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6章・父であり、宰相であり
愛憎
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カイエンの仕事は忙しく、ガゼンと会う機会は中々巡ってこなかった。
ただ、ガゼン自体はカイエンの屋敷に足繁く通っており、リーリルと話しをしたり、ザインとラジートと遊ぶ事が多いらしい。
ザインとラジートは元々、外へ出ないで本を読んでいるばかりだったのだが、ガゼンは彼らを裏庭へ連れ出して遊ぶのだ。
体を動かすのは良いことだから、ガゼンには感謝をしないとカイエンは思う。
しかし、なぜ彼はそんなにカイエンの屋敷に訪れるのだろうか?
こればかりはカイエンに分からなかった。
だが、ある日、なぜ彼が屋敷に訪れるのか分かった。
夜、カイエンの胸の上で横になるリーリルが、カイエンを見上げて「ガゼン君に告白されたの」と言ったのだ。
告白されたとは、一体どういう事か。
まさか、愛の告白ではあるまい?
と、思ったが、どうやらそのようだ。
つまり、彼は、リミエネットと共にこの屋敷へ来たあの日、リーリルに一目惚れしたのである。
だから、リーリルに会うために屋敷へやって来た。
「どうしよう?」
布団の中から、眉を困らせてリーリルが聞く。
どうしようと聞かれても……。
「私、今年で二十五になったのよ? あの子は十五くらいでしょ? 私みたいなおばさんをからかわないでって言ったら『僕は本気です』って言うのよ」
カイエンはリーリルの髪の毛を手櫛しながら、「もう会うのをやめよう」と言った。
「男の子はな。時々、年上の女の人が魅力的に感じるものさ」
一時の気の迷い。
男は背伸びして、大人な女性を求める時期があるものだ。
時間を置けば年相応の相手が良くなる。
「あなたにとってのリミエネットさんみたいに?」
リーリルが意地悪そうな笑みを浮かべて言うので、カイエンは苦笑した。
「おいおい。僕がリーリルよりも歳を取ってるだけで、リミエネットは歳が近いよ」
「知ってる。ちょっと嫉妬しただけだから」
カイエンの胸の上から顔の前までよじ登ると、唇に唇を重ねてきた。
唇を離すと、エヘヘと笑う。
リーリルの無邪気な笑みは、大人になっても少女のいじらしさが残っていた。
普段はカイエンの妻らしくあろうと毅然とした態度だが、二人きりだと、やっぱり昔と何も変わっていない。
二人はお互いの耳に口寄せ、愛の言葉を囁き合うと、付き合いたての若人の如く、はにかみの笑みを浮かべるのであった。
子供が出来ても、長い年月が経っても、二人の愛はずっと初々しいままなのだろう。
ザインとラジートに弟か妹が出来るのも近そうである。
やはりこれほどに若い愛を育むカイエンとしては、自分の妻に色目を使われるのが良い気分のするものでは無く。
翌朝、カイエンが王城へ行くときに、メイドやリーリルへしつこいくらいに「ガゼン君が来ても家へ上げないように」と言うほどだ。
リーリルはクスクスと笑って「心配性なんだから」と、カイエンを見送った。
カイエンが家を出ると、リーリルはリビングへ向かう。
朝食後の読書を始めているザインとラジートが居た。
二人はリーリルに気付くと、本から顔を上げて軽く会釈をして再び本を読む。
「何かして遊ぶ?」
リーリルが聞くと、「いい」とツンケンした態度をとった。
つい先日まではお母様お母様とよく懐いていたと言うのに、サニヤの成人の日以来、全くこのような調子だ。
「ラジート。服のボタン、掛け違えてるわよ」
リーリルはラジートが服のボタンが掛け違えてる事に気づいた。
いつもなら、毎朝リーリルが服を着せてあげたのだが、今朝の反抗期の二人は服を自分で来たのである。
指先を動かす事に不慣れなので、ボタンを掛け違えたようだ。
リーリルが彼の服に手を掛けると、ラジートは服をグイッと引っ張って彼女の手を振りほどいた。
「自分で出来るよ」
親が自分に介入してくるのが『うざい』のだ。
親に介入されたくないから、自分でやろうとする。
しかし、家で本ばかり読んでいるせいで、白くまん丸となった指は上手くボタンを穴に通せなかった。
それでも、彼は四苦八苦して何とかボタンを掛け直す事に成功する。
姉サニヤを真似して、満足げに鼻から息を吹いて「どう?」と言うかのような得意顔をするのだ。
リーリルの事は『うざい』と思う一方、自分が一人で出来ると認めて欲しい矛盾(アンビバレント)な状態だ。
「偉いわね」とリーリルが誉めると、少し照れくさそうな顔で「出来て当然だよ」と言う。
確かに、彼らも今年で九歳。
ボタンくらい掛けられて当然だ。
だが、リーリルはそんな事をわざわざ言わない。
出来るとか出来ないというのは些末な問題であり、挑戦こそが大事だと知っているからだ。
しかし、彼ら二人が動こうとしないとなると、どうにも手持ち無沙汰となる。
文字を読む勉強がてら本を読んでも良いかも知れないと思うが、リーリルは読書が好きじゃ無かったし、屋敷にある本は殆ど読んでしまった。
家事か買い物で体を動かしたいが、メイドが許すわけも無い。
ウィンドウショッピングに洒落込んでも良いが、二人の子供を放ってやる事でも無いし、目的も無いぶらぶらした買い物に護衛メイドを付き合わせるのも申し訳ない。
「あーあ。暇だなー」
リーリルはリビングを出て、屋敷の中を当てもなく歩いた。
かつてはたくさんの親戚やメイド、執事が出入りしていた屋敷も、今ではリーリル達四人と、メイドが三人だけ。
あ、この間一人雇ったから四人だっけ。とリーリルは考える。
なんにせよ、八人だけではとてもとても広い屋敷だ。
広すぎるせいで誰も居ない廊下を歩いていると、何とも言えずに怖い。
そろそろ、新しい家族が増えても良いかも。
下腹部にそっと手を置く。
毎晩毎晩、カイエンは愛してくれているのに、いまだ新しい命は宿らない。
あと一人や二人くらい増えてくれた方が、屋敷も賑やかになるというものなのに……。
リーリルは残念に思う。
今度、羊の睾丸をカイエンの料理に入れさせようかなんて考えて、一人クスクスと笑った。
動物の性器や睾丸は精力増強に効果有りと信じられているのである。
カイエンも三十後半。
精力は明らかに衰えている。
リーリルが身籠もらないのは、恐らくそのせいでは無いかと思うのだ。
おじさん扱いされてカイエンはショックを受けるだろうか?
それはそれで『かわいい』から面白いかも知れないと、リーリルは意地悪に笑った。
誰かメイドに頼んでおこうなんて思っていると、ちょうど寝室から物音が聞こえる。
メイドか誰かが掃除をしているのだろうか。
ちょうど良いから頼んでおこう。
リーリルは扉を開けて中へと入る。
「……あら?」
小首をかしげるリーリル。
奇妙にも部屋の中には誰もいなかったからだ。
先ほどまで誰かが居た音はしたはずであるが。
不思議に思って部屋の中へ入る。
シーツの乱れた大きなベッド。
花の生けてある花瓶が乗った小さな丸机。
洋服ダンス……は、扉や引き出しが飛び出て、衣服が乱雑に放り出されている。
こんな雑に服を投げ出す事は、カイエンもリーリルもしない。
そもそも、今朝はこんなに散らかってなかったような?
頬に手を当てて、誰がやったのかしらと考えるリーリルの背後の扉が、蝶番を軋ませて閉まった。
淡いピンクの絨毯を歩く、くぐもった足音がすぐ背後から聞こえる。
誰か入ってきたのだろうかとリーリルが振り向いた瞬間、手と肩をガシリと掴まれた。
「リーリルさん」
目の前にある掴んできた人の顔。
ガゼンだ。
「ガ、ガゼン君」
なぜ部屋の中に居るのだ。
「リーリルさんに会いに来たのですが、メイドに追い返されてしまいまして。
でも、俺の気持ちはこんな事じゃ収まらないんですよ」
リーリルの後ろで、白いレースのカーテンが風でめくれた。
窓からガゼンは侵入したようだ。
そして、開いた扉の後ろに隠れていたのである。
「は、離して」
ガゼンの目は据わっていて、とても危険な状態だと誰だって分かる。
必死に逃げようともがくリーリルに対して、興奮したように息を荒げて、抱き寄せるガゼン。
そのまま、ガゼンはリーリルをベッドの上へと押し倒す。
ベッドが柔らかくリーリルを包みこみ、カイエンとリーリルの匂いがした。
ガゼンはその匂いで不愉快そうに顔を歪め、リーリルの服の襟に手を掛けるのだ。
まるで、その匂いを上書きしてやると言うかのように。
「やめなさい」
リーリルは力強く、ガゼンの手を払う。
バシンと音が鳴り、ガゼンの手首は赤くなった。
驚いたガゼンがリーリルを見ると、彼女は怯えたウサギのような顔つきから一転、力強い目線で見返しているのだ。
これにガゼンはたじろいだが、しかし、リーリルを離さない。
「離しなさい。今なら誰にも言いません。でも、行為に及べば私だって黙ってはいない。互いに酷い目に遭う前に、離しなさい」
押さえつけただけならば、一時の気の迷いだとリーリルだって許そう。
しかし、体を汚すような事をされれば、女として妻として黙ってはいられないのだ。
だが、ガゼンはニヤリといやらしい笑みを浮かべると「良いじゃ無いですか……。あんな男より、俺の方がリーリルさんを幸せに出来ます!」と言うのだ。
「私はもう充分に幸せです。それに、愛してくれる人を裏切れません」
毅然と断るリーリルに対して、ガゼンは「本当にあいつは愛してるんですかね」とニヤつく。
「たくさん宝石が付いた髪飾りを買ってたそうじゃないですか。リーリルさんはプレゼントされましたか? されてないですよね、あなたは三十越えてないのですから」
暗にカイエンが浮気をしているのだというのだ。
「貴族だったら皆、噂してますよ。宰相は愛妻家顔して浮気をしているってね」
だから、リーリルだって関係の一つや二つ持ったって良いじゃ無いかと言うのだ。
それに、ガゼンだったらリーリルを裏切らない。
自分だったら、絶対にリーリルだけを愛すると言うのである。
だが、リーリルは静かに首を左右に振った。
「なぜ!」
「どこの誰が流したか分からない噂より、私はあの人の方を信じているからです」
その瞬間、ガゼンの中の何かがキレた。
おそらくは、何を言ってもなびかないリーリルへの腹立ちと、それによってカイエンへ抱く劣等感。
彼は殆ど意識すらせず、リーリルのその首へ指を回した。
細い白首へ太い男の指を回し、細い頚椎をへし折るかのように……あるいは、肺へ流れる空気を遮断するかのように。
そこには明確な殺意が有り、怒りがあった。
リーリルが目から涙を流し、苦痛に顔を歪ませ、叫び声を上げようと口をパクパクと動かす。
しかし、殺意はその指の力を緩めるばかりか、ますます力を込めるのであった。
ただ、ガゼン自体はカイエンの屋敷に足繁く通っており、リーリルと話しをしたり、ザインとラジートと遊ぶ事が多いらしい。
ザインとラジートは元々、外へ出ないで本を読んでいるばかりだったのだが、ガゼンは彼らを裏庭へ連れ出して遊ぶのだ。
体を動かすのは良いことだから、ガゼンには感謝をしないとカイエンは思う。
しかし、なぜ彼はそんなにカイエンの屋敷に訪れるのだろうか?
こればかりはカイエンに分からなかった。
だが、ある日、なぜ彼が屋敷に訪れるのか分かった。
夜、カイエンの胸の上で横になるリーリルが、カイエンを見上げて「ガゼン君に告白されたの」と言ったのだ。
告白されたとは、一体どういう事か。
まさか、愛の告白ではあるまい?
と、思ったが、どうやらそのようだ。
つまり、彼は、リミエネットと共にこの屋敷へ来たあの日、リーリルに一目惚れしたのである。
だから、リーリルに会うために屋敷へやって来た。
「どうしよう?」
布団の中から、眉を困らせてリーリルが聞く。
どうしようと聞かれても……。
「私、今年で二十五になったのよ? あの子は十五くらいでしょ? 私みたいなおばさんをからかわないでって言ったら『僕は本気です』って言うのよ」
カイエンはリーリルの髪の毛を手櫛しながら、「もう会うのをやめよう」と言った。
「男の子はな。時々、年上の女の人が魅力的に感じるものさ」
一時の気の迷い。
男は背伸びして、大人な女性を求める時期があるものだ。
時間を置けば年相応の相手が良くなる。
「あなたにとってのリミエネットさんみたいに?」
リーリルが意地悪そうな笑みを浮かべて言うので、カイエンは苦笑した。
「おいおい。僕がリーリルよりも歳を取ってるだけで、リミエネットは歳が近いよ」
「知ってる。ちょっと嫉妬しただけだから」
カイエンの胸の上から顔の前までよじ登ると、唇に唇を重ねてきた。
唇を離すと、エヘヘと笑う。
リーリルの無邪気な笑みは、大人になっても少女のいじらしさが残っていた。
普段はカイエンの妻らしくあろうと毅然とした態度だが、二人きりだと、やっぱり昔と何も変わっていない。
二人はお互いの耳に口寄せ、愛の言葉を囁き合うと、付き合いたての若人の如く、はにかみの笑みを浮かべるのであった。
子供が出来ても、長い年月が経っても、二人の愛はずっと初々しいままなのだろう。
ザインとラジートに弟か妹が出来るのも近そうである。
やはりこれほどに若い愛を育むカイエンとしては、自分の妻に色目を使われるのが良い気分のするものでは無く。
翌朝、カイエンが王城へ行くときに、メイドやリーリルへしつこいくらいに「ガゼン君が来ても家へ上げないように」と言うほどだ。
リーリルはクスクスと笑って「心配性なんだから」と、カイエンを見送った。
カイエンが家を出ると、リーリルはリビングへ向かう。
朝食後の読書を始めているザインとラジートが居た。
二人はリーリルに気付くと、本から顔を上げて軽く会釈をして再び本を読む。
「何かして遊ぶ?」
リーリルが聞くと、「いい」とツンケンした態度をとった。
つい先日まではお母様お母様とよく懐いていたと言うのに、サニヤの成人の日以来、全くこのような調子だ。
「ラジート。服のボタン、掛け違えてるわよ」
リーリルはラジートが服のボタンが掛け違えてる事に気づいた。
いつもなら、毎朝リーリルが服を着せてあげたのだが、今朝の反抗期の二人は服を自分で来たのである。
指先を動かす事に不慣れなので、ボタンを掛け違えたようだ。
リーリルが彼の服に手を掛けると、ラジートは服をグイッと引っ張って彼女の手を振りほどいた。
「自分で出来るよ」
親が自分に介入してくるのが『うざい』のだ。
親に介入されたくないから、自分でやろうとする。
しかし、家で本ばかり読んでいるせいで、白くまん丸となった指は上手くボタンを穴に通せなかった。
それでも、彼は四苦八苦して何とかボタンを掛け直す事に成功する。
姉サニヤを真似して、満足げに鼻から息を吹いて「どう?」と言うかのような得意顔をするのだ。
リーリルの事は『うざい』と思う一方、自分が一人で出来ると認めて欲しい矛盾(アンビバレント)な状態だ。
「偉いわね」とリーリルが誉めると、少し照れくさそうな顔で「出来て当然だよ」と言う。
確かに、彼らも今年で九歳。
ボタンくらい掛けられて当然だ。
だが、リーリルはそんな事をわざわざ言わない。
出来るとか出来ないというのは些末な問題であり、挑戦こそが大事だと知っているからだ。
しかし、彼ら二人が動こうとしないとなると、どうにも手持ち無沙汰となる。
文字を読む勉強がてら本を読んでも良いかも知れないと思うが、リーリルは読書が好きじゃ無かったし、屋敷にある本は殆ど読んでしまった。
家事か買い物で体を動かしたいが、メイドが許すわけも無い。
ウィンドウショッピングに洒落込んでも良いが、二人の子供を放ってやる事でも無いし、目的も無いぶらぶらした買い物に護衛メイドを付き合わせるのも申し訳ない。
「あーあ。暇だなー」
リーリルはリビングを出て、屋敷の中を当てもなく歩いた。
かつてはたくさんの親戚やメイド、執事が出入りしていた屋敷も、今ではリーリル達四人と、メイドが三人だけ。
あ、この間一人雇ったから四人だっけ。とリーリルは考える。
なんにせよ、八人だけではとてもとても広い屋敷だ。
広すぎるせいで誰も居ない廊下を歩いていると、何とも言えずに怖い。
そろそろ、新しい家族が増えても良いかも。
下腹部にそっと手を置く。
毎晩毎晩、カイエンは愛してくれているのに、いまだ新しい命は宿らない。
あと一人や二人くらい増えてくれた方が、屋敷も賑やかになるというものなのに……。
リーリルは残念に思う。
今度、羊の睾丸をカイエンの料理に入れさせようかなんて考えて、一人クスクスと笑った。
動物の性器や睾丸は精力増強に効果有りと信じられているのである。
カイエンも三十後半。
精力は明らかに衰えている。
リーリルが身籠もらないのは、恐らくそのせいでは無いかと思うのだ。
おじさん扱いされてカイエンはショックを受けるだろうか?
それはそれで『かわいい』から面白いかも知れないと、リーリルは意地悪に笑った。
誰かメイドに頼んでおこうなんて思っていると、ちょうど寝室から物音が聞こえる。
メイドか誰かが掃除をしているのだろうか。
ちょうど良いから頼んでおこう。
リーリルは扉を開けて中へと入る。
「……あら?」
小首をかしげるリーリル。
奇妙にも部屋の中には誰もいなかったからだ。
先ほどまで誰かが居た音はしたはずであるが。
不思議に思って部屋の中へ入る。
シーツの乱れた大きなベッド。
花の生けてある花瓶が乗った小さな丸机。
洋服ダンス……は、扉や引き出しが飛び出て、衣服が乱雑に放り出されている。
こんな雑に服を投げ出す事は、カイエンもリーリルもしない。
そもそも、今朝はこんなに散らかってなかったような?
頬に手を当てて、誰がやったのかしらと考えるリーリルの背後の扉が、蝶番を軋ませて閉まった。
淡いピンクの絨毯を歩く、くぐもった足音がすぐ背後から聞こえる。
誰か入ってきたのだろうかとリーリルが振り向いた瞬間、手と肩をガシリと掴まれた。
「リーリルさん」
目の前にある掴んできた人の顔。
ガゼンだ。
「ガ、ガゼン君」
なぜ部屋の中に居るのだ。
「リーリルさんに会いに来たのですが、メイドに追い返されてしまいまして。
でも、俺の気持ちはこんな事じゃ収まらないんですよ」
リーリルの後ろで、白いレースのカーテンが風でめくれた。
窓からガゼンは侵入したようだ。
そして、開いた扉の後ろに隠れていたのである。
「は、離して」
ガゼンの目は据わっていて、とても危険な状態だと誰だって分かる。
必死に逃げようともがくリーリルに対して、興奮したように息を荒げて、抱き寄せるガゼン。
そのまま、ガゼンはリーリルをベッドの上へと押し倒す。
ベッドが柔らかくリーリルを包みこみ、カイエンとリーリルの匂いがした。
ガゼンはその匂いで不愉快そうに顔を歪め、リーリルの服の襟に手を掛けるのだ。
まるで、その匂いを上書きしてやると言うかのように。
「やめなさい」
リーリルは力強く、ガゼンの手を払う。
バシンと音が鳴り、ガゼンの手首は赤くなった。
驚いたガゼンがリーリルを見ると、彼女は怯えたウサギのような顔つきから一転、力強い目線で見返しているのだ。
これにガゼンはたじろいだが、しかし、リーリルを離さない。
「離しなさい。今なら誰にも言いません。でも、行為に及べば私だって黙ってはいない。互いに酷い目に遭う前に、離しなさい」
押さえつけただけならば、一時の気の迷いだとリーリルだって許そう。
しかし、体を汚すような事をされれば、女として妻として黙ってはいられないのだ。
だが、ガゼンはニヤリといやらしい笑みを浮かべると「良いじゃ無いですか……。あんな男より、俺の方がリーリルさんを幸せに出来ます!」と言うのだ。
「私はもう充分に幸せです。それに、愛してくれる人を裏切れません」
毅然と断るリーリルに対して、ガゼンは「本当にあいつは愛してるんですかね」とニヤつく。
「たくさん宝石が付いた髪飾りを買ってたそうじゃないですか。リーリルさんはプレゼントされましたか? されてないですよね、あなたは三十越えてないのですから」
暗にカイエンが浮気をしているのだというのだ。
「貴族だったら皆、噂してますよ。宰相は愛妻家顔して浮気をしているってね」
だから、リーリルだって関係の一つや二つ持ったって良いじゃ無いかと言うのだ。
それに、ガゼンだったらリーリルを裏切らない。
自分だったら、絶対にリーリルだけを愛すると言うのである。
だが、リーリルは静かに首を左右に振った。
「なぜ!」
「どこの誰が流したか分からない噂より、私はあの人の方を信じているからです」
その瞬間、ガゼンの中の何かがキレた。
おそらくは、何を言ってもなびかないリーリルへの腹立ちと、それによってカイエンへ抱く劣等感。
彼は殆ど意識すらせず、リーリルのその首へ指を回した。
細い白首へ太い男の指を回し、細い頚椎をへし折るかのように……あるいは、肺へ流れる空気を遮断するかのように。
そこには明確な殺意が有り、怒りがあった。
リーリルが目から涙を流し、苦痛に顔を歪ませ、叫び声を上げようと口をパクパクと動かす。
しかし、殺意はその指の力を緩めるばかりか、ますます力を込めるのであった。
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