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部屋に入るなり、リヒャルダは他者の行為に感心した時に上げる声を漏らした。
「水精の剥製だ」
「どの水精だ?」
ヴォルフラムは手袋を脱ぎ、腐った皮と綿が混じり合った中に埋もれていた宝石の義眼を取り出し、摘んで見せる。
「この義眼が嵌っていた水精だ」
「……ふむ。確かに覚えがある」
「なにに?」
「この腐臭だ。新鮮ではないが、水精を殺して三日ほど経ったあたりにする匂いだな」
リヒャルダは昔を思い出し懐かしげに頷き、目に凶暴性を露わにして唇を舐める。
「呆けてなくて安心したよ、お袋」
若き日もそして今も魔人として崇拝される母親の懐かし表情に、ヴォルフラムは自分がリヒャルダの息子であることを強く感じる。
「そうか。だがその剥製は随分昔に作ったものだろう?」
「義眼用の宝石をいつ購入したか調べてはっきりとさせるが、記憶ではたしか二十年ほど前だったはずだ」
パルヴィに剥製にした理由はないと言ったヴォルフラムだが、彼にしか理解できない理由があった。
ヴォルフラムが魔人と呼ばれるようになったのは三十年以上前のことで、その彼が異形の剥製を作りはじめたのは二十五年ほど前から。
理由は――異形が減ったこと――
ヴォルフラムは六十を超える種類の異形を絶滅させたのだが、絶滅させた種族を形として残しておこうと考えたのだ。生かしておくつもりはないが、殺して飾っておこうと。
ヴェーラの国に生きる者として、人間として異形を狩るのは使命だが、同時に残すのも使命ではないか? それは歪な使命感であった。
「これをあの娘がやったのか?」
「そうだ」
「本城で判明すればいいな。それはそうと、あの娘。さほど服をもっておらんな」
「ふんだんに着換えを持ってるような王女なら、借金のかたになりに来たりはしないだろ」
「だが本城に”見せ物としてではなく”連れて行くのなら、もう少しましな格好をさせる必要があるだろうから、私が若い頃に来ていたドレスを発掘させておく」
「骨董的な価値はありそうだが、時代遅れも甚だしくてかえって笑われたりしないか? ハイデマリーが子どもの頃に着ていたドレスじゃ駄目なのか?」
「そうでもない。流行というのは繰り返しだ。いま首都で流行しているのは、私が娘であった頃のデザインだそうだ。それと、ハイデマリーは誰に似たのか子どもの頃から大女だったろうが」
「あーそりゃ間違いなく、ヴェロニカに似たんだな」
「テオバルトの母親は細かったが、テオバルトも子どもの頃からそれは大柄だったな」
「ははは。それは死んだ俺の親父、要するに祖父さんに似たんじゃないかね」
◇◇◇◇◇
パルヴィが目を覚ましたのは夕方。窓から輝く橙色が部屋を照らしていた。
「だ……だれか、いません……か。イリア……」
ベッドからおり、裸足で室内を歩き回る。
部屋には幾つかドアがあり、ノブを掴んで押したり引いたりしてみるがびくともしない。それでもどれかの扉が開くのではないかと努力していたところ、ヴォルフラムが鍵を開ける音もなく入ってきた。
「なにをしているんだ? パルヴィ」
「公爵閣下」
「……もしかして扉を開けようとして、開けられなかったと? どの扉にも鍵は掛かっていない。腕力で開けるだけだ。お前の細腕じゃあ無理だろうな。ほら靴だ」
リヒャルダの衣装箱から三足ほど靴を選びここまで持ってきた。
「履け」
ヴォルフラムは椅子の傍に靴をおき、早くしろと指示を出す。
「はい」
「あいそうなものを選べ」
パルヴィは甲の部分にゴムが付いているヒールの低い靴をはいてみた。
「ちょうどいいです」
「そうか。じゃあついて来い」
ヴォルフラムのあとをついて部屋を出て、階段を下りた。
階段は暗く狭く急角度で手すりになるような部分がなく、パルヴィは必死に石造りの壁の隙間に指を入れて掴まりながら、注意深く怖々と一歩一歩踏み出す。
一段一段の幅が小さくパルヴィの足ですら半分しか乗らないほどの大きさしかない。だが前を歩いているヴォルフラムは足音もなく軽快に下りてゆく。
「先に下りていてください……」
「狭すぎたか」
ヴォルフラムはパルヴィの腰に腕を回して担ぎ上げ、さっさと階段を下りていった。
階段を下りきり廊下を進むときも降ろさず、リヒャルダの服が広げられている部屋へとむかう。
「連れてきたぞ」
パルヴィはそこで贅を凝らしたドレスに袖を通し、胸と腰の部分を手直ししてもらい、譲り受けた。
「かび臭かっただろう。あんな古着、掘り出してきやがって」
「いいえ」
ドレスの手直しが終わり、休んでいるイリアの無事を確認して、パルヴィはヴォルフラムの隣に座らされ酒を注いでいた。
「水精の剥製だ」
「どの水精だ?」
ヴォルフラムは手袋を脱ぎ、腐った皮と綿が混じり合った中に埋もれていた宝石の義眼を取り出し、摘んで見せる。
「この義眼が嵌っていた水精だ」
「……ふむ。確かに覚えがある」
「なにに?」
「この腐臭だ。新鮮ではないが、水精を殺して三日ほど経ったあたりにする匂いだな」
リヒャルダは昔を思い出し懐かしげに頷き、目に凶暴性を露わにして唇を舐める。
「呆けてなくて安心したよ、お袋」
若き日もそして今も魔人として崇拝される母親の懐かし表情に、ヴォルフラムは自分がリヒャルダの息子であることを強く感じる。
「そうか。だがその剥製は随分昔に作ったものだろう?」
「義眼用の宝石をいつ購入したか調べてはっきりとさせるが、記憶ではたしか二十年ほど前だったはずだ」
パルヴィに剥製にした理由はないと言ったヴォルフラムだが、彼にしか理解できない理由があった。
ヴォルフラムが魔人と呼ばれるようになったのは三十年以上前のことで、その彼が異形の剥製を作りはじめたのは二十五年ほど前から。
理由は――異形が減ったこと――
ヴォルフラムは六十を超える種類の異形を絶滅させたのだが、絶滅させた種族を形として残しておこうと考えたのだ。生かしておくつもりはないが、殺して飾っておこうと。
ヴェーラの国に生きる者として、人間として異形を狩るのは使命だが、同時に残すのも使命ではないか? それは歪な使命感であった。
「これをあの娘がやったのか?」
「そうだ」
「本城で判明すればいいな。それはそうと、あの娘。さほど服をもっておらんな」
「ふんだんに着換えを持ってるような王女なら、借金のかたになりに来たりはしないだろ」
「だが本城に”見せ物としてではなく”連れて行くのなら、もう少しましな格好をさせる必要があるだろうから、私が若い頃に来ていたドレスを発掘させておく」
「骨董的な価値はありそうだが、時代遅れも甚だしくてかえって笑われたりしないか? ハイデマリーが子どもの頃に着ていたドレスじゃ駄目なのか?」
「そうでもない。流行というのは繰り返しだ。いま首都で流行しているのは、私が娘であった頃のデザインだそうだ。それと、ハイデマリーは誰に似たのか子どもの頃から大女だったろうが」
「あーそりゃ間違いなく、ヴェロニカに似たんだな」
「テオバルトの母親は細かったが、テオバルトも子どもの頃からそれは大柄だったな」
「ははは。それは死んだ俺の親父、要するに祖父さんに似たんじゃないかね」
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パルヴィが目を覚ましたのは夕方。窓から輝く橙色が部屋を照らしていた。
「だ……だれか、いません……か。イリア……」
ベッドからおり、裸足で室内を歩き回る。
部屋には幾つかドアがあり、ノブを掴んで押したり引いたりしてみるがびくともしない。それでもどれかの扉が開くのではないかと努力していたところ、ヴォルフラムが鍵を開ける音もなく入ってきた。
「なにをしているんだ? パルヴィ」
「公爵閣下」
「……もしかして扉を開けようとして、開けられなかったと? どの扉にも鍵は掛かっていない。腕力で開けるだけだ。お前の細腕じゃあ無理だろうな。ほら靴だ」
リヒャルダの衣装箱から三足ほど靴を選びここまで持ってきた。
「履け」
ヴォルフラムは椅子の傍に靴をおき、早くしろと指示を出す。
「はい」
「あいそうなものを選べ」
パルヴィは甲の部分にゴムが付いているヒールの低い靴をはいてみた。
「ちょうどいいです」
「そうか。じゃあついて来い」
ヴォルフラムのあとをついて部屋を出て、階段を下りた。
階段は暗く狭く急角度で手すりになるような部分がなく、パルヴィは必死に石造りの壁の隙間に指を入れて掴まりながら、注意深く怖々と一歩一歩踏み出す。
一段一段の幅が小さくパルヴィの足ですら半分しか乗らないほどの大きさしかない。だが前を歩いているヴォルフラムは足音もなく軽快に下りてゆく。
「先に下りていてください……」
「狭すぎたか」
ヴォルフラムはパルヴィの腰に腕を回して担ぎ上げ、さっさと階段を下りていった。
階段を下りきり廊下を進むときも降ろさず、リヒャルダの服が広げられている部屋へとむかう。
「連れてきたぞ」
パルヴィはそこで贅を凝らしたドレスに袖を通し、胸と腰の部分を手直ししてもらい、譲り受けた。
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