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第1章

5話

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 シチリ南部平原を出て、街道を進む3人。タバコを吹かしながら歩く与一の横をセシルが分厚い本を読みながら続く。そして、ふたりを置いて先を行く淑女に有るまじき姿の大股でズカズカと歩くアニエスの姿があった。

「あいつも子供だよなぁ、『薬草の話なんてつまらないわ!?』って不機嫌そうに言うしなぁ。ふぅ」
「いつものこと」
「いつもって……セシルはその本を読んでて楽しいのか?」

 読んでいた本から目線を与一のほうへと向けて頷くセシル。
 素直な子だなと感心する与一であったが、ついさきほどこの本で殴られたのかと考えると、つい親の顔が見てみたいと思ってしまい、遅れた怒りが込み上げてくる。

「文句を言う相手が増えたな……」

 頬をぽりぽりと掻く与一をじっと見つめるセシル。どこか思うところがあるのか、聞きたいことがあるのか。しかし、彼女は何も言わずに再び本へと目線を移す。開かれているページは先ほど与一の周りに散らばっていた『いやし草』の記載されているページだった。

 彼はなぜ『いやし草』を一目で判断できたのか、自身が勉強不足なのか──いや、毎日本を読んでいるセシルはすでに薬草や毒草の違いを理解しており、その辺りの知識は薬師の中でも豊富だと言えよう。考えても仕方がない、彼にも薬草の知識があるのだろう。と、納得する以外なかった。

「ふぅ……にしても、潮のにおいがするな。海でも近いのか?」
「うん。海の傍の街」
「あ、そうなのか? なら、エビとかイカとか新鮮な海鮮料理が食べれるわけか……ん、待てよ?」

 何かを思い出したのか、与一はスーツのあちこちを触ってはポケットに手を突っ込んだり、中の生地を引っ張りだしたりと落ち着きがない。そして、顎に手を当てて何かを考えながら唸っている。

「どうしたの?」

 与一の行動に何かを察したのか、ぱたんと本を閉じて顔色を窺いながら首を傾げた。

「んーむ、金がない。どうしようか」
「街に入るには通行税が必要」
「はぁ!? マジかよ、丸腰でしかも一文無しとか俺もう人生詰んでるんですけどぉおおおおッ!?」

 なんとなくアニエスの耳に届くように叫んだ与一。

「知らないわよ! 自分でどうにかしなさいよね!?」

 腹の奥底から声を押し出すかのように少し前かがみになりながら、大きな声で返してくる彼女──そんなアニエスと与一のやりとりを見ていたセシルが、彼の袖を引っ張る。少し体勢を崩しそうになった彼は焦った様子で、額に少し汗をかいている。

「ど、どうしたんですかっ? セシルさん」
「稼げばいい」
「へ? でも俺、めんどくさい事とかあんましたくないっていうか──」
「『いやし草』、納品できる」

 そう言い終えると、袖から手を放すセシル。なるほどっと、拳で手を叩く与一は、街道脇に生い茂る草花の中から『いやし草』を探し始める。セシルや、アニエスを見失わないようにあっちこっちと走りながら、目についた『いやし草』を引き抜いていく──再びセシルと合流する時には、握りしめていた『いやし草』の数は12本。
 その充分すぎる量と手際に、目が点になっていたセシル。

 知識がある程度の問題ではない、彼は一瞬の内に生い茂る雑草の中から『いやし草』だけを瞬時に見極めて引き抜いていたのだ。自分と同じ薬師ではないか、という疑問を抱き始めたセシル。

 薬師になりたいと言う若者は少ない。夢を抱いてそこに到達するまでの道のりで、魔法使いの次に勉強漬けなのだ。人気もなく、冒険者になって剣術や魔法を磨く者が多いこの世界で、生産職の、それもしっかりとした知識と経験がなければ、他人を助けることすら困難な職業──それが、薬師なのだ。

 彼がもし薬師であった場合、自身はいろいろと教えてもらえる事が多いはずだ。将来は父の仕事を継いでヤンサの街で薬師として働く事を目標しているセシルにとって、与一は薬師としては先輩──少なくとも、一緒にいて得るものはあるだろう。仮に、教わることができなかったとしても、今回の『いやし草』を瞬時に判断して集めるコツなど、採集の面しか見れていないが、きっと彼からはなにかしら得られるものがある、と。

 セシルが何を考えているのかも知らずに、与一は吸い殻入れにタバコを放り込み、その手に持つ『いやし草』を眺めながら顎に手を当てて考え事をしていた。そして、葉を1枚ちぎって口へひょいっと入れる。

「──っ!? な、なんで葉を?」

 大きく目を見開いたセシルが、ずいっと与一に迫る。

「ちょ、近い近いっ!? こ、こいつは花に治癒の効果が集中するが、実は葉っぱにもその効果があるんだよっ!? まだ鼻が痛かったから、応急措置程度に……な」

 これ以上近づかないでくれと言わんがばかりに胸の前で両手をひらいて構える与一。気恥ずかしさからなのか、彼は顔を横に向けて明日を見ていた。
 セシルの疑問は確信へと変わった。彼のしたことは自分の知らない事──つまり、彼はいつも読んでいる本の内容以上に『いやし草』のことを知っているという事だ。

「あ。も、もしかして葉っぱがないと納品したときの買取値が下がったりする?」

 ふと気になったのか、眉を寄せて不安そうな表情をする与一に、セシルはくすっと笑って『知らない』と答えた。彼は不思議な人だ。自分が知らないことをさも当然のようにやり、こちらが疑問を抱けば素直に答えてくれる。なのに、世間を知らなくて──人との付き合いなんて深く考えた事がなかった彼女。でも、与一を前にするとなぜか自然と会話ができる。それに、これから彼がどんなことをするのか。と、セシルは彼にちょっぴり興味を抱いたのだった。

 
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