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honey
#2
しおりを挟む「あーおもしろかった!」
一緒に映画を観にいった帰り道。
辺りはもう暗くて、住宅街に人通りは殆どなかった。
だから手をつないで歩いた。
「でも一樹は、違うのを観たかったんじゃない?」
色々な動物がでてくるドキュメンタリー映画はおもしろかったけど、一樹はそういうのあんまり興味なさそうだし。
たぶん俺が動物が好きだって知ってて、合わせてくれたんだと思う。
「や、おもしろかった。映画観てる悠里が」
「俺?なんで?」
意味がわからずに聞き返すと、だってさと一樹は笑った。
「いちいちすげえ反応するし」
「……そんなん見ないでよ、恥ずかしいじゃん!」
最近、ずっと気になっていた人に告られた。
一樹とは同じクラスだけど、あんまり喋ったことはなかったから本当にびっくりした。
一樹は優しい。
よく喧嘩するし学校をサボるし煙草を吸うし見た目も中身も不良っぽいけど、でもほんとはとても優しい。
つきあい始めて、更にそう思った。
わかりにくいけどさりげなく気を使ってくれるし、少し粗暴なところはあるけど俺のことを大切にしてくれてると思う。
そして何より、一樹は俺がブラコンだってことを受け入れてくれた。
俺はそれが一番嬉しかった。
「……一樹、」
「ん?」
「好きだよ」
ぎゅっと手を握って、一樹のキレイな顔を見上げる。
「……おう」
少し照れている一樹は、なんだかかわいくて。
胸のなかが、ほんわりとあたたかくなった。
――……あのさ、
つきあう事になった日、俺の家に向かう途中で一樹は言った。
――俺的には、すっげえ嬉しいんだけど
――うん?
――その日にってのは、ちょっと早すぎねぇ…?
隣りを歩く彼の頬は、少し赤くなっていた。
――何が?
きょとんとして尋ねると、一樹はピアスだらけの耳を弄る。
――……案外、積極的なんだな
――は?
意味がわからない。
――あ、ここだよ
――……マジかよ…
友達を家に連れてくると、大概同じような反応を示す。
俺の家は、よそと比べてちょっと大きめらしい。
――……すげーな…
――そう?
インターホンを押すと指紋が照合されて、ぎぎいっと門が開く。
と同時に庭で遊んでいたらしいリリィが飛びついてきた。
――ただいま
いつものように屈んで額を撫でると、ペロペロと頬を舐められる。
――ははっ!くすぐったい
しばらくリリィと遊んだ後、振り返ると一樹は更に顔を赤くしていた。
――……どうしたの?
――……なんでもない
――……?
変なのと思いつつ玄関のドアを開ける。
すると、いつも綺麗に磨かれている黒い革靴が俺の目に飛び込んできた。
――律兄っ!
リビングに鞄を放り出してキッチンに駆け込む。
――あぁ悠里、おかえり
――ただいま!どうしたの?今日、早いんだね
律兄は弁護士をしている。
もともと忙しい仕事みたいだけど、大きな仕事が重なると毎日のように帰りが遅くなった。
――珍しく仕事が早く片づいたんだ。だから久しぶりに、悠里と一緒に夕飯が食べたくて
――……っ!!
思わず、ぎゅーっとその広い背中にしがみつく。
――嬉しい!
――大げさだなあ
――……だって、ほんとに嬉しいんだもん
律兄は、拗ねた顔をする俺の頭を優しく撫でてくれた。
――俺も嬉しいよ。久々に悠里といっぱい話せて
見上げると、俺の大好きな笑顔がそこにある。
――………
……やっぱり、少し似てる…
――……あ!
その時になってようやく、俺は玄関にいる一樹の存在を思いだした。
一樹は俺と律兄の様子を見て、やっぱり戸惑ってたみたいだった。
でも、それでもいいって言ってくれた。
嫌いにならないって。
だけど俺はその時、一つだけ一樹に嘘を吐いた。
ブラコンだって言ったけど、ほんとはそうじゃない。
俺は律兄のことが好きだった。
生まれた時から、ずっと一緒にいた。
律兄は強くて優しくて、いつも俺を守ってくれた。
だから父さんと母さんが外国に行ってしまっても、俺は全然平気だった。
その頃から、律兄は俺のすべてだった。
律兄さえいてくれれば、それでよかった。
誰よりも近くにいる、誰よりも大切な人。
その気持ちが、いつ恋に変化したのかはわからない。
でもはっきりと自覚したのは、中学の頃だ。
俺の気持ちに気づいた律兄は、ほんの少しずつ距離を置こうとした。
だけどそんなの耐えられなかった。
今更無理だった。
そして優しい律兄は、俺を突き放そうとはしなかった。
ところが俺が高校にあがった頃、律兄が家に女の人を連れてきた。
仲のいい友達だと紹介されたけど、そうじゃない事はすぐにわかった。
――よろしくね、悠里くん
その女の人…あゆみさんは俺に笑いかけた。
とても、綺麗な人だった。
何も答えない俺の隣りで、緊張してるんだよと律兄はあゆみさんに言う。
――昔から人見知りが激しくてね、
――そうなの?律とは真逆のタイプね
その日、俺は一言も喋らなかった。
何も言えなかった。
律兄は家族で俺の兄さんだったから、ずっと傍にいることができた。そして好きになった。
だから、兄弟じゃなければよかったとはどうしても思えないけど。
俺が本気で嫌だって言ったら、あの人と別れてくれるかな。
どこにもいかないでって言ったら、ずっと俺の傍にいてくれるかな。
そんな事ばかり考えた。
でもそれに、一体なんの意味があるんだろう。
律兄にとって、俺は甘え癖がぬけないただの弟でしかなくて、だからそういうふうに見てくれることはないってわかってるのに。
笑った顔が律兄に似てる。
初めは、ただそれだけだった。
一樹はいつも仲間と一緒にいたし、あまり学校に来なかったから接する機会は殆どなかった。
ある時、偶然席が隣りになって休み時間に少し話をした。
何を話したのかよく覚えてないけど、本当にどうでもいいような内容だった気がする。
一樹の素行は有名だったから初めは少し怖かったけど、話してみるとかなり印象が変わった。
口が悪くて荒々しいのは自分の気持ちに正直なだけで、容姿が際立ってるからやたら行動が目立つけど無闇に人を攻撃したりはしない。
それに意外と友達思いで、情に厚い。
気になる人ができたと言ったら、律兄は喜んだ。
そして今度家に連れておいで、と言った。
だけどさすがに、告白されるとは思ってなかった。
まだお互いのことをあまり知らなかったし、それ以前に男同士だし。
でも一樹とつきあったら、律兄のことを忘れられるかもしれないと思った。
そしたらもう、こんなに辛い思いはしないで済むのかもしれない。
騙してるみたいで罪悪感がなかったわけじゃないけど、もう藁にも縋る思いだった。
一樹の笑った顔はやっぱり律兄に似てるけど、でもそれ以外は全然違う。
性格はむしろ正反対に近い。
そして一緒にいるうちに、俺はどんどん一樹に夢中になっていった。
律兄とは違う、一樹の優しさに惹かれた。
――悠里、
一樹が俺の名前を呼ぶと、どきどきする。
そして抱きしめられて、少し乱暴にキスされると頭がぼーっとした。
――好きだ
耳元で囁かれる、低くて少し掠れた声。
愛おしそうに俺に触れる、ごつごつした男らしい手。
ねえ、一樹。
俺のなかではやっぱり、律兄の存在は大きいけど。
たぶんそれはこの先も、ずっと変わらないのかもしれないけど。
でも、一樹のことも大好きなんだ。
だから一緒にいたいと思うのは、やっぱりずるい事なのかな。
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