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俺は何処にでもいる冒険者なのだが、転生者と名乗る馬鹿と遭遇した

祭壇の下にいた男

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 今日は依頼は受けていないが、別の目的をもってある場所に向かっている。

 ここは荒れ果てた荒野に存在する名もなき神たちが祭られている神殿だ。周辺にあったであろう集落は既に滅び、家屋などは朽ち果て辛うじて何かがあったであろう痕跡だけが残っている。

 そんな中で唯一、形が残っているのは岩を削り出して建材にしているこの神殿だけだ。周囲の状況からして100年以上は手入れが入っていないはずの神殿の中は塵一つない綺麗な状態だ。さらには神殿内に置かれている神をかたどった石像や金属で出来た装飾品に塵が積もっていないどころか色褪せもせず、金属の表面は翳りを見せず、今まさに出来たばかりだと言わんばかりの状態だ。

 これはいくら人が定期的に訪れ、手入れをしていたとしても在り得ない状態である。

「さて、これからどうするか。おそらくこの神殿に何かしらの手掛かりなり何なりがあると思うのだけど」

 俺は目的を達成するために神殿内をくまなく探索する。
 入って来た時からわかってはいたが、この神殿は異質だ。そもそも人が居なくなったのだから盗掘なりされて普通ならとっくに装飾品なりは無くなっていてもおかしくは無いのだ。しかし、そのようなことがあった形跡は一切ない。

 しかも管理者が居る訳でもないのに神気に満ちているのもおかしい。神殿が神気に満ちているのは当たり前ではあるが、それは管理者が毎日祈りを捧げ、神殿と言う聖域を維持することで神気を満たすことが出来るのだ。

 まあ、最近は聖域が維持できるような管理者が減っているため、神気が維持できない神殿もちらほら現れているのだが。

 さらに神殿の中を探索する。
 お? どうやら地下に階段を見つけた。主祭壇の下に隠すとは何てベタな。

 主祭壇を横に退かす。かなり重いが、おそらくどこかにギミックがあるタイプだろう。そもそもこの重さだと下に居た場合、どうやっても退かせそうにないからな。

 主祭壇の下にあった階段を下って行く。いつまで使われていたのかはわからないが、少なくとも光を得るための蠟燭や魔法石類は置かれていないので、今使っているような輩は居ないのだろう。まあ、長らく放置されていただろう神殿の中にあるのだから当然だと思うけどな。

 階段を降り切り、おそらく地上から10メートル程下の空間に到着した。

 階段の前は通路が伸びているだけではあるが、その先には扉が見える。おそらくその先には部屋なり広めの空間があるはずだ。あの隠し方からして違法な儀式場だろうが、もしかしたらただ食品庫の可能性もある。

 通路先の扉を開け、その先を窺う。

「おやぁ? どうやらネズミが勝手に入ってきたようだねぇ。これは駆除しないといけないかぁ」
「何故、ここに人が居る。何処を見ても人が生活している様子はなかったのだけどな」
「ふひっ、それはなぁ。俺が人ではないからだよぉ?」

 なんだかな。薄黒い靄を纏っているからそこまで弱くはなさそうだが、雰囲気がどう見ても三下、と言うか出落ちしそうな男が居た。そして部屋の中を覗き込んだ俺に気付いて話しかけて来る。

 男は目の前にある黒い祭壇で何かをしているのか、俺に話しかけている間も手を止めていない。

「何をしている」

 男が手を動かすたびに、何やら粘ついているような不快な音が響く。凄く嫌な予感はするが、聞かなければならないと判断した。

「ふへへ。これはなぁ」

 男は嬉しそうにそれを俺に見せて来た。そしてそれを見た俺は嫌な予感が当たり顔を顰める。
 男が弄っていたのは少女の『したい』だった。目の焦点は合っていないようだが、時折痙攣しているため、生きて……いや、あれはゾンビの類か。

「ゾンビか」
「およ? よくわかったねぇ。近くで見ても分からないくらい精巧に出来ていると思っていたのだけど、そうでもないのかな」
「いや、十分生きているようには感じるさ。ただ、逆に言えば綺麗すぎるな。仮に生きていたとしても、普通ならそんな風に扱えばその状態を保つのは無理だろう」
「そかぁ。そっかぁ! ぐひゅふ! そう言われるってことは、僕の腕がいいってことだなぁ」

 男は俺の言葉を賛辞として受け取ったらしく、楽しそうに汚く笑っている。

「お前は何でこんな場所でそんなことをしている」
「これは趣味っさぁ! 女神さまに力を貰ってこの場所を借りて、自分勝手にやっているんだぁ。僕は傍迷惑なやつなのだよ。ぎゅふ。でも止められないぃ。この子はねぇ、この上にある町の子でねぇ、500年?くらい前に取って来たんだぁ。一応僕は神官としてここに来たからさ、悪魔祓いだって言って。まあ、悪魔何て憑いていなかったし、直ぐに殺しちゃったけどねぇ」

 聞いていないことまでペラペラ話してくれるのはいいんだが、内容が完全に不快の一言だな。しかも自覚している上で止めるつもりもな何て、完全に屑だ。しかし、また女神か。
 やはりアレが最近の屑転生者をこの世界に連れてきているということなのだろうな。迷惑な存在だ。

「それでぇ、君はどうする? 僕と一緒にゾンビでも作るかい?」
「そんなことする訳ないだろう。馬鹿か」
「ふひっ。だよねぇ。当然だよねぇ」

 何が面白いのか、男は俺の返答を聞くとおかしそうに笑う。

「とりあえず、お前は殺した方が良いのはわかった。女神の件はまた調べてばいい。少なくとも、死んでもお前に遊ばれているその子が可哀そうだ」
「ふひょ? あの女神さまに用事ぃ?」
「あれの最近の行動は目に余るからな」
「ふひひ、なるほじょ、女神さまに何かするつもりか。なら本気で排除しないとにぇえ!」

 そう言うと同時に男が纏っていた黒い靄がより一層密度を増し、濃くなった。

 男の周りにある靄が濃くなると同時に、この部屋の奥から何か多くのものが動く音が響き始めた。

「ふひひ。敵なら何やっても良いよにぇ? 最近新しいの、手に入れていないし君ぃ僕のものになろう?」
「対象は誰でもいいのか?」
「ぐひひ、最初はねぇ、女の子が一番だと思っちぇたんだけどぉね? 女の子だとぉ、柔らかすぎるからぁ、直ぐに壊れちゃう! だったら何でもいいやぁってぇ!」

 男と話している間にも部屋の中に響く音が大きくなっていく。
 女ばかり攫う奴や殺す奴は今までに沢山倒してきたが、このパターンは珍しいな。まったくいない訳ではないが、少なくともここの所出てこなかったタイプの狂人だ。

 そして、その部屋の奥で動いていたものたちの姿が、中央の祭壇に掲げてある光に照らされた。

 それらは、人だったもの。ゾンビとなり果てた、この上に在った町の住人だろう。しかも数が多い現在見えているだけでも100はくだらない感じだ。

「君も、もうすぐこの中に入るんだぁ。いくら強い人だってこれだけ入ればぁ、無理だよねぇ?」
「まぁ、普通はそうだろうな」
「ふひょ? じゃあ、君はどうにかできるとぉ?」
「前に似たような状況になったことがあるからな」

 いい記憶とは言えないが、昔に地底に沈んだ古代遺跡の調査の護衛依頼の際に似たような状況になった。

 その古代遺跡はどうやら都市だったらしく、しかも地底に沈んだ際にまだ都市としての機能が生きており人も生活していた。その際に逃げ切れなかった住民がその都市の中で死に絶え、それがゾンビやグールなどになっていた。

 たまたま、先遣隊が都市の中に入っていなかったおかげで被害が広がることは無かったが、そのゾンビなどを排除するのに数日かかったのだ。ゾンビ自体は強くはなかったが、ゾンビ特有の臭い、グロい、数が多い、の3拍子がそろっていたため、ただただ嫌な記憶として残っている訳だ。

「本当に同じぃ?」
「まあ、多少は違うな。少なくともここまで数は少なくなかったし」
「え? 少ないぃ?」

 あの時は万単位だったからな。斬っても斬っても次から次へとやって来るゾンビの行進だった。

「一個体あたりの強さはこちらが上かもしれないが、あれに比べれば問題はない」

 少なくともこの男が作るゾンビは出来がいいと言うか、まあ臭くは無いのである意味戦いやすい。

「むにょー! 僕のゾンビちゃんたちー!?」

 近付いて来たゾンビたちを斬って倒していくと、男がいきなり叫んだ。そんなに嫌なら戦いに出すなと言いたいが、こいつは何がしたいのだ?

「ぎゅぎょぎょぎょ! こうなっちゃらゾンビちゃーん、くっ付けー!」

 気の抜けるような言い方だが、今起きている状況を考えると面倒極まりない。倒したゾンビの残骸が一か所に集ま、粘土をこねるような動きをしたと思うと一気にそれは巨人のような見た目になった。大きさは、普通人間の3倍くらいか?

「行くのじぇす、巨しんゾンビー!!」
「いや、ギャグか何かか?」

 本当に気が向けるような言い方だが、これはネクロマンサーと錬金術の複合技か? ネクロマンサーの技術だけではいきなり巨大ゾンビは作れないはずだ。しかし、錬金術を使った形跡はない。と言うことは、男が女神と呼んでいる存在に力を貰った後に変質でもしたのかもしれない。

 それと、斬ったゾンビも一緒くたになったと言うことは、ただ斬るだけでは完全に倒せないと言うことだ。

 俺は持っている剣に魔法を付与する。属性は聖。前にゾンビを倒した時は必要が無かったため使わなかったが、ゾンビが出来る原因は基本的に呪いだ。故にそれを消し去ることが出来れば、ゾンビはただの屍に戻る。

「みぎょ!? きょれはああああ!?」

 俺が剣に聖属性を付与した瞬間に男が驚いたように叫んだ。もはや何を言っているかがわからないが、もしかしたらのあの女神の影響を受けて精神に支障が出始めているのかもしれない。少なくとも元は人間なはずだから、その体に神に準ずるものの力を溜め込めば狂うのは致し方ないことかもしれない。

「大きくなった分、的が大きくなったし、数も減ったから楽になったな」
「ぎょえ!? ぞくびょああああ!?」

 一番大きなゾンビを斬り倒す。斬った巨大ゾンビはその場に倒れると同時に乾いた砂のような状態になり、最後には小さな砂の山を形成した。
 それを見た男がまた絶叫しているが、その間にも他のゾンビを倒していく。そのゾンビたちも斬ると同時に砂状になり、それは次第に部屋を覆いつくした。

「ぎょひっ!?」

 部屋の奥から出て来た全てのゾンビを倒すと、男が最後に短く声を上げてそれからすっかり黙った。

「とりあえず、俺に向かってきたゾンビは全て倒したが、他に居たりしないよな? もし、居るならさっさと出してくれると楽でいいのだが」

 付与魔法は武器などに属性を付与している間中、常に魔力を消費する。そのため、出て来るなら一気に向かって来て貰う方が短期間で終わるから、無駄に魔力を消費しなくていいのだがな。

 しかし、俺の呼びかけに男は一切の反応を見せない。自分でゾンビを嗾けたくせに、倒されてショックを受けるのはどうなんだよ。嫌なら、自分が前に出て戦えばいいと思うのだが。

「おい。なんてことをしてくれるんだ。俺の作ったゾンビが全部壊れてしまったじゃないか」
「うん?」

 何か先ほどと口調が違うがこちらが素か? 一人称も僕から俺に変わっているな。

「せっかくよう。あの女神を言い包めて俺に思う通りに力を使えるようにしたって言うのに。お前の所為でその成果もパァだよ。どれだけ時間が掛かったと思っているんだ?」
「知るかよ」

 転生者にしては長い期間生きているようだし、使っている力も強めだとは思っていたが、まさかあの女神の力を無理やり使っているとは。

「そうだよなぁ。お前には関係ないよなぁ。あははははぁ………死ねよ」

 男の表情が抜け落ちそう言うと、今まで以上の力が男にまとわりつく。そしてその力は男の右腕に集まったのを感じた瞬間、俺に向かってにその腕が一気に伸びて来た。

「うお!?」

 咄嗟にその腕を避けるが、別にその腕に武器が握られていると言うことは無い。ただ、直感で避けた方が良いと思っただけなのだが、よく見ると男の腕は槍のようにとがっており、それは俺が避けた後に壁にぶつかりそのまま壁を貫通した。

「あれ? 俺の腕おかしくね? 何で伸びて。まあ、いいか。あいつを殺せるなら」

 男も腕が伸びたことは想定外なのか、少し戸惑っている様子だったが直ぐに気にしないことにしたようだ。明らかにおかしいはすだがあの女神の力を受けて、思考も体も変異したと考えれば、別段おかしい事ではない気がするな。

「早く死ねよ」
「そう言われて、はいそうします。は、無いだろう?」
「さっさと死ね」
「ねぇよ」
「だから死ね」

 これはもう話が通じていないのか? いや、聞く気が無いだけか。

 男は左腕も右腕と同じように伸ばして攻撃してくる。それを躱して、カウンター気味に斬りつける。すると、その腕は半ばから崩れ落ち、先ほどのゾンビと同じように砂のような物に変わった。

「ぐっおぉおっ!?」
「なるほど。500年は生きているのはおかしいと思っていたが、お前もゾンビだったのか」

 腕を斬られた痛みで声を漏らしてはいるが、男の表情は驚愕で塗りつぶされていた。

「え? いや、俺は生きている。ゾンビではない。ないはずだ」
「いや、斬り落とした腕がゾンビと同じように砂状になったのだから、お前もゾンビなんだよ」
「嘘だ、嘘だ。俺はまだ生きている。そう、生きている。だが、腕、腕は?」

 自分の腕がゾンビと同じようになったことが信じられないのか、男はブツブツと譫言のように嘘だ、と繰り返している。

「まあ、このままにしておくことも出来ないからな。そろそろ死んでおけ」
「ふざけんなっ! 俺はまだ生きているんだよ!」

 男は俺の攻撃を止めようと伸びた腕を振るう。それを躱しながら俺は男に近付き、そして男の首を撥ねた。

「やめ…ぁ」

 俺が振るった剣が男の首を撥ねると、男の体は前のめりに倒れながら砂状になって行き、撥ね飛ばした頭も同じく砂状になって床に落ちて行った。

「これで…っと?」

 男が砂状に変わった瞬間、部屋が揺れ、いやおそらく上の教会が崩れ始めたことで起きた振動が伝わってきた。

「これは拙いな」

 おそらく教会の形を留めていた術が掛かっていたのだろう。
 教会が不自然に綺麗な状態だったのはそれの影響だったのだろうが、今の状況からしてその術の核があの男であったらしい。
 そして、その核が無くなったことにより術が解け、今まで本来なら在ったはずの時間経過の影響が一気に来たことによって、教会そのものが形を留めておけなくなったのだろう。

 この部屋でも色々と調べたいことがあったのだが、このままでは生き埋めになってしまうので、俺は一気に部屋を出て階段を駆け上り教会の外に脱出した。
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