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第三章 悪人たちの狂騒曲

42.かすかな嫉妬

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「もうすぐ騎士団対抗の武術大会なのでしょう?」
 テラスに並んでランチボックスを広げてから、アマーリアが尋ねた。

 春先に行われた国王陛下の御前での武術大会とは別に、秋には毎年、各騎士団の代表によって競われる対抗試合が行われる。
 ラルフも所属する『銀の鷲騎士団』の代表として馬術と剣術、馬上槍の三種目に出場することになっていた。

「私、絶対に応援に行きますから」
 小さな手を握りしめてそう言うアマーリアにラルフは笑って言った。

「俺とヴィクトール隊長が当たったらどちらを応援してくれますか?」
 
 ヴィクトールとラルフは春の大会で剣技と馬上槍でそれぞれ一位と二位を分け合ったことがきっかけで知り合い親しくなった。
 今回も二人揃って優勝候補の筆頭に名を挙げられていて、互いに勝ち進めばどこかで対戦することは避けられないはずだった。

「もちろんラルフさまを応援いたします」
 アマーリアは頼もしく請け合った。

「兄さまには義姉さまもミュリエルもいますし、それにファンクラブがついてますもの」
「そうでした。春の時もすごかったな」
 ラルフは苦笑して言った。

 男女、年齢を問わず誰からも好かれるヴィクトールだが、既婚にもかかわらず令嬢や貴婦人たちからの人気は特に高く、ファンクラブが結成されているのだ。

 春の御前試合の馬上槍で、ラルフがヴィクトールと対戦して勝利した時などは、黄色い歓声がものすごい悲鳴にかわり大変な騒ぎだった。

 ヴィクトールの妻のソアラは、未来の公爵夫人にふさわしい貫禄で鷹揚に構えていて、毎年女性たちの声援を浴びる夫を微笑みながら見守り、大会の華である馬上槍試合の前には、ヴィクトールに求められるままに観衆の前に進み出て、羨望と嫉妬の視線が降り注ぐなかで、自分の手首のリボンを、夫の槍の先に結びつけるのが常だった。

 アマーリアは決勝戦でふたりが対戦するときには、自分がラルフの槍にリボンを結ぶ役をつとめてもいいかと尋ね、ラルフももちろんそれを承諾した。

 ランチを済ませたあと、ラルフはアマーリアを馬車まで送っていくことにした。
 武術大会を間近に控えた騎士団では皆、任務の間の鍛錬に忙しく、最近はなかなかデートをする時間もとれなかったので、せめてと思ったのだ。

 アマーリアは嬉しそうにラルフを見上げながら、
「お仕事頑張って下さいね」
 とにっこり笑った。

「ああ。アマーリアは……」
「はい?」
 アマーリアが小首を傾げてじっと目を見上げてきたので、ラルフは口ごもり、それから思いきったように口を開いた。

「リアは、このあとは屋敷に戻るのか?」
 アマーリアは満足そうに頷いた。

 少し前からアマーリアに、兄や親友たちがするように愛称で呼んで欲しいとねだられて、呼び方を変えようとしているのだが、いざ彼女を目の前にすると照れてしまってなかなかすんなりと呼べない。

「今日はこの後、カタリーナさまとお会いすることになっていますの」
 アマーリアがザイフリート公爵令嬢のカタリーナと、婚礼衣装の準備に訪れた店で偶然に出会い、思いがけず親しくなったことはすでに聞いていた。

「また、ルノリア夫人の店で会うのか?」
「いいえ。それが一度ゆっくりとお話がしたいとお手紙を頂きまして。あちらのお屋敷に伺うことになっているのです」

「ザイフリート公爵家へ?」
「それもルーカスさまのことなどを考えると差しさわりがあるようで、カタリーナさまの乳母のゆかりの家で会おうとお招きいただきました」

 そこでアマーリアがそっと身を寄せてきて、口元にそっと手を当てた。
 内密の話があるということだと思い、身を屈めて口元に耳を寄せたラルフは、その瞬間、ふわりと舞ったアマーリアのほんのりと甘く涼やかな香りにどぎまぎしてしまった。

 アマーリアはそんなラルフの動揺には気づかず、声を潜めて言った。
「カタリーナさまは、王太子妃教育のことで、少しお悩みのようなのです。それで私でお役に立てればと」

 なるほど。確かにその相談にのるのなら、実際に幼少の頃から王太子妃教育を受けていたアマーリア以上の適任者はいないだろう。

 そう思いながら、彼女がずっと婚約者としてアドリアンと過ごしてきた月日の長さを思うとかすかな痛みが胸を掠めた。

 自分と出逢うよりずっと前に、アマーリアはアドリアンと出逢い、いくつもの舞踏会や行事でパートナーとして過ごし、皆に未来の国王夫妻だと思われて過ごしてきたのだ。

 アドリアンに、今自分に向けているような愛らしい笑顔を向けているアマーリアを思い浮かべると、胸がしめつけられるような気がした。

(馬鹿げてる。過ぎた過去に嫉妬するなんて)
 ラルフは慌ててそんな思いを追い払った。

「ではまた。夜にお屋敷の方へ伺ってもよろしいでしょうか」
「ええ。お待ちしています。父も母も喜びますわ。もちろん私が一番」

 ラルフが手をとってその甲にキスをすると、アマーリアは頬を染めて微笑み、優雅にドレスの裾を翻して馬車へ乗り込んだ。

 遠ざかる馬車の窓からいつまでも手を振るアマーリアに、ラルフも手を振って応えた。

 胸のしめつけられるような痛みはなかなか消えなかった。

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