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出会い編
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(春日視点)
トン
歩いている時に軽く肩がぶつかった。
「あ、すいません」
「……いや」
どちらが悪いかと言われると、多分余所見をしていたオレが悪い。
それなのに何の躊躇いもなく謝るあいつにとくりと心臓が跳ねた気がした。
*
普段と何ら変わらないとある日の事。
学校へ行くのに駅を利用するわけでもないオレが最寄りの駅へと向かったのは全くの偶然。
時間が時間なだけに流石に人が多く、しかもちょうど電車が着いたところだったのか改札から一気に溢れてきた。
(うぜえな)
人並みに逆らっているために歩き難いことこの上ない。
眉を寄せ心の中で舌打ちをすると、擦れ違う奴らの目に怯えが見え隠れした。
元々の顔が凶悪なのは自分でも良くわかっているが、そうあからさまに避けなくても良いじゃないかと思ってしまう。
多少歩きやすくなったので良しとしよう。
電光掲示板を見ると、やはり目当ての電車は行ってしまった後だった。
まあすぐに次の電車が来るだろう。
そこで携帯をいじりながら歩いたのが悪かったのか。
「!」
「あ、すいません」
「…」
右肩への軽い衝撃。
視線を移すと、染めた事など一度もないだろう黒髪がまず見え、次いで色気も素っ気もない眼鏡に覆われた小さな顔が見えた。
「――‥」
特別綺麗だとか、声が綺麗だとか、良い匂いだとか、そんな事は全くない。
ないのだが。
『すいません』
こちらには目もくれず、ただ反射的にぶつかったから謝っただけの男に妙に胸が騒いだ。
いやいや男相手に何考えてるんだ。
しかもあんな地味な奴と自分に絶望したが、不思議なくらいずっとそいつの事が頭から離れなくて、男だろうがなんだろうが気になるものは気になると開き直ったのは意外と早かった。
それから奴を捕まえるべく姿を探し、目当ての影を見つけたのはそれからほどなく。
黒髪だから探すのに苦労するかと思ったが、あいつだけは何故かすぐにわかった。
数いる他の黒髪とどこか違う。
丁度駅についたオレと、改札を抜けてきたあいつ。
たまたま合った目に最初の時よりも大きく胸が鳴った。
自然と足があいつを追っていた。
「オイ」
「へ?」
思ったよりも細い腕を掴み、引き寄せる。
真正面から見たそいつは第一印象の通り冴えない容姿。
突然現れた強面にこちらを見る目が驚きから怯えに変わる。
「え……?」
びくびくと震えながらも目は逸らさないこいつに口角が上がる。
「名前は」
「は?」
「名前」
「え?あ、秋吉」
聞いておいてなんだが、答える必要なんてないのに素直に答えるこいつに笑みが深まる。
律儀かよ。
「秋吉」
「は、はい?」
「オレと付き合え」
「…………は?」
ぽかんと大口を開けて目を見開く秋吉。
初対面の男に突然こんな事を言われのだからこの反応は納得だ。
いや、というかオレも一体何を言っているんだか。
馬鹿な事をしている自覚はある。
けれど止まらない。
今捕まえておかないと、絶対に後悔する。
「は、じゃねえよ。オレと付き合え」
「いや、あの、い、いい意味がわかんないんですけど、ば、罰ゲームとか?」
「違え。マジだ。付き合え」
「いいいいやです!」
「ああ?」
「……っ」
断られるのは想定内だったが、思わず凄んでしまった。
一際大きく震える肩。
ああ、涙が滲んでいる。
これはヤバイ。
泣かせてしまう事への焦りや罪悪感などのヤバイではなく。
(……もっと泣かせてえ)
そう、もっと泣かせたい。
諸々の抑えが効かなくなってしまいそうな、ヤバイである。
「――‥」
ごくりと喉が鳴る。
衝動に駆られるがまま、少しかがんで噛みつくように唇を奪った。
「!?!?!?!?」
涙の滲んだ目が大きく開かれる。
街中だとか、人目があるだとかは気にならない。
そんな事より、ただ触れているだけなのに今までどんな美人と交わしたものよりも遥かに甘く感じるそれに酔っていると。
「っ、なにすんだよ!?」
「!」
渾身の右ストレートを顔面にお見舞いされた。
とはいえ明らかに喧嘩慣れしていない、おまけに人を殴るのが初めてに近いだろうこいつの渾身の力なんてたかが知れている。
避けなかったのは単に柔らかな唇をうっかり堪能してしまっていたからだ。
「……あ?」
「……っ」
大した衝撃はなかったものの良い気分の時に邪魔をされて睨む。
「あ、あ、あんたが悪いんだろ!?」
「あんだと!?」
「っ、それに、お、オレ男に興味ないんで!」
言うだけ言って猛ダッシュで逃げられた。
「……おもしれえじゃん」
まっすぐに目を見つめてくるところも、意外と手が早いところも、びくつきながらも自分の意見はしっかりと告げられるところもますます気に入った。
「捕まえてやる」
何が何でも。
どれだけ時間がかかろうが関係ない。
必ず、手に入れてみせる。
そう決意し、殴られた頬に手を当て不敵に笑む姿に周囲が脅えていたなんて、オレは全く気付かなかった。
かくして翌日から秋吉との追いかけっこが始まる。
「よお、秋吉」
「っ、ぎゃああああ出たああああ!」
end.
トン
歩いている時に軽く肩がぶつかった。
「あ、すいません」
「……いや」
どちらが悪いかと言われると、多分余所見をしていたオレが悪い。
それなのに何の躊躇いもなく謝るあいつにとくりと心臓が跳ねた気がした。
*
普段と何ら変わらないとある日の事。
学校へ行くのに駅を利用するわけでもないオレが最寄りの駅へと向かったのは全くの偶然。
時間が時間なだけに流石に人が多く、しかもちょうど電車が着いたところだったのか改札から一気に溢れてきた。
(うぜえな)
人並みに逆らっているために歩き難いことこの上ない。
眉を寄せ心の中で舌打ちをすると、擦れ違う奴らの目に怯えが見え隠れした。
元々の顔が凶悪なのは自分でも良くわかっているが、そうあからさまに避けなくても良いじゃないかと思ってしまう。
多少歩きやすくなったので良しとしよう。
電光掲示板を見ると、やはり目当ての電車は行ってしまった後だった。
まあすぐに次の電車が来るだろう。
そこで携帯をいじりながら歩いたのが悪かったのか。
「!」
「あ、すいません」
「…」
右肩への軽い衝撃。
視線を移すと、染めた事など一度もないだろう黒髪がまず見え、次いで色気も素っ気もない眼鏡に覆われた小さな顔が見えた。
「――‥」
特別綺麗だとか、声が綺麗だとか、良い匂いだとか、そんな事は全くない。
ないのだが。
『すいません』
こちらには目もくれず、ただ反射的にぶつかったから謝っただけの男に妙に胸が騒いだ。
いやいや男相手に何考えてるんだ。
しかもあんな地味な奴と自分に絶望したが、不思議なくらいずっとそいつの事が頭から離れなくて、男だろうがなんだろうが気になるものは気になると開き直ったのは意外と早かった。
それから奴を捕まえるべく姿を探し、目当ての影を見つけたのはそれからほどなく。
黒髪だから探すのに苦労するかと思ったが、あいつだけは何故かすぐにわかった。
数いる他の黒髪とどこか違う。
丁度駅についたオレと、改札を抜けてきたあいつ。
たまたま合った目に最初の時よりも大きく胸が鳴った。
自然と足があいつを追っていた。
「オイ」
「へ?」
思ったよりも細い腕を掴み、引き寄せる。
真正面から見たそいつは第一印象の通り冴えない容姿。
突然現れた強面にこちらを見る目が驚きから怯えに変わる。
「え……?」
びくびくと震えながらも目は逸らさないこいつに口角が上がる。
「名前は」
「は?」
「名前」
「え?あ、秋吉」
聞いておいてなんだが、答える必要なんてないのに素直に答えるこいつに笑みが深まる。
律儀かよ。
「秋吉」
「は、はい?」
「オレと付き合え」
「…………は?」
ぽかんと大口を開けて目を見開く秋吉。
初対面の男に突然こんな事を言われのだからこの反応は納得だ。
いや、というかオレも一体何を言っているんだか。
馬鹿な事をしている自覚はある。
けれど止まらない。
今捕まえておかないと、絶対に後悔する。
「は、じゃねえよ。オレと付き合え」
「いや、あの、い、いい意味がわかんないんですけど、ば、罰ゲームとか?」
「違え。マジだ。付き合え」
「いいいいやです!」
「ああ?」
「……っ」
断られるのは想定内だったが、思わず凄んでしまった。
一際大きく震える肩。
ああ、涙が滲んでいる。
これはヤバイ。
泣かせてしまう事への焦りや罪悪感などのヤバイではなく。
(……もっと泣かせてえ)
そう、もっと泣かせたい。
諸々の抑えが効かなくなってしまいそうな、ヤバイである。
「――‥」
ごくりと喉が鳴る。
衝動に駆られるがまま、少しかがんで噛みつくように唇を奪った。
「!?!?!?!?」
涙の滲んだ目が大きく開かれる。
街中だとか、人目があるだとかは気にならない。
そんな事より、ただ触れているだけなのに今までどんな美人と交わしたものよりも遥かに甘く感じるそれに酔っていると。
「っ、なにすんだよ!?」
「!」
渾身の右ストレートを顔面にお見舞いされた。
とはいえ明らかに喧嘩慣れしていない、おまけに人を殴るのが初めてに近いだろうこいつの渾身の力なんてたかが知れている。
避けなかったのは単に柔らかな唇をうっかり堪能してしまっていたからだ。
「……あ?」
「……っ」
大した衝撃はなかったものの良い気分の時に邪魔をされて睨む。
「あ、あ、あんたが悪いんだろ!?」
「あんだと!?」
「っ、それに、お、オレ男に興味ないんで!」
言うだけ言って猛ダッシュで逃げられた。
「……おもしれえじゃん」
まっすぐに目を見つめてくるところも、意外と手が早いところも、びくつきながらも自分の意見はしっかりと告げられるところもますます気に入った。
「捕まえてやる」
何が何でも。
どれだけ時間がかかろうが関係ない。
必ず、手に入れてみせる。
そう決意し、殴られた頬に手を当て不敵に笑む姿に周囲が脅えていたなんて、オレは全く気付かなかった。
かくして翌日から秋吉との追いかけっこが始まる。
「よお、秋吉」
「っ、ぎゃああああ出たああああ!」
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