45 / 123
第三章 確執
四郎頼賢(二)
しおりを挟む
(今日という今日は父上にはっきりと申し上げなくては。中途半端に義朝の兄上に期待を賭けておられるような素振りをお見せになるのは金輪際おやめいただきたい、と! 源氏の次代を担う次の棟梁は、次兄である義賢の兄上である、と。義朝は、父であり棟梁である自分に逆らう不忠不孝の者である、と!! 臣下の前ではっきりと宣言していただかなくては……。今のままでは、家中の足並みも揃わず、人心も乱れるばかりぞ!)
次兄の義賢は容貌のみならず、性質も柔和で温厚といえば聞こえはよいが、呑気に構え過ぎているところがある。
自分が言わなければ、面と向かってきっぱりと進言する者はいないであろう。
そう思い決めた頼賢は、勇み立って、父、為義の居間のある寝殿へと向かうところなのであった。
ところが、為義は不在であった。
昨夜から外泊をして戻っていないのだという。
ああ見えて女にはまめな性質の父である。
現在、北の対に据えている二十近くも年下の妻に、立て続けに四人もの異母弟を生ませたばかりだというのに、すでに洛中に新しい通い所があるらしい。
(年内にはまた、異母弟か妹が増えるやもしれぬな)
勢いこんできたところに肩透かしをくらった思いで頼賢は溜息をついた。
(子を増やすは武家のつとめの一つとはいえ、時と場合もあろうに。このような折にまで、なんともご精の出ることだ…!)
呆れるような苛立たしいような思いで、また出直そうと踵を返しかけたその時。
「通清、通清。ほら、こっち。早く!逃げちゃうよ!」
賑やかな子供の声がした。
西側に面した庭の方である。
北の対屋にいる幼い弟たちが、こちらに入りこんで遊んでいるのだろうか。
なにげなく、覗きこむと、はたして末の鶴若と天王のふたりが手に網や棒を持って、水溜りに家の生えた程度の小さな池の淵に立っている。
傍らには、先ほどまでの思案のなかにも出てきた鎌田通清が、手に網を構えて難しい顔をして水面を覗き込んでいた。
「そのように大騒ぎなさっては、捕まるものも捕まりませぬ。お声に驚いて魚たちはみな、潜ってしまいましたぞ」
どうやら池で買っている魚を網で生け捕ろうとしているようだった。
通清は、その親しみやすく親切な人柄から、為義の妻室たちや義賢や頼賢をはじめとする子息たちからも信頼を寄せられていた。
とりわけ、年の幼い北の対にいる兄弟たちはまるで実の叔父を慕うように、通清に懐ききっている。
今も弟たちにせがまれて、遊び相手をつとめているのであろう。
微笑ましい思いでそれを見ていると、年長の方の鶴若がそれに気がついた。
「あ、四郎の兄上!」
言って無邪気に手を振ってみせる。
頼賢は苦笑しながら歩み寄っていった。
「これは頼賢さま」
通清が恭しく頭を下げる。
「子供たちの遊び相手か。ご苦労なことだな」
「いえいえ。某の方が若君がたに遊んでいただいておったのです。なにぶん、本日は殿より休みを言い渡されて暇を持て余しておりましたのでな」
そう言って通清は快活に笑った。
「父上は本日はどちらへ」
「五条のあたりで少し御用がございましてな」
「女か」
頼賢が単刀直入に言うと、通清は無言でにっと笑ってみせた。
頼賢は嘆息した。
「まったく、このような折にご精の出ることだ。今に始まったことではないが」
「御子を数多く儲けられ、一門のご連枝の益々お栄えになるようお務めになられるのも、棟梁としての大切なお役目でございまするぞ」
「ではあろうが、時と場合というものがあろう。だいたい、今日、それがしがここに参ったのも、それこそ一門の後々の繁栄に関わる重大事について父上に折り入ってお話したいと思うて……」
「まこと御曹司のような頼もしいご子息を数多得られて、大殿は果報者におわしまする。ご一門の益々のご発展、ご繁栄は間違いないとこの通清、固く信じておりまする」
勢いこんで言いかける頼賢の言葉を笑顔でそれとなく遮ると、通清は池の方に身を乗り出して、棒切れでじゃぶじゃぶ水面をかき回している天王が落ちないように、そっと引き戻した。
次兄の義賢は容貌のみならず、性質も柔和で温厚といえば聞こえはよいが、呑気に構え過ぎているところがある。
自分が言わなければ、面と向かってきっぱりと進言する者はいないであろう。
そう思い決めた頼賢は、勇み立って、父、為義の居間のある寝殿へと向かうところなのであった。
ところが、為義は不在であった。
昨夜から外泊をして戻っていないのだという。
ああ見えて女にはまめな性質の父である。
現在、北の対に据えている二十近くも年下の妻に、立て続けに四人もの異母弟を生ませたばかりだというのに、すでに洛中に新しい通い所があるらしい。
(年内にはまた、異母弟か妹が増えるやもしれぬな)
勢いこんできたところに肩透かしをくらった思いで頼賢は溜息をついた。
(子を増やすは武家のつとめの一つとはいえ、時と場合もあろうに。このような折にまで、なんともご精の出ることだ…!)
呆れるような苛立たしいような思いで、また出直そうと踵を返しかけたその時。
「通清、通清。ほら、こっち。早く!逃げちゃうよ!」
賑やかな子供の声がした。
西側に面した庭の方である。
北の対屋にいる幼い弟たちが、こちらに入りこんで遊んでいるのだろうか。
なにげなく、覗きこむと、はたして末の鶴若と天王のふたりが手に網や棒を持って、水溜りに家の生えた程度の小さな池の淵に立っている。
傍らには、先ほどまでの思案のなかにも出てきた鎌田通清が、手に網を構えて難しい顔をして水面を覗き込んでいた。
「そのように大騒ぎなさっては、捕まるものも捕まりませぬ。お声に驚いて魚たちはみな、潜ってしまいましたぞ」
どうやら池で買っている魚を網で生け捕ろうとしているようだった。
通清は、その親しみやすく親切な人柄から、為義の妻室たちや義賢や頼賢をはじめとする子息たちからも信頼を寄せられていた。
とりわけ、年の幼い北の対にいる兄弟たちはまるで実の叔父を慕うように、通清に懐ききっている。
今も弟たちにせがまれて、遊び相手をつとめているのであろう。
微笑ましい思いでそれを見ていると、年長の方の鶴若がそれに気がついた。
「あ、四郎の兄上!」
言って無邪気に手を振ってみせる。
頼賢は苦笑しながら歩み寄っていった。
「これは頼賢さま」
通清が恭しく頭を下げる。
「子供たちの遊び相手か。ご苦労なことだな」
「いえいえ。某の方が若君がたに遊んでいただいておったのです。なにぶん、本日は殿より休みを言い渡されて暇を持て余しておりましたのでな」
そう言って通清は快活に笑った。
「父上は本日はどちらへ」
「五条のあたりで少し御用がございましてな」
「女か」
頼賢が単刀直入に言うと、通清は無言でにっと笑ってみせた。
頼賢は嘆息した。
「まったく、このような折にご精の出ることだ。今に始まったことではないが」
「御子を数多く儲けられ、一門のご連枝の益々お栄えになるようお務めになられるのも、棟梁としての大切なお役目でございまするぞ」
「ではあろうが、時と場合というものがあろう。だいたい、今日、それがしがここに参ったのも、それこそ一門の後々の繁栄に関わる重大事について父上に折り入ってお話したいと思うて……」
「まこと御曹司のような頼もしいご子息を数多得られて、大殿は果報者におわしまする。ご一門の益々のご発展、ご繁栄は間違いないとこの通清、固く信じておりまする」
勢いこんで言いかける頼賢の言葉を笑顔でそれとなく遮ると、通清は池の方に身を乗り出して、棒切れでじゃぶじゃぶ水面をかき回している天王が落ちないように、そっと引き戻した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる