バレンタイン・デイ(ズ)

木立 花音

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第二章:楠恭子の日記(サイドB)

20**+1/02/04~02/13 決戦前夜

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◆20**+1年2月4日 (水曜日)

 それ以降も、冬休みの間は玲の病室に足繁あししげく通った。行くのはだいたい一人か、律と二人で。だが年が明け、冬休みが終わる頃には、全く顔を出せなくなってしまう。
 本音を言うと、見舞いに行きたかった。玲とした会話の内容や、一度だけ見せた涙を想起するまでもなく、彼女が淋しい思いをしているのは明白なのだから。それでも、センター試験と一般選抜入試を控え、最後の追い込みに日々追われていく中では、二つのことを同時に考えている余裕がない。気持ちだけが急いていくなか無情にも時だけは流れ、センター試験当日を迎えた。

 試験会場を出ると寒空を見上げた。これでようやく、とあたしは思う。なるべく早く、玲のところに会いに行こう。

 それから更に数日が過ぎ、カレンダーは二月になった。スケジュールの空きが、どうにか全員ぶんそろった二月初旬の水曜日。晃君と律と三人で、玲のお見舞いに向かう。
 病室で三人を出迎えた玲は、ベッドに横になって布団に入っていた。みんなの顔を認めると、起き上がろうとして身を捩ったりしたけれど、晃君が「無理をしないように」と伝えると、素直に従って布団に入りなおした。
 左手に刺さっていた点滴は一本増えていて、頭にはニット帽を被っていた。顔色は少し土気色に見えて気懸りだったが、案外と表情は明るい。彼女が笑顔を見せたことに安堵しながらも、増えた点滴と顔色の変化から、強い抗癌剤でも投与してるんだろうと理解した。
 あたしと律に備え付けの椅子を勧めると、晃君は壁にもたれるようにして立った。

「合格したよ、筑波大学の情報学部」

 あたしが近況の報告をすると、全員の顔が驚いたように一瞬固まった。それから、手を叩いたり頭を撫でられたりと、其々に祝福を受けた。

「なにそれ……驚いた。本当に恭子は成績優秀だったのね」

 玲が目を丸くして嘆息すると、律は腕を組み、うんうんと頷きながら補足した。

「これで分かったろ? 恭子は昔からそういう奴なんだよ。隠れてしっかりと勉強しているズルいタイプ」
「酷いなぁ……、秋からしっかりと勉強してたのは、律だって同じじゃん」

 ニヤリと口元を歪めた律に、抗議の声を上げてみた。

「いやいや、私は恭子と違って、隠れて勉強なんてしませんから~。いつでも隠し事なしのオープンなのですよ」

 律は素知らぬ顔で、口笛を吹く仕草をみせた。
 茶化すよう言って退ける律だったが、実際のところ、彼女もしっかりと勉強はしていた。隠れているかどうかは、ともかくとして。秋頃から塾にも通っていたし、放課後は時々図書館にこもって勉強してた。
 警察官になるという目標に向かって、彼女はずっと邁進し続けていたんだ。

「でもさ、まだ二月に入ったばかりなのに、合格が決まるって早くないか?」

 晃君が、当然とも思える疑問を口にする。

「センター試験利用入試でも出願してたからね。そっちの方で通ったんだよ。まさか合格するとは思ってなかったから、自分でも驚いてるところ」
「なるほど、確かに恭子は天才だな……」

 あたしの返答に、晃君が仰々しく頷いてみせた。

「ううん、そんなんじゃないよ。滑り止めに複数校を受験する必要が元々あったし、その過程で運が良かっただけ。センター試験だと、学部ごとの出題傾向とか関係無いから、勉強する範囲を絞れるしね」
「そういうもんなんだ……」と晃君は、神妙そうな顔で独り言ちた。
「良かったね恭子、おめでとう。そうか、春から大学生になるのか。なんだか羨ましいな」

 寂しそうに呟いた後で、玲は驚いたように手で口元を塞いだ。

「ごめん……。愚痴を言いたかった訳じゃないの」
「気持ちは分かる」律がしたり顔で頷く。「流石に今回ばかりは、多少の嫉妬も許してくれるでしょう。神様も、恭子様も」
「恥ずかしいから、やめてよ」

 あたしの苦情の声を華麗にスルーすると、律は話の水を彼に向けた。

「それで? 晃の就職戦線は、どんな感じなのさ?」

 先ほどから律は、意図的に明るい声を出しているように見えた。玲が塞ぎこまないように、なのか、みんなが気遣いをして気まずくならないように、なのか。彼女の本心はうかがい知れない。
 けれど、空気の読めない言動と取られて玲の気に触ったとしても、悪者になるのが自分であれば構わない。恐らくは、そんな風に考えているのだろう。常にみんなの矢面にたち、さり気無く周囲に気回しをする。それがあたしの親友のさがだった。

「俺は三日前に、宇都宮に拠点を構える商社の面接を受けて来たばかり。まだ、どうなるかわかんないけど、自分としては手ごたえを感じているよ」

 他にも二社面接を受けてる、という彼の言葉を聞きながら、地元就職一本に絞ってるんだな、と得心した。

「そっか~……採用になると良いね」

 彼の言葉に同意し頷いた後で、玲の方に向き直る。

「それと玲には、あたしからもう一つ報告があるの」
「ん、何かしら?」

 玲はベッドの上に横になったまま、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

「先月の話なんだけど、態々わざわざ自宅まで、早百合と瑠衣が謝りにきた」
 玲の双眸が、驚きで丸く開かれる。「へぇ、それで?」
「結論から言うと、二人の話を聞いて和解した。瑠衣はあれから随分と後悔したようで、もうずっと『ごめんなさい』ばかりを繰り返してて、聞いてるこっちが都合悪くなってくる程だった。最近の話を訊ねたら、学校は退学して、そのまま地元の就職先を探すって言ってた。だから、気にしないで頑張ってと伝えておいたよ。早百合は──ある意味もっと大変だった。ずっと泣きじゃくってて、早百合は当事者じゃないんだから、あまり思いつめないでって言ったんだけど、終始顔が青褪めてた」
「あはは……」と玲は乾いた声で笑った。「そうなんだ。それは中々に、興味深い報告だったわ。ちょっとだけ、彼女らを見直したかも」

「冥土の土産には最適ね」と玲が冗談めかして言うと、「おい、今にも死にそうなこと言うなよ!」と律の突っ込みが飛んできた。

 それから四人で、三年間の思い出話に花を咲かせた。
 入学式の朝の話。どこの部活に入ろうか、散々悩んだ話。体育祭の武勇伝。他クラスの、文化祭の出し物が凄かった話。友だちの話。お互いの、第一印象の話。三年間でどんな出来事があったとか、大きな事件から日々の他愛もない日常の話まで、色んな話をした。まだ、卒業式を迎えてもいないのに可笑しいね、と笑いながら。
 それでも話は、途切れることなく続いた。きっと誰もが、なんとはなしに感じ取っていた。この楽しい思い出話を今のうちにしておかないと、後々後悔することになると。
 一頻ひとしきり話をしたあとで、「それじゃ私はこれで」と気をきかせようとした律の首根っこを捕まえて、三人揃って席を立った。「さようなら」とは、言わなかった。

「また、来るね」

 玲にそう告げて、背中を向ける。
 最初に律が退室して、彼女の後に晃君が続いた。あたしが病室の扉の前まで進んだところで一度だけ振り返ると、玲の顔も、こちらに向いていた。
 軽く顎を引いて肯くと、彼女も同じようにして応えた。

 それは、二人だけで交わした約束。

 あたしから玲への。そして、玲からあたしへの『宣戦布告』。

 玲の気持ちと覚悟を胸の内に仕舞い込むと、あたしは病室を後にした。


◆20**+1年2月7日 (土曜日)

 昨日、晃君に渡すチョコを作った。
 前作ったのは中学生の時だったから、四年ぶりになるのかな。
 弟が「食べていい?」とか空気読まずに尋ねてくるから、容赦なく小突いてやった。まったく、冗談じゃありません!
 肝心のチョコレートは、心配したけどもちゃんと固まってくれてた。
 ラッピングの材料も買ってこなくちゃ。ダメだ……今から既に緊張している。


◆20**+1年2月10日 (火曜日)

 晃君が、昨日玲のお見舞いに行って来たんだ、と報告してきた。
「元気そうにしてた?」と訊ねると、「特に変わった様子はなかった」と、彼は答えた。
 捻くれた考え方かもしれないけれど、変化が無い、ということは、即ち好転する材料もない、ということだ。
 予想はしていたし、覚悟もしていた。それでも彼の報告を受け止めた時、ちりっと胸が痛んだ。
 二月十四日の告白が終わったら、すぐ、玲のところに報告しに行こう。
 ……たとえ結果が、ダメだったとしても。
 正々堂々戦うと、二人は約束を交わしたのだから。なによりもそれが、あたしなりのケジメになるのだから。


◆20**+1年2月13日 (金曜日)

 チョコレートのラッピングも綺麗にできた。
 準備は、これで万端。
 明日、いよいよあたしは告白します。
 決戦は、”Valentine Day”。

 未来のあたしへ。
 もし、ここで日記が途切れていたら、ダメだったんだな、と……思い出して下さい。

 でも、絶対に泣かないでください。たとえどんな結果になったとしても、一年間ずっと悩んで、悲しくて、凄く辛くて、そういった全てを乗り越えた末に辿り着いた結末なのだから、胸を張っていいんだよ。
 では、明日頑張ります。良い結果になりますように。
 おやすみなさい。

* * *

 あたしはペンを置くと、日記帳のページを閉じて書棚にしまう。
 今夜は楽しい夢をいっぱい見よう、そう考えて、布団の中に潜りこんだ。
 ずっと気が張って、疲れていたのだろう。横になったまま瞼を閉じると、直ぐに意識が混濁としてくる。楽しいことだけを考え身を委ねていると、知らず知らずのうちに、眠りのなかに落ちていった。
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