ねむれない蛇

佐々

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おさない凶器

#18

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 凛太朗と別れた地点から、数ブロック先の通りに停めた車まで、ユーリは特に問題なくたどり着いた。今頃二人はどうしているだろう。騙されたことに気づいて、自分の悪口でも言っているだろうか。
 上海で仕事をしていた部下が戻ってきたと連絡を受け、ちょうど彼女の受け持ちであるこの街にいることを伝えたら、顔が見たいと可愛いことを言うので少し利用させてもらうことにした。あまり設定を凝りすぎるとぼろが出そうだったので、簡潔に助けてほしいという旨のメッセージを送ると単純、いや素直な彼女は簡単に引っ掛かってくれた。
 案の定、遠目では自分と一緒にいるのが誰なのかわからない彼女は凛太朗を敵と思い込み、様子を窺いながらついてきた。自分がその場を離れた後、間近でその姿を確認して驚く彼女の様子が目に浮かぶ。
 頰を緩めながら車に乗り込みはたと気づく。彼女は凛太朗の顔を知っているのだろうか。
 いや、たとえ知らなかったとしてもさすがに見るからに観光客風の若者にいきなり銃を突き付けたりはしないだろう。ましてや発砲など。多少やりあう分には問題ない。凛太朗にとってもいい訓練になるはずだ。
 自分に言い聞かせるように考えて、それでも微かに残る不安にユーリはスマートフォンを取り出した。早めにねたばらしをして三人で甘い物でも食べに行こう。その時、手にした電話が震えだした。着信はジーノからだ。逡巡した後、ユーリは電話を耳に当てた。
「はい」
「ユーリ、今大丈夫か?」
「ええ、まぁ……」
 歯切れの悪い返事にジーノが苦笑するのがわかった。
「なんだよ、取込み中なら改めるぞ? ていうかお前、またなんかシンに怒られるようなことしたのか?」
「し、してないですよ。え、シンもいるんですか?」
「俺一人だから安心しろ。あいつは今、アインツの用意したPMCの連中と話してる」
「ということは、調整は無事に終わったんですね」
「一応な。お前に言われた通り、向こうの要求は全部呑んだ。本当にこれでいいのか?」
「ええ、もちろんです」
 ジーノがため息をつく。
「本当に、お前の言う通りになったな。PMCの連中も、いかにもって感じの奴ばっかりだった」
「急な増員ですからね、先方も吟味している時間はない。多少柄が悪くても、伝手のある所から引っ張ってくるしかないんですよ」
「テロリストたちはそれを見越してわざと騒ぎを起こしたと」
「ええ、そうすればアインツは警備強化のために人員を補填する。その中に、自分たちの協力者を紛れ込ませておけば楽に会場を占拠できる」
「とはいえ、PMCがテロリストに手を貸さない可能性だってあるだろ?」
 むしろ、可能性としてはそちらのほうが高いだろう。
「だから事前に伝手を作っておいたんですよ。昨日のドロップの件に関わってたグループ、バックに上海の人身売買組織がいたんです。おそらくそいつらがこの国のテロリストに手を貸しているんでしょう。名前の挙がったアインツの男は連中から接待を受けていた。その中で、今回起用されたPMCを紹介された。半ば脅されていたのかもしれませんね」
「子供を買ってるなんてことが公になったら終わりだからな。そしてテロが起き、そいつは言われるがまま連中を使ったってことか。だがなぜ、上海マフィアがテロリストに肩入れを?」
「さぁ……俺たちに恨みでもあるんじゃないですか?」
「おいおい、いくらなんでも遠すぎるだろ。ヨーロッパだぞ」
「そうですか? 勢いのある組織で、こちらに拠点を持ちたいと思ってるなら俺たちを邪魔に感じるのも無理はない。この国でそんな商売してたら絶対に潰しますからね。他に考えられる理由があるとすれば……」
「まだ何かあるのか?」
「以前、シンに日本で仕事を頼んだとき、目障りなやくざ事務所を潰したことがあって。確かそこも似たような上海マフィアと繋がりがあったような……」
「マジかよ。いっぱいあるじゃん、恨まれる理由」
「ほんと困りましたね」
 苦笑して言うとまたジーノのため息が聞こえた。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫ですって。俺が何も考えてないとでも?」
「そうじゃないが、テロリストはともかくPMCはプロだ。本当に奴らが結託していたら」
「結託したところで結束は生まれない。所詮は金で繋がる急ごしらえのチームです。組織力の差を見せてやりますよ」


 今後の動きをジーノに共有して電話を切る。いつの間にか外は雨が降っていた。先ほどまであんなに晴れていたのに、大粒の雨はしばらく止む気配がなさそうだ。
 シートに身を預け、窓を叩く雨音を聞きながら考える。パーティーのことはあまり心配していない。既に手は打ってあるし、今のところ全てがユーリの思惑どおり進んでいる。
 気がかりがあるとすれば凛太朗だ。あの心のきれいな青年が、これから起こる現実を直視し、受け入れることができるのか、それとも今度こそ壊れてしまうのか、ユーリにもまだ判断がつかない。いずれにしても、彼の有用性を確認するにはいい機会だと思った。
 今度こそ二人に連絡しようと再びスマートフォンを手にした時、窓の外に人が立っているのに気づいた。白いレインコートを着た子供だった。
「どうしたの? お母さんやお父さんは?」
 窓を下げて声をかけると子供が顔を上げた。アミル人の少女のようだ。
「親はいないの」
 十二、三歳頃だろうか、少女は無感情な瞳でユーリを見る。
「二人とも、今日、テロで死んだの」
 少女の小さな手には小型の銃が握られていた。その黒い銃口が、ユーリに向けられている。
「ユーリ・フィオーレだな」
 可憐な少女は似つかわしくない視線をユーリに向けた。どうやら自分は見張られていたらしい。こんな所に車を停めていたのだからばれて当然か。ユーリの使う車の情報など、調べればいくらでもわかる。雨が降り、人気がなくなった頃合いを見計らって、どこかのろくでもない大人が哀れな少女に余計なことを吹き込んだのかもしれない。
 かわいそうに。そう思い、ユーリはひとまず彼女の指示に従うことにした。
「車を降りろ」
 言われた通り外に出る。激しい雨が降り注ぎ瞬く間に全身が濡れる。
「携帯は置いていけ。妙な動きをしたら殺す」
「君をそそのかした連中に、そう言えって言われたの?」
 答えの代わりに銃を向けられ、ユーリは持っていたスマートフォンを座席に放った。ドアを閉めて彼女に向き直る。
「で? どうするの?」
「一緒に来てもらう」
「買い物でもする?」
「無駄口をたたくな」
 これはだいぶ重症だな。口には出さず、ユーリは彼女に言われるがまま歩き出した。
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