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18.皇帝陛下 01

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「これはぁ~、なんとも、酷い状態ねぇ~」

 いつの間にか戻って来ていた、ナルサスとモイラが、扉の方からこっちを見ていた。 何時から聞いていたのか分からないが、ご立腹なのが良く分かる。

「貴方達、今日は帰りなさい。 夜が深まるわ」

 ナルサスが珍しく厳しい声で言えば、モイラがコチラへどうぞと部屋の外に出るようにと皇妃様付き侍女達に告げた。

「お待ちください!!」

 声を上げたのは、皇妃様付き侍女。 厳しい視線をナルサスへと向けた。

「何よ……。 私、貴方達と違って忙しいのよ?」

「本当に、このような小さくか弱そうな方を、陛下の愛妾として迎えられるつもりですか。 そのような事、皇妃様がお許しになるとは思えません」

「お許しになるならないなんて関係ないのよ。 あっちはあっちで、男を連れ込みよろしくやっている訳じゃない? それに妻としての務めを1度たりと果たしたこともない癖に、なぁに、嫉妬? 嫉妬なの? オカシイじゃない。 なら、アンタが来なさいよ。 そう伝えておいて」

 皇妃様に凄いなと、呆れるやら感心するやらだ。 そして、なんだかとんでもない事を聞かされた気がする。 私は、ここから出る事が出来るのだろうか?

 冷や汗がたらたらと流れた……気分になった。

「ナルサス様!! いかにナルサス様でも、皇妃様相手にあんまりです!! あのような化け物……美しい皇妃様に触れるなんて、考えるだけでもオゾマシイ」

「あら、私も同意見よ。 皇妃として勤めを果たすつもりがないなら、干渉しないでって伝えなさい!! 貴方達、マジ、鬱陶しいから」

「ナルサス様!!」

「お優しい皇妃様が、このようなあどけない子供が犠牲になるなど、御許しになるわけありません!! 自分達がどれほど酷い事をしようとしているのか、もう一度考えて下さいませ」

「では、また……出直してまいります」

 そんな事を言って、皇妃様付き侍女達は帰って行った。



 その日の夜。 私は今まで食べた事のない食事を食べた。

 美味しかった……けど、疲れていたのかな……とても眠くて眠くて……、もっと食べたいのに眠ってしまった。

「明かりを消し、香を」

 落ち着いたモイラの声が聞こえた気がしたが、私は起きるのがとても面倒で、気づかないふりをしてそのままベッドに沈む。



 闇がざわざわと揺らめく……そんな気配に目を覚まし。 目を覚ましたのだけど、恐怖で汗が溢れ出てきて、起きる事ができなかった。

 気温が急激に下がりだし、甘い香りに混ざって不可思議な匂いがした。 私は、その匂いを知っている……。 

「うぅぐぅ」

 吐きそうになるのを、必死に堪えた。

 腐敗の匂い。
 死の匂い。

 どんな獣もこの気配に逃げ出すだろう。

 キャノはココに来る前に逃げたと言ったけれど、きっと、この匂いをかげば恐怖に叫び声をあげ、逃げ出しただろう……。 いえ、その前に皇妃様に色々忠告を受け、逃げ出し、サラリと人に押し付けたのだから……とんでもない人だと、恨み言を抱く。

 扉の開く音がした。

 ユックリと歩いてくる足音は3つ。

「小鳥ちゃん、香の匂いを肺いっぱいに吸いなさい」

 幼子を甘やかすような、そんな優しい声だった。

 汗に濡れた髪が指先に寄せられ、私は視線だけをモイラとナルサスへと向けた。 その背後にも誰かいるのに……見えない。 私は言われた通り必死で息を吸い込んだ。

 身体が状態異常を起こしていると私に訴えてくる。 嗅覚が麻痺したようだ。

 コフコフと咳き込みながら、私はモイラを見て冷ややかに挑発的な視線を向ければ、モイラは声を潜め懇願を含んだ声で言う。

「逃げても責められることはありません。 無理を承知でお願いします。 耐えて下さい」

「危険は?」

「絶対に、ありません」

 なら、私は好奇心を優先できる。
 母様の子だもの。

 ナルサスの手をかり私はベッドの上で上体を起こし、その縁に腰掛けた。

 闇の中に、薄暗い闇が蠢いたように見えた。

 もともと暗い印象の森の中であるにもかかわらず、よりいっそう闇が深まったような気がする。 風が木々の間を流れれば、おぉぉぉ~と獣が鳴いているかのような音を立てていた。

「陛下、エリス様でござます」

 ナルサスが珍しく普通に話していた。 闇の塊は人型をしており、背が高く肩幅のある男性を想像する。 私の瞳はわずかな闇の濃淡だけを捉えるしかできないが、男性の身体が歪な形をしているような気がした。

「慣れぬ人間には、暗闇はつらいだろう。 明かりを」

「陛下」

「かまわん」

「はい」

 明かり一つでずいぶんと大仰なと思うよりも、男性の陛下の声が気になった。

 小さな子が初めて作った不格好な笛のような、怪物が呻くような風の音のような、肉に不格好な反射で発せられる音、それが男の声。 フワリとした柔らかなオイルランタンの明かりがともされる。

 私は皇帝陛下と思われる男をマジマジと見た。
 それはもう不躾に、無遠慮に。

 陛下は背が高く、不格好な体つきをしていた。 例えるならばゴツゴツとした瘤を持つ蛙のように、洋服に覆われた身体が歪な形を作り上げ動きにくそうに皇帝陛下はヘイシオに手を取られて歩く。

 男の着ている服は、その形こそ使用人のような簡単なデザイン。 お尻を隠すほどの長い黒いシャツ。 その下のインナーとして使われている首元まで隠す黒シャツはランタンの光をテラテラと反射する変わった素材で作られていた。 黒い手袋も同じように光る素材。

 そしてズボンは、貴族が好むピッチリとしたものではなく、庭師のような緩いズボン。 緩いはずなのにズボンは足の形を歪に露わにしていた。

 体型の歪さが際立ち過ぎて、私が知っている陛下の情報と違う等と言う当たり前のことを思い出しすらしなかった。 目の前の存在が陛下なのか? そんなことよりも、コレは人なのか? と言う疑問が私の脳裏をよぎった。

 翼ある者の好奇心が恐怖を跳ね除ける。

 改めて視線を上げた。
 顔を見ようと思ったのだ。

 顔は隣を歩くヘイシオの3倍はありそうだった。 その頭部、顔面はスッポリかぶるマスクで覆われていた。 人としておかしいのは、目、鼻、口の穴すらあいてないのだ。

 正直反応に困った。

 ジッと私を見つめる『死』としか言いようのない男は、身体がゆらゆらと揺れるたびに、闇を死を思わせる気配が空間を揺らしていた。



 これは怖いものだ。

 そう認識しているのに、不思議にも懐かしさを私は感じていた。
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