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第三話
国王夫妻の寝室と曲者3
しおりを挟む「信じていただけないかもしれませんが――実は私、異世界からの転生者なんです」
「……ほう?」
唐突に訳のわからないことを言い出した、ワニスファー公爵の庶子ソマリ。
ウルはとたんに、心底面倒くさい心地になった。
とはいえ、訳のわからなさではマイリには敵うまい。
そう思い直したウルは、胸の前で両腕を組んで先を促すように顎をしゃくった。
そんな彼の威圧的な態度におどおどしながらも、ソマリは続ける。
曰く、彼女は異世界のニホンなる小さな島国で腕利きの服飾職人として生きていたが、同僚に手柄を盗まれて不遇なまま人生を終えたのだという。
そんな記憶を持ってこの世界に転生した自分は、きっと大いなる存在に選ばれた特別な人間なのだと確信した。
最初は不幸な境遇であっても、きっと転機が訪れて成功し、見違えるほどの幸福を手にするだろう。
そして、ソマリは今宵こそがその転機なのではないかと考えた。
――公爵家の庶子として不遇を強いられてきた哀れなお針子は、若き国王陛下に見染められる
ソマリは頬を赤らめてウルをちらちら見上げながら、そんな成功物語を言外に匂わせる。
それに対し、ウルはというと――
「頭の中、お花畑かよ」
心の底からうんざりとした気分になった。
祖父母を思ってやむなく自分を犠牲にしたというのは建前で、結局はノリノリで国王夫妻のベッドに潜り込んだのではないか。
裸にひん剥かれるのはさすがに想定外だったため、マイリに優しく労られて思わずほろりとしてしまったようだが。
確かに、ソマリの生まれは不幸かもしれない。
だが、愛情深い祖父母に育てられ、前世の記憶とやらのおかげで優秀なお針子として生計を立てる術も得ている。
にもかかわらず、それらを全て不幸な過去としてひとまとめにし、国王に見染められる未来ばかりを幸福と称するのに、ウルはひどく嫌悪感を覚えた。
彼の表情が自然と険しくなる。
その隣では、ケットの鬼畜面もさらに凄まじいことになっていた。
そんな国王と守衛を前にして、ソマリも自分がしくじったことに気づいたのだろう。
真っ青な顔をしてブルブルと震え始める。
ところが、ただ一人、彼女の話をふむふむと相槌を打ちつつ真剣に聞いていたものがいた。
マイリである。
彼女は人間達の間に流れる微妙な空気も顧みず、ぱっと顔を輝かせて言った。
「もしや、おぬしはわらわのために、その転生とやらをしてきたのではないか?」
「「「……え?」」」
ウルとケット、そしてソマリの視線が小ちゃな王妃に集まる。
彼女はそんな人間達を見回すと、得意げな表情をして言い放った。
「わらわのために、この世界にはまたとない服をつくる――つまりソマリは、このわらわに選ばれた特別な存在なのじゃ」
「――はっ! そ、そうだったのか!!」
そうだったのか、じゃない。
まるで雷にでも打たれたような顔をして言うソマリにそう突っ込みを入れたかったが、ウルもケットも空気を読んで口を噤んだ。
完全に傍観者となった彼らの前で、愛くるしい王妃は選ばれしお針子の頬を小ちゃなふくふくの両手で包み込み、鈴を転がすような声でもって命じる。
「うむ、くるしゅうない。わらわのために、その力をぞんぶんにふるうがよいぞ」
「はい、王妃様! ありがたき幸せに存じます!!」
ドンロだけが、この茶番にんあーんと大口を開けて欠伸をした。
騒動は、侍従長と侍女頭が守衛を引き連れて飛んできたことで収束する。
侍従長の采配により、ソマリと彼女が国王夫妻の寝室に忍び込むのを手助けした者達は、ケットをはじめとした守衛がひとまず連行していった。
侍女頭は国王夫妻の寝具を全取っ替えし、いまだおめめぱっちりなマイリをベッドへ押し込める。
どっと疲れた気分のウルはワインの栓を開けようとしたが、マイリが小ちゃな手でベッドをてしてし叩いて彼を呼んだ。
「ウル、ほれ! 酒なんぞ飲んどらんで、はようベッドに入らんか!」
「できれば先にねんねしておいてほしいんだが」
「はようっ!!」
「ああもう、分かった分かった」
ベッドをてしてししすぎて、その反動で自分までぽよんぽよんと揺れるマイリを見かねたウルは、しぶしぶワインを諦めた。
深々とため息をつきつつもベッドに横になった彼に、マイリはうむうむと満足そうに頷く。
そうして、彼女もベッドに腹這いになって本を開いた。
「……なんだ。てっきり、『世界の拷問具大全集』を読み聞かされるのかと思っていたんだが?」
「ばかもの。誰があんな夢見の悪そうな本を寝る前に読むものか」
ごもっともである。
マイリがベッドの上で開いたのは、絵本だった。
どうやら、あらかじめ寝室に持ち込んでいたようだ。
ちなみに、件の人皮が貼られた呪われそうな本は、ケットがそのまま持っていってしまったらしい。
あれを抱えた鬼畜面に地下牢へ連行されてしまった連中に、ウルは心の底から同情しつつ、寝転んだままマイリの手元を覗き込んで絵本の表題に目を走らせる。
その物語の内容なら、読み聞かせられるまでもなく知っていた。
なんだかめちゃくちゃに賢い猫があの手この手を使って、最終的には主人を王女の婿にまで出世させてしまうという、古くからある御伽噺だ。
猫の大胆不敵で頓知の働く姿と、貴族社会への風刺が利いた物語は、大人になって読み返してもなかなかクスッとさせられる。
そして、そんな絵本をウルのために選んだのは、かの怠慢な司書であるという。
「ウルは子供の頃、この話が好きだったのだろう? 寝る前くらい童心にかえっておだやかな時間をすごしてもらいたい、と言ってな。あの司書、なかなかいいやつだぞ。給金をはずんでやれ」
「……ふん」
とりあえず、ウルはかの幼馴染の司書をクビにするのはやめようと思った。
猫は野ウサギを捕まえ、主人が狩の上手な男だと思わせるために王様にそれを献上する。
さらに、水浴び中に主人がワニに衣服を奪われたと騒いで、通りかかった王様とお姫様に引き合わせた。
その後、猫は鬼畜面の怪物さえも倒して、主人のために城まで用意してしまう。
奇想天外な物語を、幼子の甘い声が意外にも流暢に読み上げていった。
それがまるで子守唄のように、ウルを穏やかに眠りに誘う。
「……ウル、ねたのか?」
やがて、彼の瞼が閉じていることに気づいたマイリが、潜めた声で問う。
この時、ウルはまだ意識があったが、答えるのが億劫で目を開けなかった。
しょうがないやつめ、と一丁前にため息をつきつつ、マイリが掛布団を肩口までひっぱり上げてくれる気配がする。
そうして……
「今日もおつかれさま、ウル。よくおやすみ」
そっと額に落とされた温かく柔らかな唇の感触に、不覚にも、ウルは満たされた心地になった。
***
国王夫妻の寝室を侵したことから、ワニスファー公爵は謀反の疑いがあると見做されて失脚した。
「ウル、今こそワニのペンチだ! おとめをいじめる悪いヤツは、これでギュッとつねってやろう!」
「いや、わくわくすんな? あとそれ、ワニのペンチじゃなくて、裁ち鋏だから」
ウルのおかげで、大事なものをチョッキンされるのは回避できたワニスファー公爵だが、本来ならば爵位剥奪の上に幽閉されて然るべき。
ただ、王家の傍系であることを鑑み、現公爵が引退して王都から遠く離れた別荘に移り住むこと、家督を長男でも次男でもなくまだ成人前の三男に継がせることを条件に、辛うじて免れることになった。
注目すべきは、そのワニスファー公爵家の三男坊の後見人となったのが、フェルデン公爵であるということだ。
「ロッツ、図ったな?」
「何のことですかねー」
国王夫妻の寝室に侵入者を許すなど、警備上あってはならないことだ。
にもかかわらずそれが起こったということは、何者かの意向が働いて見逃された――いや、泳がされたと考えられる。
ウルは、その何者かとはフェルデン公爵であろうと確信していた。
ワニスファー公爵の企みに、フェルデン公爵は前もって勘づいていたのだろう。
一方的に敵視してことあるごとに突っ掛かってくる前者を、後者はこの機会を利用して排除することにした。
ウルが、考えもなしに据え膳に手をつけるような愚か者ではないと見込んでのことでもある。
ワニスファー公爵の末路は、王妃マイリを軽んじ、あわよくば自分の娘をウルに宛てがおうと目論む連中に対する見せしめと牽制にもなるだろう。
フェルデン公爵家にとって唯一の誤算は、あの夜急遽マイリが城で眠ると言い出したことだが……
「そんなことより、陛下。僕のマイリちゃんってば、ちょっと可愛いが過ぎません?」
あからさまに話を逸らしたロッツがうっとりと眺める先では、彼の一人娘マイリが着せ替え人形になっていた。
「はわわわわ……マイリ様、尊い! 何を着せても似合ってしまう創作意欲が掻き立てられるうううう!!」
「これ、ソマリ。わらわはそろそろ、ふぁっしょんしょーとやらにはあきたぞ」
「そんなことおっしゃらず! あと少し、三十着だけっ!!」
「三十着は少しとはいわん」
ソマリは罪に問われず、それどころか王妃専属のお針子として王城内の居住区に住まうことになった。
マイリに心酔する彼女は、小さな王妃のために日々精力的に服を作り続けている。
異世界転生記憶持ちなる属性の真否は定かではないが、彼女のデザインは斬新で革命的。
それを唯一人纏う小さなヴィンセント国王妃は、この後ますますカリスマ性を高めていくこととなる。
ちなみに、ソマリの祖父母も城に呼び寄せられたのだが、その腕の良さをフェルデン公爵夫人が褒め称えたことから仕立ての仕事が次々と舞い込み、うれしい悲鳴を上げているという。
「陛下! 国王陛下! とっとと予算を確保してくださいまし! 私のマイリ様のためにこの大陸中から最高の素材を掻き集め、またとない服をお作りいたしますからっ!!」
「は? ちょっと、聞き捨てならないんだけど? お前のマイリちゃんじゃなくて、僕のマイリちゃんだから。金ならフェルデン公爵家が出すよ。糸目はつけない。湯水のように使うがいいさ」
「ソマリも父も、元気じゃのぅ」
いかに中身が人ならぬものであったとしても、器はまだ四歳の幼子だ。
さしものマイリも、散々着せ替え人形にされて疲れたのだろう。
バチバチと火花を散らし合うお針子と父を見上げながら、その場にちょこんとお座りをした。
ウルはつかつかと歩み寄って、そんな彼女を抱き上げてやる。
そして、睨み合うソマリとロッツに向かって、ぬかせ、と言い放った。
「国家予算もフェルデン家の金も必要ない。マイリの衣装代くらい、俺の私財から払ってやる」
とたん、大きな菫色の瞳をぱちくりさせるマイリに、ウルはしてやったりと笑った。
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