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後編

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 混乱と怒り。

 ティス様の表情はとても複雑そうに見えた。

 その感情を引き出したのは、向けられているのは私。

 それでも、彼は抱き上げた私を優しく宝物のように触れ、滑らかなシーツの上に横たえさせる。 ティス様はその重さをかけることなく、それでも、熱を感じるほどの距離で身体を重ね私を見下ろす。

「ティス……様?」

 不安定な問いかけにティス様は優しく穏やかに微笑み、私の右に身体をずらしたティス様の身体がベッドに僅かに沈み、私を抱き寄せるように左頬に触れ、右耳に囁く……。

「愛していますよ」

 落ち着いた静かな声だった。

 不安なの?

 甘く熱っぽい声は、微かに震えていた。

「ぇっ?」

 それはとても意外で……不思議で、理解が追い付かない。

 乱れた私の髪に、長く筋張ったティス様の指が優しく触れてくる。
 顔が寄せられ吐息が甘い囁きのように触れ、私はその熱に切なさを覚え瞳を閉ざす。

「私を見てください」

 甘い切願だった。

 声にこたえティス様を見れば、その口元は微笑んでいた。

 口元だけは……。

 瞳は今も怒りの色を残しながら、私をじっと見つめている。 それが愛なのだと言われれば、私が想像していたものとは全く違うのだけど、熱い視線が私をしっかりと捕えている事が嬉しかった。

 愛している……その言葉が本当なら嬉しい。

 だけど……私はこの人の側にいたら、おかしくなってしまう。 そうなれば、今囁かれたばかりの愛は呆気なく消え失せてしまう。

 理不尽で不謹慎で非合理的な私。
 彼が、愛しているのはそんな私ではないのだから。

「それは……気のせいです……」

 頬を撫で、匂いを嗅ぐように、ティス様は私の耳から首筋をなぞるように唇を落としていった。 熱い唇が肌に触れくすぐったさに逃げだそうと、私は身を捩る。

 肩に力を入れ、両腕に力を入れ、身体を起こそうとした瞬間に両腕が取られ頭上にまとめとられ、捕らえられた。

「話しをしているのに逃げてしまおうだなんて、悪い子ですね」

 クスッと笑う息遣いが聞こえ、首筋に熱く濡れた感触が触れ背筋が震えた。

「ぁっ」

「肌が敏感になっているのでしょうか?」

 ティス様は喉の奥で笑いながら、頬を撫でる手が、繊細に指先で頬を撫で、耳をなぞり、首筋に触れ、喉元が指先でささえられ……私とティス様の視線があう。

「好きですよ。 あなたが我が家に遊びに初めて来た時から気になっていました。 家族の目から隠れアンジェと一緒に遊びに来ていたでしょう? 余り乗り気には見えませんでした。 2人に勉強を教えるため仕方なかったのでしょうね」

 それは、学園に入学したばかりの頃。 学園内も領内も1年生には居場所がなくて、赤点を取る2人に勉強を教えるために仕方なく、ブライト侯爵家に嫌われているアンジェに付き合って隠れて入り込めば、必ず特別なオヤツでもてなされた。

 チュッと音を立て首元に口づけられ、身体が震える。

「あなたに、私を知って欲しかった。 あなたの事を知りたかった」

 だから……勉強の帰り道、よく、彼の姿を見かけるようになったのだろうか? 柔らかな日差しの中で、優雅に本を読む彼の姿に、子供だった私は大人への憧れを抱いていた。

 私は……あの頃から、ティス様の事が気になっていたのか……。 薄ぼんやりと考える。

 語られる声は甘く優しくて、彼が風に飛ばした紙を拾い、彼に手渡した日の事を思い出すほどに……当たり前の雑談のようだった。

 だけど……ティス様の手は、指は、私の形を確かめるように、服の上からそっと指先で触れて来る。

微かに触れる感触は布地が揺れ動く感触に過ぎない。 それでも、身体の熱はあがり、くすぐったいような切ないような感触に戸惑い甘い吐息が零れてしまう。

「ぁっ」

「どうかしましたか?」

 くすくすと笑われれば羞恥を覚える。

 大人だった彼と……子供だった私。

 昔から彼は優しくて、たった1枚の紙を拾っただけの礼に髪飾りをくれた。 質素で地味でアンジェが欲しがらないようなソレは今も私の宝物となっている。

「子供の頃を思い出していました」

「そうですか……でも、今のあなたは大人です」

 大人だからいいですよね?

 そう……彼の瞳が語っていた。

 私の唇を、ティス様の指が撫でる。 私の唇に触れる指は、ティス様の外見からは想像できないほどに無骨な男の人の指。 それでも触れる優しくて甘く、唇を割り、歯に触れて来る。 首筋をねっとりと舐められ、びっくりすれば、その僅かな間に指が口内へと侵入してきた。

「んっ」

 舌先で指を追い出そうとすれば、指は口内を撫で、くすぐってくる。

 奇妙な気分だった。

 甘くふわふわとしたような。

「話しを、続けましょうか? 私はずっとあなたと個人的に話したかった。 マーティンの事でもなく、勉強でも仕事でもなく、ただ……私のこの気持ちを……そして、あなたの気持ちを聞きたかった」

「んっ、これと、むり」

 口内を占領している癖に、溢れる唾液と、乱れる呼吸、そして……切ない気持ちが苦しくて……涙が滲んでいるのが分かった。

 指を追い出そうと舌でふれれば、溢れた唾液で指先を濡らし汚す事に抵抗感を覚え、止めて欲しいのだと伝えるためにティス様を見た。

 優しく笑みの形をつくる口元。
 恍惚さを浮かべ、輝く瞳。

「んっ、ひぃすさま……」

「良い子ですね」

 甘い言葉と共に目元が舐められた。

 口内を撫でる指を拒絶しようと舌先で押し出そうとしても出来なくて、嫌なのだと噛んでみるけれど力を入れる事ができるはずもない。 甘く噛み、息をつくように指を舐め。 いつの間にか……濡れたイヤラシイ音が部屋に響いていた。

 そうしている間もティス様は、耳元で思い出話を語る。
 語る声が徐々に熱を増し、触れる息が肌にくすぐったい。

 穏やかに優しい……だけど、切なくて……身体が疼いて仕方がない。

 そんな私に気付いていないのか、語る声は何処までも甘く優しく心地よい。

 私を見ている時どれほど幸福だったかを。
 私を見ることが出来ない時、どれほど切なかったかを。
 もっと一緒にいたいのだと、どれほど思ったかを。

 ティス様の思い出の中の私は……泡沫の中のお菓子のようだった。

 私はあなたが思うような人間ではないのだと。
 私はもっと醜く我侭なのに。

 ……下腹部に切ない疼きを覚えている私は、ティス様を裏切っているようで、それが悲しかった。



 ティス様の声が止まり、濡れた指が口から離れ唇を撫で濡らす。

 チュッと口づけが落とされ……私の唾液に濡れた指は……私のブラウスのボタンを外し始めていた。
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