愛を語れない関係【完結】

迷い人

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後編

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 国の農産物に祝福を与えるサフィラのために国王陛下が準備した広大な屋敷。

 1人で住まうには広すぎる屋敷には、サフィラと使用人……そして使用人家族が住んでいた。 大勢の人が賑やかに語り笑いあう屋敷だった。

 だけど、今は……誰も居ない。

 賑やかだった人に代わって、屋敷の内部には今は人の話し声はなく、茨がみっしりと張りつめていた。

 波のように茨は屋敷内を駆け抜け、そして人を追い出し、今は庭先で人を絡め取り動かなくなっている。



 もう何も渡したくなかった。
 人形のように生きる事の馬鹿馬鹿しさを知った。

 時間が巻き戻り、幸せになりたいと願った。



 私の物をもう誰にも渡さない。
 私のための居場所で、幸福そうに笑う人達。
 私のもので贅沢をする人達。

 私は何時だって置き去りだった。

 

 ソフィラの元に居た使用人達は王家から与えられた者達で、その給料は王家から出ている。 給料は決して多くは無いけれど、庶民出身の使用人達が家族を養うには十分だった。

 それに、花の乙女と呼ばれるソフィラの仕事は尊敬できた。
 周囲からの羨望は得意だった。
 側にいる事は栄誉ですら感じた。

 仕えた当初は。

 だけど、人形のように無表情な主を侮り始めた。

 使用人達は屋敷に家族を招きだした。
 子供達が、ソフィラの物を勝手に使いだした。

 メアリーが贈物を持ち帰ってからは、

 物に執着する気は無かったけれど、倫理的に注意すべきでは? と思ったため、注意を行った。 だけれど

「メアリー様は良くて、何故私達はダメなんですか?」
「日頃から一緒にいる私達こそ家族ではありませんか!!」

 等と言いだした。

 騒ぎとならなかったのは、護衛達も使用人達を通して恩恵をうけていたから。 



 楽しそうな笑い声。
 幸福そうな話し声。

 庭先を駆け巡る小さな子供と追いかける大人。
 お茶をしますよと呼ばれる子供達。

 そこに、私は居ない。



 一度壊れた防波堤は、容易に感情の波を溢れさせた。

 津波のように人を飲み込む茨。
 轟く悲鳴。
 屋敷から捕獲され押し出される人々。
 茨は人々を逃がすことなく、ガッシリと捕獲した。

 ソレは、ウィルが婚約解消を求めに出向いた時には、もう発生していたのだけれど、内部の人間全員が茨に拘束され、そして周囲に気付かれない程度に広い屋敷だったことから、気づかれる事は無かった。

 状況の異常に気付いたのは、ウィルの婚約解消の願いを受け入れ、第三王子とソフィラの婚約を進めようとソフィラへの召喚状を送り付けた王家の使者が最初だった。

 その報告を受けた陛下は、

『大人しく従順な娘だと思ったのにな』

 と残念がった。

 ウィルが婚約解消を申し出た時、一度はダメだと伝えたが、金遣いが荒く、女性に対しても節度がない第三王子を押し付けるのに最適だと考えたからだ。

 その後、ウィルに婚約者の暴走を納めるようにとキツク言い渡された。





 お腹がすいた……。

 ソフィラはボンヤリと考える。

 暴走と外部では言われているが、ソフィラにとっては自己防衛に過ぎない。 髪の色が濁り、生み出す花が色づく様子に当初怯えていたけれど、今は空腹の方が優先された。

 とは言え、人形のように日々を送ってきたソフィラにとって、一度屋敷から追い出した使用人達に食事の準備を頼むと言う事は難易度が高かった。

「お腹がすいたわ……」

 使用人達を追い出し5日が経っていた。 最初の頃は、使用人が残していったクッキーやマフィン等を食べていた。 それが無くなって生野菜を食べていた。

 料理は……したことがない。

「お腹がすいた……」

 トントンと音がする。



 屋敷から追い出した人達を助けようとした王宮騎士達が茨を傷つけるのを見てムカついて、使用人達を解放し、騎士達と一緒に追い出したのは昨日。

「ソフィラ様は化け物になられたのです」
「何の罪もない子供達まで……こんな目に会わせるなんて、真っ当な人間の所業であはりません!!」

 そうか私は人間ではないのか……。
 苛立ちを覚えると同時に、ソフィラは人間嫌いを自覚した。

 今の茨は、人間は排除するようにと指示されている。

 指示をかいくぐって?
 トントンと言うノックが続く。

 テラスの方から。

 私の魔力をかいくぐる事が出来るのは……直ぐに思い浮かんだのはウィル様だったけど、彼は破壊の魔術しか使えなかったはずだと……残念に思った。 もう1度ウィル様と共に魔力暴走を起こせば時間を戻せるかもしれない……。 そう思ったけれど、お腹がすいて元気がないし……今の私ではウィル様の魔力を耐えきれそうにない。

 それ以前に、時間を戻してコレでしょう?
 次はどうなるのよ……。
 何の対策も無く、どうできる訳?

 諦めて、寝ようと思った。
 だって、お腹がすいているもの……。

 トントン。

 トントン。

 トントン。

 とととととおととととおととと。

「何よ!! 今、寝ようとしていたんだから!!」

 気持ちだけは怒鳴っているつもりのソフィラと言えば、ベッドから僅かに顔を上げただけだった。 ソフィラが見たのは……、首から鞄をひっかけたペリカンっぽい生き物。

「?!」

「なっ、何?!」

 トントン。

 改めて嘴でトントンと窓を叩きだした。

 既にひびが入っているし……ペリカンモドキの口の中が何か変な動き方をしていた。 明らかに……生物が入っているようで……、慌てて扉を開けるためにベッドから転がるように抜け出た。

「ぇ、あ……でも、危険じゃないわよね……」

 扉を開こうとして……立ち止まった。

 こっくりとペリカンが頭を下げる。

「それは、危険が無いって事かしら?」

 もう一度聞けば、ペリカンモドキは再度頭を深く深く下げ鞄を落とし、そして嘴で鞄を開けようとし……中から子猫が転がり落ちた。

「ててっ……」

 前足で頭をかく黒をベースに、口と首と腹そして靴下をはいたように白い猫の頭をペリカンモドキがコツンと嘴で叩いた。

「なっ!」

 ペリカンは、ジッと見ているソフィラの方へと猫を向き変えた。

「ぁ、にゃぁ~ご!!」

 わざとらしく鳴いた子猫は、バックの中を開いて食べ物を取りだせば、扉があっさりと開かれ、ソフィラは子猫を抱き上げた。

「食べ物だわ!! 私、お腹がすいているの!! コレは食べて良いのかしら」

「うな~ん」

 抱っこしていた子猫を抱えたまま、鞄を部屋の中にいれれば、ペリカンモドキも一緒についてきた。

「貴方達もお腹がすいているの?」

 そう問えば、揃って首を横に振って来る。

「そう、なら、全部食べて良いのかしら?」

 今度は首を縦に振る。

 中身は……芋、キノコ、キャベツ、鶏肉を1センチ角にカットしたものが、ケースに入っていた。

「何かしら?」

 スプーンで具材をすくって食べれば、それなりに味がしみこんでいて美味しくはあった。

「うにゃにゃ」

 子猫が鞄から引っ張り出したのは水筒で、

「何かしら?」

 と受け取れば、温かかった。 中身をカップに注いでみればトマトスープで……。

「これって、スープと具が別々にされているのかしら?」

「うにゃ」

「他に、何があるの?」

 カバンに手を伸ばせば、猫は鞄から離れてもふっとしながら床に座り込んでスンッとすましているペリカンモドキの背に移動していた。

「パンにピクルス、チーズ、後は……乾燥フルーツのパウンドケーキね。 とてもご馳走だわ!! ありがとう。 アナタ達のご主人様にお礼を伝えておいてくれるかしら?」

「うにゃ」

 鳥と猫の飼い主は誰なのかしら? そんな事も考えはしたけれど、何よりも今は空腹を対処するのが最優先だった。

 腹が満ち、はぁ……と息をついた頃には……鳥も猫も居なくなっていた。

「しまった……捕まえて置くべきだったわ」

 ソフィラは、身体をグッと伸ばし自室を後にした。
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