水精姫の選択

六道イオリ/剣崎月

文字の大きさ
5 / 25

05

しおりを挟む
「悪趣味ですよ、閣下」
「いつのもことだ」
 騒ぎに駆けつけた執事の顰め面に、ヴォルフラムはそうは答えたが、この状況では言われても仕方ないだろうと片頬を上げて嘘笑いを顔に貼りつけ、気を失ったパルヴィを抱き上げ、部屋をあとにした。
「そうそう。助けを呼びに飛び出していった召使いは?」
 イリアは惨状を前にして恐慌状態に陥り、ドアに体当たりして廊下に転がり出て、そのまま腰が抜けてしまい這いずりながら「姫さまを助けて」と辛うじて聞き取れるような叫びを上げていた。
「声を張り上げて捕らえても暴れて手のつけられない状況でしたので、薬師のところに運ばせました。今頃は夢もみずに眠っていることでしょう」
 イリアを発見した兵士たちは彼女を保護はしたが、ヴォルフラムのいる部屋へは近付かなかった。彼らの主人であるグリューネヴェラー公爵ヴォルフラムは”そういう人間”であり、この国ではそれを魔人と呼ぶ。
「そうか。俺の部屋にも薬師をよこせ」
  呼ばれた執事は覚悟を決めて部屋へと足を踏み入れた。部屋から漂う不快な匂いと侍女の狂乱ぶりに、王女が殺害されでもしたのだろうかと。足を踏み入れた執 事は王女が生きていることに安堵はしたが、ヴォルフラムの腕の中で意識を失っても震えているパルヴィをみて、無事かどうかまではわからなかった。
「はい……それにしても、この匂いは」
「剥製が溶けた。異形の腐臭だ」
「剥製が溶けて腐臭? ですか」
「ああ。薬師は大年寄りを寄越せ。この部屋はそのままにしておくように命じろ。入り口にも窓にも見張りを立てな」
「畏まりました」
 高らかな足音を立てて歩くヴォルフラムが遠ざかるまで執事は頭を下げ、見張りを手配してから薬師部屋へとむかい、言われた通りにした。

◇◇◇◇◇

 ヴォルフラムは部屋へと戻りベッドにパルヴィを寝かせ、さきほど剥製に触れた指を丹念に調べる。
「普通の指だな」
 右手の人差し指になにかあるのかと触れてみるも、爪が美しく整えられただけの王女の指でしかなかった。ヴォルフラムはパルヴィの人差し指を口に含み舌でなぞる。
「なにをしておる」
「毒物でも仕込んでいるのかと思ってな」
 部屋を訪れた薬師の一人がヴォルフラムにそう答えた。
「お前の舌で判らぬのなら、私の舌では判らんな」
「王女を診察しろ」
 ヴォルフラムと話していなかった薬師が頭を下げてからパルヴィの元へと行き、
「まあ、座れ」
「言われんでも座るわい。年寄りにはこの階段はこたえる」
 二人は革張りの一人がけのソファーに向かいあって座った。
「お袋」
「公爵たるものが実母に”お袋”はなかろう」
 皺が深く刻まれた老婆はくつくつと笑う。
「じゃあ先代グリューネヴェラー公爵、あるいは女魔人って呼んでやろうか」
 ヴォルフラムは足を開き身を乗り出す。
「好きにしろ。それで用は」
「お袋、あの王女はなんだ?」
「人間か異形か? と聞かれたら、人間と答える」
「ビヨルク側で調べた結果は”混血ではない”だったらしいが、信用できないから調べてくれるか」
「わかった」
 ヴォルフラムの母リヒャルダは皺の刻まれた顔から想像もできないほど軽やかに立ち上がり、パルヴィに近付き人間かどうかの確認をする。
「間違いなく人間だな。だが瞳の色は変わるのだろう?」
「変わった。時間と色から水精変化で間違いない」
「そうか。だがお前はわざわざここまで私を呼んだのは、もっと違う理由があるのだろう?」
「そりゃそうだ。誰が理由なく、うっとうしい母親を部屋に呼ぶか」
「私だって中年にもなった息子の部屋になど来たくはない」
「パルヴィの侍女はどうした?」
「薬で眠らせておいた。明日の朝までは目覚めん」
「そうか。テレジア、王女の傍にいろ。お袋、こっちへ」
 ヴォルフラムはリヒャルダと共に、さきほど剥製が腐敗し崩れ落ちた部屋へと階段を下りる。
「年老いた母親にこうも階段を上り下りさせるとは、よほど早く死んで欲しいとみた」
「やっと気付いてくれたか……で、本当のところはなんだ?」
 人が一人しか歩けない幅の石造りの螺旋階段を足音もなく下りながら、ヴォルフラムは再度尋ねる。
「まちがいなく容れ物は人間だが、中身がおかしい。腹の中で奇妙なものと混ざり合ったようだ。その奇妙な物は形のない物、すなわち霊的な物だから、薬師の私の手には負えない。本城の魔女なら判るかも知れんな」
「なるほど。では、イズベルガに紹介状を書いてくれ」
「姉に紹介状を書くなんて何十年ぶりだろうね。即位の祝いを書くより心躍るね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...