銀河をカケル逃避行 ~5億の借金持ち宇宙海賊、うっかり禁忌を破り愛で詰む~

山本条太郎

文字の大きさ
47 / 67

第44話 仮面の淑女の企み、夢の国への招待状

しおりを挟む
スターダスト・レクイエム号のラウンジには、ポート・リバティの人工灯が生み出す、穏やかで虚ろな朝の光が差し込んでいた。 

だが、その静寂は真っ赤な偽りだ。 

空気は、昨夜の出来事の余波でまだピリピリと張り詰め、複雑な不協和音を奏でている。 

……居心地が悪すぎて、胃に穴が開きそうだぜ。

テーブルには、ローズマリーが腕を振るった、彩り豊かな朝食が並んでいた。 

焼きたての香ばしいブレッド。

惑星モカのコーヒー。

そして、アステラ羊のスープ。 

食欲を根こそぎ刺激するような芳醇な香りが、ラウンジを満たしている。 

正直、俺の舌には上等すぎる代物だ。

ったく、また凝ったもん作りやがって。

こんな餌付けされちまったら、文句も言いにくくなるだろうが……。

「ベレット様」

ローズマリーは、いつの間にか俺の隣に立ち、白い陶器のカップにスープを注いだ。

「アステラ羊のスープはいかがですか? 色々とお疲れでしょうから。精がつきますわよ?」 

「すまねえな、ローズマリー」

俺はコーヒーを啜りながら、手元の端末に視線を落とすふりをした。 

昨夜のあのラウンジでの一件……あの色香と、ふと見せた弱さが、まだ脳裏に焼き付いてやがる。

「それにしても、ロクな仕事がねえな」

俺は誤魔化すように、端末を何度もタップした。

「ナビィ。もっと金になる、景気のいい仕事をリストアップしといてくれねえか?」 

「了解いたしました、マスター。後ほど、高リスク・高リターンの案件をピックアップいたします」

ナビィは視線を料理に向けたまま、冷静に答えた。 

こいつの変わらない機械的な反応だけが、今の俺の救いだ。

「ですが、ここ最近、ポート・リバティではネームドの宇宙海賊たちの活動が活発化しております。高額報酬の案件は、公開と同時に受領されているようです」 

「チッ。金がねえって時に限って、ついてねえぜ」

俺は忌々しく愚痴りながら、ブレッドをがぶりと齧った。

「なんで同業のクソ野郎どもは、そんなに真面目に仕事しやがるんだ? 少しは自重しろってんだ、まったくよお」 

「まあまあ、良いではございませんか」

ローズマリーは、そんな俺の様子を仮面の下で楽しげに笑った。

「たまにはこうして、何もしない贅沢をゆっくりと味わってみてはいかがでしょう? ベレット様」

その声はどこまでも優艶で、甘かった。 

……何もしない贅沢、か。

悪くねえ響きだが、お前らがいる限り、俺の財布は休まる暇がねえんだよ。

 一瞬、その言葉に甘えたくなる自分を必死に押し殺す。 

俺はため息をつき、ふとテーブルの端で一人黙々と食事を取っているミューに視線を移した。 

空気が重い原因の九割は、あそこに座ってる小さな台風の目だ。

「おい、ミュー。ローズマリーの飯は食わねえのか?」

努めて普段通りの、ぶっきらぼうな口調で話しかけた。

「お前、そんな味気ないプロテインワームばっかり食ってたら、その小さい身体がますます育たなくなっちまうぞ」

「ふんっ!」

ミューは、これ以上ないほど冷たく顔を背けた。

「要らないわよ。仮面女が作った得体の知れないものなんて」

そう言うと、彼女は目の前のプロテインワームを、小さな口いっぱいに詰め込んだ。 

バリボリという乾いた音が、俺の神経を逆撫でする。 

おいおい、意地張るのもいい加減にしろよ。

「おい、ミュー。まだ昨日のこと怒ってんのかよ」

俺はスプーンでスープをすくい、ミューの口元へ差し出した。 

「ほら、一口食ってみろって。このスープ、マジで美味いぞ」 

「もう、要らないってば!」

バシッ! 

ミューはそのスプーンを強く振り払った。 

スープが飛び散り、テーブルクロスを汚す。

「ほっといてよ! 約束も守らないベレットなんて、大っ嫌いよ!」

彼女の潤んだ瞳から、大粒の涙がぽろりと零れ落ちた。 

その涙を見た瞬間、俺の胸がズキリと痛んだ。

 ……クソ、泣かすつもりじゃなかったんだがな。

「わかってる、わかってる。船の修理の手伝いの件な。ちゃんと聞いてやるからよ」

 「今、思い出したでしょ!!」

ミューはテーブルをバンッと叩きつけて立ち上がった。 

「そんなことねえって。お前の好きなことをしてやるために、こうやって仕事を探してるんじゃねえか」 

「嘘つき!」

ミューの悲鳴に近い声が、ラウンジに響き渡る。

「私のことより! ローズマリーとのデートの方がよっぽど大事だったくせに!」 

「だから、あれは仕事だって何度も言っただろう?」 

「嘘よ! 私には分かるんだから!」

ミューは涙を流しながら、俺を睨みつけた。 

そのラピスラズリの瞳は、俺の心の奥底まで見透かしているようだ。

「ローズマリーとのデートが、満更でもなかったってことくらい! ベレットの揺れ動くフォワードがそう囁いてるんだから! 私に隠したって無駄なんだからぁぁぁっ!」

ラウンジに、重く気まずい沈黙が流れた。 

……参ったな。

正直に言えば、満更でもなかったのは事実だ。 

あのスカイラウンジと酒、そしてローズマリーとの時間は……悪くなかった。

その光景を、ローズマリーは腕を組みながら、仮面の下でくすくすと、心の底から楽しそうに見守っていた。 

……人が困ってるのを見て楽しんでやがるな?

 俺の視線に気づいたのか、彼女はまるで妙案が思いついたとばかりに、薔薇色の唇を開いた。

「ベレット様。もしお時間に余裕がおありでしたら、ポート・リバティが誇る夢の国『リバティ・ランド』へお出かけになってはいかがでしょう?」

ローズマリーは、豊満な胸の谷間から、二枚のプラチナ色に輝くチケットを取り出して見せた。

 ……おい、どこから出してんだよ。

「もちろん、ミューとお二人で。ミューもどうかしら?」

銀髪の少女は、予想外の提案にぱっと顔を上げた。

「……! リ、リバティ・ランド!? あの有名でキラキラした夢の遊園地!? ベレットと一緒に……!?」

涙で濡れていたラピスラズリの瞳が、一瞬にして星々のように輝き始めた。 

現金なヤツだ。

「ええ、そうですわ。たまには羽を伸ばして、思いっきり楽しんでくださいまし」 

「おい、ローズマリー。お前、一体何を企んでやがる」

俺は訝しげに彼女を見つめる。 

ただの親切心だけで動くような女じゃねえことぐらい、俺も分かってる。

「あらあら」

ローズマリーは俺の傍らに近づくと、俺の唇に人差し指をそっと置いた。 

甘い香りが鼻をくすぐる。

「これも、クルーに対する『メンタルマネジメント』として必要なことですわよ。それに……」

彼女は俺の耳元で、熱い吐息と共に囁いた。

「ベレット様には、もっともっと乙女心というものを理解していただかなくてはなりませんもの。ふふふっ」

その言葉に、俺は反論の言葉を失った。 

確かに、俺はミューの気持ちを蔑ろにしていたのかもしれない。

不器用な自分への戒めか、それとも単なるこの女の気まぐれか。

……手玉に取られてるな、完全に。

「チッ、しょうがねえなあ」 

「フフフ、決まりですわね!」

ローズマリーは心底楽しそうに微笑んだ。

「さあ、ミュー! ぼーっとしてはいられませんわよ! 早速、デートのためにとびっきり可愛くおめかしをしませんと! さささ、こちらへ!」 

「え、ええ!? ちょ、ちょっと待ってよ! ローズマリー!?」

ローズマリーはミューの小さな手を掴み、ラウンジの出口へと向かう。 

そして去り際に、俺に向かって挑戦的な視線を送って振り返った。

「ベレット様も、ミューとの素敵な『デート』のために、今から『準備』をお願いいたしますわね? ふふふっ」

ラウンジには、乙女二人の楽しげな声の残響と、それを見送る俺、そして料理を楽し気に観察するナビィだけが残された。

「……まったく、嵐だぜ」

俺は深く諦めたような、複雑なため息をついた。 

遊園地デートだ? 

俺が? 

似合わねえことこの上ない。

だが、ミューのあの輝いた顔を見ちまったら、断れるわけがねえ。

俺はローズマリーが淹れてくれた、少し冷めたスープをゆっくりと口へと運んだ。 

その味は、甘く、深くて……そして少しだけ苦かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...