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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
世界一幸せ
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ハルが私に好きと言ってくれた。
私、あきらめないでよかった。ずっと、ハルのことを追い続けてよかった。
ハルがベゼレート先生の元から別れの言葉もなく去ってしまった時は、どれほど落ち込んだことか。もう会えないかもしれないと思った時のあの絶望した気持ちは今でも忘れない。それから、テオの協力で屋敷を抜け出すことに成功し、必死になってハルを探した。
ここまでくるのに本当にいろいろなことがあった。そして、ようやくハルの心を手に入れられた。
誰よりもハルの側にいる。
こんなにも、近くにいる。
かすかに涙がにじむ目の縁、ハルの唇の感覚がいまだ熱をもったように残る。
私、ハルのためにいつも笑うと決めたのに、もう、泣かないって誓ったのに泣いてしまったわ。でも、嬉しい涙だもの許されるわよね。
赤くなった目を指先でこしこしと拭い、サラはうんと、ひとつうなずいてとびきりの笑顔をつくった。
それはまるで、花開くことを待ち続けていた小さなつぼみが、涙の露をはじき、一気に美しく柔らかな花弁を広げたような、そんな可憐な笑顔であった。
ハルの瞳が一瞬、動揺したように揺らいだ。
サラの笑顔に心を捕らえられてしまったのだ。
「私も、ハルが好き」
はにかむように、けれど、相手の目を真っ直ぐに見つめてサラは自分の思いを伝える。
何度その言葉を口にしても、まだ足りない、伝えきれないという焦れたもどかしさに胸がざわつく。
ハルのしなやかな指先がサラの髪へと伸びた。
「レザンの言葉では?」
「うん」
ハルにぴたりと身体を寄せ、顔を近づける。
先ほどハルが口にした言葉を思い出しながら、その耳元にサラはささやくようにゆっくりと繰り返す。
「好きよ、ハル」
ぱっとハルから身体を離したサラは、胸のあたりに手をあて恥ずかしそうに視線を落として頬を赤らめる。
何かよけいどきどきするわ。
「ねえ私、上手に言えている? 私の思い、ハルの心に響いている?」
ふっと笑って、ハルの手が髪を梳いてくれた。
愛おしげに何度も。
意識がハルの手の流れに集中する。
髪をなでるその手の優しさに心地よさと安心感を覚え、サラはうっとりとまぶたを落とした。
私世界一幸せ。
どうか、この幸せが永遠に続きますように。いいえ、一生続くと信じている。
「ねえ、裏街での約束がもうひとつあるわ」
「そうだね」
「私をハルのお嫁さんにしてくれるって約束よ」
「ずっと一緒と言ったのは、そういう意味ではなかったの?」
こともなげにそう答えるハルに、サラは驚きに目を見開いた。
信じられない、と声を落とすサラのふわふわの髪を一房手にとり、ハルは口づけをした。
本当に私がハルのお嫁さんに……。
「あ、私、お料理とかお裁縫とかきちんと覚えなければだわ。お掃除のしかたとか、あとは、えっと……花壇にたくさん花を植えたいの。だから、お花の育て方も知りたい。それからそれから……」
「覚えることがありすぎるね」
「何かひっかかる言い方ね」
頬を膨らませ、サラはハルの胸をぺちりと叩く。
くすりと笑うハルであったが、不意に真顔に戻り表情を暗く翳らせた。
「もうひとつ言っておかなければならないことがある」
「え?」
真剣なハルの面持ちにサラは身を固くする。
ハルがレザンの暗殺者だということだけでもじゅうぶん驚いたのに、他にもまだ自分を驚かせる何かがあるというのか。
それとも、真紅の飾り紐のことを、それに繋がるハルの背後にいる方のことを話してくれる気になったのであろうか。
一呼吸置いて、ハルはさらに言葉を継いだ。
「いろいろ話すことがありすぎて、だけど、本当はこのことを一番先に言うべきだったのかもしれない」
ごめん、と静かに声を落とすハルに、サラの胸に黒い影が広がっていく。
ハルが謝るほどのこととは、よほど自分を驚かせる重要なことなのだろうか。
「驚くこと?」
不安な感情は出さないように気をつけたつもりだが、やはり声に表れてしまったのかもしれない。
自分でも声が震えているのがわかった。
「たぶん」
「何……?」
ハルの瞳が悲しげに揺れ動く。
「レザンの暗殺者はみな短命なんだ」
私、あきらめないでよかった。ずっと、ハルのことを追い続けてよかった。
ハルがベゼレート先生の元から別れの言葉もなく去ってしまった時は、どれほど落ち込んだことか。もう会えないかもしれないと思った時のあの絶望した気持ちは今でも忘れない。それから、テオの協力で屋敷を抜け出すことに成功し、必死になってハルを探した。
ここまでくるのに本当にいろいろなことがあった。そして、ようやくハルの心を手に入れられた。
誰よりもハルの側にいる。
こんなにも、近くにいる。
かすかに涙がにじむ目の縁、ハルの唇の感覚がいまだ熱をもったように残る。
私、ハルのためにいつも笑うと決めたのに、もう、泣かないって誓ったのに泣いてしまったわ。でも、嬉しい涙だもの許されるわよね。
赤くなった目を指先でこしこしと拭い、サラはうんと、ひとつうなずいてとびきりの笑顔をつくった。
それはまるで、花開くことを待ち続けていた小さなつぼみが、涙の露をはじき、一気に美しく柔らかな花弁を広げたような、そんな可憐な笑顔であった。
ハルの瞳が一瞬、動揺したように揺らいだ。
サラの笑顔に心を捕らえられてしまったのだ。
「私も、ハルが好き」
はにかむように、けれど、相手の目を真っ直ぐに見つめてサラは自分の思いを伝える。
何度その言葉を口にしても、まだ足りない、伝えきれないという焦れたもどかしさに胸がざわつく。
ハルのしなやかな指先がサラの髪へと伸びた。
「レザンの言葉では?」
「うん」
ハルにぴたりと身体を寄せ、顔を近づける。
先ほどハルが口にした言葉を思い出しながら、その耳元にサラはささやくようにゆっくりと繰り返す。
「好きよ、ハル」
ぱっとハルから身体を離したサラは、胸のあたりに手をあて恥ずかしそうに視線を落として頬を赤らめる。
何かよけいどきどきするわ。
「ねえ私、上手に言えている? 私の思い、ハルの心に響いている?」
ふっと笑って、ハルの手が髪を梳いてくれた。
愛おしげに何度も。
意識がハルの手の流れに集中する。
髪をなでるその手の優しさに心地よさと安心感を覚え、サラはうっとりとまぶたを落とした。
私世界一幸せ。
どうか、この幸せが永遠に続きますように。いいえ、一生続くと信じている。
「ねえ、裏街での約束がもうひとつあるわ」
「そうだね」
「私をハルのお嫁さんにしてくれるって約束よ」
「ずっと一緒と言ったのは、そういう意味ではなかったの?」
こともなげにそう答えるハルに、サラは驚きに目を見開いた。
信じられない、と声を落とすサラのふわふわの髪を一房手にとり、ハルは口づけをした。
本当に私がハルのお嫁さんに……。
「あ、私、お料理とかお裁縫とかきちんと覚えなければだわ。お掃除のしかたとか、あとは、えっと……花壇にたくさん花を植えたいの。だから、お花の育て方も知りたい。それからそれから……」
「覚えることがありすぎるね」
「何かひっかかる言い方ね」
頬を膨らませ、サラはハルの胸をぺちりと叩く。
くすりと笑うハルであったが、不意に真顔に戻り表情を暗く翳らせた。
「もうひとつ言っておかなければならないことがある」
「え?」
真剣なハルの面持ちにサラは身を固くする。
ハルがレザンの暗殺者だということだけでもじゅうぶん驚いたのに、他にもまだ自分を驚かせる何かがあるというのか。
それとも、真紅の飾り紐のことを、それに繋がるハルの背後にいる方のことを話してくれる気になったのであろうか。
一呼吸置いて、ハルはさらに言葉を継いだ。
「いろいろ話すことがありすぎて、だけど、本当はこのことを一番先に言うべきだったのかもしれない」
ごめん、と静かに声を落とすハルに、サラの胸に黒い影が広がっていく。
ハルが謝るほどのこととは、よほど自分を驚かせる重要なことなのだろうか。
「驚くこと?」
不安な感情は出さないように気をつけたつもりだが、やはり声に表れてしまったのかもしれない。
自分でも声が震えているのがわかった。
「たぶん」
「何……?」
ハルの瞳が悲しげに揺れ動く。
「レザンの暗殺者はみな短命なんだ」
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