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003: 出会い《アリス》②
しおりを挟む「え?黒猫?ですからどこに?」
ケイトがゾッとする。今に始まった事ではないがアリスはなぜか猫の居場所を瞬時に見つける。アリスはそれを猫ちゃんラブサーチと呼んでいるが、そんな可愛らしいものじゃない。その執着と謎の索猫能力が恐ろしい。
止まった馬車からアリスが雨の中に飛び出し道脇に座り込む。アリスの背後から傘を片手に近寄るがケイトにはやはり猫などわからない。アリスが手に抱き上げて初めて黒い塊を視認できた。
「大変!震えてるわ。雨に濡れて寒いのね。もう大丈夫よ。急いで連れて帰らなくちゃ!」
「え?屋敷に連れて帰るのですか?」
「何よ!これは人助け‥じゃなくて猫助けよ。命を大事にする情けはないの?ケイトの人でなし!」
「え?いえそういうわけでは。生類憐れむのは良いことです」
「こんなカッコいいハンサム猫ちゃんを失っては人類の損失よ!急がなくちゃ!早く出して!」
「あ、やっぱり猫煩悩なんですね」
鼻息荒いアリスが躊躇いなく自分のショールでドロドロに汚れた黒猫を包み込む。そして急いで馬車に乗り込んだ。
「頑張って。もうすぐ着くわ。お水飲めるかしら?」
アリスはハンドバッグとは別の大きな手下げから水筒を取り出した。自分用ではない。猫専用の水筒。どこで出会うかわからない猫のためにアリスは常に水と猫おやつのセットを常備していた。コップに少し水を出すが直に飲める様子ではない。アリスは指を水に浸して黒猫の口元に差し出した。
「お願い、頑張って、お水飲んで。美味しいよ?」
いかに弱っていようとも野良猫は人の手から餌を食べないことは重々承知していた。だがこの猫は首輪をしている。飼い猫が野良になることはあり得るから首輪だけでは判断できない。だがアリスはそこに賭けた。祈る思いで水に濡れた指を差し出せば黒猫は可愛い鼻をすんすんしてアリスの指に顔を近づけがぶりと指にしゃぶりついた。
食べものと勘違いしたの?可愛い‥‥
甘噛みだ。これくらいでは動じない。アリスの指を少しカジカジしたが、食べ物じゃないと気がついたのか猫はペロリと指を舐めた。
「やった!いい子ね。もっと飲めるかな?」
なでなでしながら指を水に浸し猫に差し出せば再びペロリと舐めた。それを数回繰り返す。水を飲んで満足したのかアリスの手に頭を擦り寄せ甘えた声を上げた。
「にゃぉん」
「ちょっと元気になった?よかった。よく頑張ったね」
口だけがピンク色の真っ黒い猫。瞳の色は何色だろう?そう思ったら猫がうっすら目を開けてアリスを見上げた。その瞳は誰もが魅了されそうな深い金色だった。アリスは息を呑んで見つめてしまった。
すごい、なんて綺麗なの‥
こんな猫ちゃんみたことない‥
黒猫は満足したのか目を閉じてアリスの膝で丸くなった。アリスはその毛並みを撫でる。
汚れてはいるが毛並みが美しい。綺麗にしてブラッシングすれは黒く輝くだろう。人の手を恐れない。この猫はやはり飼い猫だ、それもどこか貴族か金持ちの。どことなく品もいい。猫をそんな風に思ったのは始めてだ。
「お嬢様、もうすぐ屋敷に着きますが‥」
「今日は仮病で行くわ。ケイトは部屋へミルクをお願い。ぬるめにするのよ?」
「ええ?私もやるんですか?」
「可哀想な猫ちゃんのためよ!お願い!」
口ではお願いと言いながらもアリスの目が爛々としている。ものすごい気迫でケイトは断れない。嫌とは言わさへんで!という威圧、またの名をパワハラだ。猫を可哀想と思うなら無茶振りされる侍女のことも可哀想と思ってほしい。ケイトは疲れたように目を閉じてため息を吐いた。
馬車が緩やかにエントランスに辿り着き傘を手にした執事のハンスが扉を開け恭しく頭を下げる。
「お嬢様、おかえりな」
「いたたたたッお腹痛い!」
「は?」
「えー、先程急に馬車の中でお嬢様が急にお腹が痛いと」
「それは‥‥?」
盛大に腹を抱えて前屈みになるアリスにハンスが目を見張った。そこに棒読みのケイトの説明が続く。ハンスが怯んだその隙に猫ごと腹を抱え前のめりのアリスが馬車から駆け降りた。部屋に向かって猛ダッシュだ。
「お腹痛いから部屋に行くわ!」
「は?では医師」
「いらない!部屋で寝てるわ!誰もついて来ないで!」
元気よくすっとんでいくアリスの後ろ姿を見送りハンスが目元を手で覆った。アリスが手に抱えた何かから黒いしっぽが垂れていた。
「ハンス様、お嬢様はぬるめのホットミルクが飲みたいそうです。準備をお願いできますか?私が部屋にお持ちします」
「腹痛でミルク‥またアレですか」
「すみません‥」
二人は顔を見合わせため息をついた。
スプリンターも真っ青な全速力のコーナリングでアリスは部屋に駆け込んだ。タイムで言えば新記録級だろう。とても腹痛で苦しんでいる令嬢には見えない。
「やった!バレなかった!」
鼻息荒く拳を握る。ハンドバッグをソファに放り投げアリスは猫を抱えたままバスルームに行き床のかごにそっと黒猫を置いた。いつでも猫を連れ込めるようにすでに猫専用のかごベッドが部屋のあちらこちらに常備されていた。
「ちょっとごめんね。体を見させてね。怪我は‥してないかな?汚れてるだけだね。よかった」
目をうっすら開けて黒猫はにゃぁと掠れた声を上げた。そうだと返事をしているようだ。
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