銀河をカケル逃避行 ~5億の借金持ち宇宙海賊、うっかり禁忌を破り愛で詰む~

山本条太郎

文字の大きさ
61 / 67

第56話 少女の願い、襲撃の予感と巫女の決意

しおりを挟む
医務室の静寂。

微かに漂う消毒液の匂い。  

ベッドの上で、ララティーナ・ルビントンは真っ直ぐな瞳で俺を見上げていた。 

その青白い顔には、怯えとは違う、

か細いが確かな決意の光が宿り始めていた。

「ベレットさん」

 「……」

ララティーナは震える手で、俺の掌に何かを押し付けた。 

ひんやりとした、滑らかな金属の感触。 

「これは、ルビントン家特製の量子暗号通信機です。最高レベルの秘匿性を持っています。これがあれば、いつでも私と直接連絡を取ることができます」

彼女は潤んだ瞳で、祈るように俺を見つめる。

「もう、私には頼れる人はあなたたちしかいないのです。ですから、どうかお願い! 私の本当の優しいお姉様を……ルーナお姉様を見つけ出してほしいのです……! この悪夢のような現実から、救い出してほしい……!」

魂からの叫び。 

その重みが、小さな通信機を通じて俺の掌に食い込んでくる。 

ルビントン家という巨大な権力の闇。

そこに繋がる「直通回線」。 

これを受け取ることは、泥沼に片足を突っ込むことと同義だ。 

……ったく。重たい依頼だぜ。

だが、俺はそれを突き返すことができなかった。 

目の前の少女が、あまりにも必死で、あまりにも無力だったからだ。

「ああ、分かった」

俺は通信機を握りしめ、低く答えた。

 柄じゃねえと思いながらも、覚悟を決める。

「できる限りのことはしてやるさ。ただし!」

俺は悪戯っぽく、ニヤリと笑ってみせた。

「報酬は、たんまりともらうからな!」 

「……ふふ、はい!」

ララティーナの顔に、安堵の色が浮かぶ。 

……その顔が見られりゃ、まあ悪くねえか。

「ローズマリー。ララティーナのこと、しっかり守ってやれ」 

「御意に、ベレット様。この命に代えましても」

ローズマリーの言葉には、奇妙なまでの覚悟が滲んでいた。 

その仮面の下にある「本気」を感じ取り、俺は小さく頷いて医務室を後にした。

          ◇

ブリッジへ戻りながら、俺は大きく息を吐いた。 

厄介なことに首を突っ込んだもんだ。

だが、後悔はねえ。

「ナビィ、スターゲイザーの出撃準備だ。補給は終わったんだろう?」 

『はい、マスター。戦闘行動は可能です。ですが、出撃なさるのですか?』

ナビィの声に疑問が混じる。

「偵察だけだ」

俺は、アステリア・リーフで見た惨状を思い出していた。 

あの執拗な破壊痕。

そして、生存者をあえて一人だけ残すやり方。 

何かが喉に引っかかる。

この違和感はなんだ?

……そうだ。

獲物を追い詰め、いたぶり、最後に「絶望」を味あわせるような手口。

「どうにも引っかかる。あの手際……俺が知るクソッタレな連中のやり口に似すぎてるんだよ」

背筋がゾクリとする感覚。 

これは「虫の知らせ」なんて生易しいもんじゃねえ。 

戦場で培った、死神の足音を聞き分ける「嗅覚」だ。 

獣の気配。

ステルスで忍び寄り、喉笛を食いちぎるハイエナどもの記憶。

「こういう嫌な予感ってやつは、大抵当たるもんだ。ララティーナを襲った連中が、まだこの宙域に狼みてえに潜んでいるかもしれねえ」

俺は決然と格納庫へ向かった。 

もし俺の予想が正しければ、俺たちは既に「包囲網」の中だ。

だが、そこで予想外の壁が立ち塞がった。

「ベレット! 待って!」

ミューだ。 

彼女は俺の行く手を阻むように立ちはだかった。 

そのラピスラズリの瞳には、不安と、強い決意の色が揺らめいている。

「私も行くわ! あなた一人でそんな危険な場所に行かせるわけにはいかない!」

 「ダメだ、ミュー」

俺は冷たく突き放した。 

これから行くのは「死地」だ。

お前のような子供が来ていい場所じゃねえ。

「お前は船で待ってろ。これは俺自身の問題だ。それに、相手が本当に『ヤツら』だとしたら、筋金入りの殺し屋だぞ。力が不安定なお前が行っても、足手まといになるだけだ」

わざと厳しい言葉を選んだ。 

憎まれてもいい。

ここで遠ざけることが、お前を守る唯一の方法だ。

「……! また! またそうやって、私を子供扱いして遠ざけるのね!?」

ミューの瞳から涙が溢れた。 

その涙が、俺の胸をチクリと刺す。

「私が未熟な『星詠の巫女』だから!? 足手まといだとでも言うの!? 違う! 私はそんな大層なものじゃない! 私はただのミューよ! あなたのそばにいて、あなたを守りたい、ただそれだけなのよ!」 

「ミュー、落ち着け。お前の気持ちは痛いほど分かる。だがな……」

俺は視線を逸らした。

コイツを危険に晒したくない。

ただそれだけなんだが、言葉にするのは難しい。

「お前はアシュトン公爵家の令嬢なんだぞ。家族だって、きっとお前の身を案じているはずだ。自分の命を、もっと大切にしろ!」 

「家族……!?」

ミューは嘲るように、悲痛な響きで笑った。

その表情を見て、俺は失言だったと悟った。

「私を研究対象として、道具としか見ていなかったあの人たちが!? いいえ! もうあの人たちは私の家族なんかじゃない! 私の居場所はここだけなの! ベレット、あなたのそばだけなのよ!」

彼女は俺の胸倉を掴み、涙ながらに訴えた。 

その手は震えていたが、俺を離そうとはしない。

「ララティーナとローズマリーを見て分かったの! 身分なんて、血の繋がりなんて関係ないんだって! 心が、魂が通じ合っていれば、それが本当の『家族』なんだって! 私は……! 私はあなたと、そんな風になりたいのよ!」

「……!」

言葉が詰まる。 

家族、か。 

そんな温かいもん、とっくに捨てたと思ってたが……コイツは本気で俺を。

「ミュー。俺は……」

その言葉に胸を打たれ、何かを言いかけた瞬間だった。

『――警告! 警告! 緊急事態発生!』

けたたましい警報音が艦内に響き渡る。 

ナビィの絶叫に近い声が、最悪の現実を告げる。

『艦外より複数の高エネルギー反応、急速接近中! ステルス機能の使用を確認! フォワードエネルギー照合完了! ……宇宙海賊……『ウルフパック』です!!』

「……! ウルフパック!? やはり、ヤツらか!」

最悪の予想が的中した。 

獣人ロデオ率いる、残忍にして狡猾な狼の群れ。 

因縁の宿敵であり、血に飢えた殺戮者たち。

「ミュー! 早くシェルターへ行け!」

俺は反射的にミューを突き飛ばすように促した。 

今は議論している暇はねえ。

だが、彼女は怯むどころか、俺の制止を振り切って走り出した。 

目指す先は――スターゲイザーのコクピット。

「嫌! 私も戦う!」

彼女はシートに飛び乗り、強い意志を宿した瞳で俺を見つめ返した。

「もう、ベレットに守られてばかりいるのは終わりにする! 今度こそ! 私がベレットを守るんだから!」

その瞳には、もはや一片の迷いもなかった。 

恐怖よりも、俺と共に在りたいという渇望。 

……なんて顔をしやがる。

守られるだけのお姫様は、もうどこにもいねえ。 

そこにいるのは、一人の戦士だ。

「ミュー、お前……」

俺は息を呑んだ。 

ここで無理やり引きずり降ろすこともできる。

だが、それはコイツの魂を殺すことになる。 

俺は……コイツの覚悟を背負うしかないのか。

「……はあ。分かったよ、好きにしやがれ」

俺は観念して、ミューの後を追ってコクピットへ滑り込んだ。 

隣に座る小さな相棒の体温を感じながら、俺は覚悟を決める。

「だがな、絶対に無茶はするな! そして俺の指示には必ず従え! いいな!?」

 「うん、ベレット!」

ハッチが閉まり、静寂が訪れる。 だが、外には牙を剥いた狼たちが待っている。

「行くぞ、ミュー! 狼退治だ!」

二つの魂を乗せた、白銀の流星。 

スターゲイザーは、因縁の獣の群れが待ち受ける漆黒の宇宙へと、今、その翼を広げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...