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35.ヤバイ女 02

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 ドロテアは男の制止も効かず、装飾品細工の店の扉を開けた。

 入口に設置された大きな鈴が鳴り響いた。

 獣の因子が多いギルモアの民だが、シアが持ち込む文明以前から人々は華美を好み、装飾品を好んでいた。 文明前は、花や葉、木々、土、石、果実、木の実等を染料として使い、紡いだ糸を染め布とした。 戦士等は戦争の合間に作った装飾品で身を飾るのが当たり前だった。

 特に彼等が栄誉としたのは……戦利品である金属、宝石等の装飾品等。 本人が身に着ける事もあるが、愛しい人に贈る事を求愛としている。

 文明以前……ランディが手に入れた戦利品の多くはドロテアが手にしており、ドロテアは前の時代からちょっとした金持ちでもあったのだ。

「装飾品なら、表の店にもあっただろう?」

 男がドロテアを連れ出そうと慌てる。

 庶民であればドロテアに気づかないだろうが、貴族であればドロテアに気づかない等と言うことは絶対にありえない。 店の者が出てくる前に逃げなければ!! そんな男の焦り等ドロテアはどこ吹く風だった。

 どれほど奔放であっても、ランディが居る限りドロテアは許されてきた。 ランディを抑える事ができるのは、面倒を見る事が出来るのはドロテアだけだったから……。

 なにより王にはドロテアに対する負い目があった。 王自身が出来なかった、ランディの獣の奥底に眠る人格への接触をドロテアが成し得たから。

「何よ。 アンタ……私がそんな安っぽい女だと言う訳? 私はね……許されているのよ」

 怒りを……その目に宿しては居たが、それでも女だった。

 だから男は不思議に思うのだ。

 彼女がランディ王子と共に居た時……何時だってドロテアは戦士で女の色を纏ってはいなかったから。

「私を助けに来たその豪胆さ……気に入ったとおもったのに、だめね。 女心が分かっていないわ。 女を安く見積もるのも、こういう店に自分から誘えないところも、ダメね」

 見上げる視線でそう言いながら、彼女は俺の指先で顎に触れて来た。 柔らかく撫で、微笑む瞳、口元は……やっぱり、獲物を前にする蛇を連想させ……俺はカエルのように動けなくなる。

「ほら、これなんてどう? 私に似合うと思わない?」

 巻きつくように腕が絡められれば……ドロテアから発情の匂いが香ってきて、頭が痺れそうになる。

 童貞ではあるまいし!! 支配されまいと拳を強く握り、爪で手のひらを傷つける。 微かに傷ついた手のひらから血の匂いが香った。

「あら、どうしたの?」

 閉じた拳を両手に取り、そっと開かせ……血を舐めた。 見せつけるような赤い舌と、挑発するような上目遣いの瞳……男は震えながら息を深く吐いた。

「アナタは、ドレが似合うと思います?」

「この、深い金色に深紅のガーネットでしょうか?」

 言えば、それを滑らかな指先で太い黄金のブレスレットを手に取って、眺めだす。

「まぁ、悪くないわね」

「今の俺に買えるような代物ではありませんがね……。 それに、ランディ王子に喧嘩を売る気にはなりません」

「なぜ、その名前が出てくるわけよ。 折角自由を満喫しているのに、気分が悪くなるわ」

「ですが……シア様と婚姻を破棄されたとなれば、ドロテア様が妻候補となられるのでしょう? 妻がいても、公私ともに相方を宣言されているのですから」

 本来であれば、もっとはっきりと言いたかった。 シア様と婚姻中に、あれほどまでお二人の仲を邪魔されていたぐらいですから……と。

「ふざけないでよ!!」

 比較的低価格の細身のブレスレットが入れられた籠をたたけば、中身がひっくり返り、床に落下し転がった。

「なんで、私があんな化け物の妻にならなければいけないわけよ!!」

 狂気の色を露わにした瞳、激情し髪が逆立っている。

「申し訳ありません!!」

 慌てて謝るが……彼女のランディ王子への思いを知れれば……しっくりとした。 ランディ王子はかつて獣そのものの姿で、理性も欠如し、近づく人間に食らいついていたと聞く。 そんな彼と意志を通じ合わせたのはドロテアただ1人だったと……。

 化け物の番人として一生を捧げる。

 そんな人生を捧げる事を強制したがゆえに、王家の者はドロテアに弱いのだと……。 シア様よりもドロテアを優先する事が許されているのだと……。 ランディ王子にとって代理の無い唯一無二の存在として。

 そして、彼女はそれを疎んでいる。

「冗談でもそんな事を言わないで、あの化け物に女として扱われるなんて考えられないわ。 彼は従順なだけの心を持たぬ暴れるだけの獣。 妻の座なんてゾッとするわ……」

「なら、なぜシア様との仲を邪魔されたのですか?」

 眉間がピクッと動き、妖艶とも言える彼女が纏う空気が変わった。

「邪魔? 自分の婚姻の事まで私に判断を仰ぐアレが悪かっただけでしょう。 私は邪魔なんて欠片だってしてないわ。 ただ……シア様の魅力が私に劣っただけ。 それだけの事だわ」

 冷ややかに語りながらも、瞳には狂気が宿っていた。

 理不尽で不可解……。

 それでも!!

「弁償なんて言われたら、困るんで!!」

 男はドロテアを抱きかかえ店を後にした。 それから少し後、散々荒らされた店の中を見たらしい女店主の悲鳴が鳴り響いていた。

 そしてドロテアは、自らがランディの紋章を淹れて彫った気の腕輪を森に向かって捨て、そして誰の名も刻まれていない黄金にガーネットの腕輪を身に着けた。

「ランディも本気で私に愛されたいなら、これくらいのものをプレゼントすべきなのよね」

 ドロテアは、日の光の元で黄金を掲げてガーネットの赤を見つめた。

「王家から、それ以上の……」

「はぁ? 何かいいました?」

「いえ……」

 王家から恩恵を受けていますよね? は、どうやら鬼門のようだった。 まぁ、彼女が言うには、そうあって当たり前のものらしいから言っても無駄か……。



 そうこうしているうちに、庶民用の商店街の向こう食べ物広場から、歓喜の声が聞こえてくる。

 その音にドロテアは苛立ちを露わにしていた。

「何よ、ウルサイわねぇ……」

 彼女は自分以外が賛美される事は許さない。

 戦場であったなら、褒め讃えるふりをして近づき、いつの間にか場を仕切って歓声の中心に行くソレが当たり前。 若い男女が恋を培っているのを見れば、相談の体裁で近寄り、背に触れ、足に触れ、見つめて嫌悪を露わにできる者などない。 彼女に逆らえば戦場での立場も悪くなる。

 だが、何かをしようと、何もしまいと、恋人との関係は悪くなるしかないのだ。



 今も男はドロテアを抱き上げたままだった。

 男は思った。

 民があれだけの歓声を上げるのなら、相応の何かがあるに決まっている。 そしてコレほどの歓声を受ける人間と言えば誰かと言えば……不味い事しかない。 俺はドロテアの力の無さを利用し、だけど、歓声が気になるのも事実。

 街を見下ろせる位置の森から見下ろした。

 派手な金の髪の小さな子。
 そして、庶民の中で一際目立つ大きな身体。

 無表情でドロテアは見つめだす。

 そんな彼女は周囲に集まってくる気配に気づいてはいない。

 本当に無能だ……。

 トントンと男が肩を叩けば、ウルサイと手をはらわれた。

「ドロテア様」

 声がかけられた。

「何よ!!」

「我々は、ドロテア様を主とし集まりました……」

 人が次々と姿を見せ、膝をついた。



 戦場を逃亡した人々は2種。

 文明を独占しようとするシアを捕獲派。
 ランディを王として擁立したい反文明派。

 後者がドロテアの元に現れたのだった。
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