没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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6章・父であり、宰相であり

買物

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 カイエンから娘の尾行を頼まれたジャイライルは渋い顔をしている。

 どうしたのかとカイエンが聞くと「地域が変わっても……父親は変わらない……」と、単語を考えながら、訛りの強い言葉で答えた。

 彼女が言うには、この旅に出ることが決まった時、それはもう父親が目障りな程に心配したのだという。
 
 さすがに娘の行動を尾行してまで探るような真似はしなかったが。

 これにカイエンは苦笑して、「そうじゃないよ」と言うのだ。

「どんな理由があれ……バレたら、信頼は壊れます」
 
 そうだろう。
 親子の仲とはいえ、疑われて行動を探られては信頼関係は壊れてしまうのだ。

 そんなことはカイエンも分かっているから、暗黒の民に頼んだ。

 しかし、彼女は頭を左右に振って、「バラされたくないなら……対価お願いします」と言う。

 袖の下を要求するとは太い神経の女だ。
 しかし、口止めは必要か。

 幾ら必要なのか問えば、金はこの国を出たら無価値となると言う。

 確かに、金とはその価値を保障する国があるから意味があるのだ。
 もっとも、硬貨それその物に価値があるので、無価値とは言い切れないが、それでもその価値は大幅に低下する。
 国から国へ旅する彼女達には無価値にも等しいというのは間違いあるまい。

「物……。たくさん宝石の付いた髪飾り……が良いです」

 それが欲しいと要求した。

 カイエンはその要求を飲んだ。

 だがもしも、それ以上要求すれば、袖の下を要求したこと、容赦なくサムランガに伝える旨を彼女に言う。

「この体に流れる血に懸けて、約束します」

 暗黒の民の慣用的な文言なのだろう。
 この言葉だけは、訛りはあってもスラスラと述べたのだ。

 こうして彼女はサニヤの元へ向かった。

 その際、自分の技量を見せるように、わざわざ執務室の奥にある窓から飛び降りたのだ。

 カイエンが窓から外を見る。

 王城の三階に当たるこの部屋から外を見下ろせば、もはや彼女の姿は影も形も無く、庭園の緑が静かに揺れるだけであった。

 カイエンを脅迫しただけの実力は間違いなくある。
 これならば安心であろう。

 カイエンは安堵して、兵を呼んだ。

 彼女へ渡す髪飾りを買い付けるつもりである。
 こういうのは後回しにすると忘れてしまうので、カイエンはさっさと済ませてしまおうと思ったのだ。

「装飾屋の店……、貴族御用達の店が良い。そこで宝石の付いた――」

 ふと、カイエンは自分の指を唇にあてがい、言葉をそこで切った。

「どうなさいました?」
「いや、なんでもない。下がってくれ」

 忙しい所、わざわざすまないと兵を下がらせる。

 なぜカイエンは兵に何も頼まず下がらせたのか。

 それは、彼の個人的な頼みを兵に頼むのは良くない事だと思ったからだ。

 いや、サニヤとロイバックが何か企んでいるのを調べているのだから、個人的な頼みとは断言仕切れない。
 しかし、カイエンは、もしかしたら、父親として娘の行動を監視したい自分が居るのでは無いかと思ったのだ。

『地域が変わっても……父親は変わらない……』

 ジャイライルに指摘されたせいで、どうにも個人的感情からサニヤを探っているのではないかという気持ちは拭えない。

 それに、探っているとサニヤにバレると困ると思ったのは、娘に嫌われたくない一心だったのは本当だ。
 ゆえに、ジャイライルへの口止め料は完全にカイエン個人の問題だったのである。

 そんな事に兵を走らせる訳にもいくまい。
 
 買いに行くなら自分が買いに行くのがスジだと思うのである。

 と、言うわけで仕事を少しだけ早めに切り上げて買い物へ行くことにした。

 夕暮れになる少し前。
 太陽が斜めからカイエンを照らしている。
 夏は過ぎ、冬へ入り始めた時期のため、日が沈むのも早い。

 急いで買い物を終わらせないと、日が暮れてしまいそうである。

 しかし、貴族御用達の装飾屋へ行ったカイエンであるが、彼はこういった買い物は慣れていない。
 店員と話しながら、真珠やパールのついた髪飾りを吟味するのだ。

「宰相様の奥方様でしたら、まだお若いので宝石は一つだけ付いているものがよろしいかと」

 貴族御用達の店というだけあり、店員はカイエンの妻であるリーリルの情報を抑えていた。

 ごてごてと着飾った姿は三十歳を越えてから。
 三十歳に満たない女が華美に着飾るのはよろしくないと言われている。

 カイエンの妻は二十五歳。
 複数の宝石を付けた髪飾りなど御法度だ。

 が、カイエンは「妻のものでは無いので」と、きらびやかに宝石が付いている髪飾りを買った。

 パール、オパール、ルビーにダイヤ。
 光を浴びてキラキラ輝く髪飾り。

 丁重に箱へ入れられたソレを持って、カイエンは店を出た。

 さすがにこれだけ価値のあるものであれば、ジャイライルも納得するだろう。
 これが嫌だとごねたら、さすがのカイエンもふざけるなと思うかも知れない程の高級品だ。

 さてさて、用事が終われば店を出る。
 日が暮れる前に家へと帰りたいものである。

「カイエン様」

 今しがた出た店から声を掛けられ、カイエンは振り向く。

 そこにはバンドラが立っていた。

 立派な服と立派な口ひげ。
 以前よりも服装やヒゲが立派になっている。

 彼は相変わらず貴族間の使者を仕事にしているようだ。
 今の売り文句は、宰相の知人だったか。

 宰相であるカイエンと顔見知りだというだけで信用が得られるのため、勝手にカイエンの名を出しているらしい。
 
 もっとも、彼の『儲け』はソレだけでは無いようであるが。

「バンドラ、久しぶりですね。家族は元気ですか?」

「ええ。ええ。その節はどうもありがとうございます。お陰様で家内も息子達も元気ですよ」

 反乱の折、バンドラの家族達を助ける為にカイエンは動いた。
 もっとも、バンドラは感謝の言葉を口にしても、あまり感謝の念を抱いているようには見えなかったが。

「あの店に居たとは気付きませんでしたね」とカイエンが言うと、バンドラは立派な口ひげをピンピンと指で撫で「ええ、まあ」と言った。

 あの店に貴族の家族情報を流しているのはバンドラだろう。
 店の中で彼を見なかったのは、店内の奥に居たからに違いあるまい。
 今はちょうど『商談』を終えた所か。

 リーリルの年齢を装飾屋に教えたのもきっと彼だろう。

 貴族間の伝言を務めていると、貴族達の家族情報を得られやすいのだ。

「ところでカイエン様。奥方様へのプレゼントですかな?」

 彼はカイエンが小脇に抱える箱を見た。

 黒くてサラサラとした皮に覆われた高級感溢れる箱。
 この店で買い物をした証拠である。

「まあ、そのような所です」

 カイエンは頭をぺこりと下げ、「ではまた」と会話も早々に切り上げた。

 あまり変に探られて、バンドラに情報を方々へ流されたくないのだ。

 だから、そのまま王城へ戻ると、自分の執務机の引き出しの奥に髪飾りを隠した。
 この髪飾りはやましいものではないが、家に置いてこの髪飾りがもしも誰かに見付かったら、話がこじれるだろう。

 だから執務室に隠し、そうしてからカイエンは家へと戻った。

 いつも通りに屋敷へ帰って、メイドに迎えられる。

「奥様はダイニングです」

 メイドは言う。
 しかし、カイエンはリーリルの前に二人の息子に会おうと思う。

 今朝の二人は反抗的だった。
 なので、こっそりと屋敷を出るのでは無いかとカイエンは予想したものである。

 そして、その想像通り、二人とも屋敷を勝手に出て、街を冒険していた。

 ザインとラジートは帰ってきたかと聞けば、「お坊ちゃま方は無事に。今はリビングに居られます」とメイドが答える。

 さて、冒険の代償に説教でもしようかとカイエンは思いながらリビングへ向かった。

 さて、肝心のザインとラジートはリビングのソファーに座ってグッスリだ。
 遊び疲れているのだろう。
 これから説教されるとも思わずに、幸せそうな寝顔で互いに頭を乗せ合って寝ている。

 が、安らかなその顔を見ると叱る気も起きなくなり「説教はまた今度だな」とカイエンは溜息をつく。

「少し、甘いかな?」

 ダイニングへ向かいながらメイドへ聞くと、「優しい事は良いことです」と笑った。

 そう言ってもらえると助かる。
 厳しくせねばという気持ちと、優しくしたって良いじゃ無いかという思いがあって、優しさを後押しされると自信もつくというものだ。

 その自信を持って、「ただいま。リーリル」とダイニングへ入る。

 リーリルはダイニングで紅茶を飲んでいた。

 カイエンと目が合うと、「お帰りなさい。今日は早いのね」とニコリと笑う。

 そんな彼女の前に空になったカップがあることに気付いた。

「客人かい?」

 お茶でも飲みながらリーリルと話しでもしていたのだろう。

「ええ。ガゼン君が訪ねて来てたの」

 ガゼンとは誰だっただろうかとカイエンは考え、すぐにリミエネットの息子だと思い出した。
 カーロイの種違いの弟だ。

 メイドが「片付けずに失礼しました」とカップを片付けているのを尻目に、「なぜ彼が?」とカイエンは聞いた。

 まさかリミエネットが性懲りもなくカイエンと再婚しようと、何か仕掛けてきたのでは無いかと不安に思う。

 が、そのような事は無く、彼は個人的に訪問したようで、「リミエネットさんの話は全然しなかったわね」と言うのだ。

「近くに寄ったから訪ねただって。軽く世間話をしたら帰って行ったわ」

 一度しか会っていないが、近くに来たから挨拶に来たのだろう。
 
 彼らとは追い出すも同然な形で別れたのに、恨むばかりか挨拶に来るだなんて中々に殊勝な子ではないか。

「今度、ぞんざいな扱いをしたこと、謝らなくちゃな」

 カイエンはリーリルの対面に座ると、メイドの持ってきた紅茶を飲んだ。

 濃い味の中に甘みがある紅茶を舌で転がす。

 正直、リミエネットの態度は腹に据えかねるが、親と子は違うのだ。
 
 彼の父親になってやる事は出来ないが、せめて一人の個人として接しよう。

 カイエンはそう思いながら紅茶を飲み込んだ。

「ところで、ザインとラジートにお説教はしたの?」

「いや、二人の寝顔を見てたら、怒る気にならなくてね」

「その方があなたらしいわ」

 リーリルは優しいカイエンが好きだ。
 カイエンはいつだって大らかで、思いやりがあり、そして、彼女のヒーローなのだ。

 彼と共に居られて幸せだと思う。
 それを疑った事は無いし、これからも疑う事は無いだろう。

「あなた。愛してる」

 リーリルはテーブルを回ってきて、わざわざ隣に座って言ってきた。
 なので、カイエンはニコリと笑って「知っているよ。突然、どうしたんだい?」と聞く。

 だが、リーリルは何も答えずにカイエンへ顔を近づけた。

 天井に吊されたシャンデリアの、大量のロウソクは明るい程にリーリルの白い肌を照らしている。

 綺麗だ。

 もしもリーリルの顔が、老けて皺だらけになっても、きっとカイエンは美しいと思うだろう。
 彼女の一途で、優しく、澄んだ綺麗な心が顔に表れている。だから、綺麗な顔だと思うのだ。

 メイドは今、ダイニングに居ない。
 少しの時間くらい、キスしたって構わないだろう。

 カイエンもリーリルへ、その顔を近づけようとした。

「旦那様。奥様。お食事をお持ち致しましょうか?」

 扉が開いたので、二人はバッと顔を離す。

「どうなさいました?」

 首をかしげるメイドに「いや、なんでもない。ザインとラジートを起こしてきてくれ。食事にしよう」と、カイエンは言った。

「かしこまりました」

 メイドが再びダイニングを出ると、カイエンはリーリルに「続きは寝るときだな」と笑うのであった。
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