良心の呵責

篠原 皐月

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世の中、知らない方が良い事もある

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 日曜の昼近く。世間一般では休日である日曜日は、不動産屋にとっては書き入れ時である。その日も神津雅也は内見のため、賃貸物件の一軒家へ若夫婦を案内した。

「こちらがリビングです。賃貸物件にしては天井が高めで、収納スペースも充実しています。導線もすっきりしていると、これまでの入居者様からの評判も良かったですね」
「なるほど。物がすっきり収まりそうだし、解放感があって良いね」
「こちらの浴室の広さは十分で、脱衣所には温風乾燥設備がありますし、換気にも問題はありません」
「引き出すタイプの物干しも備え付けてあるんだね。これは凄いな」
「トイレは最新式の一体型トイレにリフォーム済みで、つなぎ目や凹凸が少ない分、日々のお掃除の手間も軽減されております」
「へえ。このタイプも物は初めて見たよ。すっきりしているね」

 なんだ? 普通だと奥さんの方があれこれ設備とかチェックしたり、細かく質問してくることが多いのに。この夫婦は、旦那さんの方がそういう事を気にする方なのか?

 家に入るなりあちこちを見て回りながら構造や設備などを確認し始めた夫とは異なり、妻は素っ気なく雅也のセールストークを聞き流していた挙句、途中から姿を消してしまっていた。それを不審に思いつつも説明に一区切りつけたタイミングで雅也が他の部屋を覗いてみると、奥の部屋に問題の女性が佇んでいるのを見つける。

「奥様、こちらにいらっしゃいましたか。この部屋で、何か気になる事でもございましたか?」
 よりにもよってこの部屋かよと、雅也は内心の不安を押し隠しつつ笑顔で尋ねた。すると彼女は振り返り、真顔で尋ねてくる。

「ここって……、入居者が結構頻繁に入れ変わっていますよね?」
「え? さあ……、私はここの物件を担当したのは初めてですので、なんとも言えませんが……」
 妙に確信しているような物言いに、雅也の顔が微妙に引き攣った。それを見て何を思ったのか、彼女が冷静に頷きながら話を続ける。

「そうですよね。売買物件の場合は期限はありませんが、賃貸物件であれば概ね三年で事故物件の告知義務期限が切れますからね」
「あの……、奥様?」
「申し訳ありませんが、ここに入る気はありません。他を探します」
「妻がこう言っておりますので、このお話はなかったことに。それでは失礼いたします。本日は、どうもありがとうございました」
「え? あの、ちょっとお待ちください……」
 素っ気なく妻が告げると、夫も悪びれない笑顔のままあっさり断りを入れてその場を後にする。素早い夫婦の行動に呆気に取られ、雅也はその場に呆然と立ちすくんだ。


 ※※※


 その日の夜。仕事を終えた雅也は、先輩の宇崎浩司と連れ立って店舗近くの居酒屋に直行した。

「午前中の内見客にはそう言われて即行で断られ、午後の内見客は凄く気に入ったと仰って、店に戻ってその物件の賃貸契約の手続きまで進めたんですよ……」
「今度は何か月で出て行くかな……」
 項垂れてその日の首尾を報告する後輩から視線を逸らし、宇崎が他人事のように口にした。それを聞いているのかいないのか雅也のぼそぼそとした声での話が続く。

「確かにあの物件を俺が担当するのは初めてですけど、他の人が何度も担当してますし。午前中の奥さんの、あの何もかも見透かしたような目が怖くて、あの時、鳥肌が立ちました……。あの人、あそこで何を見て、何を知ったんだよ……」
「本格的にお祓いもしたのにな……。もうそろそろ、噂になってもおかしくないよな」
 溜め息まじりに宇崎がそう口にした途端、これまでのあれこれで色々限界だった雅也が振り切れたように叫ぶ。

「寧ろ、今まであそこが話題になっていない事の方が不思議なんですが!? もうあそこの仲介なんか止めましょうよ!! そのうち絶対うちが呪われますし、借りた顧客に恨まれますよ!?」
「喚くな。あそこのオーナーとうちの社長が、昔なじみなんだと」
「そんなのすっぱり縁切りしろよ!!」
「取り敢えず落ち着け。そして飲め。今夜は俺のおごりだ」
 既に涙目になっている後輩を宥めつつ、宇崎は社長にどう言い聞かせて昔なじみと縁切りさせようかと、真剣に考え始めていた。








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