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55.ドロテア

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「オマエには、もう会わない。 オマエとは、もう話さない。 声も聞かない。 思い出したくも無い。 オマエとの日々は、全部、全部!! 無意味だった!!」

 ランディの叫びをドロテアは受け入れるはず等ない。

「このぉおおお、恩知らずががああああ!! 誰が、オマエの用な奴と一緒に居てくれると言うんだぁああ!!」

「彼が受け入れさえしてくれるなら、誰だって彼と一緒にいるわ」

 シアが横合いから口を出しながら、その背から降り首元を撫でる。 私にはラースがいるから……等と言う真実は語らない。 大抵はそんな感じで人は選別され孤独に陥るものだから。

 シアはユックリとランディから手を離して、前に足を進めた。

「シア、危ない」

 ランディが後をついて来ようとするのを、左手で待つように伝えた。

「平気よ。 私は、ドーラを助けたいの。 ねぇ、ドーラ、迎えに来たわ」

「ウルサイ」

 ドロテアが呻く。

「起きて、目を覚ますのよ」

「止めろ!!」

 ドロテアは叫ぶ。

「やっぱり、普通に声をかけるだけでは、ダメねぇ……。 嫌なんだけど……」

 シアは、一歩、また一歩と近寄る。

 四肢が拘束されているドロテアの両頬にシアは手を伸ばした。 がっ!! と顔を伸ばし、噛みつこうとすれば金属の鎖が揺れる音が響いた。 シアの手に触れる事を止めたのは……ドーラだった。

 シアにはドーラの気配がしっかりと感じ取る事ができ、そして……小さく微笑んだ。

「良かった。 まだ、生きていた……」

 シアが何をしようとしているか? 王もジルも知っている。 ドロテアの魂をドーラの身体から引きはがそうとしているのだ。 王は不安そうに、ジルは危機感を持って見ている。

 もし、ドロテア以外も適合者として出来るなら。 同じ危険は幾度となく繰り返されてしまうだろう。

 それでも王は許した。
 シアが望むなら……と。

『1度や2度の失敗ぐらい、私達が受けた恩に比べればカワイイものだ。 天使殿のやりたいように』

 それには流石にジルも呆れた。 例えばシアの身体が奪われたらどうするんだ? と。 そういえば、ありえないと……王は笑っていた。



 シアは、昨日よりも濃くなっているドロテアの気配の奥にドーラを見つめていた。

「な、何を見てる!! 私を、私を無視するなぁ!!」

 ガシャガシャと鎖の音が鳴り、金属に触れるドーラの肌が傷つき、血が滲みだしていた。

「お願い、自分を傷つけないで……」

 ドーラはシアに止めるようにと、首を振っていた。
 重なる姿は音にならずとも、逃げて! そう伝えてきていた。

 私はシアを傷つけたくないの……。

「なら、傷つけないように耐えてよね……」

 シアはドロテアの……ドーラの頬に触れた。

 白い手に赤い発疹が現れ、水膨れのようになっていく……やがてソレは破れ膿が流れ出し、薄い皮を失った赤い肉が見えて来た。

「天使殿!!」

 大丈夫だと言っていた王が足を踏み出し、それをジルが抱きしめるように止めた。 ドーラからシアの身体を離そうと動いたランディに叫び止めるのもジルだった。

「ランディ、待て!!」



 シアは、魂の世界へと落ちていく。
 無限の広さを持つ魂の世界へ、精神の間へ。
 白いシアの世界へと落ちれば、遠くに……自分のものではない世界を見た。

 ドーラとドロテアの髪のように赤く、流れる血のように蠢き、ドロテアの尽きる事の無い欲のように赤が醜く渦を巻く。

 ドロテアは、ドーラを片足で踏みにじり……ドーラの無力を責めていた。 力が技が戦う術が無くても自分の方が素晴らしいと……優れているのだと、魂の世界においてドロテアの強さは圧倒的で……ドーラは押さえつけられ、まるで石のようになっていた。

 白い空間から、禍々しい空間へとシアは足を進める。

 そこは魂の世界。
 精神の世界。

 強い心を持つ者ほど強い。

 ドーラからもドロテアからもシアは見えず、干渉も出来ない。 本来あるべき存在ではないから。 変化をそこにもたらそうとしない限りは気づかれる事はないだろう。

 ドーラに暴力を振るい暴言を吐き続けるドロテアにシアは触れた。

 誰だ?! と聞く声。
 何をする!! と、怒る声。

 そんな声をシアは全て無視して、まるで漂う風のようにドロテアに触れた。

 手が爛れだす。
 赤く薄汚く色を変え、泡立ち、肉を剥き出しにする。

 痛い……痛いけど……ドーラが奪われたままの方が嫌だ。

 シアは、ドロテアの魂に触れ……そして薄汚い歪みと共にドロテアをドーラの身体から引きはがし放り出した。

 ソレは精神の世界であり、賢者以外が認識できるはずもない世界。 なのに……ドーラはシアを見た。 シアを見て嘆いていた。

『私のためにケガをするなんて……』

 そして、私は目を覚ます。
 ドロテアがドーラの身体から引きはがせた事を確認し、そして意識を失った。





 ドロテア(本体)の捜索は、難航していた。

 セグが彼の部下をつけていたにも拘らず、時間がかかっていた。 獣の嗅覚を持っていても困難だった。 彼女は匂いを追い難いようソコを選んだだろう。 硫黄が漂う場所に。



 来て……



 ラースはシアの声を聞いた気がして宙を仰ぐ。 シアの導きがあったようなそんな気がしたラースは感覚のままに進んでいった。 急ぐ余り足音を消す事も無く。

「ラース兄様!? どうしたんですか急に」

「コッチなんだ!!」

 シアが呼んでいる。 導いている。

 感覚的なソレを口にする事なく、ラースは先を急いだ。 やがて腐臭と獣除けの香の匂いによって人獣の全ての感覚が奪われると同時に、樹上から人獣達が襲ってきた。 僅かに反応が遅れれば、危険からラース達を助けるように清い風が吹き、襲う者達の動きを阻害する。

「殲滅だ!!」

 3人はソレゾレの武器を持ち、襲ってくる敵を討つ。 次々に襲う敵、正気が欠けていく。 敵が増える先に……彼女がいるのは考えずとも分かった……。

 耐えるんだ!!
 耐えて、殺して、そして終わらせるんだ!!

 襲う人が居なくなった後も……3人は呼吸に困難を覚えていた。

 余りの臭さに……。

 匂いの元へと3人は視線を向けた。

「死んでいるのですか?」

 そう、最初に声に出したのはセリアだった。

「ひっ!!」

 ぎろりと……セリアが長年恐れていた視線が動き、セリアを見た。 顔の肉はこそげ落ち、褐色の美しい皮膚は破れジクジクとした膿が染み出していた。 歪な顔だった……なのに瞳だけはギラギラと強く……睨みつけてくる。

 膿で固まった口がモソモソと動く。

 瞳が哀れに弱弱しく形作り、ラースを見ていた。
 涙が瞳を潤していた。

『私の……愛おしい人……』

 そう、訴えているのが分かる。

「ぁああああっあああああああああああ」

 ドロテアの叫びは声にならず……それでも、ドロテアが嫌だと嘆き助けを求めているのは分かる。

「オマエは誰にも愛される事はない。 終わりだ……」

 ラースは、醜いドロテアの心臓を一突きし……全てを終わらせた。





 ドロテアの死体は……そのまま持ち帰られ、人々の晒される事となる。 それは屈辱だが……ドロテアと関係を持った者達、またその者と関係を持った者達への注意喚起として利用された。
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