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終章
54.その後 01
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カイルと関係を持ってから半年の時が経過していた。
離宮を囲む森の外周は枯れ、アンデッドがふらつくと噂される森は、皇都内にあるにもかかわらず、人が近づく事は無い。
そして、しばらくの間は政務に関わる書面が送り付けられてきたが、書面はそのまま持ち帰られるようになった。 誰も森の奥の離宮を確認しようとしないのだから、仕方がないと言うものだろう。
皇帝は、死んだ。
所詮は、戦争好きな偽物……。
皇妃と、皇帝を連れて来たメイザース公爵が、偽皇帝を本物の皇帝だと言い張れば簡単に彼が本物として扱われだしたと、同盟を組んだグストリア公爵の護衛をしている者から報告を受けた。
「随分と適当ですね」
エリスがむかつくと腹立たし気に文句を言うが、カイルは全く気にする様子は無かった。
「もともと、私自体が凄く強い傭兵団に凄く強い兵士がいる。 きっとソレは竜に違いない。 と言う適当な理由で連れてこられ、皇帝におしあげられただけですからね」
「なんで、ソレでついてくるかなぁ~」
呆れたように言えばカイルが笑って誤魔化すだけ、ナルサスとの会話へと戻るからエリスは拗ねる。
「甘いのかな? チョロいのかな?」
「事情があるんですよ」
エリスの疑問にはヒューゴが答えてくれた。
「強くなると言う事は、人が死なない。 人が死なないから、所帯が大きくなる。 所帯が大きくなれば、武力自慢ばかりではなく、商売人達が寄ってくるし、庇護を求める者も現れると言う事なんです」
「守って欲しいって言う理由で傭兵に? 無茶苦茶ね。 自分の身が危ないとか考えないの?」
「危ないですよ。 傭兵たちも庇護を求めた者達も、何しろ戦場でしたし、可哀そうなふりをして敵のスパイの可能性もあります。 安易に受け入れる事ができません。 受け入れる事はできませんが、村が焼かれた、食料が略奪された、暴徒が訪れる、お前達のせいだと責めてくれば、心を痛める者もいると言うもの。 ソレはなかなか大変なものだったそうですよ」
「そうですよ?」
私は繰り返す。
「私は傭兵経験はありませんから。 ですが、カイル様が皇帝の座についた理由は父やその友人から聞いてます。 私達の故郷を与えたかったと」
「故郷? ですか?」
「故郷を持たぬ、家を持たぬ、そうやって生きていても、人との出会いがあれば色恋に発展する事もあると言うものです。 守りたい人が出来れば、帰るべき安全な場所が欲しくなる。 だけれど、流れの傭兵ってなるとまぁ……扱いなんて大地の民よりも悪い。 血に飢えた獣扱いですから、村の片隅に住まいすると言うのもうまくいかなかったと言う話です」
「それで……帰る場所が欲しくて、引き受けたと? カイルって馬鹿なの?」
「エリス様……」
「寿命が長いですからねぇ、40年ぐらい良いかなって思ったんですよ。 実務等必要ない、ただ皇帝として戦場に出てくれればよいと言うのが、メイザース公爵との約束でしたからねぇ……」
「その割に忙しそうだったよね」
今も忙しそうだが、ソレはソレだ。
「まぁ、戦場交渉で大金をかすめ取ってましたから。 その分のごたごたでしょうかねぇ」
そう言ってカイルはニッコリと笑って見せた。 人間の能力の範囲内でも、ずっとメイザース公爵家とは駆け引きをしていたらしい。
「それより、エリス、エイマーズ領の開発図を見て下さい」
「え~、ヒューゴがオヤツ買ってきてくれたの食べようよ~」
「なら、食べながらでいいので、仕事してください」
「い~やぁ~!」
私は、甘えた声で言う。
グストリア公爵との同盟には多くの内容が含まれている。 その中の1つが、エイマーズ領の領主としてナルサスを立てる事。
本人的には、
「どうして、私にばっかり面倒ごとを押し付けるのよ!!」
なんて文句を言っているが、誰かがならなければいけないなら仕方がないと言う思いはあり、諦めているらしい。 ただ、文句は言いたいらしく今はもう皇帝ではないカイルに時々噛みついている。
「どうせ姿を変えることが出来るんだから、カイルがすればいいじゃない」
「寿命が違うと言うのは、価値観に違いが出てくると言うものです。 強者に全てを任せ、支配を受ける。 貴方達が、貴方達の子供が孫が納得できると思いますか? まぁ、それ以前に何百年も一か所にいるなんて私が耐えられません」
「言ってみただけよ」
カイルは薄く笑い瞳を閉ざす。
以前、カイルは私に言っていたのだ。
『帰るところがあると言うのは幸福な事です。 例え親しい人が死んだとしても、その血が延々と繋がっているのを見守る事が出来るなら、私達は生きていける……そう思いませんか?』
私はソレに同意した。
母様は、翼ある者の少ないこの世界で、私のためにカイルとの出会いを準備してくれたのかと思ったことがある。 そう思えば親に愛されていたと信じられる。 感謝できる。 私はここにいていいのだと思える。
「エリス、全てが落ち着いたら旅に出ようと思うんだけど、一緒に行ってくれますか?」
「うん、一緒に行く」
「どっちも、軽いわねぇ」
実際に旅立つときになれば、年を取った彼等を彼女達を、次に会うときには死んでしまっているかもしれない者達を思い、泣きたくなるかもしれないが、今は夢を語り合える。
未来を夢見て楽しむ事ができる。
そして、人々は笑いあう。
目の前の幸福の図面を眺めながら。
大地の民の処遇だが、
マルスとマイルの双子とは、私は会っていない。
会わせてもらえなかった。
まぁ、会ったからと言って、語るべき事も無いし、期待すべき事もない。
『彼等は、謝罪と哀れみと言う装飾でゴテゴテにした要求を突き付けてくるだけでしょうから、会う必要等ありません』
カイルが言えば、それもそうだと同意した。
マルスとマイルを始めとする皇都にやってきた十数人の大地の民は、皇都へと無理やり乗り込もうとした奴隷種の暴走として処理され、労役についている。 自分達には皇帝の愛妾となったエリスがいるのだぞ!! なんて言っていたが、それに耳を傾ける者等いなかったそうだ。
他の大地の民はと言うと、
管理する者の居ない中、好き放題に浪費を重ね、借金を重ね、新たな浪費が出来ぬと言われ、弱い者を奴隷として売り払い始めたのだそうだ。 それは、1人や2人で納める事はなく、延々と繰り返されているらしい。
『やがて自業自得として自滅を迎えるだろう』
エイマーズ領の管理補佐として送り込まれていた文官と魔導師達が語っていた。
離宮を囲む森の外周は枯れ、アンデッドがふらつくと噂される森は、皇都内にあるにもかかわらず、人が近づく事は無い。
そして、しばらくの間は政務に関わる書面が送り付けられてきたが、書面はそのまま持ち帰られるようになった。 誰も森の奥の離宮を確認しようとしないのだから、仕方がないと言うものだろう。
皇帝は、死んだ。
所詮は、戦争好きな偽物……。
皇妃と、皇帝を連れて来たメイザース公爵が、偽皇帝を本物の皇帝だと言い張れば簡単に彼が本物として扱われだしたと、同盟を組んだグストリア公爵の護衛をしている者から報告を受けた。
「随分と適当ですね」
エリスがむかつくと腹立たし気に文句を言うが、カイルは全く気にする様子は無かった。
「もともと、私自体が凄く強い傭兵団に凄く強い兵士がいる。 きっとソレは竜に違いない。 と言う適当な理由で連れてこられ、皇帝におしあげられただけですからね」
「なんで、ソレでついてくるかなぁ~」
呆れたように言えばカイルが笑って誤魔化すだけ、ナルサスとの会話へと戻るからエリスは拗ねる。
「甘いのかな? チョロいのかな?」
「事情があるんですよ」
エリスの疑問にはヒューゴが答えてくれた。
「強くなると言う事は、人が死なない。 人が死なないから、所帯が大きくなる。 所帯が大きくなれば、武力自慢ばかりではなく、商売人達が寄ってくるし、庇護を求める者も現れると言う事なんです」
「守って欲しいって言う理由で傭兵に? 無茶苦茶ね。 自分の身が危ないとか考えないの?」
「危ないですよ。 傭兵たちも庇護を求めた者達も、何しろ戦場でしたし、可哀そうなふりをして敵のスパイの可能性もあります。 安易に受け入れる事ができません。 受け入れる事はできませんが、村が焼かれた、食料が略奪された、暴徒が訪れる、お前達のせいだと責めてくれば、心を痛める者もいると言うもの。 ソレはなかなか大変なものだったそうですよ」
「そうですよ?」
私は繰り返す。
「私は傭兵経験はありませんから。 ですが、カイル様が皇帝の座についた理由は父やその友人から聞いてます。 私達の故郷を与えたかったと」
「故郷? ですか?」
「故郷を持たぬ、家を持たぬ、そうやって生きていても、人との出会いがあれば色恋に発展する事もあると言うものです。 守りたい人が出来れば、帰るべき安全な場所が欲しくなる。 だけれど、流れの傭兵ってなるとまぁ……扱いなんて大地の民よりも悪い。 血に飢えた獣扱いですから、村の片隅に住まいすると言うのもうまくいかなかったと言う話です」
「それで……帰る場所が欲しくて、引き受けたと? カイルって馬鹿なの?」
「エリス様……」
「寿命が長いですからねぇ、40年ぐらい良いかなって思ったんですよ。 実務等必要ない、ただ皇帝として戦場に出てくれればよいと言うのが、メイザース公爵との約束でしたからねぇ……」
「その割に忙しそうだったよね」
今も忙しそうだが、ソレはソレだ。
「まぁ、戦場交渉で大金をかすめ取ってましたから。 その分のごたごたでしょうかねぇ」
そう言ってカイルはニッコリと笑って見せた。 人間の能力の範囲内でも、ずっとメイザース公爵家とは駆け引きをしていたらしい。
「それより、エリス、エイマーズ領の開発図を見て下さい」
「え~、ヒューゴがオヤツ買ってきてくれたの食べようよ~」
「なら、食べながらでいいので、仕事してください」
「い~やぁ~!」
私は、甘えた声で言う。
グストリア公爵との同盟には多くの内容が含まれている。 その中の1つが、エイマーズ領の領主としてナルサスを立てる事。
本人的には、
「どうして、私にばっかり面倒ごとを押し付けるのよ!!」
なんて文句を言っているが、誰かがならなければいけないなら仕方がないと言う思いはあり、諦めているらしい。 ただ、文句は言いたいらしく今はもう皇帝ではないカイルに時々噛みついている。
「どうせ姿を変えることが出来るんだから、カイルがすればいいじゃない」
「寿命が違うと言うのは、価値観に違いが出てくると言うものです。 強者に全てを任せ、支配を受ける。 貴方達が、貴方達の子供が孫が納得できると思いますか? まぁ、それ以前に何百年も一か所にいるなんて私が耐えられません」
「言ってみただけよ」
カイルは薄く笑い瞳を閉ざす。
以前、カイルは私に言っていたのだ。
『帰るところがあると言うのは幸福な事です。 例え親しい人が死んだとしても、その血が延々と繋がっているのを見守る事が出来るなら、私達は生きていける……そう思いませんか?』
私はソレに同意した。
母様は、翼ある者の少ないこの世界で、私のためにカイルとの出会いを準備してくれたのかと思ったことがある。 そう思えば親に愛されていたと信じられる。 感謝できる。 私はここにいていいのだと思える。
「エリス、全てが落ち着いたら旅に出ようと思うんだけど、一緒に行ってくれますか?」
「うん、一緒に行く」
「どっちも、軽いわねぇ」
実際に旅立つときになれば、年を取った彼等を彼女達を、次に会うときには死んでしまっているかもしれない者達を思い、泣きたくなるかもしれないが、今は夢を語り合える。
未来を夢見て楽しむ事ができる。
そして、人々は笑いあう。
目の前の幸福の図面を眺めながら。
大地の民の処遇だが、
マルスとマイルの双子とは、私は会っていない。
会わせてもらえなかった。
まぁ、会ったからと言って、語るべき事も無いし、期待すべき事もない。
『彼等は、謝罪と哀れみと言う装飾でゴテゴテにした要求を突き付けてくるだけでしょうから、会う必要等ありません』
カイルが言えば、それもそうだと同意した。
マルスとマイルを始めとする皇都にやってきた十数人の大地の民は、皇都へと無理やり乗り込もうとした奴隷種の暴走として処理され、労役についている。 自分達には皇帝の愛妾となったエリスがいるのだぞ!! なんて言っていたが、それに耳を傾ける者等いなかったそうだ。
他の大地の民はと言うと、
管理する者の居ない中、好き放題に浪費を重ね、借金を重ね、新たな浪費が出来ぬと言われ、弱い者を奴隷として売り払い始めたのだそうだ。 それは、1人や2人で納める事はなく、延々と繰り返されているらしい。
『やがて自業自得として自滅を迎えるだろう』
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