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本編

No,33 真唯のクリスマス観の変化

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現在いま、真唯は、お気に入りの喫茶店【椿屋珈琲店】でスパイシーなカレーの夕飯を済ませ、食後の珈琲を味わっていた。正直、真唯はあんまりロイヤルコペンハーゲンが好きではない。だが、店内の大正浪漫的なクラシックな雰囲気ムードにとても良くあうと思っている。
真唯の今日の朝食はトーストが一枚だった。
昼食は銀座と云う場所柄もあって、ドトールでケチった。
だから、夕飯ぐらい豪勢にしてみてもバチは当たらないと思う。

……本来、真唯の“贅沢”とは、こういうカワイイものだった……

(…なのに…)

購入してしまった、自分の一ヶ月分のお給料に近い物を、いとも簡単に。
確かにお買い得であったとは思う。
でも、以前の自分なら、確実に二の足を踏んでいた事だろう。
それが……


だって、あの・・一条さんへのプレゼントなのだ。
妥協はしたくなかった。


そしてそれが、一条と付き合う事なのだと云う事に真唯は気付いている。

あの緋龍院建設の専務であり、身につけるスーツは銀座の老舗メーカーの特注オーダーメイドかブリオーニ。たまに現場にも顔を出す為に今はバーバリのトレンチコートを着用しているが(アノ一条さんよりトレンチが似合うなんて~~っ!! と真唯が心秘かに萌えている事を彼は知らない)、もっと寒くなれば銀座の店のピュアカシミアのロングコートを身にまとう事になるのだろう。時計はブレゲ、財布はエルメスを長く使いこんでいて、その中には、あの富の象徴ブラックカードが入っている事を真唯は知っている。
これで実家が元・華族であり、父方の方から英国貴族の血をひいてるなんて、殆ど詐欺だと思う。一条さんは自分が不義の子だと言っていたが、それが何だと言うのだろう。真唯は一条の血統の良さを好きになったわけではない。いや、真唯のためを思うなら、不義に不義を重ねて、そんな高貴な血なんか一滴でも流れていない方がありがたいくらいだと本気で思う。


……まあ、いい。
別に結婚ゴールインなんか望んでいない。


きっと、後、何年かしたら、彼はその家柄と地位に相応しいお嫁さんをもらうのだろう。

真唯との事は、一時の夢現まぼろし
それでいい。


それにしてはペアのマグカップなんて、重い物買っちゃったと思うが、失敗したとは思わない。一眼惚れしたモノだから仕方がない。一条さんと別れた後は『ああ、素敵な夢を見られたな~♡』と、良い思い出になってくれるだろう。

何より。
こんな自分も悪くないと思えるあたり、真唯もどうかしてると自分で思う。


クリスマスイルミネーションに溢れた銀座の街を歩きながら、想ったのだ。

たった一人の男性ひとの事を―――



……これを、人は“恋”と呼ぶのか……

……こんな気分を楽しめる、聖夜クリスマス・イヴと云うのも悪くない……



干物女を卒業する訳じゃない。
でも、ちょっとだけ……高い棚の上に置いておくのも悪くないじゃない?

ちょっぴり苦い思いを自嘲の吐息の中に紛らわせて。
真唯は、ロイヤルコペンハーゲンの中の薫り高い珈琲を飲み干して、席を立った。






「ただ今~、インカローズに、シャルルく~ん♪」
特に栄養剤を与えているわけでもないのに、二人(?)は今日も元気だ。
インカローズにお水を上げて、真唯はお風呂に入った。今夜は鬼怒川温泉だ。
ほっこりした気分でおコタに入り、甘いカフェ・オ・レを作り、ブログにログインする。リザさんのお店での事など書けないが、【椿屋珈琲店】の相変わらずの様子をレポートする。こんなものでも読んで楽しんでくれる人がいる。そう思うと、真唯の筆も進む。無事にアップを終えたら、今度は頂いていたコメントチェックである。一つ一つを大事に思い、丁寧なレスをする。受信箱に入っていたメッセージも同様にする。その作業が終わる頃には結構な時間になってしまっているのだが、無視すると怖いモノが待っている。
真唯は覚悟を決めて、充電器に差し込んだまま良い子でお留守番していたスマホを手に取った。

一条さんから届いていたメールは二件。
(朝と昼食時と夕飯時のメールは除外する)

今日、銀座へ行く事は言っていたので、
『どうしていらっしゃるのか、心配です。
引ったくりには気をつけて下さいね』
と言った真唯を心配するものと。

『お帰りなさい。
貴女の事だから、何事もトコトンやってしまうのでしょうが、ブログはともかく、私へのプレゼント選びなど適当で良いんですからね。あまり、根を詰めないようにして下さい。それよりも今年は、イヴをご一緒出来るのが何より嬉しいのです。

あの公演だけで我慢しなくても良い。
それだけでこんなに嬉しいのです。

23日と24日、続けて会えるのを楽しみにしています。

帰宅されたら連絡をして、私を安心させて下さい。

愛していますよ。』



「……相変わらず、気障……」



23日の公演とは、真唯が大好きな松山バレエ団のクリスマス公演「くるみ割り人形」の事だ。
真唯はバレエが大好きだ。それは、この松山バレエ団の森下洋子さんの「白鳥の湖」を一番、最初に観たからだと思っている。やはり、人間、本物・・を一回観てしまうともうダメだと思う。その魅力に取り憑かれ、中毒になったように夢中になってしまう。
真唯は早速FCのようなものに入り、DMの案内がある度に森下さんが踊る公演ものはなるべく欠かさず観るようにしている。「白鳥の湖」しかり、「眠りの森の美女」しかり、「ジゼル」しかりだ。
「くるみ割り人形」は、クリスマスの一大イベントだ。だから長い間、真唯の中では『「クリスマス」=「くるみ割り人形」』だったのだが。
それが、あの年……一条さんに出会った翌年に、見事に変貌を遂げてしまった。

真唯は冷めてしまったカフェ・オ・レを飲みながら、これだけのメールを打った。

『こんばんは。ただ今。
遅くなって、すみません。

適当に手は抜いていますから、そんなに心配しないで下さい。

それよりも何回も言うようですが、23日か24日、どちらかキャンセルしてしまって下さっても構わないんですよ? 貴志さんの身体が一番大切なんですから、どうか無理だけはしないで下さい。

風邪が流行っています。
くれぐれもご自愛下さい。

お休みなさい。』


このメールが送信された直後、真唯との時間を何よりも大切に思う男から抗議の電話が鳴り響いたのは、言うまでもない。






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