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09.侯爵夫人とのお茶会
しおりを挟む早朝。
こっそりと寝床を抜け出そうとすれば、大きな手でつかまれた。 優しく触れるだけ……だけどなんだか抜け出しにくい手。
「おはよう……」
眠そうな声が甘さを持って響く。
うみゃぁ~。
尻尾でぺしぺしと自分を捕まえる腕を叩き不満を伝えながらの挨拶。
「朝飯ぐらいくってけ」
そのまま持ち上げられて、鼻キスされそうになり、肉球でぶったたき笑われた。 久々に穏やかな人との交流にこのまま猫で住みつきたくなるのを耐えて、私は食事を貰った後で残りの課題を仕上げるために図書館へと出かけた。
心が甘く乱される。
私にはしなければいけない事があるのに……ジェフリー様の課題を仕上げ、私の全てを乗っ取った人達が危険だと注意を促す事。
強く決意をするけれど、実際、それが幸せを感じる以上に重要なのかと自分を惑わしそうになるのが不味い。 不味いから、私は必死に昨日の出来事を忘れるよう課題のための情報収集を続けた。
ブラウン侯爵家にソレを持って行ったのは昼を少し過ぎたころで、ジェフリー様は学園に言っている頃。 それでも私は屋敷の周囲を小鳥の姿で見て回り彼が居ない事を確認した。 辛くなるものは見たくは無かったから。 それでも私は何処かで怖気づいてしまう。
「ジェフリー様に頼まれていた資料をお持ちしました」
ご当主に……ジョナス様にお会いしないと。
「あぁ、聞いて……おります」
門番の声は引きつり、そして顔は私を拒絶する。 両親が生きていた頃は笑顔で開かれていた門。 今は……違う。
まぁ、平民に落ちた私との婚約……継続に値するかとか……語られても当然ですからね……。 深い溜息をつきながら、私はニッコリと笑みを作って見せた。
「ジョナス様……ご当主はいらっしゃいますか?」
「ご当主様はお客様と面会です」
これは嘘。
実際に周囲を見て来たばかりだし、それに調べもせずに今の状況をすらすら答えるのは、私を拒否するようにと告げられていたから。
また……ですか……。
どこかホッとした私がいる。
「では、こちらの資料をジェフリー様にお渡しください。 頼まれていたものです」
そう言って去ろうとした。
今の時間は住処に戻るためにギリギリの時間だったから。 今飛び立たなければ、夜間飛行になって危険になる。 馬……とかに変身すればいいのかもしれませんが……攫われてしまいそうなので、大体移動は獣人の手の届かない空と決めているのだ。
「お待ちください。 ルルワ様がいらした際には必ず侯爵夫人にお伝えするよう命じられておりますので」
侯爵夫人……レスリー様……彼女には、会いたい。
そう思えば足が止まった。
まぁ、いざとなれば野宿すればいい訳ですし。
そして私は、両脇を警備兵に挟まれながら、庭園で土にまみれるレスリー様の元に連れていかれた。
「まぁまぁ、久しぶりね。 最近は全然会いに来てくれませんでしたから」
玄関先で追い払われていたのだ。
今日はジェフリー様に会いに来ると知っていた彼女が、門番に対して強く念押ししたのだろうと思う。
私を抱きしめようとするレスリー様の手が泥だらけで、広げた両手を引っ込めようとするが私はそのまま抱き着くように彼女を抱きしめた。
「ご無沙汰しております。 お会いしたかったです」
心からの言葉。
「えぇ、私も」
泥が付かないように、腕だけで抱きしめ返される。 ただ、それでも泥はついているだろうけど、そう言うのは魔術でパパッと綺麗にすればいい訳だ。
簡単な魔術で、私はソレをレスリー様にかけた。
「あら、とても綺麗になったわ」
「布や糸の痛みはなしで、小さな傷ぐらいなら戻してしまう便利な魔術なんですよ」
「それは素晴らしいわ。 私にも使えな……いわね……。 私達が出来るのは土に特化したものばかりだから。 残念ですわ。 お茶の準備をしておくので、荷物はジェフリーの部屋においてきてくれないかしら? あの子はいないけど、あの子の今を知るきっかけにはなると思うの。 最近は、その昔のように仲良しではないでしょう?」
そう言いながら、私をジェフリー様の部屋へと促した。
子供の頃、私が頻繁に遊びに来ていた頃とは違う広く立派な部屋。 だけど部屋の中身は大きめのベッド、立派な机、書棚は……ほぼ空の状態。 シンプルと言えば聞こえがいいのだけど、人の気配を感じさせない部屋。
彼自身が各地に出向き土を掘り手に入れた原石コレクションもないし、若い芸術家を応援する事を目的とした絵画の収集品も無い。 大人になったのだと聞けば聞こえが良いかもしれないけれど……全く知らない人になったのだと思わせられて寂しい。
書類は机の上に置き、そして私はレスリー様とお茶をするために庭園を眺める事が出来る部屋へと戻った。
戻ったのは私の方が早く、先にお茶を一杯ご馳走になる。 廊下から聞こえるのはレスリー様の声。
「あの子ったら、ルルワさんにお願いごとをしておいて、今日も帰らないつもりなの? この時期、学生通しの交流が多くなるのは仕方がない事だけど、もう少しルルワさんに対して気遣いをするべきではないかしら? 今度帰ってきているのを見たら、私の元に顔を出すように伝えておいて」
溜息交じりの声でした。
私の事は気になさらないで下さい。 そう言いたいけれど、聞こえていたと知られればきっと余計に気を使わせてしまいますよね?
私は、お茶と先日食べ損ねたチョコを頂きながらレスリー様との会話を楽しみながらも、最近世話をしている、種類を増やしたと言う植物を見て、そしてソレ等を調合し作られた美容液を見せて貰った。
「薬の匂いが少し強いの、何とかならないかしら」
「そうですね……魔術を施しても?」
「えぇ、お願いしてもいいかしら!!」
子供のように無邪気な笑顔。
そして私は香りをいったん排除し、レスリー様が好む花の香りを移植した。
「あぁ、良い匂い。 素敵、素敵だわ」
私達はそんな手荒れ軟膏の話を、夕食時までも続けた。 元々薬草の使い方が上手い方でしたが、傷薬としても効果がありそうで、
「匂いが気になるようでも、騎士様達なら気になさる事は無いでしょうし。 近しい付き合いの方への贈り物としても使えると思いますよ」
「それなら……コッチの美容液なんだけど、私でも匂いをどうにかできないかしら?」
「そうですねぇ……制度は落ちますが、魔道具を作って見ましょう」
「いえ、そこまでは……」
「お世話になっているレスリー様のためですもの。 是非協力させてください」
そう言葉にしたのは……ブラウン侯爵家の財力に陰りが見られたから。 ジェフリー様のコレクションだけでなく、侯爵家自慢のコレクションが数点消えていた。 私が出入りしない間に何があったのかは分からないけれど、私は夫人には笑顔でいて欲しいと願うから……。
「私、レスリー様の喜ぶ顔が見たいんです」
「あら、私だって同じよ! 大好きよカワイイ子」
食事の間、夫人大好きなご当主が顔を出す事は無かった。 ソレを少しばかり不思議には思ったものの、最近はずっとそうだからと私自身を無理やり納得させた。
そして、私は夫人に誘われるまま……その日は侯爵家へと泊まる事になった。
準備された部屋は掃除が行き届いておらず、部屋の壁にかけてあった当主が支援し育てた画家による絵画は外され、なにより布団も誰かが使ったままベッドメイクどころかシーツも取り換えていない状態。
侯爵家の権威が落ちているのか?
使用人の質が悪くなっているのか?
私への不満があるのか?
食事を終え……誰かが使った後、掃除がなされていない風呂にお湯を張る気にもなれず、私の面倒を見る使用人が居ない事を良い事に、お風呂は浄化の魔術で済ませ、その日こそ外の……夫人が端正込めて世話をしている木の上で眠った。 深夜にも関わらず掃除を始める使用人達はざわざわと騒々しく、深夜に薬草園と馬車を往復する使用人の姿は気になって余り眠れなかった。
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