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50 聖女さまモード
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――時は少しさかのぼる。
宴もたけなわになった頃合いを見計らって、ノームの氏族ポリタンの酋長ポポラックは、人間の冒険者に話しかける。
「お楽しみいただけいているかな?」
「あははっ! もちろん!」
人間の冒険者は快活に答えた。
(はて、こんなに明るいお人だったかな?)
ポポラックはすこし首をかしげる。
暗いとまではいわないが、慎重で落ち着いていて、実力に見合わず謙虚な人物だと思っていた。
(人間は酒が入ると性格が変わるというが⋯⋯)
ノームは、酒精を飲んでも多少くつろいだ気分になる程度で、どんちゃん騒ぎなんてよほどのことがない限りありえない。
かといって陰鬱なわけではもちろんない。地に足のついた、ほどよい明るさ・素直さがノームの特徴だ。
(これがウンディーネともなると、陰鬱で湿っぽく、時として移り気だ。我はノームの気質を愛している)
その意味では、自分を助けてくれたこの人間の冒険者は、ノーム的な気質の持ち主だと思っていた。
ノームとくらべるとやや物静かで控えめかもしれないが、地水火風でいえば、地に親和性のある人物だと。
「――ミナト殿。貴殿の実力を見込んで、ぜひお願いしたいことがあるのだ」
ポポラックは意を決してそう言った。
(ノームの問題はノームが解決すべき。それはわかっているが、背に腹は替えられぬ。我が頭を下げれば済むことなら、この小さな頭をいくらでも下げよう。われらが誇りであるこの鼻が、いくらすりむけようともかまわぬ)
酋長であるポポラックは、忸怩たる思いを呑み込み、口を開こうとする。
だが、そのポポラックを制し、ミナトが言った。
「あははっ。わかってるよ。アビスワームを倒してくれって言うんだよね?」
「う、うむ。その通り。さすがは大導師、既にご推察であったか」
「ノームたちは、ダンジョンマスターが元ノームだからここを離れる気がない。アビスワームがいるのにそう言うってことは、仲間を見捨てるくらいなら揃って死のうってことだよね?」
「あ、ああ。同胞を見捨てぬのがわれらノーム。さぞかし不器用な生きかたに見えようが⋯⋯」
「そうだね。とっても不器用だ。合理的じゃない。一人のためにみんなが死ぬなんて」
言葉を飾らず、ミナトが言った。
「⋯⋯ミナト殿もそう思われるか? われらは同胞を見捨てて逃げるべきだと」
やはり、人間には理解できぬことなのか。
ポポラックは、目の前の人間に対する、若干の失望を禁じえなかった。
偉大な魔術を操り、アビスワームを撃退し、ノームの言葉を流暢に話すこの賢人ですらそうなのか⋯⋯と。
だが、ミナトは首を振った。
「ううん。そんなことは言わないよ。
私、守るべき意地ってあると思うんだ。
たとえ、ここで従っておけばいじめられないってわかってても、それでもなお、曲げちゃいけないこともある。
いじめられないために別の人をいじめるだとか。
いじめられないために、親が苦労して稼いだお金を差し出すとか。
いじめられないために、なんの関係もないお店から商品を万引きしたりとか。
いじめられないために身体を売るとか。
いじめられないために、まわりに合わせてドラッグに手を出したりとか。
生きるためだからって、自分を騙しちゃいけないこともある。
自分が自分であるための筋っていうのかな。そういうのは通してかないと、生きてる意味がわからなくなっちゃうんだ。魂を売って身体だけ生き延びたってしょうがないんだよ」
「ミナト殿⋯⋯」
一転して真剣な顔で語るミナトの言葉は、ポポラックの胸に沁みた。
⋯⋯ところどころ、意味のわからないところはあったが。
(このお方に失望だと? 我はなんたる恥知らずか!)
ポポラックは深く恥じ入った。
ミナトの足元にひれ伏したい衝動を、酋長としての外面がかろうじて押しとどめる。
「私にすこしなりと力があるんだったら。
現実に押しひしがれながらも懸命に魂を生かそうとあがく、そんな人たちのために使いたい。
私自身は、そんなときに誰にも助けてもらえなかったから。
だから、私に助けられるんだったら、何をおいてもやらなくちゃ。
だって、そうしないと、天を怨んだ過去の自分が嘘になっちゃうから。
過去の自分が、人の苦悩を看過しようとする今の自分を許してくれないと思うから。
苦しんだ自分を認めてあげるためにも、私は苦しんでる人に優しくありたい」
ミナトがかがみこみ、ポポラックに目線を合わせた。
ポポラックは、その瞳の色を一生忘れられないだろう。
(慈悲だ。この人の目にあるのは、自らの苦しみを乗り越え、他人を恨まず、境遇を同じくするものを心から思いやる、神のごとき慈悲!)
ミナトは大導師などではなかった。
そんな秤で測れるような、俗っぽいお人では決してない。
このかたは聖人だ。
神がわれらを憐れんで遣わしてくださった聖女なのだ!
「だから、私はやるよ。アビスワームを必ず狩る」
「おお⋯⋯なんともったいなきお言葉⋯⋯!」
ポポラックは、ついにミナトの足もとにひれ伏した。
酋長の突然の行動に、周囲のノームたちがどよめいた。
「これ、おまえたち! ミナト殿に感謝せんか!」
ポポラックがノームたちに言うと、他のノームたちもあわててその場に平伏する。
「あははっ。気にしなくていいよ。頼まれなくてもやったと思うし」
ミナトは鷹揚に言って、ノームたちに顔を上げさせる。
「⋯⋯あ、でも、厄介な相手だからノームのみんなにも協力してもらうよ?」
ポポラックが一も二もなくうなずいたのは言うまでもない。
――こうして、ミナトとノームたちによる、アビスワーム討伐作戦が始まったのだった。
宴もたけなわになった頃合いを見計らって、ノームの氏族ポリタンの酋長ポポラックは、人間の冒険者に話しかける。
「お楽しみいただけいているかな?」
「あははっ! もちろん!」
人間の冒険者は快活に答えた。
(はて、こんなに明るいお人だったかな?)
ポポラックはすこし首をかしげる。
暗いとまではいわないが、慎重で落ち着いていて、実力に見合わず謙虚な人物だと思っていた。
(人間は酒が入ると性格が変わるというが⋯⋯)
ノームは、酒精を飲んでも多少くつろいだ気分になる程度で、どんちゃん騒ぎなんてよほどのことがない限りありえない。
かといって陰鬱なわけではもちろんない。地に足のついた、ほどよい明るさ・素直さがノームの特徴だ。
(これがウンディーネともなると、陰鬱で湿っぽく、時として移り気だ。我はノームの気質を愛している)
その意味では、自分を助けてくれたこの人間の冒険者は、ノーム的な気質の持ち主だと思っていた。
ノームとくらべるとやや物静かで控えめかもしれないが、地水火風でいえば、地に親和性のある人物だと。
「――ミナト殿。貴殿の実力を見込んで、ぜひお願いしたいことがあるのだ」
ポポラックは意を決してそう言った。
(ノームの問題はノームが解決すべき。それはわかっているが、背に腹は替えられぬ。我が頭を下げれば済むことなら、この小さな頭をいくらでも下げよう。われらが誇りであるこの鼻が、いくらすりむけようともかまわぬ)
酋長であるポポラックは、忸怩たる思いを呑み込み、口を開こうとする。
だが、そのポポラックを制し、ミナトが言った。
「あははっ。わかってるよ。アビスワームを倒してくれって言うんだよね?」
「う、うむ。その通り。さすがは大導師、既にご推察であったか」
「ノームたちは、ダンジョンマスターが元ノームだからここを離れる気がない。アビスワームがいるのにそう言うってことは、仲間を見捨てるくらいなら揃って死のうってことだよね?」
「あ、ああ。同胞を見捨てぬのがわれらノーム。さぞかし不器用な生きかたに見えようが⋯⋯」
「そうだね。とっても不器用だ。合理的じゃない。一人のためにみんなが死ぬなんて」
言葉を飾らず、ミナトが言った。
「⋯⋯ミナト殿もそう思われるか? われらは同胞を見捨てて逃げるべきだと」
やはり、人間には理解できぬことなのか。
ポポラックは、目の前の人間に対する、若干の失望を禁じえなかった。
偉大な魔術を操り、アビスワームを撃退し、ノームの言葉を流暢に話すこの賢人ですらそうなのか⋯⋯と。
だが、ミナトは首を振った。
「ううん。そんなことは言わないよ。
私、守るべき意地ってあると思うんだ。
たとえ、ここで従っておけばいじめられないってわかってても、それでもなお、曲げちゃいけないこともある。
いじめられないために別の人をいじめるだとか。
いじめられないために、親が苦労して稼いだお金を差し出すとか。
いじめられないために、なんの関係もないお店から商品を万引きしたりとか。
いじめられないために身体を売るとか。
いじめられないために、まわりに合わせてドラッグに手を出したりとか。
生きるためだからって、自分を騙しちゃいけないこともある。
自分が自分であるための筋っていうのかな。そういうのは通してかないと、生きてる意味がわからなくなっちゃうんだ。魂を売って身体だけ生き延びたってしょうがないんだよ」
「ミナト殿⋯⋯」
一転して真剣な顔で語るミナトの言葉は、ポポラックの胸に沁みた。
⋯⋯ところどころ、意味のわからないところはあったが。
(このお方に失望だと? 我はなんたる恥知らずか!)
ポポラックは深く恥じ入った。
ミナトの足元にひれ伏したい衝動を、酋長としての外面がかろうじて押しとどめる。
「私にすこしなりと力があるんだったら。
現実に押しひしがれながらも懸命に魂を生かそうとあがく、そんな人たちのために使いたい。
私自身は、そんなときに誰にも助けてもらえなかったから。
だから、私に助けられるんだったら、何をおいてもやらなくちゃ。
だって、そうしないと、天を怨んだ過去の自分が嘘になっちゃうから。
過去の自分が、人の苦悩を看過しようとする今の自分を許してくれないと思うから。
苦しんだ自分を認めてあげるためにも、私は苦しんでる人に優しくありたい」
ミナトがかがみこみ、ポポラックに目線を合わせた。
ポポラックは、その瞳の色を一生忘れられないだろう。
(慈悲だ。この人の目にあるのは、自らの苦しみを乗り越え、他人を恨まず、境遇を同じくするものを心から思いやる、神のごとき慈悲!)
ミナトは大導師などではなかった。
そんな秤で測れるような、俗っぽいお人では決してない。
このかたは聖人だ。
神がわれらを憐れんで遣わしてくださった聖女なのだ!
「だから、私はやるよ。アビスワームを必ず狩る」
「おお⋯⋯なんともったいなきお言葉⋯⋯!」
ポポラックは、ついにミナトの足もとにひれ伏した。
酋長の突然の行動に、周囲のノームたちがどよめいた。
「これ、おまえたち! ミナト殿に感謝せんか!」
ポポラックがノームたちに言うと、他のノームたちもあわててその場に平伏する。
「あははっ。気にしなくていいよ。頼まれなくてもやったと思うし」
ミナトは鷹揚に言って、ノームたちに顔を上げさせる。
「⋯⋯あ、でも、厄介な相手だからノームのみんなにも協力してもらうよ?」
ポポラックが一も二もなくうなずいたのは言うまでもない。
――こうして、ミナトとノームたちによる、アビスワーム討伐作戦が始まったのだった。
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