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03.快楽都市『デショワ』

29.これから 01

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「……」

 目を覚めれば清潔な服に着替えた黒髪の男が私の髪に触れていた。 ユックリとした動作で髪に口づけし微笑みを向けてくる。

 顔のいい男だ……そう思った。
 ただ、それだけ……。

 彼の神によって救われたらしいのだけど、何か特別感があるかと言われれば、そういう感傷めいたものは無かった。 むしろ、呪いが消えた分、気分も身体も楽だった。



 美しくカットされた高そうなグラスに水が注がれ、レモンと蜂蜜が混ぜられ渡される。

「おはよう、気分はどうだ?」

「おはようございます。 久々によく眠った気がしたわ」

 私が口内を潤すのを確認した黒髪の男は、ベッドから降り……私を見上げて来た。 そして私は男を見下ろした。 見下すとか精神的なものではなく物理的に見下ろした。 ベッドの上から、床に座り頭を下げる男を。

「何を、しているの?」

「いや……このたびは、衝動に駆られ大変申し訳ない事をしました。 すみません。 つい可愛くて止まらなくなって……、最後までしてしまった!! 許してくれ!!」

「はい? まぁ、別にいいですよ。 仕方ありません。 買われた身ですから、遅かれ早かれ誰かとするわけですし問題ありませんよ」

 実際、良く分からない事が、良く分からないうちに行われ、良く分からないままに終わったと言うのが感想である。

「問題大ありだろう!!」

 私は首を傾げる。

「どうして、貴方が怒るんです?!」

「いや、むしろ何故、そう簡単に受け入れられるんだ? その……初めてだっただろう?」

 モジモジしているのが、なんかキモイと言うか、面倒臭そう。

「そうですけど、ねぇ……」

 割と、どうでも良かった。

 娼館に売られたのもあるけれど、売られなくともいずれ誰かとそういう関係になっただろう。

 愛ってなんだろう?
 貴族の結婚に愛等関係ない。

 感情に支配される男女関係は、面倒そうでイヤだなって私は考えるのに、ユーグは同じ景色を見ているのに妙に愛情を語る子だったなぁ……変な子。 そういう風にしか思えない私は、私に好意を向けるユーグをいつか傷つけるだろう。 だから……このまま距離を置けるのは丁度いい……。

「他者を傷つけるための暴力は私には許されてはいませんし。 逃げ出し、逃げ切るほどの運動神経もありません。 逃げてもすぐに見つかる気がする。 そして買収をするだけの金がない。 まぁ、年も近い見た目の良い相手だっただけ、運が良かったかな?」

 と、言う言葉が脳内思考ではなく、いつの間にか独り言となっていた。

「……いや、そう思ってくれるのは嬉しいが、ソレで良い訳がないだろう? 不本意に連れてこられたのだろう?!」

「まぁ、そうですが……。 護衛の無い私は無力ですから。 と、言うか娼館にいる女性達のほとんどが、金に対する対価として割り切っていますよ。 死の病をうつされるリスクがある事を知りながら」

「なんで、割り切るんだ。 初めてだろう?」

「さぁ……そちらに情緒を向けていないからでしょうか? それより身体がべとつくし、風呂に入ってくる」

 言えば茶髪の男が先に風呂場へと向かった。 湯を溜める音が聞こえる。 高級娼館だけあって、貴族の屋敷よりも風呂は大きい。

 戻ってきた茶髪の男はニッコリと笑いながら言う。

「髪を梳きますから、そこに座って下さい」

 言われてベッドの縁に座るように促され、そして私は何時もより少し饒舌に語ってしまう。

「私の護衛をしていた人が、スラム出身で、彼の知り合いが娼館で務めていたんですよ。 それで……色々と世話をしていたから、話を聞く機会があったと言うだけです」

「主に何をさせているんだ?」

「私は、彼の主ではありませんから……」

 私が愛されたいと願い、独占欲を抱き、興味を持ち、好意を向け、愛されようとした相手。 娼館で病気を見るのはケヴィンの機嫌取りだったのだけど、結局相手にされる事は無かった。

 妹みたいなものだと言われれば、弟みたいなユーグを受け入れられない私は納得してしまった。

「どういうものか知っているつもりですから、気になさらないで下さい」

「……結婚しよう!!」

 思わず吹いた。
 行儀が悪い……。

「なぜ、そうなりますか!! まさか、そっちこそ初めてだったとか?!」

 声が思い切り小さくなり、ボソボソと黒髪の男は呟く。

「そういう訳ではないが……」

「まさか、行為のたびに、そんな事を言っているのですか?」

 髪を梳いてくれていた茶髪の男に聞いた。 主である黒髪の男は、なんか色々とずれていると言うか思い込みが激しいらしいから。

「いえ、流石にソレはありませんが……」

「ありませんが?」

「対価として利用させて頂いた方々に関しては、責任を取るとおっしゃっていますね」

「あぁ、それなら……私の事は気になさらないで下さい。 人に面倒を見てもらわなくても生きていく手段を持っていますから!!」

「娼館に連れてこられた奴に言われたくない」

「そう言えば、当たり前のように連れてこられたと……」

 自己紹介もしていないのに名前を呼んでいたし、何処の誰かを理解して行われている会話だと思い出した。

「まぁ、自分の事は適当に何とかしますので、ユーグにはくれぐれも内密にお願いします。 あの子に心配かけたくありませんから」

「……そこは、助けを求めなよ……」

 伏せた視線で訴えられ、手が差し出された。 だから、足をのせてみた。 そして彼の言葉を無視して私は忠告する。 赤の他人ではないのなら、主張の一つぐらいしてもいいだろう。

「でも、恋人がいるとか、婚約者がいるのなら、罪悪感からとは言え複数の女性を愛人に迎えるのはお勧めしませんね。 対価は金銭で蹴りをつけるべきでしょう」

「情が無ければ対価にはならないんだよ」

 拗ねたようにソッポを向きつつ、足に頬をすりよせてくる。

「それは……面倒ね……」

 やめろと、軽く足の頬で拒否を示す。

「それで、今後はどうするつもりなんだ?」

 チュッと手に乗せた足の甲に口づけられ、私は眉間を寄せた。

「なぜ、そんな事をするんですか!!」

「で!! 今後はココで働くつもりでいるのか?」

 私の質問への答えは? と、足を引こうとしたけれど、ガッシリと掴まれていた。 まぁ、先に質問されたのは私だし……。

「そうねぇ……ケヴィンが見つけ出してくれるのを待って、エヴラール様に力を借りて身を隠す事にしますわ。 内部に敵がいると考えられる以上、私は足手まといにしかなりませんからね」

「俺と一緒にいればいい。 女性の一人ぐらい守れる。 サージュもいるし信用できる人間も選定できる」

「そうやって、彼方此方の女性を抱え込もうとするような人は遠慮するわ。 金の関係ってことで蹴りをつけましょう。 ぁ……でも、最後までしてしまったのはユーグには言わないでね。 あの子、泣き虫だから泣かせちゃうかもしれないし」

「なぜだろう、微妙に胸が痛いのは……」

 黒髪の男は、溜息交じりに茶髪の従者に問いかけながら、私の足を撫で、頬を摺り寄せるから、強めに足の甲で蹴り退かそうとしたが無視された。

「まぁ、それは……なんとも、私からの発言は控えさせてください」

 そう言った従者は、ねぇ? と主に言い、その主と言えば声を上げる。

「ってか、泣くか!! いや……泣くかも……」

 唸るように考え込んでいる様子を見れば、なんとなく笑えてしまった。
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