婚約者は私から全てを奪った従姉妹との愛を正当化するくせに婚約破棄はしてくれません

迷い人

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08.人でありながらも獣のような

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「それで、それは面白いのか?」

「私には面白いですよ。 ミフェール国はこの周辺では比較的豊かな国ですからね。 庶民の衣服も形を変える転換期が訪れたようですからね。 より機能性を高め、美しさを求め、それがこれからの経済発展にどう結び付くか、その可能性はとても面白いと思います」

「なるほどね。 俺も見て良いかな?」

「どうぞ、図書館は入る許可さえ得られれば、読む権利は与えられていますから」

 そして私の心は、通りすがりの人によって少しだけ救われ……もう少し外にでようかな? と言う思いを抱くようになった。


 本を読み、書き出し、時間が過ぎて行く。
 昼時の鐘がなり、夕暮れ時の鐘がなる。
 気づけば空が赤らんでいた。

「今日は帰ろう」

 明日来ることを考えれば、王都に留まった方が良いし……脳裏に浮かんだのはブラウン侯爵家。 お世話になる事ができれば、記憶した情報を書きだす事が出来るのだけど……、ジェフリー様とナンシーの様子を思い出せば……立ち止まってしまった。

 いっそ、この木の下で眠ってしまおうか?

 そう思えば、大きな木に背を預けズルズルと座り込んでしまっていた。



 通りすがる人達が視線を向ける。
 夕暮れ時だけを見つめるルルワは気づいていないけど。

「こんな所で、何をしているんだ?」

 声が降って来て、私は見上げた。

「さっきの」

 今日はここで一晩過ごそうと……なんていうのは、きっと、他人から聞けばとても自虐的で気分が悪いものだろう。

「夕焼けが余りにも綺麗だったから見ていたの」

「確かに、綺麗だな」

「貴方は?」

「家に帰る途中で、人の視線が集まっていたから気になった」

「それは……ご迷惑をおかけしました」

 言えば、大きな声で笑われた。

「何が、迷惑か」

 そう言って頭を撫でて来た。
 大きな手。

 そうやって触れられたのは何年ぶり? 両親が……王都に向かうために屋敷の扉をくぐったあの日以来。 そう思えば泣きそうになって、必死に涙を耐えれば……頭に触れていた手が、優しく撫でて来た。

「なんだか、良い匂いがする」

 私の言葉に、頭を撫でていた手が止まった。

「ぇ?」

「そう言えば、お昼ご飯を食べ損ねていたから……お腹が空いたのかも」

 鞄の中に入れておいたサンドイッチを取り出し、齧り付く。

「突然だな」

 噛んで飲み込んで

「お昼食べるの忘れていたんです」

「口」

 そう言って長く太い指が口元にふれそうで……思わず、避けた。 避ければ物凄く笑われた。

「凄い顔をしていたぞ」

「そういうのは……どうなんでしょう?」

 腹が立ったけれど……ソレは目の前の男に対してであり、それ以上にジェフリー様に対する、ナンシーに対する腹立ち。

「そうだな、悪かった。 別に誰にでもしている訳じゃないぞ。 美味そうだなって思ったらついな」

「どうぞ、多めに作って来たので。 自家製の鳥ハムの燻製です」

「頂こう」

「貴方は……騎士……王宮の騎士様ですか?」

「王宮のではなく、もっと実践的な戦場に向かう騎士だな」

 そう言って……硬い皮膚に覆われた手のひらを見せつけて来る……。 細かな傷が無数にあった。 痛々しいと感じるよりも、彼と言う存在の歴史を表す勲章のように思えた。

「戦争……は起こっていませんよね?」

「戦争はないな。 だが、小競り合いはある。 さっき図書館で見ていた書籍にあったそう言う物の奪いあいもある。 獣の性質が薄まったと侮り様子をうかがうついでに領地をかすめ取ろうとする者は尽きない」

「とても、素敵な手ですね。 貴重なお話ありがとうございます。 もう日も落ちきってしまいます。 行きますね」

「あぁ、また」

 そう告げる相手に私は頭だけを下げた。

 もしかすると、明日、また会えるかもしれない。

 そう思ったのだけど……。



 木に身を預け、眠る事は決めた。 だけど、どうにも人の姿のままでは都合が悪いようで、だから私は猫の姿をとった。

 ミフェール国は獣人と人間の混血が進んだ国。
 混ざり適合し今がある。

 ハーノイス家は、猫化の血が多く混ざっている、ナンシーが猫化の耳と尾を持っているように、だから私も転じやすい。 まぁ、鳥でも馬でもなれなくはないけれど、夜を過ごすとなればより自分らしい方がいい。

 良い感じの木を見つけよう。

 下町よりも貴族達の住まう中央層に近い方がいいよね。

 ミフェール国の王都は、中央に王宮、その周囲に王宮に勤める者の層、上級貴族の居住区がある層、中級・下級貴族の層、商人街、庶民層、商人街、倉庫、そしてソレを囲む巨大な塀に王都を囲む塀がある。

 屋敷と屋敷を隔てる木々、塀。
 寝心地よさそうな木々はないかなと、視線を巡らす。

 良い匂いがする。

 木々が実をつけていた。 まだ食べるには時期が早く、それでも酸味のある果物の良い香りがして、その香りに包まれ眠るのは心地よさそうだと、高い木の枝に身体を添わせて眠りにつく……つこうとした。

 毛並に指が触れる。

「こっちに来い」

 聞き覚えのある声。
 今日3度目の出会い。
 まるで運命のようだと思うような偶然。

 でも、運命にはなりえない。 私は獣の血は薄いし、人としては庶民で、こんなところに住む人ならきっとあの人は地位ある人なのだろうから。

 伸ばされた手から逃れるように、私は枝を飛びより高い枝へと向かう。

「こら、ヤンチャなチビが。 そんなところから落ちたらどうする。 あぁ、もう、いっそ木を叩き折るか?」

 なんて木の下で言っているからギョッとした。

「子猫を驚かせてどうするんですか、隊長」

「落ちて来るのを待つより、落とす方が早いだろう」

「また乱暴な。 梯子でもお持ちしましょう」

「必要ない」

 そう言う問題じゃないでしょう!! なんだか思ったよりもとんでもない人らしい。

 そして私は改めてその人を見た。

 ずっと見なかった。 なんとなく見てはいけない気がして……。 そんな風に考えながら、ジェフリー様に触れるナンシーを思い出している。

 黒い髪、緑金の瞳、日焼けた肌は……強く、厚い皮膚に覆われ……内側は鍛えられた筋肉に満たされている。 人の形をした獣。 耳も尻尾も無いのに獣なのだと私は思う。

 その獣のような人は冗談抜きで木を殴り折るつもりらしく、腰を据え拳を引いた。 から、私は男めがけて飛び降りる事にしたけれど、木を叩き折ろうとするモーションの途中で、その背中に向けて落ちて……、慌てて伸ばした手の中に受け止められた。

「危ないな~~」

「ふみゃぁああああ!!」

 どっちがだ!! と、思えばその顔面に爪を伸ばそうとしたけれど。 小さな肉球を持つ手が硬い指先で掴まれ、むにむにともまれる。

「柔らかい肉球だ。 余り外を歩いた事がないらしい。 そう怯えるな。 取って食ったりはせんよ。 お前のようなチビを食べるほど腹は減ってない」

 大きな手でつかまれた私は拒絶する事もできず、男の鼻と鼻がピタッとくっつけられた。

 強引な愛情の押し付けを私は小さな手で押し退ける。

「兄上、嫌がられていますよ」

「何、照れ屋なだけだろう。 なぁ」

 小さな身体に頬を寄せられ、もう諦めた。 私は猫だし……猫なら、仕方がない。

 小さな獣に向ける無邪気に、私ははふぅと溜息をついた。 溜息をつきながらも受け入れてしまえば……ナンシーを受け入れるジェフリー様の言葉が正しかったのかと……納得した。

 私は裏切られていた訳ではないのですね。

 そして私は、具沢山のシチューと魚を貰い男の枕元で夜を過ごす。

 とても良い匂いがする……。

 私はゆったりと眠りにつく。
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