイエン軍は長方形で指揮を取りやすい横方陣。
 ラザリーは三角形の先端を先頭にした、魚の鱗のような形の、突破力に優れる魚鱗陣である。

 カイエンはラザリーの陣を見て、ハリバーへ「陣を変えてくると思いますか?」と聞き、ハリバーはさらにラキーニへどう見るか聞いた。

「変えてくると思います」とラキーニは答える。

 魚鱗陣は左右の守りが薄く、横方陣のような左右に兵力のバランスを取っている陣形に突撃すると、そのまま左右から攻撃を受けて敗北してしまいがちなのである。
 ゆえに、魚鱗陣は横方陣に弱い陣形なのだから、ラザリーが陣形を変えるだろうと思うのだ。

 しかし、ハリバーは首を左右に振り「ラザリー伯は一角の将と聞き及んでいる。再編をする隙を見せるとは思えんな」と答えた。

 果たして、ラザリーは陣形を変える事なく前進を始めたのである。
 しかし、このまま正面からぶつかれば横方陣を取っているカイエンに利があるは自明の理。
 なので、カイエン軍も前進を開始した。

 今回の戦いに置いては両者ともに攻撃側である。
 防御側の方が有利なのは今までの説明であった通りであるが、しかし、兵は神速を尊ぶと言うとおり、攻撃側は機先を制する有利があるのだ。

 つまり、両者が攻撃側の場合、指揮官の素早い判断と号令、各騎士の迅速な伝達能力、各兵の速攻な再編成練度が勝利を分けるのである。

「アル・イーヒュ!」

 敵陣からそう号令が聞こえると、美しいマスゲームのように陣形が変化していく。
 三角形の形をしている魚鱗陣の先頭が左側へ寄っていき、直角三角形のような形へ変わったのである。
 斜線陣と魚鱗陣を合わせたような陣形。
 
 横方陣の最も脆弱な右前方から崩す形である。

 しかも、激突直前に陣形が変わったため、カイエンが号令を流した所で対応は間に合わぬ。
 
 しかし、カイエンが号令を流すまでもなく、横方陣の右前方だけが独立して、方円陣という円形を形成する陣形に変わったのである。

 方円陣は完全なる防御の陣形であり、突破力を是とする魚鱗陣にも、脆弱な右前方を攻める斜線陣にも一定の耐久性を発揮できる陣なのだ。

 これにラザリーは驚いた事であろう。
 
 指揮官の号令が無く、しかも陣形の一部だけが独立して変化するなど、常識的に考えてあり得ないのだ。

 しかし、今さらラザリーの号令が間に合う訳も無く、先頭から順に方円陣へとぶつかっていく。

 それと同時にカイエン軍の残った横方陣がラザリー伯の陣形を横から叩いたのである。

 この戦いは一瞬で終わった。
 たちまちラザリー軍は壊滅。
 敵の傭兵達は方々へ逃亡して、ラザリー始め残った兵達は降伏し、カイエン軍の勝利となった。

 勝因は何といっても、カイエン軍が小隊から中隊、それから大隊。と兵を小分けに幾つかのグループに割り振って、現場の各騎士に裁量権が与えられていた点である。
 そのため、攻撃側に置ける速攻というものを圧倒的な速さにまで突き詰める事が出来たのだ。

 それに編成も良かった。

 カイエン軍の中央先頭は武勇に優れるシュエンが担当し、横方陣の最も脆弱な右前方を歴戦の勇士ロイバックが担当していたのである。

 結果、ロイバックはラザリーの的確な戦術に対して、即座に方円陣を形成する事でこれに抗い、見事にラザリー軍の突撃を抑制。
 その横っ腹をシュエンを始めとしたカイエン軍で一息に潰したのであった。

 こうしてラザリーは捕まり、カイエンの前へと引き出されてきたのである。

 カイエンは彼の指揮能力を高く評価し、仲間になるように言ったのであるが、彼は「一度裏切っておきながら、負けておめおめと出戻りなど出来ぬな」と堂々と言うのだ。

「ベッドの上で領主として死ぬよりは、よほど上等な死に方だ。はよう首を斬らぬか」と言うので、カイエンは彼の態度に深い賞賛を込めて自らの手でその首を斬ったのである。

 こうして、カイエンを始めとしたマルダーク王国派は王都東方を完全に手中に収める事となり、すぐに戦後処理を行う。

 占領した町の中で最も大きな町、ザルツバインを本拠地としたカイエンはそのせいで多忙であった。
 降伏した将や兵の処遇。
 活躍した兵や騎士への報酬。
 故郷から連れてきた兵達の家族の移送手配。
 ザルツバインの民へ、ルカオットの威光を知らしめるための祭りも計画していた。

 それらをロイバック始め幹部クラスの部下達と協力してあーだこーだと会議し続けていたのである。
 
「なんでシュエンはここに居ない。大体、あいつの戦果報告書は適当過ぎる!」

 ロイバックはあまりの多忙さにも関わらず、シュエンが来ていない為にカリカリと青筋立てて怒っていた。
 また、カイエン軍も兵数が増えに増えた為、各騎士や将が指揮下の兵の活躍を書類にして提出するのであるが、シュエンの書類は適当な数字が並べられているだけだったので、ロイバックはますます怒るのである。
 だが、それは一つの風物詩となっており、カイエン達はそんな彼を見て笑うのである。

 こうして一つの大きな戦いを終わらせた結果、全く平和だった。

 もちろん、戦争が間近に迫っている事に違いは無いのであるが、しかし、防衛状態が良好な以上、しばらくは敵も攻めては来ないだろう。
 その間に、兵には英気を養ってもらうのだ。

 彼らがようやく得た戦士の休息を満喫して三日後。
 ザルツバインへ一人の伝令がやって来た。
 
 彼はキュレイン南政婦からの使いだという。
 キュレイン南政婦はザルツバイン目指して北上中の所、反乱軍先鋒に捕捉されていると言った。
 そのための援軍をカイエンに頼んだのである。

 これにカイエンは快諾。
 ロイバックとシュエン以下何人かの将と手勢一万。
 それとハリバー、ラキーニを付けて送り出したのであった。
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