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一章 魔法少女

八話 ちょっとポーズお願いできる?

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 殺意を込めて目の前の白仮面男を睨みながらも、プロミネンスは冷徹に思考を巡らせる。

混沌の妄執ロイエヘクサの気配は感じん。だが、あの隠密能力。気配どころか、足音、呼吸、姿形が捉えられないが、≪直観≫で捉えられるのは幸いか……)

 声から男だと分かるが、しかしどうにも認識し辛い。まるで狐につままれているかのように、体の大きさや輪郭などがぼやけるのだ。

 必死に殺意を燃やさなければ忘れてしまいそうなほど存在感が薄い。

(だからこそ、怪しい。何故、隠密をやめた? 姿を隠すのをやめた? まるで時間稼ぎが目的のような……)

 ポケットに手を突っ込み余裕そうにこちらに仮面を向けている白仮面男を見ながら、プロミネンスはじっくりと観察する。

(あれは確かにホワイトたちを追おうとしていた。なら、速攻にここから抜け出して追おうとするはずだが……)

「もう一度問う、貴様は何者だ!」

 プロミネンスはビリリと空気を震わせる。念のために≪灼熱≫をいつでも発動できるように準備しながらも、両手に持つ二メートルを超える大剣の切っ先を白仮面男に突きつけた。

「はぁ。先ほど言った通り理性的で善良的な一般人だぞ。つうか、人に尋ねる前に自分が名乗れよ」
「そちらが先に名乗れ!」
「名乗ってるだろ? ……あれ、言葉通じていない? ええっと、外国人? いや、日本語……ああ、もしかして人の話聞かない系の脳筋か? あ、ならごめん。言葉なんて通じなくて当たり前だわ。配慮できなくてすまないな」
「ッ! キサッ――………………ふぅ」

 明らかに馬鹿にした物言いにプロミネンスは怒鳴り返しそうになるが、何とか深呼吸して冷静さを保つ。

 これ以上問い詰めても向こうを怒らせるだけだな、と判断しプロミネンスは名乗りを上げる。

「アタシはプロミネンス! 魔法少女、プロミネンスだ!」

 勇ましく名乗りを上げたプロミネンスに、しかし目の前の白仮面男はため息を吐き、やらやれと肩を竦めた。

「なぁ、それって偽名だよな。本名名乗ろうよ、本名。偽名名乗る人間なんて信用されないぞ? ……あ、もしかしてなりきりコスプレなのか? なら納得だわ。じゃあ、ちょっとポーズお願いできる? どのキャラか疎くて分からないけど、その出来、結構素晴らしいから撮りたいんだが? あ、撮影禁止?」
「ッ!」

 懐からスマホを取り出し、ローアングルに構えて際どい角度から写真を撮ろうとした白仮面に、プロミネンスは一瞬顔を真っ赤にする。蒼穹の腕輪を輝かせながら≪灼熱≫で火炎の弾丸を作り出し射出する。

「おっと。お嬢ちゃんは綺麗なんだから火遊びは気を付けたら?」
「舐めるなっ!」

 これまた立派なアーチトンネルのブリッジで流れるように火炎弾を躱した白仮面男は、ブリッジの勢いのままシュタッとバク転し、宙を舞って嘲笑する。

 怒り叫びながらダンッと地面を鳴らし、プロミネンスは強化された身体能力を十全に発揮し、大剣を横薙ぎに振るって宙を回転する白仮面男を斬ろうとする。

「甘いぞ、お嬢ちゃん」
「んなっ!」

 白仮面男はクルリと空中で上下反転。迫る来る大剣の腹に両手の指先を添えてさらにバク転し、華麗に躱す。サーカスの如きその身軽さに、プロミネンスは驚愕の一声を漏らしてしまう。

 だが、プロミネンスは攻撃の手を緩めることはない。空を切った大剣の遠心力を利用して右足を軸に回転しながら、≪灼熱≫で四つの火炎弾を微妙にタイミングをずらして放つ。

 それと同時に回転軸である右足を地面に蹴りつけて跳ね上がり、大剣の遠心力と重さを使って体を斜めにし、その力強く美しい左脚を振り上げる。

「火の後始末は大事だぞ!」
「チッ!」

 白仮面男は無造作に右手を振るう。すると火炎弾が全て消え去り、またパンッと音が響いたかと思うと、蹴り上げた左脚はスカッと空を切る。

 白仮面男が空中を蹴って回避したのだ。

「……その身のこなし、お嬢ちゃんって本物の魔法少女?」

 シュタッと惚れ惚れする美しい着地をした白仮面男は、同じく側転しながら着地したプロミネンスに戸惑ったように尋ねる。

「それ以外に何がいる! 謀っているのか、貴様っ!」

 プロミネンスはギュンッと大剣を横へ振り、怒鳴り声を上げる。混沌の妄執ロイエヘクサの気配は一切感じないが、それでも目の前の白仮面男は肉弾戦最強格のプロミネンスを子供のようにあしらったのだ。

 会話可能な知能を持ち人型。あの隠密能力からして混沌の妄執ロイエヘクサの気配を偽装する力を持っている推測も立ち、なら最低でも特三級以上の力。

 そもそも魔法少女だとして、仲間にこんな姿の奴はいなかったし、そもそも声も体格も男。

 確実に混沌の兵士スキャーヴォだ。

(なのに、魔法少女を知らないだと。何を抜け抜けとっ!)

 プロミネンスはその透き通った蒼穹の瞳で白仮面男を射貫く。≪直観≫による狐疑を宿しながら。

 相手は本当に混沌の兵士スキャーヴォか? ここまで流暢に言葉を操る混沌の兵士スキャーヴォがいたか?

 プロミネンスは脳裏を掠める疑念に若干眉を顰める。白仮面男はあれ、おっかしいな、と呟きながら、首を傾げる。

「ええっと、ハエレシスとか、エクソシストとか、陰陽師とか知らないの?」
「なんだそれは! 虚仮こけにするのもたいがいにしろっ!」
「ええ、マジか。マジなのか……」

 ガックリと白仮面男は肩を落とす。

 確かに姿が見えているのに捉えどころがなく、また混沌の兵士スキャーヴォであるはずなのに鍛え抜かれた≪直観≫が僅かな違和感を生じさせる。

 違和感は苛立ちとなり、さらに白仮面男のそんな大根芝居が余計にそれを爆発させ、怒りを込めてプロミネンスは大剣の切っ先を改めて突きつけた。

「貴様の混沌の役シックザールはなんだ!」
「う~ん、またまた新しい情報。……確か運命? ええっと種類でいいのか。あの気持ち悪い影は歩く混沌ミーレスとかいってたし……」
「ッ」

 白仮面男はプロミネンスの問いに答えることはなかった。顎に手をあて、首を傾げブツブツと呟く。

 その様子にプロミネンスはブチリと音をたてて切れた。
 
 今の今まで虚仮にされたが、それでも新種の混沌の兵士スキャーヴォの情報を集めようとした。戦闘能力、性質、戦い方、癖。会話をし、本気を出さずに情報収集に務めていた。

 だが、もう我慢ならん。煮えたぎる怒りに≪灼熱≫が反応し、プロミネンスの体から煌々と輝く蒼き炎が燃え盛る。蒼穹の腕輪がこれ以上ないほどに輝く。

 ドロリドロリと足元の瓦礫が溶け始め、月明りに照らされた肌寒い夜風が陽炎に包まれる。バチバチと青白い火花すら舞い始めた。

「へぇー、聖級魔法程度か? うん? けどに感じた時の魔力量はせいぜい中級程度だったし……ああ、なるほど、その外装か。魔力増幅とかが組み込まれてるのか。すげぇな」

 白仮面男はそれにすら動じず、むしろ興味深げにプロミネンスを観察する。感心したように手を叩く。

 それが引き金だった。

「業火の王よ。彼のものに鉄槌をっ、〝紅焔羅刹〟っ!」
「クォォォォォッ!」 

 プロミネンスの頭上に紅焔の鬼が顕れた。

 焦熱で空気を焦がして燃やしつくし、煌々と輝く紅蓮と蒼穹の炎は混ざりて混じり、静謐な白炎と化す。一度天に向かって吠えれば、白炎が津波のごとく波打ち、美しき夜空すらも染め上げる爆炎が猛り狂う。

「塵すらも残らず、全てを焼き尽くせ!」

 太陽の如き燃え盛る紅焔の鬼がプロミネンスの怒声に応じ、再び空気を焦がし天を燃やす咆哮を一つ。

 そして白仮面男へと飛び掛かった。

 逃げる場所は一切ない。どこへ逃げようが波状の如き焔がことごとく全てを燃やし、いずれはこの町全てを、いや世界全てを焼き尽くすだろう。

 だが。

「ええー、期待してた魔法少女の技じゃねぇんだが。ファンシーはどこへ?」

 白仮面男は文句を垂れた後。

「あ、でもごめん。もう時間だわ。っということで、グッバイ、お嬢ちゃん」

 ポフンと音を立てて消えた。

 否。

「クェェェェ!」

 代わりに影を濃縮したグリフォンが現れたのだった。



 Φ



「で、あれがその支部か」

 白仮面男――直樹は顔に嵌めていた白の仮面を外し、眼を真っ黒に染めていた“空転眼”を解除し、“隠密隠蔽”で最大限の隠形を重ねる。

 直樹は外で待機させていた[影魔]モード・グリフォンにあのホワイトとかいう奴を追ってもらっていた。

 というのも、直樹は[影魔]モード・グリフォンにビルを見張らせていた。そしたら自分は異空間に迷い込んでいて、またホワイトと黒服たちがビルの屋上に忽然と姿を表したのだ。

 異空間という隔たりがあったが、魂魄の繋がりは途切れなかった。

 なので、その情報を受けとった直樹は[影魔]モード・グリフォンにホワイトたちを空から追わせていたのだ。夜空と同じく黒く、また念のために隠密用の能力スキルを付与していたので気づかれることはなかった。

 それから支部とやらにホワイトたちがたどり着くまで時間を稼ぐ。その場所を確認した後、少し離れたビルに降り立った[影魔]モード・グリフォンと自分を“空転眼”で入れ替えたのだ。

 位相の隠蔽が巧妙だった混沌の異界アルヒェに自力で穴を空けるのは手間がかかるが、入れ替えるだけなら意外と簡単だったりする。それこそホワイトたちが消えた直ぐ後にも入れ替えは可能だった。

 だが、明らかに自分を感知できていなかったのにも関わらず、勘みたいな不条理な力で存在を捉えられるプロミネンスをなるべく遠ざける必要があった。侵入した際に、気づかれるのは厄介だったし。

「さて、こいつらどうしようか」

 直樹は足元で転がる外国人二人を見た。

 本来は情報を穏便に得るために、この二人を人質として使う予定だった。だから始末しなかったのだが、外国人の拠点が壊滅した以上この二人の有用性がなくなる。

 なので、直樹はどうしようかと首を捻る。

 ……直樹は人を殺すのに躊躇いはない。

 仲間であり親友である八神翔たちとの約束――理性的で善良的な一般人があるから、攻撃されても大して反撃しなかった。一般人は反撃しないし、おかしな人がいても遠巻きに見ているだけだし……

 けど異世界、アルビオンで培った生き方は違う。敵対したら殺す。攻撃してきたら殺す。撃つのなら撃たれる覚悟がある、という思想の元、生きてきた。そうでもしなければ、死ぬのは自分だからだ。甘さなどあっては死んでしまうからだ。

 裏を返せば敵対しなければ殺さないし、そもそも関わらない。無関心だったのだ。

 それでも親友や師匠の言葉、出会った人々に影響され、無関心というには温かく、けれど優しいというには冷酷な存在になった。

 病院で幼子が殺されそうだったら手間でなければ助けるし、多少の同情心やら共感等々を身に着けた。それにアルビオンには子供がいる。血の繋がらない、拾った双子の幼子が。

 それでも直樹は人を殺すのに躊躇いはない。いや、命を奪うことに躊躇いはない。進んで奪おうとは一切しないし、殺すことに快楽など抱かない。人を支配しようとも全く思わない。

 しかし、必要ならば躊躇はしない。

 それが直樹の価値観だ。大輔も似たようなものだ。

「……ああ、でも完璧な情報精査はしてないしな。それに記憶が消去されてるが、会話でも確認は取りたいし……よし」

 直樹は再び[影魔]モード・グリフォンを一体召喚する。現れた[影魔]モード・グリフォンが片翼を高く上げ、ただいま参上しました、と敬礼する。意外とコミカルな存在だ。

「こいつら、家に送って大輔に引き渡しといて」
「クェ!」

 [影魔]モード・グリフォンが一声き、バサリと影の翼を動かし首を垂れる。直樹は片手を上げ、[影魔]モード・グリフォンはそれを見た後、もう一度頭を下げ、外国人二人を鷲掴みして飛び立った。

 直樹は[影魔]モード・グリフォンに片手を振って見送りながら、懐からスマホを取り出し、大輔にメールを送る。向こうは向こうで家族の安全に全力を尽くしているだろうし、ここで電話するとちょっと厄介だ。

 何が厄介って近くに家族がいた場合、絶対に電話を代わる。すれば、話が長くなるし、それにあんまり血なまぐさい話は家族に聞かせたくない。終わってから全てを掻い摘んで話した方がいい。

 ここら辺は俺も人の子だな、と若干苦笑しながら直樹はスマホを懐にしまった。

「さて、さっきみたいな既に壊滅状態とかはやめてくださいね」

 そして直樹は保護されたであろうあの五人の外国人から情報を探るために、正確にはその五人を攫うために、目の前にある支部、三つのホームを持つ駅の地下へと忍び込んだ。
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