婚約者は私から全てを奪った従姉妹との愛を正当化するくせに婚約破棄はしてくれません

迷い人

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11.ハーノイス伯爵は笑う

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 王都と呼ばれる区域を分割する1つ、中級・低級住宅地にハーノイス伯爵は屋敷を持っている。 およそ100年前に手に入れた屋敷は、魔導師達の保護も行っていたために土地も建物も広い。

 だが古い。
 いや、古かった。

 前当主が亡くなってから、もう3年、まだ3年、その3年の間に現当主ノエム・ハーノイス伯爵は、領地を売り払い、魔導師としての家宝を売り払い、ルルワを利用しブラウン侯爵から金を引っ張り出し大々的な改装を加えた。



「今は、私が主だ……。 私が、ここの主だ!!」

 呪縛を取り払うように、ノエム・ハーノイスは鏡に映る亡き父や兄とよく似た姿に言って見せる。

 今も彼は劣等感に囚われ、それが彼の活力となっていた。



 3年前。

 ルルワの父、ノエムの弟、当時のハーノイス伯爵が王都の権力者から呼び出しを受けた。

『個人的な知人として魔導師として力を借りたい』

そんな急ぎの連絡が入ったのは雨が続いた時期。

出かけるばかりになった両親の前に、先代当主である祖父に縁を切られたノエムは、絶妙なタイミングで顔を出した。

「なぁ、出資をしないか。 良い話があるんだ」

 整った顔立ちがへらへらとした軽薄さに歪む。 媚びつつも真面目過ぎる弟を何時だって見下していた。

「貴方の良い話は昔から良い事になった試しがありません。 領地から早々に立ち去って下さい」

 そして弟に見下され、ノエムは胸の中に渦巻く怒りを抑え込む。

「この雨の中、子供もいると言うのに追い出すと言うのかい? それに、本来なら俺が受け取るべき財産って言うものがあるだろう?!」

「貴方が受け取るべき財産は、学生の頃に使いきっておりますよ」

 王立貴族学園で貴族達を相手に賭け事に勤しみ、魔術を使い、貴族から金を巻き上げ自殺へと追い込んだため、その賠償金を払うよう仲裁を行った上位貴族に命じられ、ルルワの伯父ノエムは賭け事の相手を失くしたと国を逃げ出したと言われる。

「まぁ、いいや。 とにかく、妻と子に飯と寝床を与えてくれないかな」

「貴方が妻と子を連れて来るとは……」

 ルルワの父、当時のハーノイス伯爵は兄ノエムを信頼していなかったが、妻と娘に同情し、妻と娘から逃げる事無く生活を共にしている事から、兄ノエムは変わったのかもしれないと期待したらしい。

 妻と子への愛情があるかと言えば、妻と子は何時でも捨てる事が出来る、周囲への信頼保証に役立てていた。

「私は、王都から召喚を受けております。 これ以上今は話を聞く事はできませんが、明日には領地から出て行き、我が家との縁をこの国で語ってくだされるな」

 そう念を押し前ハーノイス伯爵は雨の中、旅に出た。

 雨は感覚を狂わせる。
 雨に含まれる魔力が、魔術を包み隠す。

 シトシトと大気を湿らせ、魔力を漂わせる雨は嫌い。
 力を使いやすくなるけれど、力を感知し難くなるから。

 シトシトと降る雨の中、私は魔力を使って糸を紡いでいた。



 ノエムは……ボソリと呟いた。

「兄を敬う事の無い礼儀知らずは、報いを受けるだろうな」

 ニヤリと雨を眺めるノエムを見ているものは何処にもいない。




 王都も雨が続いていた。

 王都のハーノイス伯爵邸は、領地を売却したお金で屋敷を大きくし、他国から純潔の獣人を使用人として多く雇った。 純潔の獣人の本能やホルモンはとても強く、人間に近くなったミフェール国の民を魅了してならない。



 今、ハーノイス伯爵邸には王立学園の生徒達が招かれており、彼等はカードやルーレット、スロットを楽しみ、そして……勝利と共に手持ちの金を増やし歓喜に沸いていた。

 今のハーノイス伯爵には、貴族界に伝手はない。 だけれど、ジェフリー・ブラウンは違う。 ブラウン侯爵はその力に不安を覚えながらも、家名を残すためにブラウン侯爵は地道に貴族としての役割を勤めあげ人脈を作り続けた。 その信頼はジェフリーに対しても向けられている。

 ハーノイス伯爵邸に集まる学生たちは、ジェフリーに招かれたと言っても良いだろう。

 彼等は酒に女に博打に酔っていた。
 きっと翌日には、彼等野歓喜は学園内で広く語られるだろう。



 それは雨の日に起こる特別な出来事。
 雨の日だけのイベント。



 ハーノイス伯爵邸にブラウン侯爵が訪れていた。

「息子が随分とお世話になっているようですね」

「侯爵殿がわざわざ屋敷までおいでとはね、どのような用事かな?」

 どこか惚けた様子で語るハーノイス伯爵は、その表情や口調とは別に緊張していた。 ブラウン侯爵家の影響力が、彼が行う新規事業に必要なもので……その新規事業を知られれば、ブラウン侯爵のような人間は激怒するだろう事が予測できたから。

「うちの息子が随分と世話になっていると聞きましてね。 婚約者に頼みごとをしておきながら、出迎え礼を述べる事もせず、その書類が届いているだろうから取って来いと言ったそうじゃないか。 礼儀も何もあったものではない。 少し話をする必要があると思いましてね。 それで、息子はどちらに?」

 ルルワの資料はただの言い訳でしかない。 ブラウン侯爵はハーノイス伯爵を気にかけていた。

 息子が気にかける女性の親として。
 領地は売り払ったものの、彼がヒッソリと貴族社会で噂になっている事を。

 彼は随分と大きな儲け話を持っているらしい。

「昨晩は遅くまで友人を招き、この国の経済を語り合っていましたからね。 まだ眠っているのでしょう。 彼は……この家が居心地よいのでしょう。 侯爵家の責務に彼は随分と重圧を感じているようですからね」

「なるほど……それは……よく話し合う必要があるみたいですな」

「それが、良くない。 良くないですね。 彼は才能がある人です。 それを型に嵌め殺すような事をする事は良くないのではありませんか?」

「礼儀や感謝を型に嵌める等と言うのなら、貴方にジェフリーを任せる訳にはいきませんな」

「彼は礼儀正しく、感謝ができ、新しい物を受け入れ、進化を促し、人の中心となる事が出来るとても有能な青年です。 ただ、少しばかり……婚約者であるルルワに甘えているのでしょう。 夫婦ならソレで十分、むしろそうあるべきではありませんか?」

 ブラウン侯爵の視線が……痛かった。
 劣等感が刺激される。

 己の力を活用し、社会に影響を与える事無く、ただ自らの魔術への欲求ばかりを満たし、社会に貢献しようともせず、人と関わりももたない。 そんな奴等が嫌いだった。 なぜ、そんな奴等が自分を責めるのかと、生物として劣っている癖に偉そうな態度を取るのかと思いながら、勝つことが出来ない彼等の暴力に嘆いた。

 だから……笑みを浮かべる。

 彼の社交性は、私に利用されるためのものだ。



 笑える。

 ノエムは笑って見せた。
 皮肉気に、自信を浮かべ。


 
 今は、昔とは違う……。
 だから彼は笑みを浮かべ、彼の望みを聞いて見せる事が出来る。

「ですが、伝えておきましょう。 目を覚まし、食事をし、貴族らしい体裁を整え、貴方の優秀な子として顔を出すようにと」

 頭に血が上った侯爵は、ハーノイス伯爵の脇を抜けて屋敷の奥へと向かおうとした、そんな彼に立ち向かうのは……純粋な肉食系獣人である肉体的魅力にあふれた侍女達だった。

 触れる肌の熱と香りに眩暈を覚えた侯爵はふらつき、見せるのは不安そうな顔で、彼を支えようとした侍女達の手を振り払って逃げるように去って行った。

「ひゃっはははっはははっははっははは」

 こらえきれずハーノイス伯爵は笑う。
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