2 / 66
第一章 初恋は婚約破棄から
1.それは婚約破棄から始まった
しおりを挟む
「今、なんと仰いました?」
クレヴィング公爵家の令嬢、アマーリアは大きく目をみはって婚約者である王太子アドリアンに問い返した。
「だから今言った通りだ。私はそなたとの婚約を本日をもって解消する!」
広間にざわめきが広がった。
場所は王宮の西側にある琥珀宮。非公式のパーティーや若い貴族たちの社交の場として主に使われているそこでは、今夜はバランド公爵家の子息クレイグとエイベル公爵家の令嬢アンジェリカ嬢との婚約披露のパーティーが華々しく開かれていた……のだったが。
出席者たちの視線は今は主役の二人を通り越して、突然、高らかに婚約破棄をつきつけたアドリアンと、突き付けられた側のアマーリアに集中していた。
アマーリアは、信じられないといったようにゆっくりと首を振った。
「月の光を集めたようだ」と称えられる淡い金色の髪がふわりと揺れて頬にかかる。
「理由はそなたが一番よく知っているだろう。自分がマリエッタにしたことをよく思い出してみるがいい」
そう言って振り返ったアドリアンの視線の先には、栗色の髪をした小柄な令嬢がおどおどと、今にも泣きだしそうな顔で立っている。
「殿下……私なら良いのです。こんな場所で、やめて差し上げて」
「君は黙っていろ。ここは私が話をつける」
マリエッタと呼ばれた令嬢に優しく微笑みかけたアドリアンは、アマーリアに向き直ると一転して憎々しげに彼女を睨みつけた。
「そなたがマリエッタに対して行った嫌がらせ……と呼ぶにはあまりにも悪質な悪行の数々についてはすべて報告を受けている。それでも、最初は私のことを想うゆえの嫉妬がさせたことと大目に見ようとしてきたが、先日そなたがマリエッタに対して投げかけた言葉を聞いて我慢の限界を超えた! もう金輪際……」
広間じゅうの人々がいっせいに息をのんだ。
当のアマーリア嬢が両手で口をおさえ、その場に屈みこんだからだ
肩が小刻みに震えている。
泣いている、と誰もが思った。
ほっそりとして華奢なその姿は痛々しく、見ている者は誰もが同情した。
ただ一人、アドリアン王太子を除いては。
アドリアンは勝ち誇ったようにアマーリアに指をつきつけた。
「泣いても無駄だ! おまえのような悪女にかける情けはすでに尽きた。本来ならば公に罪に問うても良いところを公爵令嬢だというそなたの立場を慮って、こうして内々に婚約を破棄するにとどめた私の恩情に感謝……」
「……いたします」
「ん、何だ?」
「感謝いたしますわ!」
アマーリアがぱっと顔を上げて立ち上がった。
泣いているとばかり思われたその顔は、これ以上ないほどの笑顔だった。
「殿下。今仰られたことは本当ですのね。私たちの婚約は破棄だと」
「あ、ああ」
「本当ですわね? 王太子殿下ともあろう御方に二言はありませんわねっ」
きらきらと輝いた目で詰め寄られ、たじろぐアドリアン。
だが、呆気にとられている周囲の目。
すがりつくようなマリエッタ嬢の視線にぶつかった瞬間、我に返った。
「しつこいぞ! 何度も言わせるな。そなたとの婚約は破棄だ! 金輪際、私とマリエッタに近づくな」
「ありがとうございます! ああ、殿下はやっぱりお優しいわ。先日、お会いしたい時に近々驚かせたいことがあると仰っていたのはこのことでしたのね?」
「ああ……そうだが……。その、アマーリア。そなた本当に分かっているのか?」
「ええ、もちろんですわ。殿下の御恩情は胸に刻み、未来永劫忘れませんわ」
アマーリアは両手を祈るように組み合わせて喜びに輝く瞳でアドリアンを見上げた。
「ああ。こうしてはいられませんわ。せっかく殿下にいただいた千載一遇の機会ですもの。勇気を出さなくちゃ」
アマーリアはドレスの裾をつまみ、まわりが見惚れるほどに優雅な仕草でアドリアンに一礼してから、くるりとあたりを見回した。
視線が広間の隅で、友人たちと成り行きを見守っているらしい、一人の青年貴族の上で止まる。
「クルーガーさま!」
アマーリアは、駆け寄ってくる自分を驚きの表情でみている彼の前で立ち止まると、とびきりの笑顔を浮かべて言った。
「ラルフ・クルーガーさま。お慕いしています。私と結婚を前提にお付き合いして下さい……っ」
頬を染めて、ぺこりとお辞儀しながら言い切ったアマーリアの言葉が終わるか終わらないかのうちに、広間は
「ええええっ」
というまわりの驚きの声で埋め尽くされた。
一番、大きな声で驚いていたのは、他ならぬ王太子アドリアンだった。
クレヴィング公爵家の令嬢、アマーリアは大きく目をみはって婚約者である王太子アドリアンに問い返した。
「だから今言った通りだ。私はそなたとの婚約を本日をもって解消する!」
広間にざわめきが広がった。
場所は王宮の西側にある琥珀宮。非公式のパーティーや若い貴族たちの社交の場として主に使われているそこでは、今夜はバランド公爵家の子息クレイグとエイベル公爵家の令嬢アンジェリカ嬢との婚約披露のパーティーが華々しく開かれていた……のだったが。
出席者たちの視線は今は主役の二人を通り越して、突然、高らかに婚約破棄をつきつけたアドリアンと、突き付けられた側のアマーリアに集中していた。
アマーリアは、信じられないといったようにゆっくりと首を振った。
「月の光を集めたようだ」と称えられる淡い金色の髪がふわりと揺れて頬にかかる。
「理由はそなたが一番よく知っているだろう。自分がマリエッタにしたことをよく思い出してみるがいい」
そう言って振り返ったアドリアンの視線の先には、栗色の髪をした小柄な令嬢がおどおどと、今にも泣きだしそうな顔で立っている。
「殿下……私なら良いのです。こんな場所で、やめて差し上げて」
「君は黙っていろ。ここは私が話をつける」
マリエッタと呼ばれた令嬢に優しく微笑みかけたアドリアンは、アマーリアに向き直ると一転して憎々しげに彼女を睨みつけた。
「そなたがマリエッタに対して行った嫌がらせ……と呼ぶにはあまりにも悪質な悪行の数々についてはすべて報告を受けている。それでも、最初は私のことを想うゆえの嫉妬がさせたことと大目に見ようとしてきたが、先日そなたがマリエッタに対して投げかけた言葉を聞いて我慢の限界を超えた! もう金輪際……」
広間じゅうの人々がいっせいに息をのんだ。
当のアマーリア嬢が両手で口をおさえ、その場に屈みこんだからだ
肩が小刻みに震えている。
泣いている、と誰もが思った。
ほっそりとして華奢なその姿は痛々しく、見ている者は誰もが同情した。
ただ一人、アドリアン王太子を除いては。
アドリアンは勝ち誇ったようにアマーリアに指をつきつけた。
「泣いても無駄だ! おまえのような悪女にかける情けはすでに尽きた。本来ならば公に罪に問うても良いところを公爵令嬢だというそなたの立場を慮って、こうして内々に婚約を破棄するにとどめた私の恩情に感謝……」
「……いたします」
「ん、何だ?」
「感謝いたしますわ!」
アマーリアがぱっと顔を上げて立ち上がった。
泣いているとばかり思われたその顔は、これ以上ないほどの笑顔だった。
「殿下。今仰られたことは本当ですのね。私たちの婚約は破棄だと」
「あ、ああ」
「本当ですわね? 王太子殿下ともあろう御方に二言はありませんわねっ」
きらきらと輝いた目で詰め寄られ、たじろぐアドリアン。
だが、呆気にとられている周囲の目。
すがりつくようなマリエッタ嬢の視線にぶつかった瞬間、我に返った。
「しつこいぞ! 何度も言わせるな。そなたとの婚約は破棄だ! 金輪際、私とマリエッタに近づくな」
「ありがとうございます! ああ、殿下はやっぱりお優しいわ。先日、お会いしたい時に近々驚かせたいことがあると仰っていたのはこのことでしたのね?」
「ああ……そうだが……。その、アマーリア。そなた本当に分かっているのか?」
「ええ、もちろんですわ。殿下の御恩情は胸に刻み、未来永劫忘れませんわ」
アマーリアは両手を祈るように組み合わせて喜びに輝く瞳でアドリアンを見上げた。
「ああ。こうしてはいられませんわ。せっかく殿下にいただいた千載一遇の機会ですもの。勇気を出さなくちゃ」
アマーリアはドレスの裾をつまみ、まわりが見惚れるほどに優雅な仕草でアドリアンに一礼してから、くるりとあたりを見回した。
視線が広間の隅で、友人たちと成り行きを見守っているらしい、一人の青年貴族の上で止まる。
「クルーガーさま!」
アマーリアは、駆け寄ってくる自分を驚きの表情でみている彼の前で立ち止まると、とびきりの笑顔を浮かべて言った。
「ラルフ・クルーガーさま。お慕いしています。私と結婚を前提にお付き合いして下さい……っ」
頬を染めて、ぺこりとお辞儀しながら言い切ったアマーリアの言葉が終わるか終わらないかのうちに、広間は
「ええええっ」
というまわりの驚きの声で埋め尽くされた。
一番、大きな声で驚いていたのは、他ならぬ王太子アドリアンだった。
2
あなたにおすすめの小説
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる