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36.ヤバイ女 03

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 男達に名を呼ばれ、ドロテアは振り返った。
 振り返る瞬間……ドロテアは見た。
 頭の中は怒りに囚われ何も考えられなくなる。

「ぁっ……なんでよ!!」

「ドロテア様?! どうされたのですか?」

 若い人獣の青年に、ハッとしたようにドロテアは冷静さを取り戻した。 かのように見えた。

 ランディと最後にあったのは、昨日の事。
 何かが変わるほどの時間は無かったはずなのに!!

「髪が……あんなに短く……」

 ランディの髪が短くなっただけで……ドロテアは動揺を覚えていた。 あれほど嫌っていたのに……蔑んでいたのに……。 髪を切られただけで裏切られたような気になった。 等と言う繊細な思考は働いていない。

 ただ、怒りだけがドロテアを支配する。

 無理やり切られたんだ。
 無理やり変えられた。

 ランディは変化を嫌うのに!!
 そう思えば、腹が立ってどうしようもなかった。

「ドロテア様!?」
「ドロテア様!!」
「どうされたのですか?!」

 幾重にも声がかけられた。

「ウルサイわね!! 大変なのよ!!」

 声を荒げながら自分の背後にいた男達を見た。
 自分を慕って集まった者達を見た。

 わずかな間を置き、ドロテアは薄く笑い……それは慈悲と慈愛で溢れた笑顔へと変化していく。

 人が居ればランディを王にできる可能性が高くなる。
 そのためにも、ランディを助け出さなければ。

「ランディを助け出さなければいけないわ」

「ランディ様をですか?」

 遠目で年若い人獣達は不思議そうにドロテアが見ていた方を見た。 ドロテアが向ける視線の先を男達が見たが、本当にランディかどうか等分からなかった。 男達はドロテアとランディらしき男を交互に見る。

「あんなに……」

 人に馴染んでいるのに? と言おうとすれば、ドロテアはソレを遮り叫んだ。

「あれはランディよ!!」

 背丈、肩幅、食べ物を口に運ぶ時のしぐさ。 だけど……

「そう、あれはランディなのよ!! でも、あり得ないの!! ランディに何があったの、誰か知っているものはいない?!」

 私が居ないと言うのに……他の者達と喋っているなんて……。
 何の指示も出していないのに!!



 やがて食べ物広場に乱入者が訪れ、混乱が訪れる。
 ラースはシアを守るために動き……。
 そして、それはドロテアにとって苛立ちとなった。

「どうして、勝手をするの……あぁ、違う、そう、そうだわ。 私がシアを守るようにって言ったの。 信頼を築くようにって。 あぁ、そう、彼は私の言いつけを守っている。 思ったより頑張っているじゃない」

 なんて言うが、その口元は醜く歪んでいた。

 そう、大丈夫。

 彼は私の言いつけを守っているだけ。

『シア様は、私達と違って匂いで相手を知り、その心を理解する事ができない。 当然、私のようにアナタを理解するのも難しいの。 だから、シア様には期待してはいけないわ。 分からなければ、逐一聞くの。 どうすればいいってね。 そう、私以上に彼女が分かる者はないのだから、シッカリ問いかけるのよ』

『シア様は私達とは食べ物が違う。 弱い歯や顎。 同じものが食べられない。 アナタの食べ方を見ると彼女は不快に思う事でしょう。 一緒に食事をしてはいけないわ』

『シア様はお小さいのですから、一緒の部屋で寝る事はダメよ。 潰してしまいかねないから』

『触れる時は壊れ物のように優しく、でも、アナタにはソレは無理でしょうから、触れてはダメよ……。 危険な人だと思われてしまうから。 とにかく、今は、関係性を築くのが大切なの……王が彼女を次の王の伴侶に選んだのだから……いいえ、彼女を王に選んだもどうぜんなのだから。 不敬な事はダメよ』

 目の前のランディは、ドロテアの約束を破っていた。

 許さない……。

 分からせなければ……。



 その日の晩、ドロテアはランディを連れ戻すため、シアのために作られた屋敷を遠くから眺めていた。 彼女の手には軍事用に購入した遠眼鏡があった。

 シアの部屋に向かうランディ。

 髪は切られているが、身体付き、歩き方は良く知っている姿だとドロテアは思った。 だが、シアに微笑み、シアを抱き上げ、白く柔らかな肌に口づける姿にドロテアは怒った。

「ダメだって言ったのに!!」

 金切り声で叫んでいた。

 ドロテアの側に居る男は、昨晩夜を共にした男が1人。 この場に来るにはドロテアの体力が足りなかったから。 そして、国を我が物にするのだと浮かれてハシャグ若者達は、軽薄で陳腐に見えたから。

 男はドロテアを見ている。

「それで、どうされるのですか? シア様と一緒では声をかけるのも難しいでしょう」

「大丈夫よ。 呼び出し用の笛があるの」

 そう言ってドロテアは音のしない笛を吹く。

「壊れているのですか?」

「いえ、コレはこういうものなのよ。 私達には理解できなくてもランディには理解できる音が発せられているの。 これに気づけばランディは来るわ」





*********************





 風の音。
 虫の音。

 遠くに聞こえるカエルの声。

 そんな音に微かなノイズが聞こえるような気がするとラースは思った。 ラースにもランディと同じようにその音を捕らえる事は出来てはいたのだけど、ソレが合図だと聞かされなければ、気にも留めない音である。

「どうしたのラース?」

「いや……」

 その言葉と同時に身体は溶けるように影となり、その形がぐにゃりと変化し黒い美しい毛並みをした猫系の獣へと変化し終えた。

「魔法なのかしら?」

 シアの質問にラースは、さぁ? と耳をピピッと動かし首を傾げた。

 そっと正面からラースの毛並みに抱き着くシアは、顔を埋め、抱き着くために回した手と腕で、柔らかく滑らかな毛並みと、硬く鍛え抜かれた筋肉を撫でた。

 ラースの毛並みは、触れる肌に心地いい。

 英知の塔にあった本で読んだ事がある。
 シアは、嬉しそうにニヤリと笑った。

「うな?」

 ぎゅっとシアがラースを抱きしめれば、ラースもまた嬉しそうに後ろ足に体重を乗せてシアを抱き寄せた。 ちょうど……シアの手が目的の場所に届いて……ラースの腰部分に手を伸ばしワシワシと撫でてみた。

「うななんあなななんあななぁああああ」

 面白い鳴き方に、シアは声に出さず笑えば、ラースはムッとした顔で尻尾でシアの手をペシャリと叩く。 やり返すようにシアはラースの腰に手を回そうとすれば、ラースはスンッとシアの肩に顔を突っ込んできて、ぐりぐりと顔を押し付け……そのまま押し倒す。

「がうがう」

 不満そうな声を発するラースは、きっと怒ったふりをしているのだろう。 それでも、新緑色の瞳は甘く優しくて、シアは首回りに腕を回し抱き寄せる。

「うなぁ」

「素敵な毛並みだけど……、ラースの声を聞けないのは寂しいわ」

 そう言いながらシアはラースの薄く獣の唇に軽く口づけた。 獣に言葉を与える魔法と共に……。

「名前を呼んで?」

「シア……」

 甘い声だった。

 それが嬉しくて私はもう一度口づける。 ラースがザラリとした舌でシアの柔らかな唇を優しく撫でる。 それがとてもくすぐったくて、シアはクスクスと笑った。
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