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56.ドーラ
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ドロテアの死から1月が経過していた。
眠りに落ちたシアの髪を優しくドーラは撫でる。
魂に受けたケガレはなかなか治る事が無く、不自由な身体では生活も不便だからと、ドーラはシアの側に付き添い世話をする事を許された。
ソレはドーラを守るためでもあった。
ドロテアの身内として責める者に、ドーラとドロテアは別だと、ドーラはシアにとって大切な人なのだと見せるための行為。 それを理解しているから、シアは何時も以上にドーラに甘えた。
「赤ちゃんに戻ったんですか?」
シアを膝の上にのせ、食事を食べさせながらドーラは笑いながら言えば、
「あら、ドーラが私を放って妹ばかりにかかりきりになったのが悪いのよ」
イーーと歯を見せつける。
言い方はあれだが、ドロテアから受けた傷のせいでシアが少しばかり幼児返りしているかのような様子が見られた。 それもまたカワイイとアズは甘やかすし、甘えん坊の隙にとランディがシアに接触を試みラースをたびたび怒らせている。
バカバカしいほどに賑やかで、平和で、これこそが幸福なのだとすら思える……。
でも、これは瞬きの間の幸福。
シアが、ラースの妻となる覚悟が出来、ラースが王位を継ぎシアが王妃となり、お披露目を行えば……ギルモアと言う国は大きな転換期を迎え……今の、この愛おしい時間は失われる事だろう。
「姫様……」
アナタが母として、姉として私を求めてくれるからこその幸福……。 こんな贅沢が許されるのだろうか? そう思えば、なんとも言えない気持ちになる。
ドーラはシアの髪を撫で、額に口付けを落とし……そして立ち上がる。
ドーラが足音を潜め、窓から部屋を出ようとすれば声がかけられた。
「何処へ行く。 職務怠慢だ」
「ラース様がいらっしゃるのですから、問題等ありませんよね」
「途中で目を覚ましたらどうする。 ソレにそういう問題じゃないだろう」
「……私は、まだ私を許したくないのです……。 罪を忘れ、幸福になる資格が私にある訳等!!」
「無い訳ないだろう。 ずっとあの子を大切にしてくれた……だからあの子はドーラ……オマエを大切にするし、必要とする……良いんだ。 だが、オマエの気持ちを理解できない訳でもない。 俺にも不出来な弟がいるからな」
ドーラは静かに笑う。
「もし、シア様が目を覚ましたらラース様が、子守歌でも歌って差し上げて下さいませ、間違っても手出ししないでくださいよ。 私の大切な方なんですから」
「分かった。 しばらくは我慢するさ」
ドーラが自らの戒めと向かった先は、ドロテアの死体が置かれた石造りの小さな小屋。
石の棺桶に入れられ、美しい花に飾られた死体は醜い。
***************
ドロテアの姿は、性感染症への注意勧告として使われた。 これぐらいしなければ、彼等は自らの行為を隠し国中に病を広めかねなかったから。
王は地位ある戦士を責めた。
「ドロテアが悪いとアナタ達はそう言うかもしれません。 ですが……小娘一人に振り回されたアナタ達の責任が欠片も無いとは言わせませんよ。 アナタ達が罪を償わなければ、やがて……彼女と同じ罰を受ける事でしょう」
病気で死んだ者を見たくない。
病気で死んだ者に近寄りたくない。
呪われそうだ!!
そんなバカげた言葉を無視して……地位ある者達には、自らの起こした結果としてドロテアの結末を見せつけた。
それでも
「コイツは弱かったから」
「自分は強いから大丈夫」
「自分は特別だから大丈夫」
そんな心が透けて見え王は溜息交じりに言ったと言う。
「1人で死ぬのは勝手ですが、回りを巻き込まないように。 アナタ達は死後……その家族にこのような姿を晒し、万が一にも妻に生まれてくる子に感染させれば、大きな恨みを買う事となるでしょう。 まぁ……私の知った事ではありませんけれどね」
見せしめにするには、ドロテアの死体は見るも無残で、人々は顔を反らした。 そしてドーラに責任を求め責め立てる声があがった。 お前が悪いのだと。
だが……ドーラへの責めは一瞬で終わった。
「……私の大切な家族を詰ってくれた礼はさせてもらいますから……。 アナタ達も……腐って死ねばいいわ」
唯一の治療法を持つシアが、冷ややかに言えば……誰も何も言えなくなった……。
ただ……ドーラだけが、泣きそうになった。
私のカワイイ姫様に、汚い言葉を使わせてしまったと……。
***************
ドロテアは死後……恐怖の対象とされた。 シアが言うには数百年後には、性愛の女神として讃えられるようになるのだと苦々しく笑い言っていた。
「ねぇ、フザケタ話よね……」
見せしめに使われるはずだったドロテアだが、実際には1度きりで終わった。 ドーラと1つしか違わぬ若い娘が、醜い老女のようになっている様子を進んで見たがるもの等いるはずもなく、日々の忙しさに追われていた事もあり、戦場の上位戦士達への警告を終えた後は、遺体を警護する戦士以外訪れる事はなくなっていた。
ドーラは醜く生きながら朽ちて言った妹を見て語る。
「こんな事になる前に、大人しく私に殺されなさいよね……」
何時かは罪を清算する日が来ると思っていた。 それだけの事をしていると知りながら、ランディのために見逃されていただけだから……。
「馬鹿な子……ほんとう、とんでもない事をしてくれて……アンタのせいで大変なんだから……。 ずっと、ずっと、アンタのせいで苦労させられた……アンタのせいで……アンタのせいで……」
長く、静かな時間……ドーラは虚しさに静かに涙を流していた。
「アンタのお陰で、私は強くなった。 シア様と言う絶対的な主を得る事が出来た……。 もし、アンタが馬鹿ではなく……賢く立ち回っていたなら……私は不幸のままだったかもしれない。 でもね……アンタ……」
ずっとずっと追いかけていた妹の
ずっと嫌っていた妹の
死を願っていたはずの妹の死は想像以上に大きな衝撃だった。
「本当、馬鹿な子ね……私が嫌いなら2人だけで喧嘩をして、2人以外に沢山大切な人を作れば良かったじゃない。 もし……また、姉妹に生まれたなら……次は、誰にも迷惑をかける事なく、2人だけで喧嘩をしましょう」
ソレが、ドーラの別れの言葉だった。
そして石棺は重い重い蓋をされ……二度と開かれる事は無かった。
眠りに落ちたシアの髪を優しくドーラは撫でる。
魂に受けたケガレはなかなか治る事が無く、不自由な身体では生活も不便だからと、ドーラはシアの側に付き添い世話をする事を許された。
ソレはドーラを守るためでもあった。
ドロテアの身内として責める者に、ドーラとドロテアは別だと、ドーラはシアにとって大切な人なのだと見せるための行為。 それを理解しているから、シアは何時も以上にドーラに甘えた。
「赤ちゃんに戻ったんですか?」
シアを膝の上にのせ、食事を食べさせながらドーラは笑いながら言えば、
「あら、ドーラが私を放って妹ばかりにかかりきりになったのが悪いのよ」
イーーと歯を見せつける。
言い方はあれだが、ドロテアから受けた傷のせいでシアが少しばかり幼児返りしているかのような様子が見られた。 それもまたカワイイとアズは甘やかすし、甘えん坊の隙にとランディがシアに接触を試みラースをたびたび怒らせている。
バカバカしいほどに賑やかで、平和で、これこそが幸福なのだとすら思える……。
でも、これは瞬きの間の幸福。
シアが、ラースの妻となる覚悟が出来、ラースが王位を継ぎシアが王妃となり、お披露目を行えば……ギルモアと言う国は大きな転換期を迎え……今の、この愛おしい時間は失われる事だろう。
「姫様……」
アナタが母として、姉として私を求めてくれるからこその幸福……。 こんな贅沢が許されるのだろうか? そう思えば、なんとも言えない気持ちになる。
ドーラはシアの髪を撫で、額に口付けを落とし……そして立ち上がる。
ドーラが足音を潜め、窓から部屋を出ようとすれば声がかけられた。
「何処へ行く。 職務怠慢だ」
「ラース様がいらっしゃるのですから、問題等ありませんよね」
「途中で目を覚ましたらどうする。 ソレにそういう問題じゃないだろう」
「……私は、まだ私を許したくないのです……。 罪を忘れ、幸福になる資格が私にある訳等!!」
「無い訳ないだろう。 ずっとあの子を大切にしてくれた……だからあの子はドーラ……オマエを大切にするし、必要とする……良いんだ。 だが、オマエの気持ちを理解できない訳でもない。 俺にも不出来な弟がいるからな」
ドーラは静かに笑う。
「もし、シア様が目を覚ましたらラース様が、子守歌でも歌って差し上げて下さいませ、間違っても手出ししないでくださいよ。 私の大切な方なんですから」
「分かった。 しばらくは我慢するさ」
ドーラが自らの戒めと向かった先は、ドロテアの死体が置かれた石造りの小さな小屋。
石の棺桶に入れられ、美しい花に飾られた死体は醜い。
***************
ドロテアの姿は、性感染症への注意勧告として使われた。 これぐらいしなければ、彼等は自らの行為を隠し国中に病を広めかねなかったから。
王は地位ある戦士を責めた。
「ドロテアが悪いとアナタ達はそう言うかもしれません。 ですが……小娘一人に振り回されたアナタ達の責任が欠片も無いとは言わせませんよ。 アナタ達が罪を償わなければ、やがて……彼女と同じ罰を受ける事でしょう」
病気で死んだ者を見たくない。
病気で死んだ者に近寄りたくない。
呪われそうだ!!
そんなバカげた言葉を無視して……地位ある者達には、自らの起こした結果としてドロテアの結末を見せつけた。
それでも
「コイツは弱かったから」
「自分は強いから大丈夫」
「自分は特別だから大丈夫」
そんな心が透けて見え王は溜息交じりに言ったと言う。
「1人で死ぬのは勝手ですが、回りを巻き込まないように。 アナタ達は死後……その家族にこのような姿を晒し、万が一にも妻に生まれてくる子に感染させれば、大きな恨みを買う事となるでしょう。 まぁ……私の知った事ではありませんけれどね」
見せしめにするには、ドロテアの死体は見るも無残で、人々は顔を反らした。 そしてドーラに責任を求め責め立てる声があがった。 お前が悪いのだと。
だが……ドーラへの責めは一瞬で終わった。
「……私の大切な家族を詰ってくれた礼はさせてもらいますから……。 アナタ達も……腐って死ねばいいわ」
唯一の治療法を持つシアが、冷ややかに言えば……誰も何も言えなくなった……。
ただ……ドーラだけが、泣きそうになった。
私のカワイイ姫様に、汚い言葉を使わせてしまったと……。
***************
ドロテアは死後……恐怖の対象とされた。 シアが言うには数百年後には、性愛の女神として讃えられるようになるのだと苦々しく笑い言っていた。
「ねぇ、フザケタ話よね……」
見せしめに使われるはずだったドロテアだが、実際には1度きりで終わった。 ドーラと1つしか違わぬ若い娘が、醜い老女のようになっている様子を進んで見たがるもの等いるはずもなく、日々の忙しさに追われていた事もあり、戦場の上位戦士達への警告を終えた後は、遺体を警護する戦士以外訪れる事はなくなっていた。
ドーラは醜く生きながら朽ちて言った妹を見て語る。
「こんな事になる前に、大人しく私に殺されなさいよね……」
何時かは罪を清算する日が来ると思っていた。 それだけの事をしていると知りながら、ランディのために見逃されていただけだから……。
「馬鹿な子……ほんとう、とんでもない事をしてくれて……アンタのせいで大変なんだから……。 ずっと、ずっと、アンタのせいで苦労させられた……アンタのせいで……アンタのせいで……」
長く、静かな時間……ドーラは虚しさに静かに涙を流していた。
「アンタのお陰で、私は強くなった。 シア様と言う絶対的な主を得る事が出来た……。 もし、アンタが馬鹿ではなく……賢く立ち回っていたなら……私は不幸のままだったかもしれない。 でもね……アンタ……」
ずっとずっと追いかけていた妹の
ずっと嫌っていた妹の
死を願っていたはずの妹の死は想像以上に大きな衝撃だった。
「本当、馬鹿な子ね……私が嫌いなら2人だけで喧嘩をして、2人以外に沢山大切な人を作れば良かったじゃない。 もし……また、姉妹に生まれたなら……次は、誰にも迷惑をかける事なく、2人だけで喧嘩をしましょう」
ソレが、ドーラの別れの言葉だった。
そして石棺は重い重い蓋をされ……二度と開かれる事は無かった。
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