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001: 出会い
しおりを挟む『は‥腹へった‥』
黒猫リオンは雨の中の軒先でへたりこんでいた。
人族の人混みに巻き込まれて近侍の灰ブチ猫ギードとはぐれてしまった。朝から何も食べていない。自力で餌を捕らえようとしたが慣れないことで一向にうまくいかない。野良猫の様に人族にエサを強請るなど猫族の王族の矜持が許さなかった。
腹が減りすぎてもう人族に化ける力もない。家路の方角さえわからない。そうこうするうちに陽が落ちて雨も降り出した。
こんなはずじゃなかった。社会見学でちょっと人族の街の様子を見て帰るはずだったのに。
人族の世界に初めて来た方向音痴なリオンは供とはぐれた時点で生命の危機だった。
『もうダメだにゃ‥ボクはここで死ぬんだ』
雨にぬれて寒くて体の力も入らない。腹ヘリで動けない。眠い。
人通りのなくなった夜の街で泥に汚れ闇に溶け込んだ黒猫に誰が気がつくだろうか。力無くしっぽをピタンと落とし顔を伏せたところで遠くから馬車がやってきた。
雨。街道の片隅。夜中。黒猫。見つけられるはずもないのに、なぜか馬車がリオンの目の前で止まった。駆け寄る足音。そして何やら柔らかいものに抱え上げられる。
「——!———。———!」
鈴の音のような可愛らしい声。でも言葉の意味はわからない。ふわふわの何かに包まれる。霞む意識で目を開けようとしたが瞼が重い。暖かい何かに頭を撫でられる。その心地よさにグルグルと喉を鳴らす。
「———。———?」
なに?何を言ってるの?この匂いは?
ガタガタと揺れる中で匂いのするものに鼻を鳴らし顔を近づける。そうすれば優しい声がかけられた。差し出されたものを食べ物と思って噛みついてしまった。柔らかいそれが人族の指とわかり慌てて力を抜いて吸い付いて口に含むと水だった。それをざらつく舌で舐めとる。何度か濡れた指が差し出され必死で舐めとると少し乾きが癒えた。
柔らかいものに撫でられ温かく気持ちがいい。うっとりとそれに身を任せればほぅと感嘆が出た。自分を撫でるそれに頭を擦り付ければ恍惚とするほどの甘美に満たされた。
「にゃぉん」
「———?———」
さらに優しく頭を撫でられる。何やら褒められたような気がしたがなぜ褒められたのかもわからない。視界のない中で温かく柔らかいものに撫でられ、ふわふわする快感のみがリオンを支配する。
ここは天国?もうボクは死んじゃった?だからこんな暖かくて気持ちがいいんだ?
短い猫生だったなぁ。こんなことなら可愛いお嫁さんをもらっておけばよかった。真っ黒い毛並みと黒曜石の瞳で優しくて甘え上手で。ボクをたくさん愛してくれる可愛いメス猫がいい。
もしもう一度チャンスがあるのなら、次に目に入った好みの子に絶対プロポーズしよう。そしてその子をたくさん可愛がってあげるんだ。
でももうそれも無理か‥‥
今はこうして女神様に撫でてもらえて気持ちいい‥‥
霞む目をかすかに開けて自分を抱き上げる者を見上げる。そこには自分が思い描いた黒い毛並みの黒い瞳が見えた。
あれ?女神様はボク好み?
残念‥女神様じゃプロポーズできないな‥
そうしてリオンの意識は闇に沈んだ。
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