43 / 69
束縛の強いあの娘(恋愛・ラブコメ)
しおりを挟む
終業のベルが鳴ると同時に、そそくさと僕は立ち上がった。
通学鞄を脇に抱えて教室を飛び出すと、急ぎ足で昇降口を目指した。
さて──今日はアイツと僕と、どっちが早く着くだろうか。もし、もしもだ。一分でも僕の方が遅くなってしまったら……。
そんな不安が脳裏をよぎり、小さく身震いをした。
「いかん、いかん」
かぶりを振って妄想を追い払う。外履きに履き替えて昇降口から出ると、アイツと毎日待ち合わせをしている、校庭の桜の木の根本に向かう。
そこにアイツの姿はなかった。良かった、まだ来ていない。僕の方が早かったか、と安堵しかけたそのとき、背中の方から声が聞こえた。
「早かったじゃない。五分二十五秒というところかしら」
「うわっ」
驚きから背筋がぴんと伸びる。恐る恐る顔を後ろに向けると、幼馴染のミチルがそこに立っていた。
実直な性格を示すように、校則通りに着こなしたセーラー服。平均より、ちょっと低めの身長。声はややハスキーボイスながら、肩口できりそろえた髪と整った細面が可愛らしい。
まあ、一応、僕の交際相手だ。
「そ、そう。五分ちょっとで着いてたんだ。なかなかいいタイムだったんじゃないかな?」
「そうね。今年に入ってから、二十三番目の記録ね」
「こ、細かいね」
「階段を降りるときにA組の菅原さんをチラっと見なければ、あと三秒タイムを縮められたはず。明日はもっと頑張ってね」
「よ、よくそこまで見ていたね?」
菅原さんは、小柄な体躯に似合わぬ立派な胸部と大きな瞳が可愛らしい、A組のマドンナだ。というか、ミチルはいったいどこで見ていたのか? それに──。
「そこまで観察していたわりに、到着するのが早いんだね」
だがミチルは、答えることなく「うふふ」と曖昧に笑ってみせた。
「じゃあ、行こうか」
手の甲が完全に隠れて萌え袖になっている。そんなミチルが、すっと右手を差し出してくる。
一回り小さなその手を握り、僕たち二人は歩き出した。
◇
既に太陽が、山の稜線に沈もうとしていた。
ちょいとばかり、遅くなりすぎただろうか。いくらなんでも、コカ・コーラのMサイズ一つでマックに二時間は粘りすぎた。
思えば、こちらを見る店員の目線が絶対零度の冷え込みだった。カップル席を占拠し続ける僕たちへの非難か。それとも──。
「ねえ、マサト」
「な、なにかな?」
隣を歩くミチルの声に、内心ドキっとしながら声を返した。ずり落ちた赤ぶち眼鏡の弦を指で押し上げ、彼女がすいっとこちらを見上げる。
やっぱり可愛い。
見た目だけなら、ね。
「私がこの間貸したDVD、もう見たかしら?」
「あ、ああ。『ゾン〇ーバー』ね。タイトルからは想像もできない展開だったよ」
この、いかにもB級映画の雰囲気漂うタイトルの作品。なんのことはない、中身も、まごうこと無きB級パニックホラーだった。
トラック運転手が落とした医療廃棄物がどんぶらこーと川流れ。流れ着いた先はビーバーの巣。緑の薬品が噴出すると、たちまちビーバーがゾンビに!
そんなおり、湖にやってきた若者三人がやることやっちゃっていると、やって来たゾンビになったビーバー、通称ソンビー〇ー(ひねりなし)に襲われてみんなゾンビに! バッドエンド! というクソ映画だ。
なぜこれを薦めた?
「面白かったでしょ?」
「ま、まあ、そうだね。ははは」
ちょっとだけエッチなシーンもあるしね。うん。
「やることやっちゃうところが良かったでしょ?」
え。そこですか!?
「ま、まあ。悪くはなかったね。ははは」
目の保養になったしね。
「ちゃんと人間たちを襲いつくすシーンとか。最後誰も生き残らないとか、やることやってる感じでいいよね?」
ああ、そっちね! 良かった。勘違いしちゃうでしょ! でもそこらへんが、B級って言われる所以だと思うの。最後ハッピーエンドにしようよ。
「でも途中で、音量を25から19に下げたでしょ?」
「あれ、そうだったかな?」
全然記憶にないのだが。どうしてそんなことまで知っている?
「お色気シーンで一回大きな声が出るからね。まあ、しょうがないと思うけど」
ああ、思い出した。そういえば下げたかも。
「いや、流石にあれは気まずかった。なんたってうち壁薄いから、隣の部屋の妹に聞こえたら大変だ。というか、音量下げたタイミングまでよく知ってるね」
「まあね」
「まさか、どこかから見てたの?」
「うふふ」
ごまかしやがった。いつも通りだ。
「それとさあ、お色気シーンが見たいのはわかるけど、冒頭からどんどん早送りするのはいただけないかな」
「ねえ、やっぱり見てたでしょ!?」
「さあ、どうかしら? でもあの時間帯、妹さんはお風呂に入っていたから、音量を下げる心配はなかったわね」
「ねえ、やっぱり見てたでしょ!?」
「好みだったのは、最初にゾンビ化した髪の長い女の子? わざわざ一時停止して見てたしね」
いいえ違います。〇っぱいが見えていたからです。
「ねえ、やっぱり見てたよね?」
「うふふ」
結局いつも通り、曖昧に笑ってごまかしやがった。その時不意に、彼女が立ち止まる。いつの間にか、僕の家の前まで着いていたらしい。
ミチルがじっと、僕の顔を見あげた。
「私はいつでもマサトのことを見ているの。学校でも、家にいるときもね。もう、私から逃れることはできないんだよ」
「風呂とトイレくらいは自由にさせてよね?」
「じゃあ、また明日。七時四十五分、三〇秒に迎えにくるから」
「めっちゃ細かい」
手を振り合って別れると、去っていくミチルの背中を見送った。
ああ、なんだか、肩が凝ったというか気疲れしたというか。有り体に言って、ミチルはヤンデレというかストーカー染みているのだ。少しばかり束縛が強すぎるのが玉に瑕。
これさえなければ、可愛い男の娘なんだけどな。
やれやれだ、とため息がもれてしまう。
そう、あいつは男の娘。これも悩みの一つなのだが、まあ、この問題については先送りでいいだろう。
可愛いは、全てに勝るのだから。
通学鞄を脇に抱えて教室を飛び出すと、急ぎ足で昇降口を目指した。
さて──今日はアイツと僕と、どっちが早く着くだろうか。もし、もしもだ。一分でも僕の方が遅くなってしまったら……。
そんな不安が脳裏をよぎり、小さく身震いをした。
「いかん、いかん」
かぶりを振って妄想を追い払う。外履きに履き替えて昇降口から出ると、アイツと毎日待ち合わせをしている、校庭の桜の木の根本に向かう。
そこにアイツの姿はなかった。良かった、まだ来ていない。僕の方が早かったか、と安堵しかけたそのとき、背中の方から声が聞こえた。
「早かったじゃない。五分二十五秒というところかしら」
「うわっ」
驚きから背筋がぴんと伸びる。恐る恐る顔を後ろに向けると、幼馴染のミチルがそこに立っていた。
実直な性格を示すように、校則通りに着こなしたセーラー服。平均より、ちょっと低めの身長。声はややハスキーボイスながら、肩口できりそろえた髪と整った細面が可愛らしい。
まあ、一応、僕の交際相手だ。
「そ、そう。五分ちょっとで着いてたんだ。なかなかいいタイムだったんじゃないかな?」
「そうね。今年に入ってから、二十三番目の記録ね」
「こ、細かいね」
「階段を降りるときにA組の菅原さんをチラっと見なければ、あと三秒タイムを縮められたはず。明日はもっと頑張ってね」
「よ、よくそこまで見ていたね?」
菅原さんは、小柄な体躯に似合わぬ立派な胸部と大きな瞳が可愛らしい、A組のマドンナだ。というか、ミチルはいったいどこで見ていたのか? それに──。
「そこまで観察していたわりに、到着するのが早いんだね」
だがミチルは、答えることなく「うふふ」と曖昧に笑ってみせた。
「じゃあ、行こうか」
手の甲が完全に隠れて萌え袖になっている。そんなミチルが、すっと右手を差し出してくる。
一回り小さなその手を握り、僕たち二人は歩き出した。
◇
既に太陽が、山の稜線に沈もうとしていた。
ちょいとばかり、遅くなりすぎただろうか。いくらなんでも、コカ・コーラのMサイズ一つでマックに二時間は粘りすぎた。
思えば、こちらを見る店員の目線が絶対零度の冷え込みだった。カップル席を占拠し続ける僕たちへの非難か。それとも──。
「ねえ、マサト」
「な、なにかな?」
隣を歩くミチルの声に、内心ドキっとしながら声を返した。ずり落ちた赤ぶち眼鏡の弦を指で押し上げ、彼女がすいっとこちらを見上げる。
やっぱり可愛い。
見た目だけなら、ね。
「私がこの間貸したDVD、もう見たかしら?」
「あ、ああ。『ゾン〇ーバー』ね。タイトルからは想像もできない展開だったよ」
この、いかにもB級映画の雰囲気漂うタイトルの作品。なんのことはない、中身も、まごうこと無きB級パニックホラーだった。
トラック運転手が落とした医療廃棄物がどんぶらこーと川流れ。流れ着いた先はビーバーの巣。緑の薬品が噴出すると、たちまちビーバーがゾンビに!
そんなおり、湖にやってきた若者三人がやることやっちゃっていると、やって来たゾンビになったビーバー、通称ソンビー〇ー(ひねりなし)に襲われてみんなゾンビに! バッドエンド! というクソ映画だ。
なぜこれを薦めた?
「面白かったでしょ?」
「ま、まあ、そうだね。ははは」
ちょっとだけエッチなシーンもあるしね。うん。
「やることやっちゃうところが良かったでしょ?」
え。そこですか!?
「ま、まあ。悪くはなかったね。ははは」
目の保養になったしね。
「ちゃんと人間たちを襲いつくすシーンとか。最後誰も生き残らないとか、やることやってる感じでいいよね?」
ああ、そっちね! 良かった。勘違いしちゃうでしょ! でもそこらへんが、B級って言われる所以だと思うの。最後ハッピーエンドにしようよ。
「でも途中で、音量を25から19に下げたでしょ?」
「あれ、そうだったかな?」
全然記憶にないのだが。どうしてそんなことまで知っている?
「お色気シーンで一回大きな声が出るからね。まあ、しょうがないと思うけど」
ああ、思い出した。そういえば下げたかも。
「いや、流石にあれは気まずかった。なんたってうち壁薄いから、隣の部屋の妹に聞こえたら大変だ。というか、音量下げたタイミングまでよく知ってるね」
「まあね」
「まさか、どこかから見てたの?」
「うふふ」
ごまかしやがった。いつも通りだ。
「それとさあ、お色気シーンが見たいのはわかるけど、冒頭からどんどん早送りするのはいただけないかな」
「ねえ、やっぱり見てたでしょ!?」
「さあ、どうかしら? でもあの時間帯、妹さんはお風呂に入っていたから、音量を下げる心配はなかったわね」
「ねえ、やっぱり見てたでしょ!?」
「好みだったのは、最初にゾンビ化した髪の長い女の子? わざわざ一時停止して見てたしね」
いいえ違います。〇っぱいが見えていたからです。
「ねえ、やっぱり見てたよね?」
「うふふ」
結局いつも通り、曖昧に笑ってごまかしやがった。その時不意に、彼女が立ち止まる。いつの間にか、僕の家の前まで着いていたらしい。
ミチルがじっと、僕の顔を見あげた。
「私はいつでもマサトのことを見ているの。学校でも、家にいるときもね。もう、私から逃れることはできないんだよ」
「風呂とトイレくらいは自由にさせてよね?」
「じゃあ、また明日。七時四十五分、三〇秒に迎えにくるから」
「めっちゃ細かい」
手を振り合って別れると、去っていくミチルの背中を見送った。
ああ、なんだか、肩が凝ったというか気疲れしたというか。有り体に言って、ミチルはヤンデレというかストーカー染みているのだ。少しばかり束縛が強すぎるのが玉に瑕。
これさえなければ、可愛い男の娘なんだけどな。
やれやれだ、とため息がもれてしまう。
そう、あいつは男の娘。これも悩みの一つなのだが、まあ、この問題については先送りでいいだろう。
可愛いは、全てに勝るのだから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる