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02.今の私を作る過去
06.疑心暗鬼
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私は結局、翌日には公爵家に戻された。
戻されはしたけれど、私の助けになるだろうとエヴラール様はスラム育ちのケヴィンを私につけてくれた。
何かあれば助けるようにと。
何かあれば助けになろうと。
絶対的な暴力を受けた私にとって助けと言うよりも、それが無ければ逃げ出してしまっただろうと思う……。 私は永遠と続く暴力を想像していて逃げる事を考えていたのだから……。
本能的に怯える私に、ミリヤ様は珍しく私を抱きしめ謝ってくれた。
「良かった。 帰ってきてくれて。 ごめんなさい。 貴方は大切な子なのに……」
涙ながらに語るのに、私にはとても白々しく思えた。 言葉も感情も嘘っぽいと思うようになり、私はミリヤ様を内心では嫌うようになっていたのだ。
ケヴィンは『隠匿』の加護を持っているらしく、その身を隠し私の側にいてくれる。 ただ、私にも彼が隠れてしまえばどこにいるか分からないと言うのが欠点だが、泣きたくなる時には必ず手を握ってくれる。 時々、本当にいなくなっていたけど……。
不安で眠れない夜も、彼が側にいてくれる事で眠れるようになったのだから、不満を口にするつもりはない。
だからと言って、私を囲む環境が改善された訳ではない。
公爵はその後ますます愛妾にのめり込み、ミリヤ様を無視するようになったのだから、その反動は全て私の教育へと注がれるようになっていた。
愛妾マロリーは、8歳を迎えた彼女の息子ユーグのお披露目をきっかけに、社交界デビューを果たした。 公爵からの絶対的な寵愛は身に着けるドレスと装飾品を見れば一目瞭然で、貴族達は公爵への取次ぎを得ようと、マロリーの機嫌を取り始めたのだ。
ケヴィンの言葉を借りるなら
『美味い思いをしようと、常識を知らない馬鹿を利用しようとしている』
そんな状態をもって、愛妾マロリーは社交界に馴染んでいった。 周囲の取り巻きが増えるほどにマロリーは勘違いしていく事になる。
「社交界の花となり、未来の公爵を生んだ私こそが真の公爵夫人なのよ!!」
公爵はマロリーの言葉を否定する事はなく、彼女の望むままに社交界を楽しませていた。 なぜ知っているのか? それは、ミリヤ様に連れられ同じ場に連れ出されていたから。
どんな場も主役を気取る元踊り子。
夫に相手にされない公爵夫人。
愛妾を甘やかし正妻を見てみないふりをする公爵。
そんな3人が、同じ夜会に顔を出すのだから、主催者にとっては不幸でしかなかっただろう。
「礼儀知らずの無知な娘を、社交の場で見るのはなかなか楽しいものでしょう?」
酒に酔いながら、存在しない公爵とダンスを踊りミリヤ様は私に語るのだ。 公爵夫人とは余計な事を語らぬものだと何かにつけ語るのだから、ミリヤ様は矛盾で満ちている。
不満。
だけど、私は余計な事を語らない。
……私は全て見て見ぬふりをする。
ミリヤ様は正気ではないのだと目を反らす8歳児。 子供でないなら、私がヤケ酒したい気分だと私は子供らしくない溜息をつき、見えぬケヴィンの苦笑交じりに溜息を聞きながら頭を撫で慰めてもらうのが日課になっていた。
どうせ相手にされていないのに……。
ずっとそう思っていたけれど、少しだけ違ったらしい。
礼儀を覚えず、貴族との間に絶対的な価値観の差がある愛妾マロリーには、内心公爵も困っていたらしく、王族が参加する、他国の要人が参加する、そんな重要な場には絶対にマロリーを伴う事は無く、ミリヤ様を伴っていたのだ。
「中途半端な事をするから、ミリヤ様が諦めきれないのよ」
私がそう言えば、ケヴィンは言う。
「違うだろう。 アレはあぁ言う生物だと理解しなければ、傷つくのは嬢ちゃんだぞ」
そう……ケヴィンの言う通りだった。
私は心のどこかで、公爵が愛妾を放り出し、ミリヤ様と仲睦ましい夫婦になってくれるのでは? そう期待して……違う……2人が仲睦ましく私の親代わりになってくれることを期待してしまったのだ。
「そんなの惨めになるだけだ。 止めろ」
ケヴィンは言う。
そしてミリヤ様は、矛盾を繰り返す。
「公爵夫人たるもの、自分の心は胸にしまい、聞き上手にならなければだめよ」
「……はい……」
ミリヤ様の言葉は正しいと思います。 ご自分ではできていないようですが……。 私はそんな風に思う自分がイヤだった。
公爵家と言う閉ざされた場所で、ミリヤ様が全ての私は……彼女の呪いで自分が薄汚くそまっていくような恐怖にさいなまれた。
10歳となり、再び私に婚約式の話が国王陛下からあがったが、早々に立ち消えとなった。
公爵、公爵夫人、愛妾、3人が社交の場に現れれば、伴われる小公爵ユーグと私は大人の顔色をみながら視線を逸らしあう事を続けていた。
歪な関係に付け込まれるのも仕方がないかもしれない。
「公爵夫人は随分と、未来の公爵夫人を生意気に育てたものですわね。 あれでは、小公爵様が余りにもお可哀そうですわ。 このままでは今の公爵と同様に外で女性を作るに決まっていますわ」
「そうですわね」
「私もそう思いますわ」
「あのような生意気な子ではなく、小公爵様にとって、相応しい女の子を婚約者とする必要があると思いませんか?」
「えぇ、正式に婚約を交わす前に、何とかしなければ……」
「私、王妃様にご相談してみようかと思いますの。 だって、あの子を小公爵様の婚約者と定めたのは陛下でしょう? 簡単に別の者を婚約者にしましたなんてできませんもの」
「それは良い考えですわ!!」
なんてやり取りを耳にしたのち、再び婚約式の話を耳にする事は無くなった。
そして、その日を境に、公爵は公爵夫人に公の場に出る事を禁じた。
正直、ホッとしたのは否めない。
だけど悲しそうにするミリヤ様は、怒るでもなく、求められるままに本来公爵が行うべき公爵屋敷、公爵領の経営と言う仕事を健気に処理し続けた……。
「いずれは、貴方の仕事となるのですよ。 今から慣れておくべきでしょう」
自らが褒められたいために行われた業務の分担。
ふざけんな!!
私は、公爵家から逃げる事ばかりを考えるようになっていた。 それこそミリヤ様を習い、健気に尽くすふりをしながら。
私は公爵家の予算を使い多くを学んだ。 それだけで足りず、公爵夫人の仕事を手伝いながら、使用人達から刺繍やレース編み、裁縫を学ぶようになった。
「未来の公爵夫人がこのような事を覚えなくとも……」
使用人達は言ったが、手仕事が分かりやすく金を生むと言う結論に行きついたのだ。
「ミリヤ様は、趣味を持つようにとおっしゃいましたわ」
そう微笑みを返したが、縫物をするとき、魔力を通し強化した糸で、術式を意匠として取り込んだ文様を刻めば、魔力付与が出来る事に気づいた。
現状の魔道具、術札は、高価な魔石を粉にして油で溶いて魔力回路を形成するのだが、魔力をしみこませた糸を使えばもっと簡単な事を知った。
高価な魔石を必要としない分、材料費は安く仕上がる。
これを利用し、独立することが出来ないかしら?
なんて真剣に考えはじめていた。
そうして、私は気づいた……私は誰も……ケヴィンすら信用出来ていないと言うことに……。
戻されはしたけれど、私の助けになるだろうとエヴラール様はスラム育ちのケヴィンを私につけてくれた。
何かあれば助けるようにと。
何かあれば助けになろうと。
絶対的な暴力を受けた私にとって助けと言うよりも、それが無ければ逃げ出してしまっただろうと思う……。 私は永遠と続く暴力を想像していて逃げる事を考えていたのだから……。
本能的に怯える私に、ミリヤ様は珍しく私を抱きしめ謝ってくれた。
「良かった。 帰ってきてくれて。 ごめんなさい。 貴方は大切な子なのに……」
涙ながらに語るのに、私にはとても白々しく思えた。 言葉も感情も嘘っぽいと思うようになり、私はミリヤ様を内心では嫌うようになっていたのだ。
ケヴィンは『隠匿』の加護を持っているらしく、その身を隠し私の側にいてくれる。 ただ、私にも彼が隠れてしまえばどこにいるか分からないと言うのが欠点だが、泣きたくなる時には必ず手を握ってくれる。 時々、本当にいなくなっていたけど……。
不安で眠れない夜も、彼が側にいてくれる事で眠れるようになったのだから、不満を口にするつもりはない。
だからと言って、私を囲む環境が改善された訳ではない。
公爵はその後ますます愛妾にのめり込み、ミリヤ様を無視するようになったのだから、その反動は全て私の教育へと注がれるようになっていた。
愛妾マロリーは、8歳を迎えた彼女の息子ユーグのお披露目をきっかけに、社交界デビューを果たした。 公爵からの絶対的な寵愛は身に着けるドレスと装飾品を見れば一目瞭然で、貴族達は公爵への取次ぎを得ようと、マロリーの機嫌を取り始めたのだ。
ケヴィンの言葉を借りるなら
『美味い思いをしようと、常識を知らない馬鹿を利用しようとしている』
そんな状態をもって、愛妾マロリーは社交界に馴染んでいった。 周囲の取り巻きが増えるほどにマロリーは勘違いしていく事になる。
「社交界の花となり、未来の公爵を生んだ私こそが真の公爵夫人なのよ!!」
公爵はマロリーの言葉を否定する事はなく、彼女の望むままに社交界を楽しませていた。 なぜ知っているのか? それは、ミリヤ様に連れられ同じ場に連れ出されていたから。
どんな場も主役を気取る元踊り子。
夫に相手にされない公爵夫人。
愛妾を甘やかし正妻を見てみないふりをする公爵。
そんな3人が、同じ夜会に顔を出すのだから、主催者にとっては不幸でしかなかっただろう。
「礼儀知らずの無知な娘を、社交の場で見るのはなかなか楽しいものでしょう?」
酒に酔いながら、存在しない公爵とダンスを踊りミリヤ様は私に語るのだ。 公爵夫人とは余計な事を語らぬものだと何かにつけ語るのだから、ミリヤ様は矛盾で満ちている。
不満。
だけど、私は余計な事を語らない。
……私は全て見て見ぬふりをする。
ミリヤ様は正気ではないのだと目を反らす8歳児。 子供でないなら、私がヤケ酒したい気分だと私は子供らしくない溜息をつき、見えぬケヴィンの苦笑交じりに溜息を聞きながら頭を撫で慰めてもらうのが日課になっていた。
どうせ相手にされていないのに……。
ずっとそう思っていたけれど、少しだけ違ったらしい。
礼儀を覚えず、貴族との間に絶対的な価値観の差がある愛妾マロリーには、内心公爵も困っていたらしく、王族が参加する、他国の要人が参加する、そんな重要な場には絶対にマロリーを伴う事は無く、ミリヤ様を伴っていたのだ。
「中途半端な事をするから、ミリヤ様が諦めきれないのよ」
私がそう言えば、ケヴィンは言う。
「違うだろう。 アレはあぁ言う生物だと理解しなければ、傷つくのは嬢ちゃんだぞ」
そう……ケヴィンの言う通りだった。
私は心のどこかで、公爵が愛妾を放り出し、ミリヤ様と仲睦ましい夫婦になってくれるのでは? そう期待して……違う……2人が仲睦ましく私の親代わりになってくれることを期待してしまったのだ。
「そんなの惨めになるだけだ。 止めろ」
ケヴィンは言う。
そしてミリヤ様は、矛盾を繰り返す。
「公爵夫人たるもの、自分の心は胸にしまい、聞き上手にならなければだめよ」
「……はい……」
ミリヤ様の言葉は正しいと思います。 ご自分ではできていないようですが……。 私はそんな風に思う自分がイヤだった。
公爵家と言う閉ざされた場所で、ミリヤ様が全ての私は……彼女の呪いで自分が薄汚くそまっていくような恐怖にさいなまれた。
10歳となり、再び私に婚約式の話が国王陛下からあがったが、早々に立ち消えとなった。
公爵、公爵夫人、愛妾、3人が社交の場に現れれば、伴われる小公爵ユーグと私は大人の顔色をみながら視線を逸らしあう事を続けていた。
歪な関係に付け込まれるのも仕方がないかもしれない。
「公爵夫人は随分と、未来の公爵夫人を生意気に育てたものですわね。 あれでは、小公爵様が余りにもお可哀そうですわ。 このままでは今の公爵と同様に外で女性を作るに決まっていますわ」
「そうですわね」
「私もそう思いますわ」
「あのような生意気な子ではなく、小公爵様にとって、相応しい女の子を婚約者とする必要があると思いませんか?」
「えぇ、正式に婚約を交わす前に、何とかしなければ……」
「私、王妃様にご相談してみようかと思いますの。 だって、あの子を小公爵様の婚約者と定めたのは陛下でしょう? 簡単に別の者を婚約者にしましたなんてできませんもの」
「それは良い考えですわ!!」
なんてやり取りを耳にしたのち、再び婚約式の話を耳にする事は無くなった。
そして、その日を境に、公爵は公爵夫人に公の場に出る事を禁じた。
正直、ホッとしたのは否めない。
だけど悲しそうにするミリヤ様は、怒るでもなく、求められるままに本来公爵が行うべき公爵屋敷、公爵領の経営と言う仕事を健気に処理し続けた……。
「いずれは、貴方の仕事となるのですよ。 今から慣れておくべきでしょう」
自らが褒められたいために行われた業務の分担。
ふざけんな!!
私は、公爵家から逃げる事ばかりを考えるようになっていた。 それこそミリヤ様を習い、健気に尽くすふりをしながら。
私は公爵家の予算を使い多くを学んだ。 それだけで足りず、公爵夫人の仕事を手伝いながら、使用人達から刺繍やレース編み、裁縫を学ぶようになった。
「未来の公爵夫人がこのような事を覚えなくとも……」
使用人達は言ったが、手仕事が分かりやすく金を生むと言う結論に行きついたのだ。
「ミリヤ様は、趣味を持つようにとおっしゃいましたわ」
そう微笑みを返したが、縫物をするとき、魔力を通し強化した糸で、術式を意匠として取り込んだ文様を刻めば、魔力付与が出来る事に気づいた。
現状の魔道具、術札は、高価な魔石を粉にして油で溶いて魔力回路を形成するのだが、魔力をしみこませた糸を使えばもっと簡単な事を知った。
高価な魔石を必要としない分、材料費は安く仕上がる。
これを利用し、独立することが出来ないかしら?
なんて真剣に考えはじめていた。
そうして、私は気づいた……私は誰も……ケヴィンすら信用出来ていないと言うことに……。
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