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004: 出会い《アリス》③
しおりを挟む「あ、賢いわね。私の言っていることがわかる?すぐに綺麗にしてあげるね。ちょっとだけ我慢してね」
猫は風呂が嫌いだ。だが汚れたままでは部屋におけない。すぐにバレてしまうし濡れたままは猫にもよくない。ここが一番の難関である。蛇口をひねりシンクボウルにぬるめの湯を張る。そこにそっと黒猫を浸した。意外にも猫は暴れず気持ちよさそうにしている。
「やっぱり君は飼い猫だね?お風呂に慣れてる。よかった」
お湯ですすいで猫の体から泥を優しく落とす。黒猫はその間も抵抗せずされるがまま、むしろ気持ちよさそうだ。湯の中でぷかぷかと手足を伸ばす。
綺麗になったほかほか黒猫をバスタオルで包み優しく拭き上げた。黒猫は気持ちがいいのかくすぐったそうに喉を鳴らして身を捩っている。
「グルグルグル‥」
「さっぱりして気持ちよかった?ご機嫌だね。でも鳴き声はなるべく出さないでね?パパにバレちゃう」
「にゃん?」
アリスが人差し指を口にあてて静かにのポーズを取れば黒猫は小首をかしげ小さく鳴いてこくんと頷いたように見えた。そのなんとも人間臭い仕草にアリスから笑みが溢れた。
偶然なんだろうけど、ホントに賢いなぁ
すっかりご満悦でゴロゴロ喉を鳴らしている黒猫を抱き上げ寝室に向かう。ベッドの下には猫ベッドが隠してあるのだ。それを引っ張り出して黒猫を寝かせようとしたがアリスの手から離れたがらない。爪を立ててアリスに引っ付いた。
「なぉん」
「あれ?暗いところは嫌?甘えん坊さんかな?疲れてない?いいよ、一緒にいようね」
猫を抱いて居室のソファに腰掛ける。膝の猫はグルグル喉を鳴らして尻尾を振り子のようにゆっくり振っている。抱っこされてご機嫌なようだ。アリスの胸に顔を擦りつけている。
「あ、そうだ。クッキーあるけど、ゴハン食べられるかな?」
「ごにゃん」
「そうそう、ゴハンよ」
黒猫が鼻を鳴らし身を起こした。目を大きく見開く。先程ソファに放り投げたハンドバッグからアリスはクッキーを取り出した。茶会で余ったものだ。手の上で砕いて差し出せば黒猫は興味深げにくんくん匂いを嗅ぐ。そしてぱくりと一口齧った。気に入ったのか目をまん丸にしてガツガツと食べ始めた。
「クッキー美味しい?お腹空いてたね。まだあるからゆっくりでいいよ」
猫をソファに置いてテーブルにクッキーを置く。水トレーも準備をしてやれば美味しそうにクッキー三枚を平らげた。黒猫は満足気だ。前足を舐めて顔を洗っている。
「もうすぐミルクもくるからね。ちょっとごめんね」
猫を前足から抱え上げれば体がびろーんと伸びる。すっかり慣れた猫はもう無抵抗だ。アリスは明るいところで猫をよく観察した。
成猫。中型で全身真っ黒。耳の中の毛だけちょっとだけ白い。短毛種で尻尾が長く先っちょが曲がっている。かぎしっぽだ。耳の中の白毛とピンクの口と金色の目以外は鼻から肉球まで真っ黒。汚れも落としたから毛艶もとてもいい。見事な黒猫にアリスからため息が出た。
「わぁ、綺麗な黒猫。えっと、男の子だね。君、ホントハンサムね。カッコいいわぁ。ん?あれ?」
黒猫を膝に置き直して猫の首をさぐれば細い鎖の輪がついていた。すでに赤い首輪をしているのにその鎖はあまりに華奢すぎる。細すぎて目立たないほどだ。鎖の先に小さな何かがついている。手に取れば小さな金色の石だった。猫の瞳と同じ色でキラキラと美しい。その時何かがアリスの頭に閃いた。
———リオン
「え?リオン?」
「にぉん」
名を呼ばれ黒猫が良い鳴き声で返事をした。リオンと鳴き返したようだ。
「リオン?君の名前かな?素敵な名前ね」
そしてステキな鳴き声。これなら鳴き声で会話できそう。
アリスはくすくす笑う。
「返事するなんて賢いね。やっぱり飼い猫かな。これだけ人に慣れていれば当然だよね」
だが猫の首にこんな鎖は危ない。木の枝に引っ掛かれば首吊りになってしまう。ネックレスのようにジャストサイズの鎖を外そうとしたが継ぎ目がない。鎖は猫の頭が通る長さではない。継ぎ目がないと外すことができない。
「ん?君のご主人はこれをどうやってつけたのかな?」
「にやん」
触れて欲しくないのか黒猫が身を捩る。そして早く早くと細くて長いしっぽがぺんぺんとアリスの手を叩いた。
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