偽りの婚姻

迷い人

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3章 オマジナイ

34.同類であっても相憐れむとは限らない

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 時は、ナイジェル・ウェイドが侯爵の任命を受ける直前に戻る。

 屋敷を失ったナイジェルに、借り住まいを提供しようとするものは少なくはなかった。 彼自身に同情する者もいる。 だが、それ以上に彼の外見から華はあるがカヨワイ青年であると決めつけ、ナイジェルの後見となれれば美味しいと考える者も多かったのだ。 それもまた、彼を『可哀そう』と誤認したからこそのことである。

 悲劇を背負い、ただ一人生き残った青年を可哀そうな被害者として見なかったのは、ライオネル、パーシヴァルの周囲。 そして、長くウェイド侯爵家と対立していた、レイランド侯爵家くらいではないだろう。 敵と言う者は盲目的な味方よりも余程理解が及ぶと言うものだろう。

 彼を疑いの目で見ていた者達は、彼の挙動を見張るべく住まいの提供を申し出た。 だが、ソレを良しとしない多勢に阻まれた挙句、ナイジェルは彼を支持するものの屋敷を転々と渡り歩く事で、自らへの目を晦ませることとなった。



 全てが後手に回っていた。



 シヴィルの記憶にあった建物と、薔薇園(花は失われていた)、埋められた死体は確かに存在したし、魔力回路に干渉する様々な術式もあった。 美しいドレスが数多く並んでいたが、手に取ってみれば、ソレが女性には大きめなドレスと分かるだろう。 だが、それだけなのだ……。 例えるなら、パーシヴァルほどの大柄なドレスであれば、明らかにアヤシイと誰もが思うだろう。 だが、そこにあったドレスは、大きくはあるが居ない訳ではない身体つき。

 持ち帰らせたドレスの1着を無理やりにナイジェルに着せ、ほらピッタリではないか!! と、言い切るには難しい形である。 例えるなら胸や尻の作り具合でどのようにでも変わるためだ。 そして服にしみついた魔力気配もまた、薬の魔力が強く染みついており、持ち主を判断することは不可能だった。

 ようするにアヤシイと思える人間がいるのに、手が出せない状態なのだ。

 それでも、パーシヴァルは『ヘルムート伯爵』として、ナイジェルを預かる南方将軍の元に訪れ、話を勧めようとした。

 応接室に通されれば、南方将軍の家族や一族のものが、ナイジェルを取り囲んでいた。

「此度の申し出ありがとうございます。 お忙しい中、わざわざ私のためにお時間をとっていただいたこの機会、戦場の鬼神と呼ばれた方と2人でお話をさせていただけないでしょうか?」

 人払いをしたのはナイジェルの方であった。

 2人きりになった彼は、これ見よがしに紅茶に液体加工した魔力薬を数的落とす。 自分と言う本質がばれている状態で、隠す気などはないらしい

「閣下もいかがですか?」

「遠慮しておこう」

「それで……、わざわざ閣下がお出ましになるとは、何か発見できました? それでしたら、単身乗り込んでくる事はありませんね」

 クスっと馬鹿にするかような目線で言うのは、自身の行動を認める発言。 だがこの世界で重要なのは、事実ではなく周囲がどう思うか。 それが全てである。

「国の中枢に入り込み、何をしようと考えている」

「そんなことを正直に語ると思っておいでですか? それに正直に語って、信用するとでもおっしゃるのですか?」

 クスクスと少女のように笑っていたかと思えば、小さくなる瞳孔、開かれた瞳、ヘラリと笑う口元がナイジェルと言う存在を歪に見せる。

「自分の立場を確保しているというなら、語ってみてはどうだ?」

 ふっふふふふふふふふ、

 不気味に続く笑い。
 彼の表情には薬のせいか? 怪しげな高揚が見られた。

「そうですね……」

 少しばかり考え込む。 自分の立場をではなく、自分の望みをどう言葉にするか悩んでいた。

「私が本来受けるはずだった栄光と、日常、私が求めるのはそんな細やかなものですよ」

 表情と言動が一致していない。

 魔力に酔っているのは一目瞭然であった。 パーシヴァルにも身に覚えのある衝動だ。 ただ、彼はソレではいけないと厳しくしつけられていた。 心や常識で理解できるなら、身体で覚えろと、向けられる暴力は日常的だった。

 自らの万能感、高揚感、分からない訳でもない。 それでもパーシヴァルは彼の知る常識を基準として会話を進める。

「そのために大勢を殺したと言うのか?」

「殺した数で言えば、閣下の方が余程多いでしょう」

「戦場に立てば、殺すか殺されるかだ。 覚悟を持って立っている。 菓子でつられた子供と一緒にするな」

「本当に覚悟があると? 家族や恋人がいるもの、子供が待つものもいたでしょう」

 ゆったりとした動作、柔らかな口調でネットリまとわりつくように語る。

「戦争を始めたのは向こうだ。 飢えから逃れるためと言っても、こちらも守るべきものがある。 反撃は当然のこと。 勝てない相手に喧嘩を売った向こうの責任等知るか!!」

「ソレを言うなら、私の行為は生きるための食事と同様ですよ。 それ以上でもそれ以下でもない」

「はっ! 楽しんでいたくせに」

 別に見ていた訳ではない。

「では、食べ物のために泣けば良いのですか? そうすれば、納得いくとおっしゃるのですか?」

「詭弁だな」

「詭弁ですとも、ただ私は生きているだけ……、そして今の私は人の命を奪わずとも、生きていくことができる。 私に与えられた享受を邪魔しなければ、お互い共存できるはずですよ?」

「なら、なぜ騎士達を死に追いやった」

「アレは、私が本来受けるべき恩恵を余すところなく得るために、必要な手順だっただけです」

「シヴィルを狙ったのもか?」

「ふっふふふふ、それだけは別です。 閣下、私が13年の間どんな思いでこの計画を立て、どんな思いで生きてきたかご存じですか? 自分ではどうしようもないことで、生きるための行為も許されない。 当たり前の生活が許されない、閣下にならご理解いただけるのでは?」

「それとシヴィルがどう関係している」

「なぜ生きてこれたのか? 希望と恨みですよ。 いつかマノヴァのクソを薬漬けにして、生かしたまま八つ裂きにして、***を***につっこんで、その死体を広場に転がしてやるつもりでいたのに、英雄ぶって悲劇ぶって死にやがって!!」

「……ほぉ……」

 恩人に対する発言に、パーシヴァルは呼吸を整える気分が良いわけなどない。 腸が煮えそうになるのを堪えてほほえむ。 ここに来る前、暴力を放つときではないと散々言いくるめられてきたのだ。

「失礼。 それでも彼には感謝もしているんですよ。 彼の行動と、彼への評価、それは私が人心を学ぶのに多くの機会を与えてくれましたから。 だが他人の一言で、自分が一生、死ぬまで幽閉されていたか思えば!! 腹だたしいやら、情けなないやら……」

 歪む表情を必死に整え、荒ぶる声を抑えながらナイジェルは語る。

「あぁ、すみません。 えっと、彼の娘でしたね……、そりゃぁ薬で再起不能にし、スラムに放り込んで、生き人形として一生送ってもらおうかと考えております。 親の因果が子に報うと言うではありませんか。 当然のことです。 私の13年と言う月日を無駄にさせ、手間を取らせた代償なのですから」

「そうか……そうか……」

 それだけをパーシヴァルは呟いた。

 パーシヴァルは、狂気を隠そうとするが隠し切れなかった。 だが、それ以上にナイジェルは自分に酔いしれていた。 ずっと隠してきた、これからも隠し続けるだろう狂気を表に現し、歓喜していた。

 ナイジェルの本能が、パーシヴァルを同類と認識したからこその油断。 パーシヴァルと言う存在にだけ見せてもよい彼自身。

 だが、パーシヴァルにとっては殺す理由はソレで十分。 この場で処理してしまいたい衝動にかられたが、シヴィルを手に入れると言う将来を考えれば、無茶をするわけにはいかない、権力はなくとも、追手がつくような生活は回避しなければと考えて居た。

 今ここにいるのは2人だけで、この家の者達はソレを理解しており、仕事はしておらずとも、地位と信頼は王族の血を持つ将軍の方がよほど上なのだから、衝動的になるのは厳禁なのだ。



 この日をきっかけに、パーシヴァルは常にナイジェルに見張りをつけ、暇があれば、隙があればナイジェル殺害へと赴いていた。

 パーシヴァルは、シヴィルを側におく機会が増えた状態であっても、頻繁に執務室を留守にしていた。 シヴィルの拗ねた様子を目にしてルーカスは、やれやれと肩を竦めていた。

「暇なんですか? 先生が側にいるのにソレでは本末転倒ですよ」

「いつシヴィが狙われるのかと、気を張るよりもこっちの都合で動けるのが楽だ」

「分からなくもありませんが……」

 今もまた、拗ねた様子をあからさまにシヴィルは新しく作った温室へと出向いていった。 ルーカスが呆れていれば、ライオネルはパーシヴァルの行動を後押しする。

「良いではありませんか、近接戦では勝ち目がないとかんがえているのでしょう。 人の目を作るため、人を盾にするため、側に人をおいているようですが、結果として自らの動きも制限しているようですから、彼の行動で国が汚染されるということは回避できるはずです」
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