水精姫の選択

六道イオリ/剣崎月

文字の大きさ
4 / 25

04

しおりを挟む
「いつみても悪趣味としか言えません」
「これが、自分には悪趣味に見えないんだな」
 部屋から運び出された水精の剥製をまえに、執事は同じ感想を口にする。
 執事はこれ以外の感想が思い浮かばず、ヴォルフラムは何度言われても解らない。
「それが魔人とただの人の違いですよ」
「そうか。王女と侍女を連れてこい」
「畏まりました」
 一人きりになったヴォルフラムは宝石で作らせた眼球が嵌められた剥製をながめる。
 異形を数多く殺害したヴォルフラムにとって、この剥製は数の一つにしか過ぎない。この水精にも名があったのだろうと思えど、その名など知りはしない。
「たとえ聞いていたとしても、もう覚えてはいないだろうがね」
 殺される時に恨めしそうな目で自分を見ていたかすら ――
「閣下、お連れしました」
 ドア越しに声をかけられたヴォルフラムは目隠し用の分厚いカーテンを被せる。
「いいぞ」
 執事に促され部屋へと入って来た二人にヴォルフラムは座れと指示を出す。
「私は立っています」
 イリアは侍女が座るわけにはいかないと拒否したが、
「もしかしたら倒れるかもしれないぞ。立ったまま意識を失って、この石畳に頭を打ったら死ぬぞ」
 ヴォルフラムはそう言いイリアの肩を押し、ソファーへとむりに座らせた。小さな悲鳴を無視して剥製の元へと向かう。
「この布の下に、水精の剥製がある」
「剥製?」
 反芻したパルヴィの声は恐怖がにじんでいた。嫌悪がないのは、現実の話として捉えられていないからだ。
「俺が魔人と呼ばれていることは知っているか」
「はい。知っております」
 パルヴィは隣に座っているイリアの震える手を握りしめる。
「魔人と呼ばれるまでに殺害した無数の異形の幾つかを剥製にした」
「……どうして……ですか」
「もっとも聞かれることだが、意味はない。普通の人間が動物の剥製をつくるのと同じことかもしれないが、動物の剥製には興味はないので上手く伝えることはできない」
「……」
 パルヴィは俯く。
 恐ろしさよりも、誰もがする質問をヴォルフラムにしてしまったことに対する、羞恥ににた感情に襲われて。ヴォルフラムは気にはしておらず、話を続ける。
「人にみせるものではないから、いつもは俺以外立入できない部屋で保管している。それをお前たち二人にみせるのは、刻印を捜して欲しいからだ。前回無断で捜したが見つからなかったんでな」
「水精の刻印……でしたか?」
「そう。通常の水精は背骨にそった所に刻印がある。だがお前の背中に刻印はなかった」
「純血ではないので、刻印がないのでは?」
「純血でなくとも出る。何百人も見た」
「……」
「それでこの剥製は悪趣味と人に言われていることもあるが、お前たちは純血の水精を見たことあるか?」
 ヴォルフラムは布越しに剥製の頭部を触り、二人の表情から見たことがないのを確信して布から手を離して溜息をつき説明をした。
「水精は手が足は魚のようだが上半身があり、腕は二本で指が各六本ずつで計十二本ある。手は蛙のようで水かきがある」
 水精は美しい生き物ではない。水色の肌に青い斑紋があり、魚のような下半身には鱗はなく、上半身はあばらが浮くほどに細く、水かきがついた手指で全体がぬめりを帯びている。
 だが特筆されるのは顔。頭髪はなく額が突き出て陰をつくるほど。目蓋もなく時間で変わる瞳があらわになっている。
「ゲ ルティ前王がお前に興味を持ったのは、見られる容姿で瞳の色が変わるということを知ったためだ。水精はあまりに独特すぎてあまり見ていたいと思わないのが 常識だったからな。それと水が清らかでなくとも死なないから飼いやすいというのもな……さて、覚悟はできたか? パルヴィ」
「はい……あの、イリアは見なくてもいいですよね」
「いいえ。自分から希望して残ったからには見ます」
 ヴォルフラムは布に手をかけ直して勢いよく剥ぎ取った。二人のまえに現れた乾ききった水精の剥製。
 台座を動かし後ろ向きにして、肩胛骨の間にある赤紫の刻印を指さす。
「これだ」
 離れたところにいる二人には丸しか見えない。
「近くで見ると複雑な模様があるんだが……無理して近付かないでもいい」
 二人は円形の中に描かれたかのような複雑な紋様に目をこらす。
「近付いてもよろしいでしょうか」
「パルヴィさま!」
「大丈夫よ、イリア」
 パルヴィは背もたれに手をついて立ち上がり、病み上がりのような面持ちで水精の剥製へと近付いてゆく。
「ここだ」
 ヴォルフラムはパルヴィに覆い被さり、顎を手で固定して、強引に刻印に触らせようとする。
「……離して下さい! いや!」
 間近で見た水精の剥製に恐れをいだき、触れたくないとヴォルフラムの腕のなかで暴れるが無駄な抵抗でしかなく、パルヴィの手はその刻印に触れてしまった。
 パルヴィが触れると水精の皮が剥げ落ちる。
 崩れた剥製の醜怪さと、防腐処理が施されているはずの皮の腐臭にパルヴィは叫び声を上げ、ヴォルフラムの腕から逃れようとした ――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

父が後妻with義姉を連れてきた

satomi
恋愛
突然に父が後妻を連れてきました。それも義姉付きで。義姉と私は血の繋がりがあるそうです。つまり、父は長年にわたり不貞を…。 最近家を出ていった母の気持がわかります。確かに『気持ち悪い』。 私はトピア=ランスルー子爵家の次女になったようです。 ワガママ放題の義姉、アピアお義姉様を家から出したかったのでしょうか?父は私とお義姉様を王立学園の淑女学科に入学させました。全寮制なので、家からお義姉様はいなくなりました。 ともあれ、家での傍若無人な人間関係とはオサラバ! 私の楽しい学園生活はここからです!

処理中です...