没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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8章・変わり行く時代

姉上

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 食事会が終わり、ラジートとカイエン、それからリーリルが残った。

 ローマットの話をするためである。

 リーリルが同席しているのは、彼女が今やカイエンの手足であるためだ。
 話が終わるまで部屋の前で待たせるような真似はしない。
 
 ラジートとしても別に内密な話と言うわけでは無いので同席を嫌がることもなかった。

 そしてカイエンはローマット子爵の話をする。

 とはいってもあまり関わるような相手では無い。
 カイエンが知っているのは南西の町の領主であり、二年前から王城の業務の為に一時的に登城していたという経緯くらいか。

 かなりの好色家で有名。
 しかし、あまり女の扱いはよろしくないようで、妾を三人も四人も娶るは。
 そのことでローマットへ苦言を呈した正妻をしこたま殴ったとかなんだとか。
 
 だから、ローマットは正妻であった貴族の娘に逃げられてしまったのだ。

「本来なら侯爵くらいはあっても良いのだがな」

 貴族であった妻に逃げられてしまっては中々出世も見込めまい。
 リミエネットに逃げられたかつてのカイエンのように。

 しかし、ローマットはむしろ気位の高い正妻が居なくなった事に喜んでいるという噂である。

 その噂を聞いたラジートは少しばかり合点がいった。
 口うるさい妻が居なくなったから、低い身分だが若いヘデンを気兼ねなく妾にしようと言うか。

 だが、恐ろしいのは、気に入らなければ女を殴るという噂だ。

 ラジートは顔をしかめた。
 
 ますます、かの男にヘデンをやる訳にはいかない。
 サニヤやキュレインのような一部の規格外の女を除いて、女とは往々にして男より力が無いものである。

 その女を守るは男の役目。
 ヘデンを守るのはラジートしか居ない。
 男が力を望むは女を守る為なのだ。

 ラジートは男としての激しい使命に燃え上がった。
 だが、彼は猪武者では無い。
 無知は無力であり、知恵は力だと知っている。
 一時の感情でローマットへ食って掛かっても無意味だと分かっていた。
 
 あくまでも穏やかな顔を作って、カイエンへ貴重な情報をありがとうと頭を下げる。

 本当に貴重な情報だった。
 おかげでいよいよラジートは退けなくなってきた。

 正面からは戦えないと考えているラジートは協力者が必要だった。
 腕の立つ者。
 つまりは姉のサニヤ。

 それにサニヤなら何か強い人と繋がりがあるだろう。
 彼女がラジートの知らない所で危険な戦いに身を投じている事は、暗黒の民に襲われていた事から何となく知っていた。

 そういう人達の力が居るのだ。

「ザイン。姉上の家に行こう」

 ラジートはリビングで本を読んでいたザインへ言う。

 やあやっと話が終わったか。
 ザインは随分と大きな本棚へと読んでいた本を戻す。

 本が好きなザインの為にわざわざ用意したのか。
 人の背より大きな本棚だ。

 その大きな本棚一杯に本がぴっちりと置かれている。

 本は高価というのに、この五年で良く集めたものだ。

 ザインが言うには、あくまでも小遣いから買ったものであり、親にせびったものじゃない。

「誰もそんな事は言ってないだろ?」
「そんな目をしていた」
「してないさ。そんな事より、後で俺にも読まして」

 ラジートだって本が好きな事には変わりなかった。

 久しぶりに、読書談義に花咲かせながら二人は屋敷を出て行く。

 そんな二人の遠のく声を聞いているリーリル。

 彼女はカイエンを支えながらダイニングから出ていた。

 彼女は一抹の不安を感じている。

 それは、ラジートが変わってしまったという事だ。

 目が恐ろしかった。
 深い深い闇のようであった。

 そんな彼女の肩にカイエンは手を置く。

 心配ないさ。

 カイエンは一つ、思うところがあった。

「リーリル。実は、ルカオット王から一つ、提案されている事があってね」

 それがラジートとどう関係するのだろうかとリーリルは耳を傾ける。

「僕へ王位を……禅譲したいと」

 驚くべき提案だ。

 そのような事が話されていたなんて、リーリルは信じられない目でカイエンを見る。

 しかし、もちろん、当然ながら、カイエンはその提案を断った。

「僕は王になるには無欲過ぎるからね」

 王とは存外、欲望が強くないといけない。
 人の上に立つとはそういう事だ。
 人というのは良い人だけではなく、悪い人も居るのだ。

 毒を体の内に蓄えこむような貪欲さ。
 それこそが王が備える資質の一つ。

 しかし、カイエンも、そしてルカオットにも、そのような貪欲さは無かった。

「ルカオット王は、王位を降りて世界を旅しながら暮らしたい……と」

 まったく無欲なものだ。
 カイエンもそうだが、ルカオットも。
 本来はこのような高い地位に付きたいと思った事など無い。
 小さな幸せを大事にしたいだけなのだ。

 カイエンもルカオットも分かっている。
 王とは時に非道な手段も選ぶものだ。
 誰も彼も救えない時、我欲が無ければその重圧に押し潰されてしまうのである。

「ラジートは……多分、僕よりも大きくなる。そういう目をしていた」

 欲望。
 ラジートはカイエンが持っていない大きな欲を抱えているのだと思う。

 現にそうだ。
 カイエンは家族という小さい範囲の幸せで満足している。
 だが、ラジートはカーシュのような最下層民や孤児に至るまで救わねば気が済まなかった。

 彼は両手で抱えきれない大きなものであっても、自分で救いたい欲を持っている。
 そして、その欲望を満たすために力を使う事も厭(いと)わないのだ。

 そのラジートはちょうど、サニヤの屋敷へとついていた。

 今はサニヤもラキーニも仕事で居ない。
 しかし、メイドが二人、家事をしながらリシーの世話をしている。

 玄関の扉を開けてザインがすいませんと一声上げれば、トテトテと軽い足音がしてきた。

 おじさん! と舌足らずな口で元気よくやって来たのは小さなニ歳児のサニヤだ。

 鋭い目、やんちゃな口元。
 肌の色は浅黒い。
 しかし、サニヤと違って角が無いのでほっかむりは被っていなかった。
 また、髪の色も黒では無く、ラキーニの髪色に近い茶色だ。

 まあまあ、ここまでサニヤに似ているとラジートは少々驚いてしまう。
 一方、リシーと思わしき女の子も、ザインが二人いると驚いた様子だった。

「リシー。この人は僕の双子のラジート。話したことがあるだろう?」

 ザインの紹介にリシーはパッと顔を輝かせて、はじめましてとお辞儀する。

 なるほど確かにサニヤとは違うようだ。

 なんて礼儀正しい子だろう。

 ラジートも彼女の礼儀正しさに倣ってラジート・ガリエンドだと頭を下げた。

 この時点でようやくメイドが一人やって来て二人を迎える。

 どうやら、前掛けをリシーに隠されていたので、それを探していて出迎えが遅れたらしい。

 いたずらっ子だという事は間違いないようだ。

 メイドに申し訳程度に謝っているリシーを見て、ラジートはサニヤとまるで違う子供らしい子供だと思う。

 そんなラジートはメイドに迎えられてリビングへ。
 客間へ連れてかれそうになったが、身内だから客扱いはやめるようにリビングへ連れて行って貰ったのだ。

 リシーがどこかの部屋から本を抱えて、トテトテとぶきっちょに歩いてくると本を読んで欲しいと言う。

 ザインが膝にリシーを乗せて、本を開いた。

 ラジートが向かいのソファーに座ってその様子を見るので、ザインは少しやりづらい。

 あんまりマジマジと見ないで欲しいとザインが伝えるも、ラジートはザインの日常を見させて貰うと答え、やはりマジマジと見るのだ。

 ザインは苦笑して本を読む。

 ――むかーしむかし、あるところに、良い兎さんと悪い狼さんがいました――

 二歳の子供に読ませるのには教訓染みて妥当な内容。

 しかし、四歳の子供が座ったまま聞くには少々長い内容だったか、リシーは段々と挙動が多くなり、ついにはザインの服を掴んで頭の上まで登ってしまった。

 おいおいとザインが降ろそうとすると、本を読んでと言うのだ。
 そのままザインが本を読み続けると、リシーはザインの体の周りを這い回った。

 もはや内容を聞いているのか怪しいものである。

 しかし、ラジートはそのようなやんちゃな光景を愛おしく思った。
 自分が父親で、ヘデンとの間に子をもうけ、そしてこのような光景をなぞる日が来るのであろう。

 自分もこんな平和が欲しい。
 家庭が欲しいと、ふつふつとした気持ちが湧くのだ。

 そんな時、玄関からサニヤとラキーニの声が聞こえてくる。
 ちょうどサニヤとラキーニが帰ってきたのだ。

 サニヤは顔の包帯を取りながらリビングへやって来て、ラジートを見ると笑顔になった。

 すっかり男前だね。

 サニヤは駈け寄ってきたリシーを抱き上げて、ソファーへ座る。

 だが、ラジートがどうしても二人きりで話したい事があるのだとサニヤへ言う。
 なのでサニヤはリシーへ愛おしそうに頬ずりしたあと、ラキーニへリシーを渡し、ラジートと共に客間へ向かった。

「手短に話してよ。私、この後も仕事があるんだから」

 娘と触れ合える短い時間を取られたので少し不機嫌そうだ。

 ラジートは挨拶や前置きをするのはやめ、すぐに本題へ入ることにした。
 サニヤはせっかちなのでそのようにしたのは正解であろう。

 カイエンから聞いた話と、ヘデンの話。
 そして、何としてもヘデンを取り返したいと思う。

 サニヤはその話を険しい顔で聞く。
 ヘデンとサニヤは友達だし、孤児院を使って脅しつけるのも気に食わない。
 だが、動機があくまでもラジートの私情では無いか。

 サニヤはそう思うのだ。

 確かに彼は元正妻に暴力を振るったかも知れないが、ヘデンに暴力を振るうかどうかは分からないでは無いか。

「姉上は大人になられましたね」

 ヘデンに暴力を振るってからでは遅い。
 機先を制さねば、愛するヘデンを守れない。

 だが、女に手を上げるという証拠が無い。
 証拠が無ければ動けない。

「証拠は探します」
「どうやって?」
「人に聞くなり……」
「その間にヘデンが結婚するな」
「屋敷に忍び込むなり……」
「見付かるよ」
「見付かりません」

 話にならない。

 サニヤの眼でラジートを見たところ、彼は若い男だ。
 カイエンやザインとはまるで違う。
 どちらかと言えば、サニヤに近い激情を持っていた。

 だからこそサニヤは弟の考えがよく分かるのだ。
 もっとも、ラジートは若い頃のサニヤより感情をコントロール出来ていたのであるが。

 サニヤはため息をついて立ち上がった。

 もう仕事に行かなければならないのだ。
 彼女にラジートと話している時間はもう無かった。

「姉上。協力望めませんか?」
「嘗(な)めるな。証拠が無いのに人へ喧嘩を売れるか」

 サニヤは顔に包帯を巻きながら部屋を出て行こうとし、足を止めた。

「ラジート。覚えておけ、世の中には証拠集めのプロと言うものが居るものだ」

 証拠が出るまでは動くんじゃ無いぞとサニヤは仕事へ出掛けた。

 サニヤは証拠集めのプロである。
 彼女はローマットの悪事の証拠を探そうと言うのだ。
 どうせ貴族の悪事を洗うのだから、ローマットの悪事くらい探す時間はある。

 それまでラジートは待てと言う話なのである。

 ラジートもそれを理解した。
 サニヤが裏でコソコソとしている理由が分かったのだ。
 しからばしばし、ラジートも行動を控えようと思った。
 
「姉上。ありがとうございます」

 ラジートはサニヤが出て行った扉へ、膝を折って頭を下げるのであった。
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