愛を語れない関係【完結】

迷い人

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前編

09

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 悪い噂と言うものは早く広がる。
 娯楽の少ない人々にとって、人の不幸は良い娯楽だと聞くけど……迷惑な話。

 昼間から飲む悪い酒にウィルが酔い潰れ目を覚ました頃、目の前では大量の食事をしているカールの姿があった。

 外は日も落ち、置いていかれなくて良かった~!! と、胸をなでおろす。 酒を飲んでいたせいか体温が高くなって熱かったのだろう帽子とローブを脱いでいて、黒のシャツとズボンとブーツ姿になっていた。

 キョロキョロ見回せば、脱いだ服が几帳面にたたまれていた。

 大魔導師と言われても、寝ている時は無防備だし、無事でよかった。
 どくどくと早鐘のように打つ心臓を抑えて冷や汗をかく。

「起きたか?」

「起きたよ。 僕のは?」

「んっ、スープは温かい方がいいから、ソレは自分で頼みな」

「はいはい」

 酒場で酔った人々を見れば、随分と時間が経過していると言うのが分かる。

「聞いたか?」
「なんだ?」
「紫紺の魔導師ウィル様が、花の乙女ソフィア様との婚約を解消したいと陛下に申し出たらしい」

 ぇっ? 早い噂に驚いた。

「とても、お可愛らしいカップルですのに」

 そう言われて、少し気分が良かった。
 だけど、後の話は全く笑えない話だった。

 僕はスープと魚の煮たものを注文しながら耳を傾けた。

 驚きで……息が止まった。

 早くソフィラを解放しないと……。 そう思って婚約の解消を国王陛下に求めたが、その噂はソフィラを追い詰めるかのような話になっていた。

 ウィルからの婚約解消の申し出。
 ソフィラが部屋で引き籠った。

 そんな噂がもう広まっているのだ。

「花の乙女だ、聖女のような人だ。 そんな風に言われても、ソフィラは醜悪な娘だったらしい。 だからウィル様は婚約を解消したのだそうだ」

「な、(にを言っているんだ!!)」

 背後から来たカールに口を押えられ抱き上げられ、宙に浮いた足をバタバタさせていた。 ウィルが被っていた。

「悪い、この子にも俺と同じ食事を」

 そう急いでいったカールは、ウィルを抱き上げたまま廊下へと引っ込んでいった。

「なんだよ!! あぁ言う噂は直ぐに訂正したほうがいいんだぞ!!」

「いえ……第三王子と付き合っているはずのメアリーちゃんだけど、実は旅芸人のスター男性との噂もあるんだよ」

「……最悪だな」

「最悪だよねぇ~、あははっははは。 ってか、いいのウィルの家として」

「良く無いよ……。 でも、まぁ、考えようによっては丁度いいのかな? 第三王子との恋仲ってところで勘弁して欲しいけど、二股で、ソフィアの資材の使い込みってなれば養子縁組の解除に文句も言わないだろうし」

 ここまで考えているうちに、冷静になっていた……ような気がした。

「へぇ、ソフィア様が部屋に引きこもったんだぁ~。 なら、あんな風に言わなければよかったのに」

 そう言って笑う声が聞こえ、酒を注文している。

「あんた、ソフィア様の事を良く知っているんだな」

「そりゃぁ、私はメアリー・グランビル。 あの紫紺の大魔導師ウィル様の義妹のメアリーなんですから!! 昨日だって、ソフィア様が兄様に口汚く罵った様子をこの目でシッカリと見ていたんだからね!!」

「いや、流石に止めていいだろう……離してくれない?」

 カールの両手が両脇に入り、宙に浮いている状態で冷静にウィルはカールを振り返った。

「中途半端は良く無いと俺は思うんだよ」

「中途半端? 僕はもう十分に不快だけど?」

 そう言っている間もメアリーは話を続けていた。

「あの人さぁ、各領主からの贈り物に対して散々言っているの。 で、使えない、趣味が悪いとか言って部屋に山積みにされている訳。 どんな気持ちで皆が、贈り物をしているか考えもしないんだろうねぇ~。 冷たい人だよ」

「へぇ~。 でも、要らないなら俺らに施してくれればいいんだがなぁ~」

「それが、機嫌の悪い日には暖炉に入れるらしいの。 物には罪がないって言うのに」

「貴族様も、領地に祝福を与えて欲しくてやっているんだろう? 酷い話だねぇ~」

「それでも、お気にいりの品をくれた人には、優位にしているらしいよ。 私、その予定表を見た事あるもん」



 嘘だ!! と、言えるほど僕はソフィラの事をしらなくて、僕は宙づりのままカールを見上げた。

「物に執着しないのは本当だけど、全部嘘。 貰い物は一応分類して整理されてしまわれているけど、メアリーが取って行くようになってから、使用人達も盗んでいくようになってるんだよなぁ……」

「そう言うのって本人は?」

「残念ながら、余り興味がないようで……放置だねぇ~」

 ウィルは自分の言動を忘れて怒っていた……が、身動きが封じられていた。



 そして噂話は続けられる。

「なら、なんでソフィラ様が、部屋に閉じこもったのかも知っているのか?」

「当然よ。 何しろ私はウィル兄様の妹だもの。 兄様が婚約を解消したいと言うのに、ソフィラ様がソレをとめて、私に兄様の気を引くのにどうすればいいかって聞きながら、貴族からの贈り物を私に渡してくるんですよ。 機嫌取りすら使い回し……あの人は心が無い人なんですよ」

「なぁ、あんたなら、ソフィラ様の機嫌の取り方も知っていると言う訳だよな? うちの領主様が春一番に祝福を頂きたいといっていたんだ」

「そうね。 黄金と宝石かしら?」

「身に着けているのを見た事がないけど?」

「そりゃぁ、並べて眺めるのが好きだから。 それに、そんなのをつけていたら、イメージが悪くなるじゃない?」



 婚約して間もなくの頃、まだ話を聞いたりしていたのを思い出す。

『気に入ったものがあっても、使ってしまえば他の贈り物をくれた人が嫌な思いをするでしょう?』

 そう言って贅沢を避ける人だったのに!!

「こら、熱くなるな。 魔力が熱をもっている」

「だって!! こんなもの聞かされたら怒って当然だろう!!」

「はぁ……分かった。 よし、いけ」

 そう言って、両手を離しカールはウィルを解き放った。

 その横では、

「悪いけど、ソレ持ち帰り出来るようにしてくれる? スープ用の鍋とか買い取るし」

 等とやっているカールだった。



「いい加減になよメアリー!! 君は自分が何を言っているのか分かっているのか? 全部嘘だ!! 君が、ソフィラに迷惑をかけるから、僕は、彼女と婚約を解消しないといけないと決意したんだぞ!! 君のような奴は、養子縁組を解除し、学園の推薦も取り消させてもらうからな!!」

 そう叫んだウィルに、メアリーはふにゃりと顔が歪んだ。 泣きそうな声で、

「にい(さまぁ~、ごめんなさい。 賑やかに話をしているのが羨ましくて、少し調子に乗っただけなんです~~)」

 訴えは最初の二文字で終わった。

「なんだチビッ子。 酒でも飲んで酔っ払ったのか?」
「あら、きっと大魔導師ごっこですよぉ~~」

 誰も本物と認識しない中、メアリーは言ったのだ。

「子供は帰って、お母ちゃんのおっぱいでも飲んで寝なさい!!」

「ちょっと待ってな!!」

 魔導師の帽子とローブを取りに戻ろうとしたウィルは再びカールに捕まった。

「酔っ払いをまともに相手にしても仕方がないだろう。 今日は帰るぞ」

「ちょ、待て!! 離せ!! 離せよ!! 話をつけてくるんだからさぁああ!!」
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