37 / 43
第十話
王妃様が案内するヴィンセント城ダンジョン3
しおりを挟む「──いかん、かくれろ!」
「へぶっ……!」
王宮一階、王妃専属お針子ソマリのアトリエを出てすぐのことである。
何かを見つけてはっとした顔をしたマイリが、柱の陰にマチアスを押し込んだ。
すかさず護衛騎士が後に続き、マチアスは壁と筋肉の間でむぎゅうと押し潰されそうになる。
マイリと犬は、そんな彼の足の間にちゃっかり避難していた。
そうこうしているうちに、コツコツと滑らかな靴音が近づいてきたかと思ったら、一行の前で止まる。
マイリがさらに身を隠そうとマチアス両足をぎゅっと閉じさせたものだから、彼は否応なく内股になった。
そこに、落ち着いた女性の声が聞こえてくる。
「──ケットさん、妃殿下がどちらにおいでか、ご存知でありませんこと?」
「一切、存じ上げません──侍女頭殿」
声の主はヴィンセント城の侍女頭で、どうやらマイリを探しているらしい。
自分にも他人にも厳しいと恐れられる彼女に対し、パーティーの仲間を逞しい背中に隠した妖精さんは、息をするように平然と嘘を吐いた。
「……」
「……」
しばしその場に沈黙が落ちる。
侍女頭とケットが静かに火花を散らし合う気配がした。
なぜ隠れる必要があるのかと疑問を抱きつつ、マチアスも空気を読んで息を潜める。
やがて膠着状態を打ち破ったのは、侍女頭のため息だった。
「それでは、妃殿下とお会いになりましたら、すぐさま私のところまでお連れください」
「承知いたしました」
ケットは侍女頭の目をまっすぐに見て平然と嘘を重ねた。
コツコツ、と滑らかな靴音が遠ざかっていく。
「──行ったか?」
「うわわっ……は、はい……」
マイリが両足の間を割いて顔を出したため、マチアスは今度は否応なくガニ股になった。
股の下から彼を見上げ、マイリは大真面目な顔をして言う。
「よいか、マチアス。あやつが一階をナワバリとする中ボスのモンスター、侍女頭じゃ。あれは強力ゆえ、倒すのはむずかしい。見つからぬよう、身をひそめながら二階へと進むぞ」
「ちゅうぼす……えっと、あの方がモンスター役なのです、か?」
「うむ。あやつは恐ろしいぞ。捕まったら最後、長々としたお説教が待っておる。なにしろわらわ、三日連続でマナーの授業をサボっとるからな」
「さぼって……」
マチアスはそっと柱の陰から顔を出し、遠ざかっていく侍女頭の真っ直ぐに伸びた背中を見つめる。
それから意を決したみたいに、その場に──マイリの前に片膝を突いた。
「マイリ様」
「なんじゃ」
「余計なお世話かと存じますが、授業はきちんと受けられるのがよろしいかと」
「ほう」
諭すように言う相手を、マイリは両目をぱちくりさせて見上げる。
相手の心を見透かすようなその眼差しが、いつもウルの隣にあった男のそれとあまりにも似ていて、マチアスは一瞬怯んだ。
それでも彼は、眼鏡を指で押し上げ、ゴクリと唾を飲み込んで続ける。
「あ、あなた様は幼くともヴィンセント王国の王妃であらせられます。ウルのためにも、もちろんご自身の沽券を保つためにも、きちんとしたマナーを身につけなければ……」
「ふむ。なぜ、わらわがマナーを知らぬという前提でものを言うておる?」
「えっ……それは、その……あなた様はまだ五歳で……」
「そう、五さい。わらわは、まだたったの五さいさんじゃ。ところで──おぬしが知るウルは、このかわゆい五さいのわらわを無理やり机にしばりつけようとする男か?」
マイリの質問に、マチアスは虚を衝かれたような顔をした。
けれどもすぐに、いいえ、と首を横に振る。
「ウルは、きっとそんなことはしないでしょう。体裁にこだわるような人でもありませんでしたし……」
「うむうむ、そうじゃろう。わらわの知るウルもそうじゃぞ。いっしょじゃなあ、マチアスよ」
「……はい」
「それに、安心せい。わらわは五さいとはいえ、うんとかしこい五さいさんじゃからな。マナーなど改めて教わらずとも問題ない」
「は、はあ……そう、ですか……」
ツンと澄ました顔をして言うマイリに、マチアスは頷く他なかった。
その後も、マイリを探しているのか一階を歩き回る侍女頭に見つからないよう、一行は柱の陰から陰へと移動して、二階に上がる大階段を目指す。
もちろん、そこかしこにいる侍女や侍従達には丸見えなのだが、愛すべきちっちゃな王妃様の楽しそうな姿に頬を緩めるばかりで、誰一人侍女頭に知らせる者はいなかった。
「──よし、いまだ! ゆくぞ、マチアス!」
「はっ、はいっ……!」
侍女頭がようやく角を曲がったのを見届けて、マイリは一気に大階段まで駆け抜ける決断をする。
そのちっちゃなふくふくの手に導かれて、マチアスもあわあわと廊下を走った。
豪奢な衣装も床に引きずりそうなマントも脱いでいたおかげで、身体が軽い。
そうして、マイリに続いてついに大階段に片足を掛けた瞬間──
「あっ……」
マチアスは、今さっき角を曲がっていったはずの侍女頭が、廊下の端で両手を腰に当てて立っているのに気づいた。
その顔は、怒っているというよりも呆れているようだ。
きっと、ちっちゃな王妃の行動などお見通しの上で付き合ってくれていたのだろう。
マチアスはずれた眼鏡を直しつつ、思わず自分の肩書きも忘れて会釈をする。
すると侍女頭は、呆れ顔を苦笑いに変えて深々と頭を垂れた。
まるで、妃殿下を頼む、とでも言われているように感じる。
「ほれ、ゆくぞ、マチアス! わらわの手をはなすな!」
気がつけば、廊下のあちこちで見守っていた侍女や侍従達も、侍女頭と同じようにマチアスに向かって礼を執っている。
自分の手をぐいぐいと引っ張っていくこのちっちゃなヴィンセント王妃が、城の者達にどれだけ愛されているのか、マチアスにはひしひしと伝わってきた。
「これ、ぼーっとするでない! 階段でぼーっとすると、転んでケガをするぞ! ちゃんと前を見て歩かんかっ!」
「ふふ……はい」
そんな彼女に、いい年をした男がまるで小さな弟みたいに世話を焼かれている。
マチアスは恥ずかしいというより、くすぐったい心地を覚えるのだった。
7
あなたにおすすめの小説
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
エメラインの結婚紋
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした
宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。
「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」
辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。
(この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる