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「いつみても悪趣味としか言えません」
「これが、自分には悪趣味に見えないんだな」
部屋から運び出された水精の剥製をまえに、執事は同じ感想を口にする。
執事はこれ以外の感想が思い浮かばず、ヴォルフラムは何度言われても解らない。
「それが魔人とただの人の違いですよ」
「そうか。王女と侍女を連れてこい」
「畏まりました」
一人きりになったヴォルフラムは宝石で作らせた眼球が嵌められた剥製をながめる。
異形を数多く殺害したヴォルフラムにとって、この剥製は数の一つにしか過ぎない。この水精にも名があったのだろうと思えど、その名など知りはしない。
「たとえ聞いていたとしても、もう覚えてはいないだろうがね」
殺される時に恨めしそうな目で自分を見ていたかすら ――
「閣下、お連れしました」
ドア越しに声をかけられたヴォルフラムは目隠し用の分厚いカーテンを被せる。
「いいぞ」
執事に促され部屋へと入って来た二人にヴォルフラムは座れと指示を出す。
「私は立っています」
イリアは侍女が座るわけにはいかないと拒否したが、
「もしかしたら倒れるかもしれないぞ。立ったまま意識を失って、この石畳に頭を打ったら死ぬぞ」
ヴォルフラムはそう言いイリアの肩を押し、ソファーへとむりに座らせた。小さな悲鳴を無視して剥製の元へと向かう。
「この布の下に、水精の剥製がある」
「剥製?」
反芻したパルヴィの声は恐怖がにじんでいた。嫌悪がないのは、現実の話として捉えられていないからだ。
「俺が魔人と呼ばれていることは知っているか」
「はい。知っております」
パルヴィは隣に座っているイリアの震える手を握りしめる。
「魔人と呼ばれるまでに殺害した無数の異形の幾つかを剥製にした」
「……どうして……ですか」
「もっとも聞かれることだが、意味はない。普通の人間が動物の剥製をつくるのと同じことかもしれないが、動物の剥製には興味はないので上手く伝えることはできない」
「……」
パルヴィは俯く。
恐ろしさよりも、誰もがする質問をヴォルフラムにしてしまったことに対する、羞恥ににた感情に襲われて。ヴォルフラムは気にはしておらず、話を続ける。
「人にみせるものではないから、いつもは俺以外立入できない部屋で保管している。それをお前たち二人にみせるのは、刻印を捜して欲しいからだ。前回無断で捜したが見つからなかったんでな」
「水精の刻印……でしたか?」
「そう。通常の水精は背骨にそった所に刻印がある。だがお前の背中に刻印はなかった」
「純血ではないので、刻印がないのでは?」
「純血でなくとも出る。何百人も見た」
「……」
「それでこの剥製は悪趣味と人に言われていることもあるが、お前たちは純血の水精を見たことあるか?」
ヴォルフラムは布越しに剥製の頭部を触り、二人の表情から見たことがないのを確信して布から手を離して溜息をつき説明をした。
「水精は手が足は魚のようだが上半身があり、腕は二本で指が各六本ずつで計十二本ある。手は蛙のようで水かきがある」
水精は美しい生き物ではない。水色の肌に青い斑紋があり、魚のような下半身には鱗はなく、上半身はあばらが浮くほどに細く、水かきがついた手指で全体がぬめりを帯びている。
だが特筆されるのは顔。頭髪はなく額が突き出て陰をつくるほど。目蓋もなく時間で変わる瞳があらわになっている。
「ゲ ルティ前王がお前に興味を持ったのは、見られる容姿で瞳の色が変わるということを知ったためだ。水精はあまりに独特すぎてあまり見ていたいと思わないのが 常識だったからな。それと水が清らかでなくとも死なないから飼いやすいというのもな……さて、覚悟はできたか? パルヴィ」
「はい……あの、イリアは見なくてもいいですよね」
「いいえ。自分から希望して残ったからには見ます」
ヴォルフラムは布に手をかけ直して勢いよく剥ぎ取った。二人のまえに現れた乾ききった水精の剥製。
台座を動かし後ろ向きにして、肩胛骨の間にある赤紫の刻印を指さす。
「これだ」
離れたところにいる二人には丸しか見えない。
「近くで見ると複雑な模様があるんだが……無理して近付かないでもいい」
二人は円形の中に描かれたかのような複雑な紋様に目をこらす。
「近付いてもよろしいでしょうか」
「パルヴィさま!」
「大丈夫よ、イリア」
パルヴィは背もたれに手をついて立ち上がり、病み上がりのような面持ちで水精の剥製へと近付いてゆく。
「ここだ」
ヴォルフラムはパルヴィに覆い被さり、顎を手で固定して、強引に刻印に触らせようとする。
「……離して下さい! いや!」
間近で見た水精の剥製に恐れをいだき、触れたくないとヴォルフラムの腕のなかで暴れるが無駄な抵抗でしかなく、パルヴィの手はその刻印に触れてしまった。
パルヴィが触れると水精の皮が剥げ落ちる。
崩れた剥製の醜怪さと、防腐処理が施されているはずの皮の腐臭にパルヴィは叫び声を上げ、ヴォルフラムの腕から逃れようとした ――
「これが、自分には悪趣味に見えないんだな」
部屋から運び出された水精の剥製をまえに、執事は同じ感想を口にする。
執事はこれ以外の感想が思い浮かばず、ヴォルフラムは何度言われても解らない。
「それが魔人とただの人の違いですよ」
「そうか。王女と侍女を連れてこい」
「畏まりました」
一人きりになったヴォルフラムは宝石で作らせた眼球が嵌められた剥製をながめる。
異形を数多く殺害したヴォルフラムにとって、この剥製は数の一つにしか過ぎない。この水精にも名があったのだろうと思えど、その名など知りはしない。
「たとえ聞いていたとしても、もう覚えてはいないだろうがね」
殺される時に恨めしそうな目で自分を見ていたかすら ――
「閣下、お連れしました」
ドア越しに声をかけられたヴォルフラムは目隠し用の分厚いカーテンを被せる。
「いいぞ」
執事に促され部屋へと入って来た二人にヴォルフラムは座れと指示を出す。
「私は立っています」
イリアは侍女が座るわけにはいかないと拒否したが、
「もしかしたら倒れるかもしれないぞ。立ったまま意識を失って、この石畳に頭を打ったら死ぬぞ」
ヴォルフラムはそう言いイリアの肩を押し、ソファーへとむりに座らせた。小さな悲鳴を無視して剥製の元へと向かう。
「この布の下に、水精の剥製がある」
「剥製?」
反芻したパルヴィの声は恐怖がにじんでいた。嫌悪がないのは、現実の話として捉えられていないからだ。
「俺が魔人と呼ばれていることは知っているか」
「はい。知っております」
パルヴィは隣に座っているイリアの震える手を握りしめる。
「魔人と呼ばれるまでに殺害した無数の異形の幾つかを剥製にした」
「……どうして……ですか」
「もっとも聞かれることだが、意味はない。普通の人間が動物の剥製をつくるのと同じことかもしれないが、動物の剥製には興味はないので上手く伝えることはできない」
「……」
パルヴィは俯く。
恐ろしさよりも、誰もがする質問をヴォルフラムにしてしまったことに対する、羞恥ににた感情に襲われて。ヴォルフラムは気にはしておらず、話を続ける。
「人にみせるものではないから、いつもは俺以外立入できない部屋で保管している。それをお前たち二人にみせるのは、刻印を捜して欲しいからだ。前回無断で捜したが見つからなかったんでな」
「水精の刻印……でしたか?」
「そう。通常の水精は背骨にそった所に刻印がある。だがお前の背中に刻印はなかった」
「純血ではないので、刻印がないのでは?」
「純血でなくとも出る。何百人も見た」
「……」
「それでこの剥製は悪趣味と人に言われていることもあるが、お前たちは純血の水精を見たことあるか?」
ヴォルフラムは布越しに剥製の頭部を触り、二人の表情から見たことがないのを確信して布から手を離して溜息をつき説明をした。
「水精は手が足は魚のようだが上半身があり、腕は二本で指が各六本ずつで計十二本ある。手は蛙のようで水かきがある」
水精は美しい生き物ではない。水色の肌に青い斑紋があり、魚のような下半身には鱗はなく、上半身はあばらが浮くほどに細く、水かきがついた手指で全体がぬめりを帯びている。
だが特筆されるのは顔。頭髪はなく額が突き出て陰をつくるほど。目蓋もなく時間で変わる瞳があらわになっている。
「ゲ ルティ前王がお前に興味を持ったのは、見られる容姿で瞳の色が変わるということを知ったためだ。水精はあまりに独特すぎてあまり見ていたいと思わないのが 常識だったからな。それと水が清らかでなくとも死なないから飼いやすいというのもな……さて、覚悟はできたか? パルヴィ」
「はい……あの、イリアは見なくてもいいですよね」
「いいえ。自分から希望して残ったからには見ます」
ヴォルフラムは布に手をかけ直して勢いよく剥ぎ取った。二人のまえに現れた乾ききった水精の剥製。
台座を動かし後ろ向きにして、肩胛骨の間にある赤紫の刻印を指さす。
「これだ」
離れたところにいる二人には丸しか見えない。
「近くで見ると複雑な模様があるんだが……無理して近付かないでもいい」
二人は円形の中に描かれたかのような複雑な紋様に目をこらす。
「近付いてもよろしいでしょうか」
「パルヴィさま!」
「大丈夫よ、イリア」
パルヴィは背もたれに手をついて立ち上がり、病み上がりのような面持ちで水精の剥製へと近付いてゆく。
「ここだ」
ヴォルフラムはパルヴィに覆い被さり、顎を手で固定して、強引に刻印に触らせようとする。
「……離して下さい! いや!」
間近で見た水精の剥製に恐れをいだき、触れたくないとヴォルフラムの腕のなかで暴れるが無駄な抵抗でしかなく、パルヴィの手はその刻印に触れてしまった。
パルヴィが触れると水精の皮が剥げ落ちる。
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