夢に繋がる架け橋(短編集)

木立 花音

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束縛の強いあの娘(恋愛・ラブコメ)

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 終業のベルが鳴ると同時に、そそくさと僕は立ち上がった。
 通学鞄を脇に抱えて教室を飛び出すと、急ぎ足で昇降口を目指した。
 さて──今日はアイツと僕と、どっちが早く着くだろうか。もし、もしもだ。一分でも僕の方が遅くなってしまったら……。
 そんな不安が脳裏をよぎり、小さく身震いをした。

「いかん、いかん」

 かぶりを振って妄想を追い払う。外履きに履き替えて昇降口から出ると、アイツと毎日待ち合わせをしている、校庭の桜の木の根本に向かう。
 そこにアイツの姿はなかった。良かった、まだ来ていない。僕の方が早かったか、と安堵しかけたそのとき、背中の方から声が聞こえた。

「早かったじゃない。五分二十五秒というところかしら」
「うわっ」

 驚きから背筋がぴんと伸びる。恐る恐る顔を後ろに向けると、幼馴染のミチルがそこに立っていた。
 実直な性格を示すように、校則通りに着こなしたセーラー服。平均より、ちょっと低めの身長。声はややハスキーボイスながら、肩口できりそろえた髪と整った細面が可愛らしい。

 まあ、一応、僕の交際相手だ。

「そ、そう。五分ちょっとで着いてたんだ。なかなかいいタイムだったんじゃないかな?」
「そうね。今年に入ってから、二十三番目の記録ね」
「こ、細かいね」
「階段を降りるときにA組の菅原さんをチラっと見なければ、あと三秒タイムを縮められたはず。明日はもっと頑張ってね」
「よ、よくそこまで見ていたね?」

 菅原さんは、小柄な体躯に似合わぬ立派な胸部と大きな瞳が可愛らしい、A組のマドンナだ。というか、ミチルはいったいどこで見ていたのか? それに──。

「そこまで観察していたわりに、到着するのが早いんだね」

 だがミチルは、答えることなく「うふふ」と曖昧に笑ってみせた。

「じゃあ、行こうか」

 手の甲が完全に隠れて萌え袖になっている。そんなミチルが、すっと右手を差し出してくる。
 一回り小さなその手を握り、僕たち二人は歩き出した。



 既に太陽が、山の稜線に沈もうとしていた。
 ちょいとばかり、遅くなりすぎただろうか。いくらなんでも、コカ・コーラのMサイズ一つでマックに二時間は粘りすぎた。
 思えば、こちらを見る店員の目線が絶対零度の冷え込みだった。カップル席を占拠し続ける僕たちへの非難か。それとも──。

「ねえ、マサト」
「な、なにかな?」

 隣を歩くミチルの声に、内心ドキっとしながら声を返した。ずり落ちた赤ぶち眼鏡の弦を指で押し上げ、彼女がすいっとこちらを見上げる。
 やっぱり可愛い。
 見た目だけなら、ね。

「私がこの間貸したDVD、もう見たかしら?」
「あ、ああ。『ゾン〇ーバー』ね。タイトルからは想像もできない展開だったよ」

 この、いかにもB級映画の雰囲気漂うタイトルの作品。なんのことはない、中身も、まごうこと無きB級パニックホラーだった。
 トラック運転手が落とした医療廃棄物がどんぶらこーと川流れ。流れ着いた先はビーバーの巣。緑の薬品が噴出すると、たちまちビーバーがゾンビに!
 そんなおり、湖にやってきた若者三人がやることやっちゃっていると、やって来たゾンビになったビーバー、通称ソンビー〇ー(ひねりなし)に襲われてみんなゾンビに! バッドエンド! というクソ映画だ。
 なぜこれを薦めた?

「面白かったでしょ?」
「ま、まあ、そうだね。ははは」

 ちょっとだけエッチなシーンもあるしね。うん。

「やることやっちゃうところが良かったでしょ?」

 え。そこですか!?

「ま、まあ。悪くはなかったね。ははは」

 目の保養になったしね。

「ちゃんと人間たちを襲いつくすシーンとか。最後誰も生き残らないとか、やることやってる感じでいいよね?」

 ああ、そっちね! 良かった。勘違いしちゃうでしょ! でもそこらへんが、B級って言われる所以だと思うの。最後ハッピーエンドにしようよ。

「でも途中で、音量を25から19に下げたでしょ?」
「あれ、そうだったかな?」

 全然記憶にないのだが。どうしてそんなことまで知っている?

「お色気シーンで一回大きな声が出るからね。まあ、しょうがないと思うけど」

 ああ、思い出した。そういえば下げたかも。

「いや、流石にあれは気まずかった。なんたってうち壁薄いから、隣の部屋の妹に聞こえたら大変だ。というか、音量下げたタイミングまでよく知ってるね」
「まあね」
「まさか、どこかから見てたの?」
「うふふ」

 ごまかしやがった。いつも通りだ。

「それとさあ、お色気シーンが見たいのはわかるけど、冒頭からどんどん早送りするのはいただけないかな」
「ねえ、やっぱり見てたでしょ!?」
「さあ、どうかしら? でもあの時間帯、妹さんはお風呂に入っていたから、音量を下げる心配はなかったわね」
「ねえ、やっぱり見てたでしょ!?」
「好みだったのは、最初にゾンビ化した髪の長い女の子? わざわざ一時停止して見てたしね」

 いいえ違います。〇っぱいが見えていたからです。

「ねえ、やっぱり見てたよね?」
「うふふ」

 結局いつも通り、曖昧に笑ってごまかしやがった。その時不意に、彼女が立ち止まる。いつの間にか、僕の家の前まで着いていたらしい。
 ミチルがじっと、僕の顔を見あげた。

「私はいつでもマサトのことを見ているの。学校でも、家にいるときもね。もう、私から逃れることはできないんだよ」
「風呂とトイレくらいは自由にさせてよね?」
「じゃあ、また明日。七時四十五分、三〇秒に迎えにくるから」
「めっちゃ細かい」

 手を振り合って別れると、去っていくミチルの背中を見送った。
 ああ、なんだか、肩が凝ったというか気疲れしたというか。有り体に言って、ミチルはヤンデレというかストーカー染みているのだ。少しばかり束縛が強すぎるのが玉に瑕。
 これさえなければ、可愛い男の娘なんだけどな。

 やれやれだ、とため息がもれてしまう。

 そう、あいつは男の娘。これも悩みの一つなのだが、まあ、この問題については先送りでいいだろう。

 可愛いは、全てに勝るのだから。
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