短編集(1)(BL)

kotori

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honey

#3(1)

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今日は俺の部屋で、一緒にDVDを観た。
俺はまた動物モノでも別によかったんだけど、今度は俺が好きなのがいい、と悠里が言い張った。

「……っ、もう、終わった??」

目をぎゅっとつむって、耳を塞いだまま悠里が言う。

「……苦手なら苦手って言やいいのに」

そしたらホラー映画なんか借りなかったのに。
一緒に楽しめなきゃ、意味ねーじゃん。

「ねぇ、終わった?」

両手が塞がっている悠里は、目を閉じたまま身体を寄せてくる。

……あーやばい…

最強だ。
かなわない。

「……悠里、もう大丈夫だから」

手を外してやりながら言う。
そしてその小さな唇を塞いだら、悠里は涙目のままきょとんとしていた。

「……ん……っ」

テレビはもう消していたので、悠里の苦しそうな息づかいと舌が絡まる音だけが部屋に生々しく響く。

「……一樹…」

背中にまわされる手。
そのまま押し倒しても、悠里は拒まない。
初めての時もそうだった。
ただ、灯りは消してと小さな声で言った。

「……なぁ、悠里」

シャツのボタンを外しながら言う。

「なに?」

潤んだ眼で見上げてくる悠里は、とてもかわいい。

「……悠里はさ、兄貴のことが好きなのか?」
「……え?」

悠里は真っすぐに俺を見て…笑って頷いた。

「うん、好きだよ」
「………」

素直で、甘えたがりで、泣き虫で。

「……どんなふうに?」
「どんなふうって…、どうしたの?一樹」
「………」

嘘がつけない悠里。

「……ほんとはさ、俺よりも兄貴と一緒にいたいんじゃないの?」
「……え?」

腕のなかにいる悠里の表情が強張っていく。

「ほんとは兄貴と、こういうことしたいんじゃねぇの?」

その見開かれた瞳に、今映っているのは。
誰なのか。




 
昨日、律さんと会った。

携帯の番号は、家に行った時に貰った名刺に書いてあった。
待ち合わせたコーヒーショップには時間より少し早めに着いたのに、律さんは既に窓際の席に座っていた。

――すみません、突然

悠里の話によれば、律さんは弁護士をしてるらしい。
きっと忙しい時間を割いて、わざわざ来てくれたんだろう。

――いいよ、俺も君と話をしてみたかったし

律さんは人のいい笑顔を浮かべて言った。

――それで、君の話は?

――……悠里のことです



俺と悠里の関係は、はたからみればなんの問題もないのかもしれない(男同士ということを除けば)。

ほとんど毎日一緒にいるし、休みの日にはデートもする。
ちょっとしたケンカをしてもすぐに仲直りするし、甘えたがりな悠里は二人きりになるとすぐにいちゃつきたがる。
キスやセックスだってもう何度もした。

確かに俺たちはうまくいってるんだと思う。
でも、いつもどこかに違和感があった。
好きだよと言って、俺を求める悠里。
だけどその想いは、本当は誰に向けられたものなのか。
その綺麗な瞳に映っているのは本当に俺なのか。
一緒にいればいるほど、わからなくなった。



――……たぶん、君が思ってるとおりだよ

いざ本人を目の前にしてなかなか核心に触れられずにいると、律さんが先に口を開いた。

――でも俺は、悠里の気持ちには応えられない

やっぱり、と思った。
やっぱり、悠里は…。

――悠里はたぶん、勘違いをしてるんだ。親が傍にいないからって、俺がつい甘やかしてしまったから…

――……違う

――え?

――悠里は…本気で律さんの事が好きですよ

そんなの、傍で見てればわかる。
この人といる時の悠里は、いつもとはまるで違う表情(かお)をしている。
そしてそれは決して、俺に向けられることはない。

――……勘違いなんかじゃない

――………

認めたくなんかなかったけど、いろんな事が腑に落ちた。
セックスする時に、いつも灯りを消して欲しいと言ってたのも。
目を覚ました時に隣りにいる俺を見て、一瞬目を見開いて微笑むその仕草も、何もかも。

全部、そういうことだった。



――俺は悠里を一人にはできないし、したくない。……大切な弟だから

律さんはコーヒーを飲みながら言った。

――これからどうするかは、君が決めたらいい

混乱した。
それにショックだった。
悠里が見ていたのは、やっぱり俺じゃなかった。
でも、俺を必要としてる。
それは…、つまり。





「……悠里は俺を、利用したわけ?」
「………」
「……悠里」
「………ごめんなさい…」
「………」

……認めんのかよ…

震える小さな肩。
青ざめた頬に、涙が伝う。

「……くるしくて…どうすればいいのか、わかんなくて…」
「……そしたら都合よく、俺に告られた?」
「………」
「……ナメてんのかよ」

俺の声にびく、と悠里が震えた。

「……ごめ…なさ…っ」
「………」

ふざけんなよと怒鳴りつけたかった。
だけど泣きじゃくる悠里に、そんな事はできなくて。
でも許してあげられるほど、大人にもなれなくて。
行き場のない怒りを抑えつつ、俺はその細い腕を離した。

「……帰れよ」
「……かず、」
「帰れ」
「………」

悠里は静かに部屋を出ていった。



……冗談じゃねえ……

男に告るのにどんだけ勇気がいると思ってんだよ。
勝てねえ喧嘩の、その何倍も怖かったよ。
だからおまえに俺もって言われた時は、嬉しくて仕方なかった。
あんなに嬉しかったのは、たぶん生まれて初めてだったんだ。
なのに。

――……ごめんなさい…

さっき初めて、俺がおまえの眼に映ったような気がした。


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