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おさない凶器
#17
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「え、子供?」
かなり目線を下げなければ視界に入らないほど小さな少女がそこに居た。黒い髪を肩の上で切りそろえ、細見のスーツを纏った少女は一見、高校生か、下手をするとそれより幼く見えた。
「誰が動いていいと言った!」
大きな目を吊り上げて、少女が銃を突き付けてくる。
「あの、状況がよくわからないんだけど、君は誰? ボスをつけてたのは君?」
「何を言ってる、ボスを狙って近づいたのはお前だろう!」
「だから俺は護衛をするために……」
「馬鹿を言え、お前のような子供がなぜボスの護衛など」
一瞬聞き間違いかと思った。まさか子供に子供呼ばわりされるとは。
「君、俺のこと知らないの?」
「当たり前だ。何様だお前」
新鮮な反応だった。この国に来てから自分を知らない人間などほとんどいなかった。きのきいた自己紹介がないかと考えていた矢先、少女がまじまじと見つめてきた。口は悪いが顔立ちは可愛らしい。しかしそんなに見上げたら首を痛めてしまわないか心配になる。
「その顔……」
何かに気づいた様子の彼女はスマートフォンを取り出し調べ物を始めた。未だ銃口はこちらに向いているが、彼女の指は既に引き金から外れている。凛太朗はこっそり両手を下ろした。やがて弾かれたように顔を上げた彼女は忌々しげな顔で凛太朗を睨んだ。
「貴様シンの弟か!」
「そうだけど……」
予想していた反応と違う。敵ではないことがわかり、もっと友好的な雰囲気になると思っていたのに、まるで親の仇のような目でこちらを見ている。
「やっぱり俺のこと知ってたの?」
「少し前に情報共有の連絡がきていた。シンの弟がこちらに来ていると。写真も送られてきた」
彼女の見せてくれたメッセージアプリのトーク画面には、確かに凛太朗の写真が貼られていた。
「もっとましな写真はなかったのかよ……」
数枚の写真はおそらくこちらに来てから真と酔っ払って撮った時のものだ。成人男性が普段使うことのないフィルターや加工を駆使して、出会い系のプロフィール(サクラ)に使われそうな画像に仕上がっている。この写真を見て本人を特定できたことが逆にすごい。
少女に借りたスマートフォンの画面をスクロールすると生年月日や血液型、身長体重といった情報まで流れていた。
「なんでこんなことまで載ってんだよ! この情報いる!?」
「シンの弟というだけで警戒する理由は十分だ」
スマートフォンを返すと彼女はそれを受け取り、銃も収めた。しかし凛太朗に向けられた視線は相変わらず好意的ではない。
「兄さんのことが嫌いなの?」
彼女は質問には答えず、頬に落ちてきた水滴に顔をしかめた。遅れて凛太朗の肌にも雨粒が触れた。
「げ、降ってきた」
地面を打ち始めた雨はすぐに激しくなった。凛太朗は彼女の手を掴んだ。
「な、離せ!」
「避難しないとずぶ濡れになるだろ!」
華奢な手を引き、走り出す。店舗や住居の裏口らしき扉の並ぶ路地を駆け抜け、途中で見つけたシャッターの下りかけたスペースに走りこむ。
「結構濡れちゃったな。大丈夫?」
「離せ」
手を振りほどかれ、凛太朗は苦笑した。
無人の空間は薄暗く、何かの倉庫のようだった。残念ながら体をふけそうな物はない。仕方がないので片方ずつ靴を脱ぎ、逆さにして水を抜く。
「君の名前は?」
水を吸って重く張り付くシャツを脱ぎながら声をかけると、こちらを見た少女が目を見開いた。
「なんのつもりだ貴様!」
「は?」
「何をしている! 早く服を着ろ!」
顔を逸らす少女の反応が面白くて凛太朗は彼女に近づいた。
「名前は?」
壁に追い詰めた彼女の顔を覗き込む。大きな瞳は猫に似ていた。
「……ヨウ」
「ヨウ?」
短く告げられた名前を呟く。女の子にしてはあっさりした名前だ。本名じゃないのかもしれない。
「日本人?」
「は、離れろ……」
小さな顎を捉えて揺れる瞳を見つめる。
「彼氏とかいるの?」
「答える義務はない! どけ! 服を着ろ!」
喚きだしたヨウに凛太朗は身を引いた。怯えた猫のような反応は可愛かったが、怒らせすぎてまた銃を抜かれてはたまらない。大人しく水気を絞ったシャツを被る。
「てか君はなんでボスをつけてたわけ?」
未だ解消されない疑問を口にすると、ヨウはこちらを見ることなくスマートフォンをいじっていた。
「ボスから連絡があった。変な奴につけられていると」
「それ俺のこと? 何考えてんだあの人」
つけるとかそんな距離感ですらなかった気がする。なんなら手を繋ぎそうな勢いで隣を歩いていたというのに。
「妙だとは思ったが、いきなり走りだしたボスをお前は追いかけようとしていた」
「そりゃするだろ。車まで護衛しろって言われてたんだから」
「ひとまずボスに連絡する。一人にしておくのはまずい」
彼女は電話を耳に、黙って相手が応答するのを待っていた。そして険しい顔で口を開いた。
「ボスが出ない……」
かなり目線を下げなければ視界に入らないほど小さな少女がそこに居た。黒い髪を肩の上で切りそろえ、細見のスーツを纏った少女は一見、高校生か、下手をするとそれより幼く見えた。
「誰が動いていいと言った!」
大きな目を吊り上げて、少女が銃を突き付けてくる。
「あの、状況がよくわからないんだけど、君は誰? ボスをつけてたのは君?」
「何を言ってる、ボスを狙って近づいたのはお前だろう!」
「だから俺は護衛をするために……」
「馬鹿を言え、お前のような子供がなぜボスの護衛など」
一瞬聞き間違いかと思った。まさか子供に子供呼ばわりされるとは。
「君、俺のこと知らないの?」
「当たり前だ。何様だお前」
新鮮な反応だった。この国に来てから自分を知らない人間などほとんどいなかった。きのきいた自己紹介がないかと考えていた矢先、少女がまじまじと見つめてきた。口は悪いが顔立ちは可愛らしい。しかしそんなに見上げたら首を痛めてしまわないか心配になる。
「その顔……」
何かに気づいた様子の彼女はスマートフォンを取り出し調べ物を始めた。未だ銃口はこちらに向いているが、彼女の指は既に引き金から外れている。凛太朗はこっそり両手を下ろした。やがて弾かれたように顔を上げた彼女は忌々しげな顔で凛太朗を睨んだ。
「貴様シンの弟か!」
「そうだけど……」
予想していた反応と違う。敵ではないことがわかり、もっと友好的な雰囲気になると思っていたのに、まるで親の仇のような目でこちらを見ている。
「やっぱり俺のこと知ってたの?」
「少し前に情報共有の連絡がきていた。シンの弟がこちらに来ていると。写真も送られてきた」
彼女の見せてくれたメッセージアプリのトーク画面には、確かに凛太朗の写真が貼られていた。
「もっとましな写真はなかったのかよ……」
数枚の写真はおそらくこちらに来てから真と酔っ払って撮った時のものだ。成人男性が普段使うことのないフィルターや加工を駆使して、出会い系のプロフィール(サクラ)に使われそうな画像に仕上がっている。この写真を見て本人を特定できたことが逆にすごい。
少女に借りたスマートフォンの画面をスクロールすると生年月日や血液型、身長体重といった情報まで流れていた。
「なんでこんなことまで載ってんだよ! この情報いる!?」
「シンの弟というだけで警戒する理由は十分だ」
スマートフォンを返すと彼女はそれを受け取り、銃も収めた。しかし凛太朗に向けられた視線は相変わらず好意的ではない。
「兄さんのことが嫌いなの?」
彼女は質問には答えず、頬に落ちてきた水滴に顔をしかめた。遅れて凛太朗の肌にも雨粒が触れた。
「げ、降ってきた」
地面を打ち始めた雨はすぐに激しくなった。凛太朗は彼女の手を掴んだ。
「な、離せ!」
「避難しないとずぶ濡れになるだろ!」
華奢な手を引き、走り出す。店舗や住居の裏口らしき扉の並ぶ路地を駆け抜け、途中で見つけたシャッターの下りかけたスペースに走りこむ。
「結構濡れちゃったな。大丈夫?」
「離せ」
手を振りほどかれ、凛太朗は苦笑した。
無人の空間は薄暗く、何かの倉庫のようだった。残念ながら体をふけそうな物はない。仕方がないので片方ずつ靴を脱ぎ、逆さにして水を抜く。
「君の名前は?」
水を吸って重く張り付くシャツを脱ぎながら声をかけると、こちらを見た少女が目を見開いた。
「なんのつもりだ貴様!」
「は?」
「何をしている! 早く服を着ろ!」
顔を逸らす少女の反応が面白くて凛太朗は彼女に近づいた。
「名前は?」
壁に追い詰めた彼女の顔を覗き込む。大きな瞳は猫に似ていた。
「……ヨウ」
「ヨウ?」
短く告げられた名前を呟く。女の子にしてはあっさりした名前だ。本名じゃないのかもしれない。
「日本人?」
「は、離れろ……」
小さな顎を捉えて揺れる瞳を見つめる。
「彼氏とかいるの?」
「答える義務はない! どけ! 服を着ろ!」
喚きだしたヨウに凛太朗は身を引いた。怯えた猫のような反応は可愛かったが、怒らせすぎてまた銃を抜かれてはたまらない。大人しく水気を絞ったシャツを被る。
「てか君はなんでボスをつけてたわけ?」
未だ解消されない疑問を口にすると、ヨウはこちらを見ることなくスマートフォンをいじっていた。
「ボスから連絡があった。変な奴につけられていると」
「それ俺のこと? 何考えてんだあの人」
つけるとかそんな距離感ですらなかった気がする。なんなら手を繋ぎそうな勢いで隣を歩いていたというのに。
「妙だとは思ったが、いきなり走りだしたボスをお前は追いかけようとしていた」
「そりゃするだろ。車まで護衛しろって言われてたんだから」
「ひとまずボスに連絡する。一人にしておくのはまずい」
彼女は電話を耳に、黙って相手が応答するのを待っていた。そして険しい顔で口を開いた。
「ボスが出ない……」
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