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9章
118.転じる 08
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隣に座られるのが嫌で、新幹線の席は2席まとめて購入した。
通路側に荷物を置き人を拒絶する。
雫……。
心の中で名を呼べば、おずおずと困惑した気配がした。
『呼んだ?』
乗り換えの駅まで2時間はある。 夢の中と現実では時間の進みが違うから……。
雫、俺を夢の中に呼べるか? と、聞けば戸惑った。 出来ないなら戸惑う訳がなく、出来るから戸惑うのだと容易に想像は出来る。
雫。
もう一度、心の中で名を呼べば晃は深い眠りに落ちていく。
闇の中に広がる花畑。
そこは晃の心の片隅に作られた雫の空間。
甘い甘い花の香りは、彼女のためなのだと知っている。
玲央と言う鏡に背を向けた。
背を向けてしまえば、荒れ狂っていた心は、静かにゆっくりと収まり、俺の心は今はもう穏やかに凪いでいる。 代わりに、養親によって築き上げられたルールはひび割れ崩れた。
変化する。
転じる。
人の生は軽い。
理解は無関心へと繋がる。
コレは何だ?
親良の俺に向ける優しさ……とでもいう態度。
アレは、機械的なものであり、仕事。
だが、感情が無いからこそ自分に敵意が向く事はないと安心できた。
木崎と言う男も分かりやすかった……。
あぁ、アレはいい。
疑惑、欺瞞、恐れ、嫌悪、疑い深く良識的な男だった。
彼は、俺の前に膝をつく事はあっても、敵意を向ける事はないだろう。
逆に浅間は危険だ。
尊敬、信奉、理想は、あぁ言うものは、自分の理想から外れた時が面倒だ……。
そうだ。 とても面倒だと俺は知っている。
扉をくぐるような急激な変化。
それに耐える事ができたのは、雫がいたから。
雫への気持ちがあったから。
胸に満ちる雫への思い……愛情があったから。
失うナニカの代わりに、雫への愛情が満ちて行った。
俺の空間の中に佇むその姿を見ただけで、心が震える。
「雫」
ただ……名前だけの事になぜ、これほどまで幸福なのだろうか?
『お帰りなさい?』
甘い甘い声、極上とも言える俺の機嫌とは違い、雫は随分と不機嫌そうに見えた。
「どうした? 目を覚まさせない事が不快か?」
『そういう訳じゃない……』
「なら、どうして怒っている」
手を差し出せば、横に座れと小さな手が、細い指が泡沫の花びらを敷き詰めた地面を叩く。 言われるままに横に座れば、身を預けてきた。
『私は一人寂しいのに、晃さんは優しくない』
拗ねて言われれば嬉しくて、嬉しくて……抱きつぶしてしまいたい気分になるが……流石にソレは我慢しようと思った。 肉の器こそ不死の身だが、魂は柔らかで壊れやすい。
なぜ……俺は、そんな事を知っている?
『折角、来てくれても、また私を見てくれないし……』
子供のような嫉妬に心が震える。
晃は必死に衝動を抑えながら、柔らかな雫の頬に触れた。
晃のゴツゴツとした太い指が柔らかな雫の頬を撫で、首筋を撫でれば、心地よさそうにすり寄ってくる。 そして、悪戯な雫の瞳が、誘惑の色を湛えて見つめて来た。 形の良い唇が僅かに開き……まるで口づけをさそっているかのようだと思った。
「いつの間に、そんな淫乱な子になった?」
問えば、雫の頬が赤く染まり、浮き立つ心が周囲の花々に連動し、ポンポンと可愛らしく艶やかな花を開かせ、甘い香りを漂わせた。
「そう、誘惑をしてくるな」
晃が笑う。
『ちがっ!!』
「違わない。 ここは、魂の心の世界だ。 嘘はつけない」
『なら、晃さんは!! 杉子との夢を見続けるのは……』
ボソボソと声が小さくなり、空気がとげとげしく、嫉妬で出来た炎の蝶々が躍る。
「可愛い子だ」
『偉そう』
「偉いんだよ……多分」
何故か分からないが、少し前の俺ならば傲慢だと道理を通そうと説教をし始めただろうが……それこそ俺なのだと主張する。
何を恥ずかしい事を言っているんだ。
過去が言う。
世の中は、オマエが知っている世界だけじゃないって事だ。 俺は、俺だけの世界を持っていて、そこでの俺は王なのだと……理解しはじめていた。
『理由になってないと思うの』
「それほど、答えが大事なのか?」
聞けば不機嫌でカワイイらしい顔が頷いて見せる。
「雫は、自分の夢の中で好きなように動けるか?」
聞けば、小さく首を横に振ってみせる。
『でも!! 晃さんは……自由でいるように見えるから』
「それは雫が居たから……あぁ、でも、コレからは、割と自由にできそうな気がする」
雫のための空間に、不意に現れたのは茨田杉子。
『ぇ、何? ココは……晃。 どういう事なの? ここは何処なの?! 訳が分からないわ!! 何なのココは!!』
杉子は、いらいらとした様子で、晃につめよろうとした。
「叫ぶな……鬱陶しい」
晃が言えば茨田杉子が……燃え上がる。
悲鳴が轟いた。
「不快な音色だ」
晃の中に残留する夢の欠片が燃えていく。
茨田杉子の悲鳴が……彼方此方からあがっていた。
雫は呆然とし、そして恐怖しはじめた。
『ココは夢だけど、アレは彼女の魂の欠片よ!!』
「おかしなことを言う。 雫の願いを聞いただけなのに、なぜ、怒っているんだ? 雫、美しいだろう? 命の燃える色は……雫……笑え」
傲慢で、絶対的な命令……。
『笑える訳ない!!』
愛らしく形の良い雫の唇が歪み、瞳が濡れている。
「あんな奴のために泣くな」
柔らかな両頬を包み込むように、両手で触れ……。
顔を近づけ晃は言う。
「泣くな、笑え」
通路側に荷物を置き人を拒絶する。
雫……。
心の中で名を呼べば、おずおずと困惑した気配がした。
『呼んだ?』
乗り換えの駅まで2時間はある。 夢の中と現実では時間の進みが違うから……。
雫、俺を夢の中に呼べるか? と、聞けば戸惑った。 出来ないなら戸惑う訳がなく、出来るから戸惑うのだと容易に想像は出来る。
雫。
もう一度、心の中で名を呼べば晃は深い眠りに落ちていく。
闇の中に広がる花畑。
そこは晃の心の片隅に作られた雫の空間。
甘い甘い花の香りは、彼女のためなのだと知っている。
玲央と言う鏡に背を向けた。
背を向けてしまえば、荒れ狂っていた心は、静かにゆっくりと収まり、俺の心は今はもう穏やかに凪いでいる。 代わりに、養親によって築き上げられたルールはひび割れ崩れた。
変化する。
転じる。
人の生は軽い。
理解は無関心へと繋がる。
コレは何だ?
親良の俺に向ける優しさ……とでもいう態度。
アレは、機械的なものであり、仕事。
だが、感情が無いからこそ自分に敵意が向く事はないと安心できた。
木崎と言う男も分かりやすかった……。
あぁ、アレはいい。
疑惑、欺瞞、恐れ、嫌悪、疑い深く良識的な男だった。
彼は、俺の前に膝をつく事はあっても、敵意を向ける事はないだろう。
逆に浅間は危険だ。
尊敬、信奉、理想は、あぁ言うものは、自分の理想から外れた時が面倒だ……。
そうだ。 とても面倒だと俺は知っている。
扉をくぐるような急激な変化。
それに耐える事ができたのは、雫がいたから。
雫への気持ちがあったから。
胸に満ちる雫への思い……愛情があったから。
失うナニカの代わりに、雫への愛情が満ちて行った。
俺の空間の中に佇むその姿を見ただけで、心が震える。
「雫」
ただ……名前だけの事になぜ、これほどまで幸福なのだろうか?
『お帰りなさい?』
甘い甘い声、極上とも言える俺の機嫌とは違い、雫は随分と不機嫌そうに見えた。
「どうした? 目を覚まさせない事が不快か?」
『そういう訳じゃない……』
「なら、どうして怒っている」
手を差し出せば、横に座れと小さな手が、細い指が泡沫の花びらを敷き詰めた地面を叩く。 言われるままに横に座れば、身を預けてきた。
『私は一人寂しいのに、晃さんは優しくない』
拗ねて言われれば嬉しくて、嬉しくて……抱きつぶしてしまいたい気分になるが……流石にソレは我慢しようと思った。 肉の器こそ不死の身だが、魂は柔らかで壊れやすい。
なぜ……俺は、そんな事を知っている?
『折角、来てくれても、また私を見てくれないし……』
子供のような嫉妬に心が震える。
晃は必死に衝動を抑えながら、柔らかな雫の頬に触れた。
晃のゴツゴツとした太い指が柔らかな雫の頬を撫で、首筋を撫でれば、心地よさそうにすり寄ってくる。 そして、悪戯な雫の瞳が、誘惑の色を湛えて見つめて来た。 形の良い唇が僅かに開き……まるで口づけをさそっているかのようだと思った。
「いつの間に、そんな淫乱な子になった?」
問えば、雫の頬が赤く染まり、浮き立つ心が周囲の花々に連動し、ポンポンと可愛らしく艶やかな花を開かせ、甘い香りを漂わせた。
「そう、誘惑をしてくるな」
晃が笑う。
『ちがっ!!』
「違わない。 ここは、魂の心の世界だ。 嘘はつけない」
『なら、晃さんは!! 杉子との夢を見続けるのは……』
ボソボソと声が小さくなり、空気がとげとげしく、嫉妬で出来た炎の蝶々が躍る。
「可愛い子だ」
『偉そう』
「偉いんだよ……多分」
何故か分からないが、少し前の俺ならば傲慢だと道理を通そうと説教をし始めただろうが……それこそ俺なのだと主張する。
何を恥ずかしい事を言っているんだ。
過去が言う。
世の中は、オマエが知っている世界だけじゃないって事だ。 俺は、俺だけの世界を持っていて、そこでの俺は王なのだと……理解しはじめていた。
『理由になってないと思うの』
「それほど、答えが大事なのか?」
聞けば不機嫌でカワイイらしい顔が頷いて見せる。
「雫は、自分の夢の中で好きなように動けるか?」
聞けば、小さく首を横に振ってみせる。
『でも!! 晃さんは……自由でいるように見えるから』
「それは雫が居たから……あぁ、でも、コレからは、割と自由にできそうな気がする」
雫のための空間に、不意に現れたのは茨田杉子。
『ぇ、何? ココは……晃。 どういう事なの? ここは何処なの?! 訳が分からないわ!! 何なのココは!!』
杉子は、いらいらとした様子で、晃につめよろうとした。
「叫ぶな……鬱陶しい」
晃が言えば茨田杉子が……燃え上がる。
悲鳴が轟いた。
「不快な音色だ」
晃の中に残留する夢の欠片が燃えていく。
茨田杉子の悲鳴が……彼方此方からあがっていた。
雫は呆然とし、そして恐怖しはじめた。
『ココは夢だけど、アレは彼女の魂の欠片よ!!』
「おかしなことを言う。 雫の願いを聞いただけなのに、なぜ、怒っているんだ? 雫、美しいだろう? 命の燃える色は……雫……笑え」
傲慢で、絶対的な命令……。
『笑える訳ない!!』
愛らしく形の良い雫の唇が歪み、瞳が濡れている。
「あんな奴のために泣くな」
柔らかな両頬を包み込むように、両手で触れ……。
顔を近づけ晃は言う。
「泣くな、笑え」
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