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第一章 初恋は婚約破棄から
2.公爵令嬢アマーリアは打ち明ける
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蜂の巣をつついたような騒ぎになったその場からアマーリアを連れ出したのは、その日の婚約披露パーティーの主役の一人のはずだったアンジェリカと、その相手クレイグの妹であるミレディだった。
二人はアマーリアとは幼馴染であり、貴族の子弟たちが通う王立学院の同級生でもある。
茫然としているラルフに
「クルーガーさま。今日のところはこれで失礼いたしますわね」
と微笑みかけ、
「え、ちょっと待ってよ。私、まだクルーガーさまにお話が……」
と言いかけるアマーリアを両側から引きずるようにして退場すると有無を言わせずに馬車に押し込んだ。
着いたところはアンジェリカの邸であるエイベル公爵家だった。
突然の帰宅に目を丸くしている使用人たちにお茶の用意を頼んで、部屋で三人きりになった途端、アンジェリカが盛大に溜息をついた。
「まったく。人の晴れの日を見事にぶち壊しにしてくれたものだわね」
「ごめんなさい、アンジェ。私ったらつい……」
「あなたじゃないわよ。あのバカ王太子のことよ」
アンジェリカは憤然と言った。
「前々から賢いとは思っていなかったけど、あそこまでバカだとはね。呆れてものも言えないわ」
「そうよ。あんな場所で婚約破棄を言い渡すなんて。内々に、とか言ってたけど意味が分からないわ。リアのことを侮辱するのにもほどがあるわ」
気の優しいミレディは言いながら涙ぐんでいる。
「だいたい何なの、あのマリエッタとかいう男爵令嬢。あの人にリアが嫌がらせしたですって。よくもあんなでたらめを」
「最近、王太子殿下があの方と親しくしていらっしゃるっていう噂は聞いていたけれど、まさかこんなことになるなんて。それにしてもリアったらびっくりしたわ。いくらショックだったとはいえ、まさかあんな事をするなんて」
ミレディが白いハンカチを目に押し当てながら言った。
「そう? 私はちょっとスッキリしたわよ。殿下のあのぽかんとした間の抜けた顔ったら。まあ、でも確かにやり過ぎといえばやり過ぎよね。この後のことはどうするつもりよ」
顔を覗き込んで尋ねるアンジェリカに、アマーリアは首を傾げた。
「この後って?」
「だから、あの場の勢いとはいえ、あのクルーガーさま……だっけ? に告白めいたことをしたことよ。バカ王太子に一泡吹かせるために言ったんだろうけど、皆の前であんなでたらめ言うなんて。いくら咄嗟のこととはいえ、ちょっとあなたらしくなかったんじゃないの?」
「仕方がないわよ、アンジェ。それだけリアは殿下の裏切りがショックだったのよ」
「え、え? どういうこと?」
アマーリアは目を丸くして親友たちを交互に見た。
「でたらめって? 裏切りがショックって……二人とも何のお話をしてるの」
「何ってあなたと殿下のお話でしょう?」
「いくら何でも、あの場で他の男性に気があるような嘘をつくのはちょっとまずかったんじゃないの?」
「嘘じゃないわ」
アマーリアは毅然として言った。
「嘘なんかじゃないわ。私は本当にあの方──ラルフ・クルーガーさまをお慕いしているの」
「…………」
しばらくの沈黙のあと、アンジェリカとミレディは同時に
「えええええっ!?」
と叫び声をあげた。
「う、嘘じゃないって……お慕いしてるって……それ、だってあなたはアドリアン殿下の婚約者で、未来の王太子妃じゃないの。どうするのよ!!」
「あら。それは先ほど殿下の方から解消して下さったじゃないの」
アマーリアはにっこりと笑って紅茶のカップを口に運んだ。
「そうでなければ、いくら私でもとてもあの場であんな勇気は出せなかったわ。本当に殿下にはいくら御礼を申し上げても足りないわ」
「御礼って……あなた殿下から言われたあの酷い言葉を忘れたの? マリエッタ嬢を苛めただとか根も葉もない」
「マリエッタ嬢? それはどなた?」
アンジェリカとミレディは顔を見合わせ、それからがっくりと首を垂れた。
「……聞いてなかったのね」
「そうね。リアはそういう子よね」
アマーリアの、集中力があるといえば聞こえはいいが何かに気をとられると、それ以外のことに対する注意がすっぽりと抜け落ちてしまう癖は、二人は幼い頃から嫌というほど知っていた。
「そ、それじゃあ、あなたがあのクルーガーさまを好きだっていうのは本当のことなのね?」
アンジェリカが気を取り直すように、紅茶を一口飲んでから言った。
「ええ、もちろんよ」
「お慕いしていたっていつから? 私たちまったく何も聞いてないわよ」
「だってあの方と出逢った時、私は王太子殿下の婚約者で、いずれは殿下のお妃になることが決められていて……だからこの想いは誰にも言わないまま、忘れるしかないと思っていたの」
そう言ってアマーリアは両手を組み合わせると、潤んだ瞳を夢見るように遠くへ向けた。
アマーリアが語った二人の出会いはこうだった。
数ヶ月前。侍女のシェリルと一緒に、乳母への誕生祝いを買いに街へ出かけたアマーリアは自分と同じ年頃の少女が、数人の男たちに絡まれている場面に遭遇した。
どうやら彼女をお茶か、もっとよからぬ社交の場に誘おうとしていたらしい断られた男たちは、断られると突然、態度を豹変させ、
「なんだよ、この不細工が!」
「おまえみたいな女、誰が誘うか。本気にするなよ!」
などと罵り始めた。
周囲には多くの人がいたが、男たちの柄の悪い風貌を恐れてか誰もがみて見ぬふりをしていた。
そこへ割って入ったのがアマーリアだった。
「ああ……想像がつくわ」
アンジェリカがこめかみを押さえて言った。
「リアのことだから思いっきり怒らせるようなこと言ったんでしょ」
「あら。私はただ『女性に対してその態度はあんまりではありませんか? このお嬢さんに謝罪して下さい』と言っただけよ」
「それだけ?」
「ええ。『他の方のことをとやかく言えるご容貌ではないようですけれど? 鏡をご覧になったことがないの?』とも言った気がするけど、本当にそれだけよ」
「十分言ってるじゃないの」
案の定、男たちはいきり立ち、アマーリアがお忍びで庶民風の格好をしていたこともあり、遠慮なく痛めつけようと取り囲んだ。
そこに助けに入ってくれたのが、王都配備の騎士として見回り中だったラルフ・クルーガーだったのだ。
二人はアマーリアとは幼馴染であり、貴族の子弟たちが通う王立学院の同級生でもある。
茫然としているラルフに
「クルーガーさま。今日のところはこれで失礼いたしますわね」
と微笑みかけ、
「え、ちょっと待ってよ。私、まだクルーガーさまにお話が……」
と言いかけるアマーリアを両側から引きずるようにして退場すると有無を言わせずに馬車に押し込んだ。
着いたところはアンジェリカの邸であるエイベル公爵家だった。
突然の帰宅に目を丸くしている使用人たちにお茶の用意を頼んで、部屋で三人きりになった途端、アンジェリカが盛大に溜息をついた。
「まったく。人の晴れの日を見事にぶち壊しにしてくれたものだわね」
「ごめんなさい、アンジェ。私ったらつい……」
「あなたじゃないわよ。あのバカ王太子のことよ」
アンジェリカは憤然と言った。
「前々から賢いとは思っていなかったけど、あそこまでバカだとはね。呆れてものも言えないわ」
「そうよ。あんな場所で婚約破棄を言い渡すなんて。内々に、とか言ってたけど意味が分からないわ。リアのことを侮辱するのにもほどがあるわ」
気の優しいミレディは言いながら涙ぐんでいる。
「だいたい何なの、あのマリエッタとかいう男爵令嬢。あの人にリアが嫌がらせしたですって。よくもあんなでたらめを」
「最近、王太子殿下があの方と親しくしていらっしゃるっていう噂は聞いていたけれど、まさかこんなことになるなんて。それにしてもリアったらびっくりしたわ。いくらショックだったとはいえ、まさかあんな事をするなんて」
ミレディが白いハンカチを目に押し当てながら言った。
「そう? 私はちょっとスッキリしたわよ。殿下のあのぽかんとした間の抜けた顔ったら。まあ、でも確かにやり過ぎといえばやり過ぎよね。この後のことはどうするつもりよ」
顔を覗き込んで尋ねるアンジェリカに、アマーリアは首を傾げた。
「この後って?」
「だから、あの場の勢いとはいえ、あのクルーガーさま……だっけ? に告白めいたことをしたことよ。バカ王太子に一泡吹かせるために言ったんだろうけど、皆の前であんなでたらめ言うなんて。いくら咄嗟のこととはいえ、ちょっとあなたらしくなかったんじゃないの?」
「仕方がないわよ、アンジェ。それだけリアは殿下の裏切りがショックだったのよ」
「え、え? どういうこと?」
アマーリアは目を丸くして親友たちを交互に見た。
「でたらめって? 裏切りがショックって……二人とも何のお話をしてるの」
「何ってあなたと殿下のお話でしょう?」
「いくら何でも、あの場で他の男性に気があるような嘘をつくのはちょっとまずかったんじゃないの?」
「嘘じゃないわ」
アマーリアは毅然として言った。
「嘘なんかじゃないわ。私は本当にあの方──ラルフ・クルーガーさまをお慕いしているの」
「…………」
しばらくの沈黙のあと、アンジェリカとミレディは同時に
「えええええっ!?」
と叫び声をあげた。
「う、嘘じゃないって……お慕いしてるって……それ、だってあなたはアドリアン殿下の婚約者で、未来の王太子妃じゃないの。どうするのよ!!」
「あら。それは先ほど殿下の方から解消して下さったじゃないの」
アマーリアはにっこりと笑って紅茶のカップを口に運んだ。
「そうでなければ、いくら私でもとてもあの場であんな勇気は出せなかったわ。本当に殿下にはいくら御礼を申し上げても足りないわ」
「御礼って……あなた殿下から言われたあの酷い言葉を忘れたの? マリエッタ嬢を苛めただとか根も葉もない」
「マリエッタ嬢? それはどなた?」
アンジェリカとミレディは顔を見合わせ、それからがっくりと首を垂れた。
「……聞いてなかったのね」
「そうね。リアはそういう子よね」
アマーリアの、集中力があるといえば聞こえはいいが何かに気をとられると、それ以外のことに対する注意がすっぽりと抜け落ちてしまう癖は、二人は幼い頃から嫌というほど知っていた。
「そ、それじゃあ、あなたがあのクルーガーさまを好きだっていうのは本当のことなのね?」
アンジェリカが気を取り直すように、紅茶を一口飲んでから言った。
「ええ、もちろんよ」
「お慕いしていたっていつから? 私たちまったく何も聞いてないわよ」
「だってあの方と出逢った時、私は王太子殿下の婚約者で、いずれは殿下のお妃になることが決められていて……だからこの想いは誰にも言わないまま、忘れるしかないと思っていたの」
そう言ってアマーリアは両手を組み合わせると、潤んだ瞳を夢見るように遠くへ向けた。
アマーリアが語った二人の出会いはこうだった。
数ヶ月前。侍女のシェリルと一緒に、乳母への誕生祝いを買いに街へ出かけたアマーリアは自分と同じ年頃の少女が、数人の男たちに絡まれている場面に遭遇した。
どうやら彼女をお茶か、もっとよからぬ社交の場に誘おうとしていたらしい断られた男たちは、断られると突然、態度を豹変させ、
「なんだよ、この不細工が!」
「おまえみたいな女、誰が誘うか。本気にするなよ!」
などと罵り始めた。
周囲には多くの人がいたが、男たちの柄の悪い風貌を恐れてか誰もがみて見ぬふりをしていた。
そこへ割って入ったのがアマーリアだった。
「ああ……想像がつくわ」
アンジェリカがこめかみを押さえて言った。
「リアのことだから思いっきり怒らせるようなこと言ったんでしょ」
「あら。私はただ『女性に対してその態度はあんまりではありませんか? このお嬢さんに謝罪して下さい』と言っただけよ」
「それだけ?」
「ええ。『他の方のことをとやかく言えるご容貌ではないようですけれど? 鏡をご覧になったことがないの?』とも言った気がするけど、本当にそれだけよ」
「十分言ってるじゃないの」
案の定、男たちはいきり立ち、アマーリアがお忍びで庶民風の格好をしていたこともあり、遠慮なく痛めつけようと取り囲んだ。
そこに助けに入ってくれたのが、王都配備の騎士として見回り中だったラルフ・クルーガーだったのだ。
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