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34.ヤバイ女 01

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 馬車の中にラースが足を踏み入れれば、不安そうなシアの顔が笑みへと代わった。

「大丈夫?」

 そう言いながらシアが飛びつくようにラースに抱き着く。

「ぇ、ど、どうしたわけ? 何も無いが」

 驚いた様子でラースが自分にしがみ付くシアを見下ろした。 顔を見上げ不安と心配と怒った様子でラースに強く言う。

「私が、心配したの!!」

「ぇ、あ……そっか、悪い……気を付ける」

 何をしていたか言えないし、言うつもりはなく、ずっと側に居たいのに居る事への弊害があるのかと思えば悩ましいとラースは抱きしめるシアの頭越しに苦々しく笑う。

 幸福半分、面倒半分。

 シアを抱きしめたままラースが椅子に座れば、正面に位置する場所に座るヴィズは顔をしかめた。 血の匂いをプンプンさせた獣が、小さく白く弱弱しい子を抱きしめていると思えば……保護欲のようなものが疼いた……。

「アズ……小さな子が誑かされているように見える」

 お前も分かるだろう? と言う思いと共に声をかけた。

「あら、アナタが誑かすよりはよかったわ。 相手にしてもらえるかどうかは別だけど」

 シアの顔を自分の方へと向けているラースは、シアの頭越しにヴィズに笑いかけ、ユックリと真顔へと戻していく。

 シアに……余計な事を言うな。
 音を出さずに唇を動かす。

 微かな血の匂いに惑わされながら、馬車は進む。 平気そうに見えるラースも、シアの顔に触れ、髪を触れ、頬に目がしらに、額に、あらゆる場所に啄むようなキスをしているのだから酔っているのだろう。

「人前で発情するな……。 下品だ」

 ヴィズが注意するが、ラースは聞く気も無く……だけどシアが言えば全く別だ。

「私もそう思うわ」

 照れて拗ねてラースを涙目で睨めば、カワイイと言うばかり……。

「落ち着け」
「落ち着こうよ」

「あら、悪くないんじゃない。 愛があるわ」

 ヴィズとセグが言い、アズが称賛。
 ラースはシアを抱きしめ兄弟相手に舌を出す。



 シアとラースが、シアのための屋敷に戻ったのは、王様と王子達と食事を済ませた後。 世話を焼いてくれる人をラースは断った。

『屋敷の世話は頼むけど、人が近くにいると気が休まらないから』

 シアが風呂から出れば、既に虫よけの香とランプに火が灯されていた。

 紙を張った窓枠には、自分の影が揺らめいて見える。 影を見ているのも楽しいけれど……お湯で火照った身体を冷ましたく、ラースが戻って来るのを早く知りたくて、お風呂に近い窓を開き、窓の縁に腰を下ろす。

「危ないぞ?」

「そこまでドジじゃないわ」

 そんな会話と共に、窓の縁からラースはシアを抱き上げる。

「部屋へ行こうか……」

 2人が部屋に入れば、明かりが落とされ……そして紙の窓に映る影はスッと消えた。

 シアの願いを、約束を叶えるため……ラースが獣姿をとったのだ。



 だが……見えない部屋の中を勝手に想像し、
 それを快く見ない視線があった。



******************



 ヤバイ女だと思ったのは、何時だろうか?
 そして、何故、俺はそのヤバイ女と一緒にいるのだろう……。

 蒸し暑い夜を過ごした。 人々が街を作り、流浪する事を止めたから……身を隠す場所は無数に存在している。

 若い男女は廃墟に大きな布を敷き横になっていた。

 先に目を覚ました男は、隣で眠る女を見て溜息をついた。
 眠る顔は穏やかで、無邪気な幼さを宿している。

 いや……雌だ……。

 滑らかな肌が生々しく、ジワリと滲む汗が流れている。 それが妙に色っぽく……誘われるままに行為に及んだ。

「なぁに?」

 そう言って伸ばされる指先、手、腕……蛇のように絡みつき、甘く見つめる瞳で捕らえてくる……。 その瞳を見れば、オヤジがただ色に耽っているだけでない事が分かった。

 ドロテアと言う女が言っている言葉は、王に牙を向けた後ですら夢見がちで、暑い日に水に身を預けるかのような、不安感と心地よさがある……。

『アレは、都合の良い女だ』

 そうオヤジが言っていた。 確かに勇猛果敢で王子の中で最も強と言われる……馬鹿……な第二王子の相方とする彼女に手を差し出され、それを拒否すれば……彼女の手をとった奴等に負けた気分になるだろう。

 だが……コイツは、思っていたよりもやばい。

「起きたの?」

「あぁ……、コレからどうするつもりだ?」

「どう、とは?」

 彼女は微笑む。
 それは、女の顔だ。

 戦場で幾度となく見て来た彼女とは違う……。 戦場での彼女は何時だって苛立ち緊張していた。 彼女が、彼女らしくなるのは……オヤジに……男に抱かれている時だけ。

「アンタは王家に歯向かった」

「歯向かっていないわ。 だって、ランディは私のものだもの。 だから私こそが王家よ」

 狂ってる……そう思ったが……彼女は自信満々で美しく微笑むのだ。

「行きましょう」

「何処へ行くんだ?」

「来れば分かるわ」

 そうして連れていかれた先は、王によって次期王妃……いや女王に、定められた少女の作った街。 何をするのかと思えば街へやってきた。 ただそれだけ。 それだけなのだが、それだけでもヤバイのだ。

 整備された道を踊るように商店街を歩く。
 店を興味深く覗き込む。

 何時だって同じ戦場で見ていた鮮やかな赤。
 俺がそうであるように、彼女もまだ街に来たことはないのだろう。
 誰も、彼女が王家に宣戦布告した相手とは知らず、ご機嫌な声をかけてきた。

「ちょっと待て!! そこは、ヤバイだろう!!」

 ドロテアが向かうのは高級商店通り。
 そこには、女性のための商品が色々ある。

 石鹸、香水、お香。
 身体に良い飲み物。
 保存果物、ナッツ。
 輸入布地、糸、雑貨、細工物。
 金属細工、装飾品。
 ガラス製品、陶器品。

 異国から輸入してきただろう物が店先に並んでいた。

 男は店の1つに母親を見つけた。

 戦闘と暴力を好み、力を全てとする。 だから、弱い母は蔑ろにされた。 何人もいる父の妻たちの中で、母は最も弱く、その母の子である俺も弱かった。 だから、母は……逃げた。

 弱い者が生きていく術を未来の女王が提示したから。

 何時も傷だらけだった母が綺麗だ。
 ぎこちない作り笑いではなく、美しい笑みだ。

 そうやって母の姿を見ていた俺の隙をつくように、ドロテアは店の扉を開けようとする。 その腕を引けば、夢をみるかのような笑みを浮かべていた。

「止めろ、ここは貴族、王族の店だ。 欲しいものがあるなら、俺が買ってくる。 隠れ家に戻っていてくれ!!」

「変な人ね。 何を言っているの? 私こそが王家なの、だから、全て私のものなの」
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